「今日は七夕か……らしい日なのに、結局仕事の1日だったな」
「ふふっ、そうだな。とはいえ、夜はこうして私と2人で天の川を見る事が出来るのだから、いいだろう?」
久慈川が正式に仲間になってから数日……既に7月に入り、夏真っ盛り……とまではいかないが、それでも夏というくらいにはなってきた。
折角の七夕なので、出来れば美鶴と一緒にイチャつきたかったが、七夕だからといってシャドウワーカーの仕事が減る訳ではない。
ただ、夕食は七夕ということもあって、そうめんが出た。
七夕らしいと言えばらしい……のか?
まぁ、そうめんとはいっても天城屋旅館で出るそうめんだ。
その辺のスーパーで売ってるようなそうめんではなく、専門の業者が作ったかなりの高級品。
それ以外にも薬味が色々とあったり、副菜も多かった。
個人的には鮎の天ぷらが美味かったな。
天城屋旅館側でも、今日は七夕という事で特別な夕食にしてくれたのだろう。
「そう言えば、大広間の件で文句を言ってきた客はどうした?」
今日の日中、宿泊客が大広間を使わせろと従業員に詰め寄っており、それがちょっとした騒動になったのだ。
以前まで……7月前までは、まだ微妙にシーズン前という事もあって客の数はそれ程多くなかった。
だが、今はもう7月だ。
シーズン本番……とまではいかないが、それでもシーズンに入ったのは間違いない。
そうなると、当然ながら客の数が多くなり、そのような客の中には自分の思い通りにならないのが気に入らないという者もいる。
ましてや、この天城屋旅館はただの旅館ではなく老舗旅館だ。
社長、会長、医者、弁護士、政治家……そんな風に権力のある者もそれなりに多くやって来る。
普段から自分の思い通りになる生活を送っている者が多いだけに、ここでもそれが通じると思う者はいる。
そのような者達にしてみれば、ここで自分が使うつもりだった大広間が俺達に貸し切りにされているというのは、面白くない。
あるいは、シャドウワーカーが桐条グループの直轄組織だと知っていれば、大人しく退く者もいただろうが……その辺の情報を知らない者にしてみれば、自分の使う筈の大広間を使っているという事で、面白くないと思ってもおかしくはない。
そして自分の権力を使い、何とか大広間を使おうと行動するのも、またおかしくはなかった。
「ああ、その件については問題ない。こちらできちんと手を回しておいた」
あっさりとそう告げる美鶴だったが、その手を回すというのは一体どういう事なんだろうな。
以前……まだマヨナカテレビの一件が始まったばかりの頃にも、大広間を借り切った俺達が気にくわないで敵対する者はいた。
だが結局その相手は美鶴が桐条グループに手を回して行動した為に、最終的には大きな損を抱える事になったらしい。
さすがに倒産とかそこまではいかなかったらしいが。
その辺の事情を考えると、美鶴の言う裏で手を回すというのがどういうものなのか……少し聞くのが怖い。
「そうか」
なので、取りあえずその一言だけで誤魔化しておく。
そしてこの話が続くのは不味いので、話を逸らす。
「それにしても、春にこっちに来てからもう夏か。いつくらいまでこっちにいる事になるんだろうな」
「そうだな。出来ればこの夏で足立を捕らえてこのマヨナカテレビの一件を終わらせたいとは思う。……私も大学があるし」
「そう言えば、大丈夫なのか?」
美鶴の言葉ですっかりと忘れていたが、春から夏までずっと稲羽市にいた美鶴は、当然ながらその間大学には通っていない。
つまり、単位不足で落第という事になる可能性もあった。
普通なら落第というのは……決して誇れるものではないが、それでも誰もいないという訳ではない。
それこそ全国単位で考えれば、単位不足で落第をする者はかなりの数になるだろう。
だが、美鶴が落第するのは普通とは意味が違う。
桐条グループという、世界的に見ても大きなグループの後継者が美鶴なのだ。
その美鶴が留年するという事は、非常に大きなマイナス要素になる。
そう思ったのだが……
「心配ない。特例として、試験で一定の成績を取れば留年や落第といったことはないからな」
「……そういうのが出来るのか? いや、シャドウワーカーの仕事を考えれば、そういうのは必要か」
シャドウワーカーというのは、今のところ組織的にシャドウと戦える唯一の存在だ。
実際には他にも同じような組織があってもおかしくはないし、単純に俺が知らないだけなのかもしれないが。
ともあれ、そのような組織だけに、その組織を運用している美鶴のバックアップをするのは、政府として当然らしい。
まぁ、そういうバックアップをしない結果、シャドウによって大きな被害が出れば、国として洒落にならないだろうし。
大学となると文部科学省が担当か?
警視庁とは文字通りの意味で省庁が違う。
……それでもどうにかしたのだろう。
実際、このマヨナカテレビの件でも美鶴が大学で稲羽市にずっとはいられないとなると、それはそれで問題だし。
それならわざわざ大学生ではなく、警視庁から指揮する人物を派遣するとか、そういう流れになってもおかしくはないのだが……
「実際、そういう話に持っていこうという動きは当初あった。……何しろ私は特別課外活動部を率いたり、生徒会長として活動はしたものの、シャドウワーカーはそういうのとは全く次元の違う話だしな」
「特別課外活動部なら、シャドウワーカーと少し似てないか?」
「規模が違いすぎる」
「まぁ、それはそうだが」
特別課外活動部というのは、あくまでも月光館学園……あるいはその周辺での行動を前提とした集団だ。
もっと言えば、タルタロスの攻略が主な目的だった。
それと比べると、シャドウワーカーは稲羽市に来ているのを見れば分かるように、日本全国、シャドウが関係した騒動があればどこにでも向かう。
今のところはまだないが、場合によっては外国に行く事も想定されているらしいし。
規模というか、活動範囲が明らかに違う。
「もっとも、それでも私が桐条グループの人間にして、ペルソナ使いである事、何よりニュクスの一件の解決に関わっていた事……そんな諸々の理由によって、シャドウワーカーを率いる事になったのだが。その為に色々と特例を作ったのは、若干申し訳ないとは思うが」
「そうは言うけど、提示されているテストの点も別にそこまで簡単な訳じゃないんだろう?」
「それは否定せん。だが、同時にテストの点さえよければ大学に出る必要がないというのは……少し思うところがあってな」
もしかしたら、もっと普通の大学生活を送りたかったのかもしれないな。
例えばサークル活動とか、コンパとか。
美鶴がどういうサークル活動に入るのかは、ちょっと想像出来ないが。
フェンシングとか?
取りあえず美鶴の性格的に、テニスサークルとかには入らなさそう。
あ、でも本気でプロのテニスプレイヤーを目指すとか、そういうテニスサークルとかなら、あるいは?
もっとも、美鶴がテニスに興味を持っているのかどうかは俺にも分からないが。
「美鶴は大学生活を楽しみたいと思わないのか?」
「何だ、急に?」
「美鶴の年齢を考えれば、それこそまだ学生時代だ。それがこうして裏の出来事に関わっているのは、純粋な大学生活という事を考えるとちょっとどうかと思ってな」
「ふむ。……今の生活に後悔はないよ」
予想以上にあっさりと美鶴はそう言う。
それも一切迷った様子のない、断言。
そのような美鶴の様子に、若干驚く。
「そうなのか?」
「ああ。勿論、私が桐条グループの娘として……桐条美鶴として産まれていなければ、あるいはそのような未来もあったかもしれない。だが、私は桐条美鶴だ。……そして、私は桐条美鶴だからこそ、アクセルと会う事も出来た。考えてみろ、もし私が桐条美鶴ではなくただの一般人だとしたら、アクセルと会う事があったと思うか?」
美鶴が一般人だったらか。
俺と会う事はあっても、精々が顔を見た事がある程度だろう。
美鶴はゆかりよりも1歳年上だ。
そして俺が月光館学園組に転入したのは、ゆかりと同じクラス。
その時、美鶴が一般人なら、それこそ生徒会長して集会の時に顔を見る程度か?
一般人という限定ならペルソナ使いでもなかっただろうし。
……いや、そもそも一般人ではないのなら、生徒会長にもなっていなかったりするのか?
その辺の諸々を考えると……
「そうだな。もし美鶴が一般人なら、もし知り合っても顔見知り程度だった可能性が高い。今のような関係になるという事は多分なかったと思う」
「だろう? アクセルと会えた。それだけで、私にとっては桐条美鶴として産まれた事に感謝するよ」
そうして笑みを浮かべた美鶴は俺を見て、目を閉じる。
俺は目を閉じた美鶴に、そっと口づけをして……そのまま抱き上げ、布団まで運んでいく。
本来なら、美鶴はここで俺と夜の行為をしないと言っていたが……今日は七夕だ。
織姫と彦星も1年に1度の逢瀬の日である以上、今日くらいは美鶴を抱いてもいいだろう。
そう思いながら、俺は布団の上で美鶴の着ている浴衣を脱がしていくのだった。
美鶴を堪能した翌日……うん。
色々と疲れ切っていた美鶴は、早朝にホワイトスターまで連れて行き、魔法球で休んで貰ってから、またペルソナ世界に戻り、天城屋旅館に戻ってきた。
美鶴からは鬼畜やら野獣やらと呼ばれたが……うん。久しぶりに美鶴を抱けるという事で、俺も興奮してしまったんだよな。
もっとも、美鶴もそこまで本気で嫌がってる様子ではなかったのだが。
とにかく今は足立を見つけるのが最優先という事もあって、シャドウワーカー達はそれぞれに仕事をしている。
他にも堂島は五飛やムラタと共にTVの中の世界に行っている。
俺も行こうかと思ったんだが、美鶴からそれは却下されてしまう。
……昨夜の件が色々と問題だったんだろうな。
とはいえ、バックアップ型のペルソナを使う久慈川が仲間になった以上、そう遠くないうちに足立は見つけられそうな気がしている。
くま以上の探知能力を持つ久慈川のペルソナは、足立を見つけるのに非常に大きな意味を持つだろう。
もっとも、それは足立にしてみれば久慈川が厄介な相手になるという事を意味してる。
ただ、俺達が足立を見つけられないように、足立もまた俺達を見つけられない……というか、側に来られないという事を意味している。
何しろ足立にしてみれば、現実世界やTVの中の世界でも俺達に見つかれば捕らえられる……最悪の場合、殺される可能性すらある。
そうである以上、足立は俺達に近付く事は出来ないし、そうなると久慈川のペルソナ能力がどういうものかを調べる事も出来ない。
鳴上達がシャドウと戦っている光景を遠くから確認するという感じで偵察をしていれば、いずれは久慈川のペルソナ能力に気が付くかもしれないが。
取りあえず久慈川は色々と気を付けた方がいいのは間違いない。
いっそ炎獣でも護衛につけるか?
そうも思ったが、普段の生活で炎獣がいるのは、色々と問題だろう。
そう言えば、一時的にでも菜々子に炎獣で護衛が出来ないかと迷った事があったな。
結局どうしても目立ちすぎるので、諦めたが。
……ただ、久慈川の場合は芸能界でりせちーとして活動していた経歴がある。
だとすれば、マスコットのような形をした炎獣を持っていても、東京ではこういうのが流行ってるという事でどうにか出来ないか?
あるいは多少動くような炎獣であっても、東京にある有名企業から新製品のテストを頼まれているとか。……あ、別に有名企業じゃなくて桐条グループからとかでもいいのか。
菜々子の場合は設定的に色々と無理があるとは思っていたが、久慈川の場合はその辺はある程度どうにでもなる。
そんな風に思いながら歩いていると、商店街に到着し……
「ん? あれは……」
視線の先に、見覚えのない人物がいるのに気が付く。
過疎化が進んでいるとはいえ、それでも稲羽市にいる者の顔を全て覚えている訳ではない。
だが、それでもその人物の事が気になったのは……服装の傾向が稲羽市の住人と違ったからというのが大きい。
もっとも、俺はファッションセンスとかそういうのが鋭い訳ではない。
ただ、何となく……そう、本当に何となくその人物に違和感があったのだ。
とはいえ、服装に違和感があったからといって俺に特に何かが出来る訳ではない。
その人物にそこまで興味があった訳ではない。
何となく……本当にそう、何となく声を掛けてみようかと思ったのだが……
「何?」
その人物は、俺が近付いてくるのを察したかのように、一瞬だけこちらに視線を向けると、今まで話していた相手と短く言葉を交わし、そのまま立ち去る。
いや、偶然なのか?
あるいは……
まぁ、そこまで気にする必要もないか。
そう判断し、俺は再び散策……いや、現実世界で足立を捕らえる為に見回りを開始するのだった。