「おは……」
「何だとぉっ!」
朝、俺が起きたので朝食を食べに大広間に向かったのだが、大広間に入って挨拶をしようとした瞬間、そんな堂島の叫び声が聞こえてくる。
堂島に何かしたか?
言葉を遮られた事でそう思ったが、堂島が携帯で誰かと話しているのを見る限りでは、今の叫びは俺達に対するものではなかったらしい。
そして……堂島のこの様子だと、何かあったのだと予想するのは難しくない。
とはいえ、今までは何かあった時はその前兆としてマヨナカテレビがあった。
しかしここ最近、マヨナカテレビで何かそれらしい光景を見たりはしていない。
となると、マヨナカテレビの……正確には足立の犠牲者ではなく、もっと何か他の事が原因で叫んでいるのか?
具体的には、足立の件とは違う何らかの事件がまた起きたとか。
あるいは、足立についての情報が中途半端に漏れて、マスコミに知られたとか。
もしくは……足立の情報が完全に漏れてしまったとか。
それはないか。
もし足立の情報が完全に漏れたとしたら、その時はTVの中の世界とか、そういうのについても知られる事になる。
もっとも、その件で大きな意味を持つマヨナカテレビについて知られても、基本的にマヨナカテレビは稲羽市でしか見る事が出来ないのだから、デマ呼ばわりされるだけかもしれないが。
なら、マヨナカテレビの放送を録画する? もしくはマヨナカテレビを生放送するか……これもどうだろうな。
まず前提として、マヨナカテレビは1人で見ないと見られないという条件がある。
俺達の場合、受信してるのがシャドウミラー製の受信機によって生み出された空中の映像スクリーンなので、何故か多人数でも見る事が出来るが。
ともあれ、大広間で食事をしていた面々……それこそ鳴上や早紀といった高校生組も堂島の様子を見ている。
幸いなのは、菜々子は既に食事を終えて部屋で学校に行く準備をしているという事か。
もし菜々子がここにいれば、父親の様子から不安になってもおかしくはない。
そんな事を考えている間にも堂島は話を続け……やがて通話が切れる。
「どうした?」
誰が堂島に尋ねるのか、少し迷っていた様子。
それを見た俺が真っ先に尋ねる。
何人かが自分が尋ねないですんだと、安堵した様子を見せているものの、今はそれよりも堂島から話を聞くのが優先だ。
「たった今、署から連絡があった。また新たな殺人だ。それも山野真由美の時と同じように、吊り下げられてだ」
「……TVのアンテナにか?」
「いや、違う」
「は?」
山野真由美と同じという話だったので、てっきりTVのアンテナにぶら下げられたとばかり思っていたのだが、堂島の様子を見るとどうやら違うらしい。
「アパートのベランダに吊り下げられていたらしい」
「……予想外だな」
TVのアンテナなら、マヨナカテレビの中でシャドウに殺されるなりしてそういう風になるのは分かる。
だが、何故アパートのベランダ?
考えられる可能性としては、その家のTVから死体を手に出て来て、アパートのベランダにぶら下げたといった感じか?
「そうだな。そもそもマヨナカテレビに出てなかったのも予想外だ」
「……で、誰が殺されたんだ? やっぱり最近TVに映っていた奴か?」
「いや」
俺の言葉に、堂島は何故か鳴上と早紀の方を見る。
その意味ありげな視線に、鳴上が何かを言おうとしたところで、それを遮るように堂島が口を開く。
「八十神高校の教師、諸岡金四郎だ」
「モロキン!?」
堂島の言葉にそう叫んだのは、鳴上……ではなく、早紀。
鳴上もそんな早紀の言葉で誰の事を示しているのか分かったらしく、驚きの表情を浮かべていた。
「モロキン……そう呼ばれているのか。ともあれ、その人物で間違いない。悠、知ってるか? 早紀は知ってるようだが」
「……担任です」
鳴上の言葉に、堂島の眉が顰められる。
多分、鳴上が知っている相手だと思いはしても、そこまで関係の深い相手だとは思っていなかったのだろう。
「そうか。……そうなると、もしかしたら足立の奴はお前の周辺に狙いを定めたのかもしれねえな」
「どういう事です?」
鳴上が厳しい表情で堂島に尋ねる。
鳴上にしてみれば、自分の周辺に狙いを定めたといったように言われたのだから、そのまま素直に受け入れられる筈もない。
「お前の知り合い……というか、クラスでこの事件に巻き込まれた者は多い。違うか?」
「それは……」
なるほど、堂島の言いたい事は理解出来た。
花村、雪子、里中。
同じクラスでマヨナカテレビの一件に巻き込まれたのがそれだけいるのだ。
そして今回の諸岡。
堂島が足立の狙いが鳴上の周辺に移ったと思っても不思議ではない。
不思議ではないのだが、同時に疑問が……それも複数あるのも事実。
まず第1に、何故マヨナカテレビに映されなかったのか。
そして第2に、TVのアンテナではなくベランダだったのはどういう訳か。
第3に、鳴上に近い相手というのであれば、何故それが担任の諸岡だったのか。
第4に、マヨナカテレビに映っていなかった理由。
特に第3の疑問は、一体何がどうなってそうなったのか素直に疑問だ。
鳴上の様子を見る限り、決して鳴上が諸岡と親しかった様子はない。
そうなると、マヨナカテレビに関わっていない友人とかの方が狙われる可能性は高いだろう。
ましてや、教師と学生のどちらが殺しやすいかは……普通に考えれば、やはり学生だろう。
教師という事は大人で、それなりに人生経験も積んでいる筈だし。
……いや、中には性格が子供のまま教師になって、それが問題になっているというのをTVか何かで見た事があるので、それも絶対とは言えないだろう。
それに学生の中にも時には天才と呼べる者もいる。
とはいえ……そういうのは少ないからこそ目立つのだ。
俺が知ってる限りでは、八十神高校にそのような天才はいない。
つまり、教師と学生ではどちらが騙しやすいか、そして殺しやすいか……そう考えると、やはり学生となる。
まぁ、学生の中には運動部の生徒もいるので、そういう連中は教師よりも殺しにくいかもしれないが……いや、TVの中の世界に入れてしまえば、運動部かどうかというのはあまり意味はないか。
とにかく今回の件は色々と特殊な状況なのは間違いない。
「その諸岡という教師……本当に足立によって殺されたのか?」
美鶴が疑問を口にする。
その件については俺を含めて他の者達も同じように感じていたのだろう。
それぞれが悩んでいる様子を見せる。
「分からん。とにかく俺は現場に行く。何か分かったらすぐに知らせる」
そう言い、堂島は大広間を出ていく。
「モロキンが……嫌な先生だったけど、殺されるなんて……」
堂島が立ち去ると、早紀がそう呟く声が聞こえてくる。
その声からすると、恐らく早紀も諸岡……モロキンと呼ばれている男を決して好んではいなかったのだろう。
だが、それで嫌ってはいても、死んで欲しいとまでは思っていなかったと
「腐ったミカン帳に書かれたのには思うところがあるけど……」
続けて鳴上もそう口に出す。
腐ったミカン帳……その名称は凄いな。
鳴上の場合は担任という事で、早紀以上に色々と思うところはあるのだろう。
とはいえ、鳴上が稲羽市に引っ越してきたのは4月。
そして今日は7月10日。
実際には3ヶ月くらいしか諸岡と接していなかっただけに、そこまで強い思いはないようだったが。
けどそうなると、花村、雪子、里中といった鳴上の同級生3人は以前から諸岡を知っていた訳で、今回の件について思うところはあるのだろうが。
「取りあえず、いつまでもこうしてはいられないだろう。鳴上は早く学校に行くように。早紀は……足立が動きを見せたとなると危険なので、今日は菜々子を送るのは止めておくように、こちらで手配をしておく」
現在の早紀は、学校に通っていない。
いつ足立に狙われるかもしれないのだから、それも仕方がないだろう。
留年とかになるんじゃないか? と疑問を抱いたものの、その辺は美鶴がしっかりとフォローをするらしい。
もっとも、美鶴と同じくテストでしっかりとした成績を残す必要があり、自習という形で勉強をしないといけなかったが。
それでも不幸中の幸いだったのは、シャドウワーカーに所属する者の多くは何気にエリートだということだろう。
高校生くらいの勉強なら、誰でも教えられるらしい。
とはいえ、勉強はともかく進路についてはどうするんだろうな。
高3の夏……普通なら既に進路は決めている筈だ。
進学や就職といったように。
しかし早紀の家族は現在足立から逃れる為に東京にいて、早紀は1人だ。
いや、天城屋旅館で暮らしているし、知り合いとかもいる以上は1人ではないだろうけど。
それに家族は東京にいるが、電話で連絡が出来ない訳でもないし。
とはいえ、進学するとなると稲羽市から出ていかないといけない。
稲羽市は小学校、中学校、高校はあるが、大学はないのだから。
専門学校は……どうだろうな。俺もそこまでは把握していない。
だが、当然ながら稲羽市を出ると、早紀の恋愛の成就はまず不可能だと思う。
一緒に暮らしている今であっても、堂島が早紀を受け入れるかどうかは微妙なところなのに、これで離れて暮らすという事になれば、とてもではないが早紀の想いが叶う事はないだろう。
そうなると、就職?
まぁ、早紀の家はコニシ酒店をやってるので、家の後を継ぐという意味では問題ないのかもしれないが。
そうなれば酒屋という事で堂島と関わる事も……ない訳ではないと思う。
とはいえ、堂島と付き合うのは普通に考えるとかなり難しいと思うんだよな。
堂島本人が早紀から好意を持たれている……それも男女間の好意なのは知っている。
知っていながら、それでも早紀とはそういう風に接していない。
……ある意味、堂島の我慢強さって凄いよな。
早紀はそれなりに顔立ちの整っている美人だし、身体も女らしい。
実際、雪子や久慈川をTVの中の世界に入れても何故か手を出さなかった足立が、抱きたいとして言い寄った相手だし。
いや、その辺については俺が口を出す事ではないが。
「とにかく、俺も適当に街中を歩いて回ってくる。諸岡の件があって、足立が何か新しい動きを見せる可能性もあるし」
「分かった。アクセルには言うまでもない事だが、気を付けるようにな」
美鶴の言葉に頷き、俺は大広間を出るのだった。
「ふーん、やっぱり結構な人数が集まってるな」
天城屋旅館を出た俺がやって来たのは、とあるアパートの前。
諸岡が死んでいたアパートだ。
現在そのアパートの前には、結構な人数が集まっている。
当然だがアパートの周囲には警察官達の姿があり、無関係の者が中に入れないように警備をしていた。
「この前、TVのアナウンサーが死んだと思ったら、またこれ? 怖いわね」
「そうねぇ。それに最近は行方不明の事件が何件も起きてるっていうじゃない。天城屋旅館の娘さんもそうらしいわよ」
「あらやだ。雪子ちゃんが? 全く、どうしたのかしらね。ここは殺人事件とか行方不明が出るような物騒な場所じゃない筈なのに」
「死んだのモロキンだって? はっ、せいせいすらあ。高校時代の怨み、絶対に忘れねえぞ」
「いやぁ、今日は気分がいいな。仕事が捗りそうだ」
「お、お前もモロキンがくたばって喜んでる口か? お仲間だな」
野次馬をしている者達から、そんな会話が聞こえている。
殺人事件が起きて怖いという者もいれば、諸岡が死んで嬉しいと喜んでいる者もいる。
後者はまだ若いのを考えると、八十神高校の卒業生といったところか。
諸岡はそれだけ嫌われていたのだろう。
天城屋旅館の大広間では、早紀が嫌っていたけど死んだ事にショックを受けていたが、それは早紀だからなのだろう。
諸岡が死んでいるのを喜んでいる男達がいるのを見れば分かるように、人によって受け取り方は様々といったところか。
野次馬の観察をしていると、不意にアパートの中から出て来た刑事達と目が合う。
その刑事は俺を見ると少し驚いた表情をし、軽く頭を下げるとその場から立ち去る。
俺を見て頭を下げたという事は、稲羽署に元からいた刑事だろう。
応援組の方は探偵王子と呼ばれている白鐘に俺に近付くなと言ってるみたいだし。
そういう風に俺を認識している奴にしてみれば、俺の存在に気が付いても頭を下げてくるといった事はない筈だ。
寧ろ稲羽署組と関係が深く、そして怪しげな俺という存在を警戒しているのは間違いないだろうし。
……それこそ魔法を使うとか稲羽署の連中から聞いてれば、俺こそが今回のマヨナカテレビの件の犯人ではないかと思ってもおかしくはない。
少し考えれば、稲羽署の者達と協力している以上、そんな事はないと思ってもおかしくはないが。
ただ、その辺も魔法でどうにかしたと言われれば、それまでなのだが。
とはいえ、本当に諸岡は死んでいたのか。
マヨナカテレビの件を考えると、色々と疑問が残る。
そんな風に思いつつ、俺は暫くの間諸岡が死んだアパートを見ているのだった。