「これはまた……随分と大規模な学園祭だな」
9月25日の日曜日、俺はゆかりの大学の前にいた。
白鐘がTVに出た件で何らかの問題が起きるのかとも思ったが、今のところはまだ特に何も問題が起きたりはしていない。
一応白鐘が現在住んでいる場所の近くには稲羽署から何人か刑事が出向いている。
正確には車の中で待機しており、もし足立が現れたらすぐにでも取り押さえる準備をしているという表現の方が正しい。
とはいえ……TVから出てこられたら、白鐘も足立に対処するのは難しい。
ただ、その辺は鳴上達がそれとなく伝えているという話だったので、恐らくその心配はないだろう。
りせを連れ去った時のように、外に出て何らかの手段で捕らえるといった方法になると思う。
とにかくそんな訳で今のところは特に何かが起きた訳ではない。
また、何かがあったら通信機で美鶴から連絡を貰えるようになっている。
普通なら稲羽市で何かあった時に東京でその報告を受けても、稲羽市に向かうまで数時間は掛かるが……俺の場合は、影のゲートがある。
それこそ美鶴から連絡があったら、その数秒後には稲羽市に戻る事が可能だった。
そんな訳で、美鶴からは今日はゆかりと一緒に学園祭を楽しんでくるようにと言われ、こうして待ち合わせの為に大学の門の前で待っていたのだが……
「アクセル!」
聞き覚えのある声に視線を向けると、そこにはゆかりの姿があった。
俺を見て、笑みを浮かべて近付いてくる。
……そんな様子に、俺は周囲にいる者達の何人かから嫉妬の視線を向けられていた。
まぁ、それは無理もないか。
ゆかりの美貌を考えれば、言い寄ってくる男はかなり多いんだろうし。
だが、ゆかりはそれを全て断っている。
つまり、この大学においてゆかりは高嶺の花といった感じなのだ。
……ゆかりは美鶴と共に月光館学園でも高嶺の花といった扱いだったのに、大学に入っても同様なんだな。
とはいえ、そのゆかりに言い寄っても結局どうにも出来なかった者達が嫉妬の視線を向けてきても、だからといって俺がその視線を気にする必要もない。
そんな事を考えている間に、ゆかりは俺の前に到着する。
「ふふっ、こういう時って待ったって聞くんだったわよね?」
「それじゃあ、俺は今来たところっていうのか? 配役が逆なような気もするが」
学園祭だからという事もあり……そして俺の自惚れでもなければ、恋人の俺と一緒に学園祭を回るということで、テンションが上がっているように見える。
「配役とかそういうのは考えなくてもいいでしょ。……それより、いつまでもここにいても仕方がないし、行きましょうか。まずはどこから見る?」
そう言い、手を引っ張るゆかり。
そのまま手を繋ぎ……いわゆる恋人繋ぎで大学の中に入っていく。
俺とゆかりが恋人繋ぎをした事で、再度周囲からの視線が厳しくなる。
ゆかりはそんな視線を気にした様子もなかったが。
元々ゆかりは人目を引く美人だ。
注目を集める事には慣れているのだろう。
あるいは、男に言い寄られて困るという話だったので、自分には恋人がいるというのを周囲に知らせる為にこういう行動をしてるのかもしれないが。
「そう言えば、ミスコンに出るんだろ? 何時からだ?」
「午後よ。ミスコンはこの学園祭の最大の目玉らしいから、学園祭の最後にやるらしいわ」
「それはまた……大々的にやるんだな」
「ええ。本当はこういうのにはあまり出たくないんだけど。アクセルが見たいって言うから出るんだからね。こんなサービス、アクセルにしかしないんだから、感謝してよね」
「それ、何だかシェリルっぽいな」
「あら、そう?」
まぁ、シェリルの場合は『こんなサービス、滅多にしないんだからね』だと思うけど。
この辺はゆかりの『馬鹿じゃないの? っていうか、馬鹿じゃないの?』みたいに、シェリルの代名詞的なところがあるよな。
「ともあれ、ミスコンが学園祭の最後なら、その準備とかを考えると……何時くらいまで一緒に見て回れる?」
「午後2時くらいかしら」
「となると、4時間くらいか」
現在が10時くらいなので、大体そのくらいだろう。
ゆかりとの学園祭デートと考えると、ちょっと時間が少ないような気もする。
とはいえ、ミスコンの準備となると化粧とか着替えとかそういうのもあるから、仕方がないのだろうが。
「少ないわね。出来ればもう少しアクセルと一緒にいたかったけど……仕方がないか。時間もないし、色々と見て回りましょう。あ、ほら。あれとか学園祭の定番でしょ? 私の知り合いがやってるの。行ってみましょ」
ゆかりが示したのは、たこ焼きの屋台だ。
まぁ、たこ焼きというのは学園祭らしい……というか、祭りらしい食べ物ではある。
稲羽市で行われた花火大会でも、たこ焼きを食べたし。
とはいえ、あの花火大会からそれなりに時間が経っているのを思えば、たこ焼きを食べたいと思ってもおかしくはない。
「って、うわ。ゆかりちゃんか。男と一緒……というか、2人きりってのは珍しいな」
「えへへ。やっぱり学園祭は恋人と一緒に回るのが幸せでしょ。約束通り食べにきたんだから、おまけしてね」
「恋人ぉ!? ……へぇ、前から話だけは聞いてたけど、この人がゆかりちゃんの恋人か」
男は俺を見て驚く。
どうやらゆかりの友人らしいこの男は、恋人がいるというのは聞いていたらしい。
「ゆかりが世話になってるみたいだな」
「あ、いえいえ。俺の恋人がちょっとトラブった時にゆかりちゃんに助けて貰ったんで、寧ろこっちが世話になってる感じです」
この男の恋人がトラブルに、か。
まぁ、ゆかりは色々な面で特殊だ。
例えば暴力沙汰になっても、ペルソナを召喚したり、弓を使わなくても普通にその辺の男には勝てる。
それどころか、何らかの格闘大会の世界チャンピオンを相手にしても、普通に勝てるだろう。
ゆかりの実戦経験と、何より魔力を使った身体強化はそれだけの強さを持っているのだから。
あるいは暴力沙汰以外でも、ゆかりなら何とかしそうだよな。
桐条グループと繋がりがあるのは、非常に大きい。
何しろペルソナ世界の日本において、桐条グループは一強……とまではいかないが、それに近い影響力を持っているのだから。
もし何かあってゆかりだけで手に負えないような事があっても、桐条グループに頼ればどうとでもなる。
……この男の話を聞く限りでは、そこまでの事態ではなかったようだが。
「そうか。ゆかりはこう見えて色々とドジなところもあるから、これからも仲良くしてやってくれ」
「ちょっと、ドジって何よドジって」
不満そうに言ってくるゆかりだったが、そこまで間違ってはいない。
幽霊が苦手だとかは言ってないんだから、感謝して欲しい。
今のゆかりなら、魔力やペルソナを使えば幽霊とかにも対処は出来る。
出来るのだが、それでもゆかりは単純に幽霊の類が苦手なのだ。
まぁ、殺せるから苦手になるなというのも微妙な感じなのかもしれないが。
「任せて下さい。それに、こう見えて知り合いも多いので、ゆかりちゃんに言い寄ってくる男もある程度は牽制しておきますね」
「そうだな。ゆかりの事を思えばそうしておいた方がいいか」
「もう、アクセルの馬鹿。……っていうか馬鹿」
この繰り返す奴、久しぶりに聞いた気がするな。
そんな風に思いつつ、たこ焼きを買って食べる。
最初に言ったサービスをするというのは嘘ではなく、8個入りのところを12個入りにしてくれた。
「美味いな」
そのたこ焼きは、普通に美味い。
よく言われるのは、東京のたこ焼きは不味いというのがある。
それこそ東京で人気のたこ焼き屋でも、大阪に行けば売れないとか。
逆に大阪ではいまいち売れないたこ焼き屋でも東京では普通に繁盛するとか。
それはつまり、純粋に大阪のたこ焼き屋の方が全体的にレベルが高いという事なのだろう。
実際に大阪のたこ焼き屋で食べた事がないので、あくまでもこれは誰かから聞いた程度だが。
ともあれ、このたこ焼きはそういうのを考えても十分に美味い。
「ありがとうございます。小さい頃からたこ焼きは焼いてましたから」
そう言い、照れ臭そうに笑う男。
もしかしたら、大阪出身なのかもしれないな、
大阪弁じゃないが。
ともあれ、たこ焼きを食べて他の屋台を見て回る。
射撃や命中のステータスが働いた結果、射的で最新のゲーム機をゲットしたり。
自分達で作ったという服を飾っている場所を見たり。
ちょっと珍しいところで、海外のアンティークの家具風に作った家具を見たり。
そして……
「うげ、マジか」
何故か存在しているゴーヤクレープの屋台に、思わずそんな声を出す。
「どうしたの?」
「あれ」
俺の声を聞いて不思議そうに尋ねてきたゆかりに、ゴーヤクレープの屋台を指さす。
とはいえ、そうしながらも疑問がある。
この学園祭で屋台を出すのは、当然ながらこの大学の学生だけだ。
それはつまり、ホワイトスターのゴーヤクレープの屋台が支店的な扱いで出すことが出来ないという事を意味していた。
だというのに、こうしてゴーヤクレープの屋台……それもイチゴとバナナとかといった普通のクレープは一切なく、本当の意味でゴーヤクレープ専門の屋台があるというのは素直に疑問だった。
「なんで……?」
ゆかりも俺と同じ疑問を抱いたのか、不思議そうに呟く。
「考えられる可能性があるとすれば、桐条グループ経由でゴーヤクレープの屋台を出していたのを、この大学の生徒が食べて気に入ったとか」
「気に入るの? いえまぁ、人の味覚はそれぞれだし、そう考えればゴーヤクレープを美味しいと思う人もいるかもしれないけど。……で、その人達がこのゴーヤクレープのを広めようと思ったとか?」
「そんな感じだな。もしくは本当に偶然ゴーヤクレープという食べ物を思い浮かんだか」
「それは……」
あまり想像したくないといった様子のゆかり。
とはいえ、料理の味覚というのは人それぞれだ。
俺にとってゴーヤクレープは好ましくない食べ物だが、それこそ人によっては普通にゴーヤクレープを美味いと思う者がいてもおかしくはなかった
「もっとも、実際にはあの有様だけど」
ゴーヤクレープの屋台の周囲には人の姿がない。
何人かは怖いもの見たさか、離れた場所から見ている者もいるが、実際に買ってる者はいない。
「取りあえず、他を回ってみましょう。残ってる時間はあまりないし」
ゆかりの言葉に頷く。
ゴーヤクレープを売ってる者達が俺達を呼んでいるような気がするが、それはきっと気のせいだろう。
そういう事にしておく。
そうしながら、俺はゆかりとこの場から離れる。
「次はどこに行く? どこかゆかりのお勧めはないか?」
「うーん、そうね。そう言えば、どこかの政治家が……何だったかしら。そうそう、獅童正義とかいう人が講演に来てるらしいけど、それを見に行く?」
「政治家の講演会を見ても面白そうじゃないな」
ここに美鶴がいれば、多少はそっちに興味を持つかもしれない。
だが、俺は別に興味はない。
ペルソナ世界の政治家というのは、俺の立場からすると交流のある複数の世界の政治家の1人……それも世界を制している国とかそういうのではなく、ペルソナ世界に存在する幾つもの国の政治家の1人でしかない。
あるいは日本の総理大臣とかなら、まだ話は別かもしれないが。
「うちの大学の中でもそういう活動に熱心な人達はそれなりに講演会を見に行ってるらしいけどね。まぁ、アクセルならしょうがないか。じゃあ……そうね。アクセルが興味を持つとなると……セーラー服の歴史とか?」
「俺を一体何だと思っている?」
ゆかりの口から出た言葉に、思わず突っ込む。
だが、ゆかりは笑みを浮かべ……
「興味、ない? 今度夜に着てみてもいいけど」
蠱惑的に言ってくるゆかりだったが、俺はそれに頷くのを我慢する。
実際に魅力的な提案ではあったが。
そうして次に向かったのは……
「中華まんか。この季節らしいと言えばらしいか」
既に9月も下旬。
夏の暑さも大分治まってきている。
そうして秋が近くなると、中華まん……肉まん、ピザまん、カレーまん、あんまんといったメジャーな中華まんが食べたくなる季節になってくる。なってくるのだが……
「いまいちだな」
中華まんの中でも一番高価な特製肉まんを買って食べたが、正直なところいまいちだ。
とはいえ、これは肉まんがまずいという訳ではない。
実際に周囲の様子を見ると、さっきのゴーヤクレープとは違って結構な客がいるし。
ただ、肉まんに関しては単純に俺が超包子での肉まんを食べ慣れているからだろう。
普段から極上の肉まんを食べていれば、どうしてもそれ以外の肉まんはいまいちに思えてしまう。
「そうね」
ゆかりもその辺は俺と同じなのか、残念そうに言う。
「不味いって訳じゃないんだけどな」
最後の一口を食べて、そう言う。
そうして俺とゆかりはミスコンの準備が始まるギリギリまで学園祭を楽しむのだった。