「じゃあ、そろそろ行くか?」
「アクセルに頼んでおいて、今更だが……本当にいいのか?」
「時間通りなら、そろそろ鳴上達も月光館学園に到着してる筈だし、タイミング的には今の方がいいんじゃないか?」
今日は鳴上達が修学旅行に向かった日。
朝早く……それこそ早朝に出掛けていったが、その修学旅行についていく……いや、それに乗じて月光館学園を見に行くという、以前ちょっと話した事を実行しようとしていたのだが、いざその時になって美鶴は微妙に気が進まなくなってしまったらしい。
美鶴にしてみれば、自分はシャドウワーカーを率いるという立場にある。
そうである以上、ここで自分が東京まで遊びに行ってもいいのかと、そんな風に思っているのだろう。
生真面目な性格の美鶴らしいが。
とはいえ、生真面目だからこそ部下からは少し休んで欲しいという要望がこっそりと俺に出されたのも事実。
シャドウワーカーの面々にしてみれば、美鶴は仕事をしすぎという事らしい。
さすがに過労死とかそういうのにはならないにしろ、それでもゆっくりと休んで欲しいと言われるくらいには仕事をしている。
今回の一件も、それが影響していた。
「分かった。……ここ最近は、月光館学園に立ち寄っていなかったからな。お陰で馬鹿者を出してしまったし」
美鶴の言う馬鹿者というのは、多分以前俺が東京に行った時、絡んできた生徒の事だろう。
最終的に俺との一件以外にも問題を起こして、停学だか退学だかになったらしいし。
とはいえ、月光館学園を運営しているのが桐条グループだからとはいえ、問題を起こす人物を前もって対処するというのは難しいだろう。
実際、ニュクスの一件があった時も月光館学園においては山岸の苛め問題について、担任の教師が自分のクラスからそういう問題が起きると自分の評価が低くなるという事で、山岸が苛められて体育館の倉庫に閉じ込められ、結果としてタルタロスに迷い込む事になって数日行方不明になっていたにも関わらず、病欠という事で誤魔化していた。
美鶴が生徒会長をしていて、目が届きやすかった状況ですら、そうだったな。
……まぁ、もしかしたら当時理事長をしていた幾月が何か企んでそのような人物を雇っていたという可能性は否定出来ないが。
とにかく当時ですらそのような感じだったのだ。
そうなると、美鶴も卒業し、理事長も桐条グループの者だろうが、それでも桐条家の者ではない以上、色々と問題が起きてもおかしくはなかった。
「その辺も見てきたらいいんじゃないか? ……ただし、あくまでも骨休めだというのを忘れるなよ。骨休めをしに行ったのに、月光館学園の調査をするとかしたら意味がないし」
「分かっている。アクセルは一体私を何だと思っているのだ?」
不満そうに言う美鶴だったが、その生真面目さがちょっとな。
俺の恋人の中でコーネリアとスレイ、エリナ、モニクといった面々……うん。何気に俺の恋人の中にも生真面目な性格の者は多いな。
ただ、それなりに気を抜けるかどうかというのも大きいとは思うが。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「アクセル、私はまだ私をどう思っているのかを聞かせて貰ってないのだが?」
ジト目でそんな風に言ってくる美鶴を無視して、俺は修学旅行に相応しい10代の姿に変わってから影のゲートを展開するのだった。
「ふむ、勉強か。それはいいのだが……修学旅行というには、少し堅苦しすぎないか?」
月光館学園において、何故か授業を受けている八十神高校の生徒達。
それを廊下から見た美鶴が、不思議そうに言う。
修学旅行という字面から考えれば、ある意味で間違ってはいないのだろうが。
「何でもこれは久保に殺された諸岡の考えていたスケジュールらしい。追悼の意味も込めて、こういう感じになったと里中が言っていたな」
「学生からは嫌われていたという話だったが、教育熱心だったのだな」
別にそういう感じじゃなかったと思うけど。
俺が聞いた話だと、気にくわない生徒は腐ったミカン帳とかいうのに書いていたらしいし。
唯一にして最大の称賛は、久保とぶつかった結果、久保が退学になった事だろう。
久保が諸岡を殺したのはその辺の恨みがあっての事だったのかもしれないな。
「授業を受けている面々は嬉しそうじゃないけどな」
普通なら、修学旅行というのは名前とは裏腹に学生最大のイベントの1つで、思い出作りの場だ。
中にはその時の為に急造カップルが大量に増えたりするらしいが。
そして修学旅行が終わると、その急造カップルも別れるとかなんとか。
別にそれは修学旅行だけの話じゃなくて、それこそクリスマスやバレンタインとかでも同様らしいが。
「私達の修学旅行は……楽しかったな」
しみじみと呟く美鶴。
そうして教室の中を見ていると……
「桐条先輩、ですよね?」
そう声を掛けられる。
声のした方に視線を向けると、そこには俺にとっても見覚えのある人物の姿があった。
「伏見か。……随分と見違えたな」
伏見と呼ばれたのは、以前俺も見た事がある人物だ。
美鶴が生徒会長をしていた時、生徒会の一員として働いていた人物。
美鶴もそれなりに可愛がっていた相手だ。
「ありがとうございます。自分ではそんなに成長したという思いはないんですけどね」
伏見がそう言い、笑みを浮かべる。
ただし、そこには数年前に俺が見た時のような自信のなさはない。
それを見ただけで、成長してるというのは分かる。
本人がそれを自覚していないだけなのか、それとも謙遜しているのか。
「えっと、そちらは……アクセルさんですよね?」
「俺の事も覚えていたのか」
伏見が俺を見てそう言うのが、少し意外だった。
俺も月光館学園に通っていたのは事実だ。
だが、その時間は決して長い訳ではない。
学年が同じならともかく、俺と伏見は学年も違う。
そうなると伏見が俺の事を知っているというのはかなり意外だった。
「はい。その……桐条先輩や岳羽先輩と同時に付き合っていたので……」
「ふふっ、それは目立つだろうな」
伏見の言葉に、美鶴が笑みを浮かべてそう言う。
美鶴もゆかりも、当時の月光館学園においては高嶺の花と呼ぶべき存在だったのは間違いない。
美鶴は桐条グループの令嬢で、生徒会長で、勉強も運動もトップクラスで、美貌の持ち主という……文字通りの意味で高嶺の花だ。
それこそ口説こうと思っても躊躇してしまうような、そんなスペックの持ち主だった。
そんな美鶴に対し、ゆかりは今時の女子高生といった感じだった。
美鶴程ではないにしろ美人と呼ぶに相応しい外見をしており、そのスタイルも女子高生としては平均以上。弓道部でもエース級で、勉強もトップクラスという訳ではないが、上位に位置するくらいの成績は維持していた。
何より美鶴と違って話し掛けやすい雰囲気を持っているのは大きい。
……もっとも、家柄については一応桐条グループの中でもそれなりに家格が高い家の出なのだが。
本人は母親との軋轢で半ば縁切りをしているが。
ともあれ、話し掛けやすいだけに、ゆかりは口説きやすい相手でもある。
実際、以前寝物語で聞いた限りだと、月光館学園に通っていた時に告白された人数では美鶴よりもゆかりの方が多かったし。
「高嶺の花の2人と同時に付き合っていれば、それは目立つか」
そう言うと、伏見の頬が赤く染まる。
自分でそれらしい事を言った割には、この程度の事を聞いただけで頬が赤くなるのはどうなんだ?
「ちなみに高嶺の花という事なら、今の伏見も結構モテるんじゃないか?」
「え? その……あの……」
俺の言葉に慌てる伏見。
この様子を見ると、それなりに告白されたりはしてるのだろう。
実際に付き合っている相手がいるのかどうかは、俺にも分からないが。
「アクセル、伏見をあまり苛めないでくれ」
美鶴にそう言われるが、別にそこまで苛めているつもりはなかったんだが。
とはいえ、伏見の様子を見るとこれ以上この件についての話はしない方がいいだろう。
「伏見、私が言うのも何だが、この手の話題にはそれなりに慣れておいた方がいいぞ。でなければ、将来的に困るだろう」
それは美鶴が月光館学園を卒業した後の経験からの言葉なのだろう。
真剣に告げる。
伏見も美鶴の性格を知っているだけに、その言葉に真剣な表情で頷く。
「分かりました。……あまりそういうのは得意ではないのですが、それでも頑張れるだけ頑張ってみます」
伏見の言葉に、美鶴は満足そうに頷くのだった。
「ほう、私がいた頃とあまり変わっていないな」
折角だからという事で、俺と美鶴は伏見に案内されて生徒会室にやって来た。
その生徒会室を見て、美鶴は懐かしそうに言う。
この生徒会室で美鶴も生徒会長として仕事をしていたのだから、懐かしそうにするのはおかしくはないだろう。
「細かいところは桐条先輩がいた頃と比べると少し違ってますけどね。ただ、この状態が一番効率的に仕事が出来るので」
「そう言って貰えると私も嬉しいな」
嬉しそうな様子の美鶴。
この様子を見ると、もしかしたらこの生徒会室の家具や戸棚、書類棚といった諸々を配列したのは美鶴なのかもしれないな。
その後、美鶴と伏見は学生時代についての話で盛り上がる。
……ただ、俺が月光館学園に通っていた期間は短いので、その話題にはついていけない。
そんな訳で、美鶴を生徒会室に残して俺は適当に月光館学園を見て回る。
とはいえ、短い期間とはいえ俺も月光館学園に通っていたのだ。
この数年で何か新しくなったりとかはしていないだろうから、特に目新しいものはない。
学校の中を見て回っていると、何人かに驚きの声を上げられる。
不審者を見て驚いているとかじゃなくて、俺という存在を認識した上で驚いている。
つまり、俺をアクセルとして認識しての行動なのは間違いなかった。
多分、伏見と同じ3年……つまり1年の時に俺を見た事があったんだろうな。
とはいえ、今の俺は10代半ばの姿だ。
つまり、2年前から外見が変わっていない事を意味している。
この辺は変身の難点だよな。
10歳くらい、10代半ば、20代。
俺が変身出来るのはこの3つで、例えば18歳とかそういうのは出来ない。
それはつまり、何年後に俺を見ても年齢が全く変わっていないという事を意味している。
初めて会った相手であれば、その辺についても気にする事はないだろう。
だが今回のように、数年前に会った人物を改めて見た結果、以前と全く変わっていないというのはちょっと問題かもしれないな。
これが毎日のように会っている存在であれば、何気にあまり気が付かれないのだが。
月光館学園の中を歩き回っていると、ざわめきが聞こえてきた。
一体何だ?
そう思って声のした方に向かうと……
「え? アクセルさん!? 何でここに!?」
りせが俺を見て、驚きの声を発する。
りせの隣には巽の姿もあり、俺を見て驚きの表情を浮かべていた。
ああ、なるほど。生徒会室にいたり、適当に見て回っていた間に授業が終わったらしい。
「来てるなら来てるって教えてよね!」
驚きから我に返ったりせが、そう言いながら俺に近付いてきて腕を抱く。
平均程度の大きさはある胸が肘で潰れる感触。
それを見た他の面々……それこそ巽以外の1年の生徒達が、とんでもない視線を俺に向けていた。
無理もないか。
今は休業中でも、りせは日本のトップアイドルをしていたのだ。
八十神高校全体で考えても、かなりの人気なのは間違いない。
それこそ八十神高校のマドンナとか言われる事も多い雪子と同様……あるいは知名度を考えればそれ以上に人気なのは間違いない。
しかし、月光館学園に通っていた時の美鶴とはまた違う意味で、りせに告白出来る者は殆どいない。
やはり元トップアイドルというのは、普通に考えてそう簡単に近寄る事が出来ないのだろう。
俺が最初に会った時のりせなら、それこそ芸能人オーラとでも呼ぶべきものはなかった。
それこそ、その辺の地味な一般人と言われてもすぐに納得出来ただろう。
しかし、今のりせは違う。
TVの中の世界で自分のシャドウを受け入れ、りせちーも自分であると理解したりせは……それこそ、下手をすればりせちーとしてアイドルをしていた時以上に、芸能人オーラが出ている。
多分、だからこそクラスメイトの中でもペルソナ関係でお互いに気安い巽の側にいるんだろうな。
ともあれ、そんなりせだが……今はこうして俺の腕に抱きついている訳だ。
「それで、アクセルさんが何でここに?」
「何でと言ってもな。俺も美鶴も、後はりせも知っているゆかりもこの月光館学園の卒業生だしな。……正確には俺は途中で転校したから卒業生じゃないけど。それで八十神高校の修学旅行で月光館学園に来るという話があったから、美鶴を少し休憩させる意味でもちょっと寄ってみる事にしたんだ」
「じゃあ、これからは一緒に行動出来るの?」
「それは……どうだろうな」
その辺は美鶴次第だが、それはそれで面白そうだと思えるのは間違いなかったが……美鶴の性格からすると、それが難しいだろうと思えるのも事実だった。