「あ、やっぱりアクセルがいた。……こうして会うのは久しぶりね。元気だった?」
丸久豆腐店に入ってきたゆかりは、俺を見て笑みを浮かべ、そう声を掛けてくる。
突然のゆかりの登場に驚いたものの、考えてみれば大学は夏休みだ。
その夏休み中にゆかりが稲羽市まで来るというのは聞いていた。
……もっとも、具体的にいつ来るのかというのは聞いてなかったが。
どうやら、それが今日だったらしい。
「ああ、元気だった。サプライズには驚いたけどな」
「ふふっ、そうでしょ」
「ちょっと」
俺とゆかりが話していたところで、不意にそんな声が聞こえてくる。
声のした方に視線を向けると、そこでは久慈川……いや、りせが不機嫌そうな様子だった。
話をしている中で、いきなり登場したゆかりと俺が話していたのだ。
りせにとっては、自分を無視するなといった感じか。
「悪い、りせ。この女はゆかり。俺の恋人だ」
「……え? 恋人って、シェリルさんは?」
「え? シェリル?」
うわ、色々と混乱してきたな。
「あー……ちょっと前にシェリルがここにやって来たんだよ。で、シェリルも恋人だが、ゆかりも……そしてりせはもう会ってる美鶴も俺の恋人だな。というか、何人も恋人がいるって言ってなかったか?」
「……そうなんだ」
「あー……そう。ねえ、貴方の名前を教えてくれる?」
「え? 私? 久慈川りせだけど……」
「ああ、この子が。りせちーでしょ?」
どうやらゆかりはりせの事を知っていたらしい。
色々な世界に行っている俺とは違い、ゆかりは基本的にペルソナ世界で生活している。
そうである以上、トップアイドルだったりせを知ってるのはおかしくはない……というか、普通の事だろう。
もっとも、今こうしているのを見る限りだとりせを見てりせちーだとは認識出来ていなかったみたいだが。
無理もないか。
りせちーとして活動していた時は、しっかりと化粧とかもしていたんだろうが、今のりせは一般人だ。
化粧もしていない訳ではないだろうが、それでも本職がやるのには劣るだろうし、化粧品の品質もアイドルをやっていた時と同じとはいかないだろうし。
「そうだ。今はアイドル活動をしてないけどな」
「美鶴さんから大体聞いてるから分かってるわ。……じゃあ、久慈川さん。ちょっと私とお話しない?」
「え? 私と? 一体何で?」
「いいから。……ああ、アクセルは店から出ていてね。女同士の話を盗み聞きするなんて事はしないわよね?」
ゆかりにそう言われると、俺も素直に店から出るしかない。
店の中にいれば、2人の内緒話は間違いなく聞こえてくるだろうし。
2人を残して店の外に出ると、丸久豆腐店の警備をしている桐条グループの警備員と誰かが話しているのを見つける。
「っ!?」
ちょうどそのタイミングで、警備員と話していた人物が扉の開く音に反応してこちらを見ると、息を呑む。
同時にそれは俺にとっても驚きの相手だった。
白鐘直斗。探偵王子と呼ばれている男がそこにはいたのだから。
俺を見て息を呑んだ白鐘だったが、すぐにその場を後にしようとし……だが、数歩進んだところでその足が止まる。
そして振り返ると、俺に視線を向けてきた。
あれ? 堂島から聞いた話だと、白鐘は俺に接触しないように稲羽署の応援組から言われていた筈なんだが。
緊張した様子……いや、それを何とか隠そうとしてるが、残念ながら隠し切れてない白鐘が、俺の前にやって来る。
するとそれを見ていた警備員が俺に視線を向けてきた。
その視線の意味は、白鐘の相手を自分達でするかといったものだ。
この警備員達は桐条グループから派遣されている者達で、恐らくは俺と美鶴の関係を知ってのものだろう。
恩を売る気なのか、それとも桐条グループに対する忠誠心からか。
それは俺にも分からなかったが、取りあえず首を振ってそれを止めておく。
以前考えた時は、白鐘は恐らく原作キャラではないだろうという結論に達していた。
あくまでもそうだと断定出来た訳ではなく、恐らくそうだろうという程度だろうが。
何しろ白鐘を呼んだのは稲羽署の応援組の連中で、応援組が稲羽署にいるのは俺が原作に介入した結果……具体的には、足立が早紀を殺そうとしたのを止めたからだ。
原作通りの流れになっていれば、恐らく早紀は死んでいて足立も刑事として活動していた以上、応援組が稲羽署に来る事は……ないとは言わないが、それでももっと後だった筈だ。
その辺の状況を考えると、恐らく原作キャラではないと思う。
思うのだが……同時に、探偵王子という異名――と言っていいのかどうか微妙だが――を持つという事を考えると、やはり原作キャラであるという可能性も捨てきれない。
その辺が、こうして俺が白鐘と話をするつもりになった理由だ。
まぁ、あのまま白鐘が逃げていれば、わざわざ追ったりもしなかっただろうが。
「貴方はアクセル・アルマーさんで間違いないですか?」
ん? この声……いや、気のせいか?
声を聞いた瞬間違和感があったが、白鐘の身体の動かし方を見ただけで理解する。
白鐘直斗。探偵王子の正体は女だと。
「そうだ。お前は探偵王子の白鐘直斗だな?」
「僕の事を知っていたんですね」
「情報網は色々あるからな。……それで、俺に何の用件だ?」
「貴方は……いえ、貴方達は何者ですか?」
「何者ときたか」
この様子を見ると、俺の戸籍とかを調べたのか?
あるいは、俺の名前からして入国した外国人を調べたとかか。
「はい。もう知ってるようですから隠す必要はありませんが、僕は稲羽署に応援に来た人達に依頼されて稲羽市に来ました。そうしたら、この稲羽市では色々と不思議な事が起こっていますね。そして、その不思議な事にはどうやら貴方が深く関わっているように思います」
「それは、探偵王子としての勘か?」
「そうですね。そのように思って貰って構いません」
探偵としての勘と言われると、俺もすぐには反論出来ないんだよな。
何しろ俺も勘を重視して行動するタイプだし。
とはいえ、俺の場合は勘もそうだが念動力がそのベースにある。
そういう意味では、勘は勘でも実際には白鐘と微妙に違うんだが。
「不思議な事に俺が、か。……まぁ、否定は出来ないな」
足立が起こした諸々の事件。
その件について、最初の事件の山野真由美の一件と、俺がUC世界に行っていた時に起きた巽の一件。
この2つについては俺は関わっていないが、それ以外の件には多かれ少なかれ関わっているのは間違いない。
そういう意味では、白鐘の考えは決して間違っている訳ではない。
「お前も稲羽署にいるのなら、その不思議な件についてはどう思っているんだ?」
「それは……」
俺の問いに、白鐘は何も言えなくなる。
この様子を見る限りだと、色々と思うところはあるようだが、それを素直に口には出せないといったところか。
「生憎とその辺については言えません」
「そうか」
「……それでいいんですか?」
俺があっさりと頷いた事を疑問に思ったのか、白鐘は不思議そうに視線を向けてくる。
白鐘にしてみれば、その辺について徹底的に追及されるものだと思っていたらしい。
「別に無理をしてまで聞き出したい内容じゃないしな。お前が男装してるのも特に突っ込んだりはしないから安心しろ」
「っ!?」
男装という言葉に、白鐘の表情は驚愕する。
……ついでに、近くで俺と白鐘の話を聞いていた警備員達も驚愕する。
もっとも、丸久豆腐店の警備に回された警備員達は桐条グループに忠誠を誓っている。
そのような人物が、業務上で知った内容について他人に漏らすという事は警備員として失格という扱いになるだろう。
間違いなく何らかの処分をされる事になる。
そう考えれば、ここで白鐘の秘密を知ってもそれを表に出す事はないだろう。
「ちょっと話してみた感じだと、お前も色々と大変だなという事が分かったけどな」
あるいはこれで、俺が事件の犯人という風に疑われていれば、あまり面白くは思わなかっただろう。
だが、事件の犯人は足立ということが判明している。
応援組にも足立が犯人だというのは伝わっている筈だ。
ただし、足立がTVの中に入る能力があるとかその辺について説明されているのかどうかは俺にも分からなかったが。
「そうですね。いつもと少し違うので、大変なのは間違いありません」
白鐘もその辺についてはあっさりと認める。
この辺は潔いな。
とはいえ、だからといって白鐘に対してこっちがどう出るのかは別の問題だが。
「なら……うん?」
そこから更に白鐘と話を続けようとしたのだが、途中で言葉を止める。
丸久豆腐店の中から誰かが出てくるのを感じたからだ。
誰か……とそう言ったものの、実際にそれが誰なのかは考えるまでもない。
それは間違いなく中で話していたりせとゆかりの2人だろう。
扉が開いてその2人が姿を現すと、俺の予想は当たっていた事が証明される。
「あら? アクセル、その人は……?」
ゆかりが不思議そうに白鐘を見る。
白鐘はそんなゆかりを一瞥すると、小さく頭を下げて俺の前から立ち去る。
白鐘としては、恐らくもう少し俺と話をしたかったのではないかと思ったんだが……まぁ、いいか。
「ちょっと、何よあの人。私とりせが顔を出したらすぐに立ち去るって、ちょっと失礼じゃない?」
不満そうな様子のゆかり。
ゆかりにしてみれば、白鐘の態度があまり面白くなかったんだろうが……
「あまり気にするな。白鐘は俺達と敵対的……というのは少し言いすぎかもしれないけど、友好的な存在じゃない奴に雇われてるんだ。意味もなく俺達と接触するのは問題なんだろう」
「……ああ、なるほど」
「……おい?」
俺の言葉に心の底から納得した様子で視線をこちらに向けてくるゆかり。
そんなゆかりを見れば、俺が思わずそんな風に言ってしまったのも仕方がないだろう。
だが、ゆかりはそんな俺の言葉を聞いても、特に気にした様子もない。
そしてゆかりの後ろでは、久慈川が何故か頬を赤く……それも薄らとではなく、真っ赤に染めてこっちを見ていた。
一体何があった?
そう思ったが、ここで迂闊に突っ込むようなことをするのも色々と不味そうな気がする。
りせに何を言ったのか。
それをゆかりに聞きたかったが、りせのいる場所でその辺について聞くのはどうかと思う。
「そう言えば、ゆかりが今ここにいるという事は、俺達と一緒に行くのか?」
どこにという事は直接口にはしない。
もしここでそのようなことを言えば、警備員達に聞かれるかもしれないのだから。
もっとも、警備員達がどの辺まで事情を知ってるのかは俺にも分からなかったが。
とはいえ、桐条グループの警備員でこの丸久豆腐店を警備するように言われているのだ。
ある程度の事情については教えられていてもおかしくはなかったが。
普通に考えて、桐条グループの警備員というのは精鋭だ。
そんな精鋭が、幾ら何でも地方都市にある豆腐屋を警備するというのは……それこそりせの件があっても、普通は疑問に思う筈だ。
TVの中の世界について聞いているかどうか。
後で美鶴にはっきりと聞いておいた方がいいだろう。
もっとも、知ってるなら知ってるで、知らないなら知らないで構わないのだが。
「うん、そのつもりよ。弓も持ってきたし」
「弓!?」
ゆかりの言葉を聞いたりせが驚く。
いや、無理もないか。
鳴上達の中で弓を武器にしてる奴はいないのだから。
もっとも、それを言うのなら雪子の武器は扇子だったりするのだが。
別に鉄扇といった訳でもない、普通の扇子だ。
弓と扇子という事を考えれば、弓の方がまだ普通の武器なんだよな。
「久保の件もあるから、その時に見れば……ああ、それはちょっと難しいか」
りせのペルソナは後方援護型だ。
それもいわゆる、後方から魔法とかで攻撃をして援護するという意味での後方ではなく、後方から指揮やサポートをするという意味での後方援護型。
そういう意味では、ゆかりが戦う光景を直接その目で見る事は出来ない。
「うー……弓とか、見る機会がないから、ちょっと見てみたいのに」
「あのね、それを言うのなら長剣とかそういうのだって、普通に使う機会とかはないでしょう?」
「それは……そうだけど」
こうして見る限りだと、ゆかりとりせの相性は悪くなさそうだな。
2人だけでした女同士の話というのが、効果があったのか?
まぁ、俺にとっては悪くない話だし。
ここで2人にギスギスとされたら、ちょっと困る。
りせは……いや、りせちーの時は、男には好まれたものの、女の目からは見ればわざとらしいという思いを抱く者もいたという話だし。
もっとも、りせちーはあくまでもそういうキャラ付けだったのも事実。
それによって、りせは本当の自分を見てといった悩みを抱くようになり、最終的には芸能界を引退……いや、休業か。そうする事になったのだが。
それでも今の素のりせは、ゆかりにも受け入れられたようで何よりだった。