ゆかりが東京に帰って少し時間が経ち、8月も終わって9月に入る。
その日もいつものように足立の姿を捜していたのだが、特に見つかるという事はなく、夜になる。
「え? マジか? 何でまた?」
夜、いつものように大広間で夕食を食べていた俺達だったが、その話の中で鳴上の口から出た言葉は、俺を驚かせるのに十分なものだった。
それこそ、そうめんを取る手を止める程には。
ちなみに今日の夕食はそうめんにたっぷりの天ぷら。
個人的にはうなぎの天ぷらというのが珍しく、美味いと思った。
老舗旅館の夕食がこういうのでいいのか? とも思ったが、シャドウワーカーの何人かが暑さによって夏バテしてるらしい。
もう9月に入りはしたのだが、その暑さは未だに真夏と呼ぶに相応しい気温なのだから、夏バテになっても仕方がないだろう。
その為、夏バテでもしっかりと食べられる料理としてそうめんがリクエストされた訳だ。
勿論、夏バテをした訳でもない者達にとっては、そうめんだけでは足りないので、うなぎや鮎、夏野菜、魚介類といった様々な天ぷらも用意されている。
それだけではなく、炊き込みご飯の類も用意されてるので、夕食的には大満足だった。
ただ、個人的にはまだ夏という感じなので辛口のカレーとかを食べたいと思う。
……もっとも、老舗旅館でカレーとか、出すのは少し難しいだろうが。
ジュネスでレトルトカレーでも買ってきて食べてもいいかもしれないな。
最近はレトルトカレーでも高級な奴とかは下手な店で出るカレーよりも美味いし。
食事についてはともあれ、俺が驚きの声を発したのは鳴上の口から出た言葉が原因だった。
「はい。今日学校で会いました。白鐘は八十神高校の1年に転校してきたようです」
疑わしいという俺の言葉を訂正するかのように、鳴上がそう言う。
実際、俺が疑わしいと言っても、白鐘が転校してきているのは間違いなく、鳴上も自分の目でそれを見ているのだ。
そうである以上、実はそれが見せ掛けだけとか、騙しているとか、そういう風なのでないのは間違いなかった。
「堂島、稲羽署の方では何か情報がないのか?」
鮎の天ぷらを美味そうに食べていた堂島が、俺の言葉で我に返る。
ちなみに堂島は極上の天ぷらがあるのに、酒が飲めない事を非常に残念がっていた。
今は取りあえずまだ何も起きていないが、それでもTVの中の世界に出入り可能な足立の能力を思えば、捕らえるか……最悪殺すまでは、いつ何が起きるか分からない。
その為、堂島は一種の願掛けとして足立を捕らえるまでは禁酒する事にしたらしい。
酒が得意じゃない俺にとっては、かなり助かる事だが。
もし俺が酒を飲んだりしたら……うん。最悪天城屋旅館どころか、稲羽署が消滅していたり、雪子と一夜を共にしたり、気が付いたら別の世界にいたりと、そんな感じで一体何が起きるのか分からないしな。
「警視庁からの圧力で白鐘の件は止めさせたという話はあったな。……というか、これは何日か前に報告したと思うが」
「うむ、それは間違いない」
堂島の言葉に美鶴が頷く。
どうやらその報告を聞き忘れたか、あるいは単純に俺がいない時に報告されたといった感じなのだろう。
「となると、白鐘はもう稲羽市にいる必要はない筈だよな? なら、東京……かどうかは分からないが、自分の地元に帰ってもいいんじゃないか?」
白鐘の仕事は中途半端ではあるが、依頼主がもうここまででいいと言った以上、終わった筈だ。
だというのに、一体何を思ってまだ稲羽市に残っているのか。
……あるいは、やっぱり以前予想した通り白鐘も原作キャラの1人で、何かまだ稲羽市にいなければいけない何らかの理由があるのか。
「仕事の依頼を中断した以上、白鐘はもう自由だ。稲羽市に残っても、咎めるような事は出来ないな」
堂島の言葉に、だろうなと納得する。
仕事の依頼が中断された以上、白鐘の行動を束縛するような事は出来ない。
それは今の状況から考えても間違いのない事だ。
「となると、白鐘が残っている……どころか転校までしてきたのは、白鐘本人が依頼の中断があっても、まだここに残っていたいと思う何かがある訳だ」
そしてその何かというのは、マヨナカテレビで間違いない。
つまり仕事云々ではなく、白鐘本人の好奇心からの行動といったところか。
「厄介だな。白鐘が目立つ行動をすれば、足立を刺激しかねんぞ」
美鶴の言葉に、話を聞いていた面々はそれぞれ頷く。
足立にとって、白鐘がどのように邪魔な存在なのか。
それによって白鐘の危険性も変わってくるだろう。
ましてや、白鐘は女だ。
場合によっては、白鐘に欲望を叩き付けるといった事を考えてもおかしくはない。
……ただ、雪子やりせの件を考えると、その辺がちょっと分からないんだよな。
山野真由美や早紀の件を考えると、成熟した女が好みなのは間違いない筈だ。
しかし、雪子やりせに手を出してはいない。
雪子はそれなりにスタイルがいいし、りせも芸能人だったこともあってか、平均的……あるいは平均を上回る程に女らしい。
なのに、足立は手を出さなかった。
そうなると、TVの中の世界に入った影響で趣味が変わったのか。
もしくは……いや、まさかな。
足立がTVの中の世界に逃げ込んだのは、突発的な出来事だった。
部下や共犯者がいるとは思えない。
そうなると、やっぱりTVの中の世界の影響と考えた方がいいか。
問題なのは、白鐘が足立の趣味かどうかという事だ。
「鳴上、出来るだけ白鐘を気に掛けてやってくれ。……もし万が一足立が出てくるような事があったら、すぐに連絡してくれ。個人的には白鐘を餌にするようで、あまりこういうのは好みじゃないんだが」
もし白鐘が原作キャラなら、足立に狙われる可能性は十分にある。
……いや、原作キャラ云々を抜きにしても、足立の性格を考えると白鐘を狙ってもおかしくはなかった。
「分かりましたけど……本当にそういう風になると思ってるんですか?」
「あくまでも可能性だ。そうならないならそれでいい。そうならないのなら、後は足立を捕らえるだけだが……りせでも見つけられないんだよな」
久保のダンジョンを見つけたりせだったが、その後方支援用のペルソナを使っても足立を見つける事は出来ていない。
これは足立がTVの中の世界でペルソナ能力に覚醒したのだろう事が影響してるのか、あるいはペルソナ能力とはまた違う、何か別の能力に覚醒したのか。
とにかくりせのペルソナでもTVの中の世界にいる足立を見つけることが出来ないのは間違いない。
白鐘の件があってもなくても、結局のところ足立を捕らえれば全ては解決する。
だが、これはそう簡単な話でないのは、このマヨナカテレビの一件から5ヶ月近くも経っている事からも明らかだ。
そもそも足立はそれなりに現実世界に出現しているにも関わらず、そして刑事とかがかなり必死に捜しているのに、まだ見つけられていないのだ。
そういう意味では、足立は犯罪者としての才能という意味では、刑事の才能よりも上だったのだろう。
その足立が何で刑事になんてなったのやら。
「そうだな。久慈川の能力には期待しているが、結局のところ自分の足で見て回る必要がある。……悠、もし本当にアクセルが言うように白鐘が足立に狙われるような事があったら、すぐに連絡しろ。こっちでも出来る限りの行動はする」
「分かりました、叔父さん」
堂島の言う出来る限りの行動というのは、具体的にどういう行動なんだろうな。
「とにかく、白鐘が何を思って八十神高校に転校したのかは分からない。だが、何が起きてもいいように、各自準備を怠らないように」
美鶴の言葉で、取りあえず白鐘の一件の話は終わって再び夕食の時間となる。
俺にとっては幸せな時間だ。
それは他の者達にとっても。
「早紀ちゃん、この天ぷら美味しいね!」
「……え? そうね。オクラは夏野菜だから、今が旬……いえ、もう終わりそうなのかしら。とにかく旬の食材だから美味しいのよ」
早紀と菜々子の会話が聞こえてくる。
早紀は俺達の話に耳を傾けていたらしく、菜々子の言葉に反応するのに少し時間が掛かった。
無理もない。
俺や堂島が少し遅れていれば、早紀は足立によってTVの中の世界に入れられていたのだから。
その足立を捕らえる件について話していたのだから、気にするなという方が無理だった。
もっとも、すぐに菜々子との会話に戻ったか。
話題に出ていたオクラの天ぷらを食べながら、早紀と菜々子に視線を向ける。
この2人の仲はかなり良好だ。
元々、早紀が菜々子に構うようになったのは片思いする堂島の娘だから。
身も蓋もなく言えば、将を射んと欲すればまず馬を射よの言葉通り、外堀を埋める為の行動だった。
だが、元々菜々子が年上の相手に好かれやすいというのもあり、何ヶ月も世話をしているうちに、早紀は堂島の事を抜きにしても菜々子と一緒にいるのを好ましく思ったらしい。
結果として、この2人はかなり仲良くなっている。
……早紀本人にそのつもりはないらしいが、そうして他意がないままで菜々子の世話を焼くのが余計に菜々子との間に好意的な関係を築けているんだろうな。
サクリという食感の後、口の中に広がる多少の粘り。
オクラの大きさも丁度いい。
以前誰から聞いたのかちょっと忘れたが、オクラというのは夏野菜の代表格の1つなのは間違いないが、生長がもの凄い早いらしい。
それこそ採るのが1日2日遅れれば、大きくなりすぎるとか。
勿論大きくなっても食べられない事はないのだが、筋っぽくなるから食べ方に注意が必要だとか。
ああ、これは千鶴から聞いた話だな。
そして少し大きくなったオクラを茹でて、同じく茹でたモロヘイヤと生の長いもをそれぞれ細かく切って和えるだけという料理を以前作って貰った事があったが、美味かった記憶がある。
老舗旅館で出るような料理じゃないが。
ただ、天城屋旅館は利用者の要望にそれなり対応してくれるので、要望すれば作ってくれるかもしれないな。
そんな風に思いながら、食事を楽しむのだった。
「アクセル」
夜、食事も終わり、温泉にも入り、後は寝るだけとなった頃。
今日は晴れだった事もあってか、マヨナカテレビについては考えなくてもいいので、俺と美鶴は部屋の中でゆっくりとしていた。
特に何かをする訳でなく、ただ2人でゆっくりとした時間を楽しむ。
……シャドウワーカーの面々がこの光景を見れば、美鶴の様子に驚くだろう。
「どうした?」
「いや、何でもない。ちょっと呼んだだけだよ。……こう言ってはなんだが、夏の夜にこうして山を見ているのは不思議な気分がするな」
美鶴の言葉に窓の外を見ると、そこでは満月に照らされ、夜とは思えない程に明るくなっていた。
「そうだな。この景色は一見の価値ありという奴だ」
そうして2人で暫く夜の山を見ていたが、俺に寄りかかっている美鶴が不意に口を開く。
「そう言えば、八十神高校の修学旅行は来週だったか?」
「らしいな。……月光館学園に行くんだろ? 意外な展開だよな」
そう言いつつも、原作的に考えれば実はそんなにおかしな話ではないのかもしれないと思う。
具体的には、このマヨナカテレビの一件がニュクスの一件の続編であった場合、それはつまり世界観的にマヨナカテレビの一件とニュクスの一件は繋がる事になる。
そうなると、前作の作品との繋がりというのを示す為に、八十神高校と月光館学園組の間で何らかの接触があってもおかしくはないのだから。
そういう意味では、十分予想出来ていた事ではある。
とはいえ、1年と2年が一緒に修学旅行に行くというのはちょっと珍しい。
あ、でも月光館学園でも2年と3年が一緒に修学旅行だったか。
あるいはその辺で八十神高校と月光館学園組は関係があるのかもしれないな。
……もしくは、このペルソナ世界では2学年が同時に修学旅行に行くというのが普通なのかもしれないが。
「ふふっ、あの伏見が生徒会長をしているのか」
思い出し笑いを浮かべる美鶴。
伏見ってのは……一体誰だったか。
そんな風に疑問に思うも、美鶴の様子からすると、多分美鶴が生徒会長だった時に生徒会の一員だったとか、そんな感じか?
「興味があるのなら、向こうに顔を出してみてもいいんじゃないか?」
今の月光館学園の3年は、美鶴が生徒会長だった時の事を覚えている者もいるだろう。
なら、美鶴が見に行っても特に問題はない筈だ。
それ以前に、月光館学園はあくまでも桐条グループの資金によって運営されているのだから、桐条グループを武治から引き継ぐ美鶴にしてみれば、見に行くのはそうおかしな話ではない。
「ふむ、そうだな。それも少し面白そうだ。しっかりと長時間いるということは出来ないが、少し様子を見るといった程度なら、そのくらいはしてもいいかもしれないな」
美鶴がそう言ったのは、俺の影のゲートを使えば即座に移動出来るからだろう。
片道数時間の旅路がないというのは、美鶴にとって決して悪い話ではない筈だった。