ゆかりが来た日の午後……俺達は、TVの中の世界にいた。
「うん、ここだよ。間違いない」
ペルソナのヒミコを消し、そう断言するりせ。
そう、俺達がいるのは久保がいるだろうダンジョンの前。
……何と言うか、ドットで出来たダンジョンっぽい、そんな感じだ。
「うわぁ……何だか凄い懐かしい感じがするな。こういう感じのゲームってやった事がない筈なんだけど」
花村がそう言う。
年代的に、恐らくそんな感じなのだろう。
あるいは単純に、そういうゲームをやる機会がなかっただけか。
その辺は俺にもちょっと分からないが、とにかくこのダンジョンに入らないといけないのも事実。
「さて、そうなると……誰が入る?」
そう言うと、何人もが立候補する。
その中に雪子がいないのは……自分に言い寄ってきた久保のダンジョンというのも影響してるのかもしれないな。
そして雪子が入らないと言えば、里中も……ん?
里中も入るのに立候補してるな。
結局その後、多くの者が中に入るのを希望した事もあり……俺と雪子、りせの3人以外は全員でダンジョンの中に入る事になった。
特にゆかりがやる気を見せている。
これが普通のゲームとかなら、3人、4人、5人といったパーティの人数制限がある。
だが、これはゲームではなく現実だ。……いや、ゲームか漫画、アニメかは分からないが、原作のある世界ではあるが。
とにかくそのような世界であっても現実である以上、多くの人数でダンジョンに挑むのも問題はなかった。
結局ダンジョンに挑むのは、鳴上、花村、里中、巽、くま、ゆかり、堂島、ムラタ、五飛といった面々。
……うん。明らかに過剰戦力では? とは思わないでもない。
とはいえ、戦力が多くて困るような事はない。
難点としては、この事件の主人公である鳴上達が強くなれないままに事態が進むという事だが……これについては、恐らく現在の鳴上達は原作の鳴上達よりも強くなっているだろう。
何しろ夏休みで修行に使える時間は多く、ムラタや五飛による訓練が行われているのだ。
実戦に勝る訓練はないというのは、それなりに有名な言葉だ。
だが、ムラタや五飛の訓練というのは、半ば実戦に近い。
特にムラタとの訓練は、下手な実戦よりも厳しいだろう。
そんな訓練を毎日のように続けているのだから、その強さが原作の鳴上達より強くなっていても驚きはない。
「行っちゃったね」
全員がダンジョンの中に入っていったのを見て、りせが呟く。
ヒミコを召喚してダンジョンの中に入った者達のフォローをしながらも、まだ入ってすぐなので喋る余裕はあるらしい。
「そうだな。久保にとっても、足立にとっても、今回の一件はかなり予想外だっただろうな」
まさかこれだけの戦力がダンジョンに攻め込んでくるとは思っていなかっただろう。
向こうにとって不運だったのは、俺達というイレギュラーがいた事だろう。
「……ねぇ、アクセルさん」
雪子が少しだけ深刻そうな様子で俺に声を掛けてくる。
「どうした?」
「その、今までの流れからすると……今回の久保という人も、もしかしてこの件が解決したら私達の仲間に?」
「……それは、どうだろうな」
恐らくだが諸岡を殺したのは久保で間違いない。
マヨナカテレビとかの流れが今までと違うが、状況証拠的にも、そして原作の流れ的にもそれは間違いないと思う。
その点が、雪子や巽、りせといった今までTVの世界に入れられてきた者達と違う点だ。
もし久保がペルソナ使いとして覚醒しても、この件が終われば逮捕されるだろう。
そうなれば、久保が俺達の仲間になる事はない。
そう説明すると、雪子は安堵した様子を見せる。
「そう。よかった……」
無理もないか。雪子にしてみれば、久保は俺がいる時もそうだし、その後も何度か自分に言い寄ってきた相手だ。
苦手意識……もっと単刀直入に言えば、嫌悪感や忌避感を抱いても仕方がない。
そんな久保と一緒にこれから行動するというのは、雪子にとって苦行でしかないだろう。
もっとも、俺がちょっと話しただけであったり、他の面々から聞いた話によると、雪子以外でも久保と一緒にいたいと思う者はそう多くないと思うが。
「取りあえず俺達はダンジョンの中での騒動……久保の一件が終わるまで、ここで待っていればいい。そういう意味では、りせだけをここに残す訳にはいかないから護衛が必要だったんだよな」
「……アクセルさん。今日こうして集まった時から気になってたんだけど、いつからりせちゃんを名前で呼ぶようになったんです? 昨日までは名字で呼んでましたよね?」
「ん? ああ。今日丸久豆腐店に行った時にな」
「私から名前で呼んで欲しいって言ったんですよ。これで雪子先輩だけじゃなくて、私も名前で呼ばれるようになったんですよ」
「……それは、どういう意味かしら?」
「え? 別に何か特別な意味とかはありませんよ。ただ、私が思った事を口にしただけですし」
「特別という事の意味をりせちゃんは知ってるのかしら?」
「さぁ? 雪子先輩が何を言いたいのか、ちょっと分かりませんね。ただ、私は今日アクセルさんの恋人のゆかりさんと色々と話したという事だけは言っておきます」
「貴方……」
りせの言葉に、雪子は驚きの表情を浮かべ……数秒が経過すると、俺に視線を向けてくる。
「アクセルさん、悪いけどりせちゃんと女同士の話があるので離れていて貰えますか? りせちゃんはペルソナを使っているので、動けないですし」
りせのペルソナのヒミコの能力は、後方からのバックアップ能力だ。
しかし、バックアップ能力だからこそなのか、山岸のペルソナのユノと同じような欠点がある。
それが雪子が口にしたようなペルソナを召喚した状態で動けないというものだ。
実際には全く動けない訳ではない。
ただ、それでもシャドウが襲ってきた時に対処出来るように動けるかと言われれば、微妙だろう。
……りせがそういう戦闘訓練を受けていないというのもあるし。
あるいは鳴上達のように、実戦の中で腕を磨いていくといった方法もある。
もしくはムラタや花村との訓練とか。
とはいえ、りせはまだ仲間になったばかりであるし、何よりもそういう訓練をするより、ペルソナを少しでも上手く使う方を優先した方がいいのも事実。
これが普通の……それこそ鳴上達のペルソナのように、戦闘で使うタイプのペルソナなら上手くペルソナを使う方法を教える事も出来る。
とはいえ、それでもペルソナは1人ずつ個性があるので、そのペルソナを使いこなすには結局独自の試行錯誤が必要になるが。
しかし、そんなペルソナとは違い、りせのヒミコは後方からのバックアップ型だ。
ペルソナとしての使い方がそもそも違う以上、自分でやり方を見つけていくしかない。
実際には山岸が加入する前はバックアップをしていた美鶴からアドバイスを貰ったりもしていたが。
とにかくそんな訳で、雪子と話があるからといって自由に動いて俺から離れるのは難しい。
やって出来ない訳ではないが、それなら最初から俺を移動させた方がいいのだろう。
それも女同士の話である以上、文字通りの意味で人間離れした聴覚を持っている俺でも聞こえない程に。
「分かった。けどそうなると、もしシャドウが襲ってきたら、その対処をするのは雪子になるぞ。問題ないか?」
尋ねると頷く。
それを見れば、取りあえず問題はないのだろうと判断してその場から離れる。
2人の会話が聞こえない位置……それでいながら、もしシャドウが現れても即座に駆けつける事が出来る位置。
そんな場所まで離れ、俺はそこで適当に時間を潰す。
ダンジョンの外であっても、シャドウは現れる。
ただし、当然ながらダンジョンの中と比べるとシャドウは少ない。
……もっとも、久保のダンジョンでシャドウが出て来ても、中に入った戦力はかなり多い。
そうである以上、もし外よりも多数のシャドウが出ても対処するのは難しくはない筈だ。
ましてや、今日はその中にゆかりも入っている。
ニュクスの一件で俺と共に戦ったゆかりは、ペルソナ使いとしてもかなりの技量を持つ。
それだけではなく、ゆかりは俺の恋人としてエヴァとの訓練も受けている。
ただ、レモンを始めとして俺と同棲している面々とは違ってペルソナ世界に住んでいるので、エヴァとの訓練は受けているが、どうしてもその訓練の頻度はレモン達に比べると落ちるが。
それでも、エヴァと訓練をしているというのは大きい。
熱心にエヴァと訓練をし、より強くなろうとしている五飛やムラタには及ばずとも、この原作の主人公達……鳴上達と比べると、圧倒的に強い。
また、シャドウを相手にするという限定された状況では、ゆかりはタルタロスを攻略した経験があるので、五飛やムラタよりも対処は上手い。
……とはいえ、俺もTVの中の世界のシャドウとは結構戦っているが、基本的にタルタロスと同じシャドウはここには存在していない。
それでもシャドウという一点でゆかりが有利なのは間違いなかったが。
「それにしても……シャドウがいるのなら、刈り取る者がいてもおかしくはないと思うんだけどな」
そう呟く。
マヨナカテレビの一件がニュクスの一件の続編で、こうしてTVの中の世界にシャドウが登場している。
だとすれば、そこに同じくシャドウの刈り取る者がいてもおかしくはない筈だった。
刈り取る者がシャドウの一種なのは間違いない。
だが同時に、あれだけの強者だった事を考えれば特殊な……本当に特殊な存在なのは間違いない。
であれば、このTVの中の世界にも刈り取る者がいてもおかしくはないと思うんだが。
それこそ原作的な意味で。
……そう言えばちょっと前にも似たような事を考えたな。
とはいえ、鳴上達に話を聞いても刈り取る者のような存在が姿を現したという話は聞かない。
これまで幾つものダンジョンを攻略してきた鳴上達でも刈り取る者に遭遇していないのだ。
だとすれば、ここではその辺を期待するのは間違っているのかもしれない。
あるいは……今よりももっと後になって、それこそラストダンジョンとかそういう場所でしか刈り取る者が出て来ないとか。
可能性としては十分にあると思う。
そんな風に考えていると、こちらに近付いてくる者の気配を察知する。
とはいえ、その気配の主は知っている相手なので特に警戒する事はなかったが。
ただ、視線を気配の主……雪子に向ける。
「どうした?」
「もう話が終わったので、戻ってきてもいいですよ」
「そうか。意外に早かったな」
実際にはそう早かった訳でもないのだろうが、感覚的にはすぐといった感じだ。
考えに集中していると、いつの間にか結構な時間が経ったりするしな。
「そうでもないと思いますけど」
「そうか? ……まぁ、それはそれでいいとして、そっちの話はもういいのか?」
「はい。最近の若い子って……と思うようになりました」
「いや、1歳違いだろ」
雪子の言葉に思わずといった様子で突っ込む。
これが例えばもっと年上……20代くらいで言うのなら、まだ分からないでもない。
だが、雪子の年齢でそんな風に言うのはどうなんだ?
この辺りの違いは、元々の性格の違いというのもあるが、稲羽市という田舎で育った雪子と芸能界という世界にいた経験のあるりせの違いだろう。
「でも……まさか、あんな事を言うなんて思ってなかったから」
「あんな事?」
「あ、ううん。何でもないです」
俺が尋ねると、雪子は慌てたように首を横に振ってそう言う。
その頬が薄らと赤くなっているのが気になるが、この辺については突っ込まない方がいいのだろう。
そうして俺と雪子はりせのいる場所に戻る。
それなりに離れていたとはいえ、もしシャドウが襲ってきたら対処出来る。
そんなくらいの距離だったので、特に何も問題なかったらしい。
今更だけど、炎獣を護衛として置いていけばよかったのかもしれないな。
「あ、おかえりなさい、アクセルさん」
笑みを浮かべ、俺に声を掛けるりせ。
雪子は何らかの理由で頬が赤く染まっていたものの、りせは特に何もおかしなところはない。
雪子には何を話したのかと聞くのは止めた方がいいと思ったが、この様子だとりせならあっさりと事情を話してくれそうな感じがするな。
もっとも、実際にそれを聞いても話してくれるかどうかは微妙なところだが。
「鳴上達の方は問題ないか?」
「うん。凄いよ鳴上先輩達……というか、ゆかりさん」
「あー……だろうな」
多分だけど、ストレスが溜まっていたのだろう。
恋人の俺がペルソナ世界にいるのに、ゆかりと会う事は殆どなかった。
あるいは大学生活で色々とあったとか。
もしくは、授業の選択を間違えて単位が足りなくなったとか?
大学では高校と違って自分で受ける授業を選ぶ事が出来る。
だが同時に、授業の選び方を間違えると必要な単位を修得出来ずに留年という事になる。
……まぁ、ゆかりの性格を考えるとそういう事はないと思うが。
そんな風に思いながら、俺はりせからダンジョンの中の話を聞くのだった。