ざわり、と。
美鶴の言葉を聞いた者達の多くがざわめく。
荒垣と真田だけは、今日……それも本当につい先程ここに来たばかりなのもあってか、他の者達と違ってざわめく様子はなかったが。
一応大雑把に話を聞いてはいた筈なんだが、これについては美鶴も他の面々に話をしていなかったのだろう。
とはいえ、ここで2手に分かれるのは、そんなに悪くない提案だと思う。
白鐘を可能な限り素早く救出するのは勿論重要だし、生田目の家にあるTVと繋がっている、TVの中の世界で足立が拠点としている場所についても、生田目が捕らえられた事を足立が知ったら、何らかの対処をするだろう。
そうなると、また足立のいる場所を見つける為に延々とTVの中の世界を歩き回る必要がある。
スライムを使えない以上、かなり厄介なのは事実。
あるいは炎獣を大量に……とも考えた事もあるが、それはそれでシャドウの暴走とか反乱とかスタンピードとか、そういうのを招きそうなんだよな。
だからこそ、今のように足立を捕らえるチャンスがあるのなら、それを逃す手はない。
多分……本当に多分の話だが、原作においては白鐘の件と生田目の件は別だったのだろう。
あるいは原作においては生田目は足立と手を組むとかしていない……いや、不倫の件で全国ニュースに流れたような人物であるのを考えると、やっぱり原作でも何らかの関係があった相手ではある可能性が高いのか。
ただ、白鐘と生田目の件は別々の事件だった可能性がある。
俺が介入した結果、白鐘と生田目の件が同時に起こったといった感じなのだろう。
「これについては、既に決めた事だ。異論があっても認めない」
「ちょっと待ってよ。異論って訳じゃないけど……アクセルさんの方、戦力が少なすぎるんじゃない? こっちの人数が多すぎるけど……」
りせが美鶴に向かってそう尋ねる。
いや、それは尋ねるというか、納得出来ないといった様子の言葉ですらあった。
実際、向こうの人数と比べてこっちの人数が少ないのは事実だ。
事実だが……だからといって、戦力的に劣っているかと言えば、そうではない。
「人数は少ないだろう。だが……そちらのチームとアクセル達のチームが戦った場合、勝つのは間違いなくアクセル達だ」
美鶴がそう断言する。
実際、五飛やムラタに訓練を受けている者達は、全員が美鶴の言葉に頷く。
それは美鶴の言葉が事実であるという事を示していた。
そして他の面々が認めている以上、りせもそれ以上は不満を口に出来る筈もなく、話は決まる。
皆がそれぞれに準備を始めると、りせが俺の方にやってくる。
「ちょっと、アクセルさん。本当にいいの?」
「戦力の事か? 気にするな。美鶴の言った事は決して間違っていない。それこそ俺だけで戦っても……いや、五飛やムラタだけで戦っても、りせ達全員を相手にして勝利出来るし。それに、忘れたのか? 俺には召喚魔法がある。もし戦力が足りなければ、それで戦力を追加出来るんだ」
そう言うと、渋々……本当に渋々だが、りせは納得した様子を見せる。
「しょうがないわね。アクセルさんがそう言うのなら納得しておいてあげる。けど……ちょっと耳を貸して?」
「うん?」
この状況で何か内緒話でもあるのかと、耳をりせの方に向けると……
「これは勝利のおまじない」
その言葉と共に、頬に触れる何か。
それが何かは、このシチュエーションを考えればすぐに分かる事だ。
りせが俺の頬にキスをしたのだと。
「えっと……こういうサービスは滅多にしないんだからね、だっけ?」
それはシェリルの口癖……という程ではないが、シェリルが時折口にする言葉だった。
ゆかりの、二度繰り返すのと同じ感じで。
多分だが、俺を追い出して女同士の話をした時にシェリルから聞いた言葉なんだろうな。
……だとすると、このキスもシェリルの影響を受けての言葉なのか?
まぁ、その辺についてはいいとして……うん。前々から若干そうだとは思っていたけど、俺はりせに好意を寄せられていると思ってもいいのだろう。
そして多分だが、それは友人としての好意ではなく、異性に対する好意。
勿論、それが異性に対する好意だからといって、恋愛感情とは限らない訳なのだが。
異性であっても、友人としての好意というのは普通にあるし。
例えば、俺と明日菜とかはそんな感じだろう。
他にもシャドウミラーに所属している女の面々とは友好的な関係を築けているし。
そんな訳で、りせに頬にキスをされたからといって、そういう意味だとは限らない。
……まぁ、俺がそういう風に思えるのは、単純に恋人が多くてそういう経験が多いからというのもあった。
「ああああああああっ!」
俺の考えは、周囲に響いたその声で霧散する。
声のした方を見ると、そこでは花村がこちらを指差し、大きな声を上げていた。
花村は元々りせの……というか、りせちーのファンだった。
そのりせが今は一緒に行動している仲間なので、もしかしたら自分にもチャンスが……とか、そういう風に思っていたのかもしれないな。
だがそんな時に、俺の頬にキスをするりせを見たのだから、それで悲鳴を上げるなという方が無理だった。
そして当然ながら、今の花村の大声で俺とりせに視線を向けている者も多い。
……荒垣が呆れの視線を向けているのは、シャドウミラーに行く事が多いので、俺に多数の恋人がいるのを知っているからか。
少し……いや、大分驚いた事に、稲羽署からやって来たお偉いさんのうち、何人かが俺に嫉妬の視線を向けている。
「もう、花村先輩ったら。……今のは勝利のおまじないだからね。足立って人をしっかりと捕まえてきてちょうだい」
そう言い。笑みを浮かべてから鳴上達の方に向かうりせ。
そんなりせに花村が何かを言っていたり、雪子が複雑そうな視線を向けていたり、里中が驚きを見せていたり、くまが騒いでいたりしていた。
とはいえ、その一件については俺も気にしないでおこう。
そう判断し、もう一方……生田目の家にあるTVから足立のいる場所に向かう集団の方に近付いていく。
「ふん」
今のやり取りが気にくわなかったのか、五飛が鼻を鳴らす。
ストイックな五飛にしてみれば、恋人が多数いながら他にも手を出している――ように見える――のが気にくわないのだろう。
とはいえ、五飛もシャドウミラーに来てから何だかんだとそれなりに経つ。
俺についてどうとか、そういうのを考えるのもいいが……五飛にも恋人が出来てもいいと思うんだけどな。
とはいえ、シャドウミラーの中に五飛と年齢的に釣り合うのは……ステラとか?
明日菜や四葉は年齢的にちょっと上で難しいか。
あのくらいなら姐さん女房とかで普通にありな気もするが。
もしくは……ルリとか?
ただ、ルリと五飛は決して相性が良いようには思えないんだよな。
もっとも、ラピスは勿論、ルリも俺の家では可愛がられている。
もしルリと付き合う場合……まずは母親代わりとなっている、レモンを含む俺の恋人達に認められる必要があるだろう。
うん、それだけでかなり厳しいな。
「何だ?」
俺が見ていたのに気が付いたのか、五飛は不満そうな様子でそう言ってくる。
五飛にしてみれば、俺が一体何故見ているのか分からなかったのだろう。
「いや、いよいよこのマヨナカテレビの一件もこれで終わりかと思うと、俺にも色々と思うところがあるだけだ。……それより、準備が整ったらすぐに生田目の家に行くぞ。堂島、生田目の家については分かってるんだよな?」
「ああ、住所は聞き出してある。今は1人暮らしのようだから、家族の心配もいらないだろう」
「……だろうな」
不倫の件で全国ニュースに顔が流れたのだ。
家族と一緒に暮らすのは難しいだろう。
それによって、家族に迷惑を掛けるかもしれないという事を考えると、生田目としても1人暮らしをするしかなかったという事か。
どのようにして足立と接する事になったのかは、分からない。
分からないが、それでも家族と同居していないというのは足立にとって幸運だったのは間違いない。
……いや、でも足立が接触した影響により、俺達が足立を捕らえるチャンスが巡ってきたと考えると、最終的には足立にとってラッキーだった訳ではないのか?
「鍵も借りている」
「いや、俺の影のゲートで直接転移した方がいい。万が一、足立が警戒して何らかの罠を仕掛けている場合、面倒な事になるし」
生田目が捕らえられた件を足立が知ってるかどうかは分からない。
多分大丈夫だろうとは思うが、足立は何気に知恵が回る。
でなければ、TVの中の世界という安全圏があるとはいえ、この稲羽市に留まって未だに警察に捕らえられないという事はないだろう。
つまり、生田目を協力者にしたにしろ、その生田目がドジを踏んだ時の事を予想していないとは思えない。
つまり、生田目の家には……そう、例えば扉を開ける時に何らかの特殊な順番とかでなければ鍵等が開かないとか、あるいは仕掛けておいた罠が発動するとか、そういう可能性は十分にある。
しかし、それはあくまでも鍵や扉を開けた時だけの筈。
影のゲートを使っていきなり部屋の中に転移してくるというのは、向こうにとっても完全に予想外だろう。
……あ、でも足立は俺の影のゲートについて、しっかりとではなくても、それなりに知っているのか。
稲羽署で早紀を助けた件もあるし。
もっとも、だからといって転移に対する罠というのは、そう簡単に出来るものではない。
何しろOGs世界においても転移に対する対処は無理だったし。
「足立が転移対策に何かを仕掛けている可能性があるから、まずは俺が生田目の家に転移して様子を見てくる。それで何も問題がないようなら、お前達を連れていく。そういう流れでいいか?」
「むぅ……」
五飛とムラタは俺の言葉に特に異論はないらしくすぐに頷いたのだが、堂島が唸る。
「どうした?」
「いや、アクセルの言ってる事は正しいし、それが一番安全なのは分かっている。だが……それでもやはり、ここは刑事の俺が一緒に行くべきじゃないかと思うんだが」
言葉には出さないが、多分納得出来ない理由には自分が足立の元コンビというのもあるのだろう。
「悪いが、何が起きるか分からない以上は堂島を連れていくことは出来ない。諦めてくれ」
「……分かった」
不承不承、本当に不承不承ではあるが、堂島は俺の言葉に頷く。
ここで自分が何を言っても、俺が堂島を連れていくようなことはないと、そう理解しているのだろう。
実際、それは間違っていない。
そんな訳で、俺は他の面々に戦闘準備をするように言ってから堂島から聞いた生田目の部屋に影のゲートで転移する。
「……特に何もなし、か」
場合によっては現実世界でもシャドウが襲ってくるのではないか。
そう思っていたが、生田目の部屋には誰もいない。
シャドウは勿論、足立の姿もなかった。
「TVは……あれか」
居間にある大型のTV。
恐らくはあのTVが足立のいる場所に繋がっているのだろう。
そう考え、一度天城屋旅館の大広間に戻ろうとし……ふと、台所で視線が止まる。
洗った食器を置いておくプラスチックの籠。
それ自体は別に問題ないのだが、俺が気になったのはそのプラスチックの籠の中にある食器。
具体的には、箸が2組あるという事だ。
普通に考えれば、箸が2組あってもおかしくはない。
生田目が1人暮らしでも、毎回洗うのは面倒だからという事で複数の箸を用意していてもおかしくはない。
おかしくはないのだが……茶碗も2つ、味噌汁用なのだろう食器も2つ。
その組み合わせは、まるで誰かと一緒に住んでるような生活の跡にしか見えなかった。
あるいは山野真由美がまだ生きていれば、生田目と同棲していたかもしれない。
もしくは柊みすずと離婚をしていなければ、一緒に住んでいてもおかしくはない。
しかし……山野真由美は死んでいて、柊みすずは生田目と離婚している。
では、一体誰が?
不倫と離婚を経験した生田目が、すぐに新しい恋人を作るとも思えない。
だとすれば、恋人以外の者。
そして生田目は足立の協力者。
となれば、ここに生田目以外に誰が住んでいたのかというのを想像するのは難しくない。
なるほど、以前から疑問に思ってはいたのだ。
TVの中の世界にいれば、警察は追ってこない。
だが食事とかのことを考えると、毎回盗みに行くのは面倒だろう。
実際、ジュネスもそうだが他の場所でも刑事の見回りとかが増えていたらしいし。
そう思えば、どこかの拠点を使うという意味でここは……生田目の部屋というのは決して悪くない隠れ家だったのだろう。
とはいえ、それでも食料を盗むという行為は続けていたのは……あるいは食料は自分で用意して、この部屋で食べていたとか?
生田目が購入する食料の量が倍になったりしたら、それこそ怪しまれるだろうし。
もっとも、男が1人食料をどのくら購入するのかを気にしている奴がいるかどうかは不明だが。
取りあえず罠がないのははっきりとしたので、天城屋旅館の大広間に戻るとするか。