一体何が起こっている?
足立の様子を見ながら、そんな風に思う。
俺以外の面々も、足立の身体に次々と吸収されていくシャドウ……多分だが、そのシャドウの様子を見ながら、どうしたらいいのか迷っていた。
両手で顔を押さえ、まるで壊れた人形のように踊る足立。
そんな足立の身体は、シャドウを吸収するにつれれ次第に黒く染まっている。
具体的に何が起きているのかは、分からない。
分からないが、それでもこのままだと不味い事になるというのは容易に予想出来た。
「堂島、どうするんだ?」
俺がそう堂島に聞いたのは、足立を捕らえるという行為に拘っていたのが堂島だからだ。
もし堂島がいなければ、それこそ足立を殺してでも止めている。
何しろこれは、どう見ても足立が何か……シャドウを吸収し、あるいは侵食されてか? とにかく何かになろうとしている。
……あるいは、この今回TVの中の稲羽市に来てから時折感じる、何者かの視線。
これは足立を通して存在を現そうとしている者、あるいはそれを生み出そうとしている何者かの視線なのかもしれないな。
ともあれ、今ならまだ足立を容易に倒せる。
これがゲームや漫画、アニメとかなら、相手が強化するのを黙って見ている事になるのだろうが、これは現実だ。……いや、この事件も原作がある事件なのだろうが。
とにかく、わざわざ相手がパワーアップするのを黙って見ている必要はない。
今、まだこうしてパワーアップが完成していない状況で攻撃をするのが、一番いいのは間違いないのだ。
もしこの場にいるのが俺だけであれば、俺は躊躇なくその選択肢を選ぶだろう。
だが、ここには足立を殺すのではなく捕らえたいと思う堂島がいる。
そして強者との戦いを好むムラタや、強くなりたい五飛もいる。
狛治はまだ来てないが、狛治の場合はムラタ寄りだろう。
そうなると、今の状況ですぐに足立に攻撃をしても許容するのは、刈り取る者だけか?
ああ、まだ空で戦っているグリもいるか。
炎獣を数に入れてもいいのなら、多数決で圧倒出来るのだが……まぁ、炎獣を数に入れるのはそもそもの間違いか。
そんな訳で、俺は取りあえずという事で足立の様子が理解出来ないらしい堂島に声を掛ける。
「堂島……堂島!」
「っ!? ア、アクセル……あれは一体……」
俺の言葉に我に返った堂島が、慌てて聞いてくる。
無理もないか。
自分の元相棒にして、現在は逮捕しようとしていた足立が、気が付けばシャドウを次々と吸収してるのだから。
普通に考えれば、一体何がどうなっているのかと疑問に思ってもおかしくはない。
おかしくはないのだが……生憎と、俺にしてみればそこまで珍しい話ではない。
「落ち着け。多分だけど精神の安定が崩れて、それによってペルソナが暴走してシャドウを吸収してる……んだと思う。あくまでもこうして見ての感想であって、絶対にそれが正解という訳ではないけどな」
「どうすればいい?」
「変身……かどうかは分からないが、とにかくパワーアップするよりも前に倒すか、パワーアップが終わってから倒すかのどちらかだな」
「それは……あの状況を止めることは出来ないのか?」
「無理だな」
一縷の望みといった様子で尋ねてくる堂島にあっさりとそう答える。
実際、シャドウを吸収する行動を一体どうやって阻止すればいいのか。
足立の身体に吸収される前に近付いて来たシャドウを倒す?
やってやれない事はないと思うけど、そこまでする必要があるかと言われると、微妙なところだろう。
というか……五飛、ムラタ、狛治、刈り取る者、グリ、炎獣の群れといった面々が暴れ回っていたのに、まだこんなにシャドウがいるのが驚きだ。
もしかしたら、この稲羽市以外の場所からもシャドウを呼び寄せているのかもしれないな。
「今の状態で出来るのは、さっきも言ったがパワーアップする前に倒す事だ。ただし、足立がどうなるのかは分からないが」
言ってみれば、VFとかが変形している途中でその動きを無理矢理止めるといったような、そんな感じの行動だ。
それで足立に何らかの被害があるのは、ほぼ間違いない。
「とはいえ、パワーアップが完了してから攻撃すれば安心という訳でもないけど」
あれだけのシャドウを吸収しているのだ。
当然ながら、足立の身体に影響がないとは思わない。
それこそ最悪の場合、敵を倒した時には足立も死んでいるという事にもなりかねないのだ。
「なら、どうしろというんだ」
「それを決めるのは堂島だけだ。……俺達の場合は……」
そこで周囲の様子を確認すると、ムラタは敵が強くなるのを待っているし、五飛もどちらかと言えばそちら側だ。
刈り取る者は黙っているが、これはどちらでもいいという認識で間違いないだろう。
俺は……うん。どっちでもいい。
ぶっちゃけ、もし足立を殺さずに捕らえたとしても、その将来は罪人扱いではなく特例でモルモットだろうし。
何しろ犯罪者で、しかも凄腕のペルソナ使いだ。
あくまでも稲羽市におけるという限定条件ではあるが、それは同時に稲羽市から離せば足立はその実力を発揮出来ない一般人でしかない事を意味してもいる。
シャドウ関係では桐条グループに圧倒的に遅れている警視庁、あるいは政府としては、足立の存在はこれ以上ない程のモルモットになる。
苦痛に満ちた生を望まないのなら、ここで死なせてやった方が足立にとって幸せという見方もある。
「決めるのは堂島だ。正確に言えば、堂島が止めるという決断をしない限り、足立がシャドウを吸収するのは続く。それが具体的にどこまで続くのかは俺にも分からないけどな」
「それは……」
俺の言葉に迷う堂島。
現状において、一体どのように判断すればいいのか分からないのだろう。
それは俺にも分かるが、だからといってこのまま黙って見ているのは堂島にとっても苦痛だろうから、多少は背中を押しておくか。
「一応言っておくが、今の足立……シャドウを吸収している足立を途中で止めるという選択が出来るのは堂島だけだぞ。他の面々は無関心か、もしくは足立がシャドウを吸収してパワーアップするのを待っている状態だし」
そう言いつつ、ふと気が付く。
俺は足立を小ボスか中ボスと認識していたが、もしかしてシャドウを吸収してパワーアップした結果がラスボスなのかもしれないと。
とはいえ、それはもう今更の話か。
「それで、どうする? あの様子だと、いつシャドウの吸収が終わってもおかしくはないけど」
「それは……」
何も言えなくなる……いや、何と言えばいいのか分からなくなる堂島。
その気持ちも分からないではない。
どのように対処するのが正解なのか、とてもではないが分からないのだろう。
ましてや……足立の様子からパワーアップと評したものの、それも俺のこれまでの経験、そしてこの事件にも原作があるからこそ、そのように予想したにすぎない。
場合によっては、パワーアップとかすることなく足立が絶望のあまり自殺をする為にシャドウを吸収しているという可能性も十分にあるのだから。
そうしている間に、足立の状態は段階が進む。
シャドウの吸収はそのままだが、その身体全体がシャドウ……というか、黒い粘膜に覆われたかのような、そんな状態になったのだ。
その光景を見た堂島は、もどかしそうに叫ぶ。
「くそ……くそ……くそったれがぁっ!」
周囲一帯に叫び……すると、まるでそのタイミングが合図であったかのように、鳴上達が姿を現す。
「叔父さん!」
そう叫ぶ鳴上。
勿論鳴上だけではない。
白鐘の救出に向かっていた面々が全員ここに揃っていた。
それこそ荒垣や真田の姿もあり……そして助けられた白鐘の姿もある。
ただし、荒垣に背負われているが。
無理もないか。自分のシャドウを受け入れるというのは、大きく体力や精神力を消耗する。
実際、雪子を始めとしてTVの中の世界に入れられた者達は自分のシャドウを受け入れた結果、ある程度の療養を必要としている。
……そう考えると、最初からペルソナを使えた鳴上はともかく、花村や里中、くまといった自分のシャドウを受け入れても療養を必要としなかった者達はどうなってるんだろうな。
そんな疑問を抱くが、今はそれよりも鳴上達がここに来た事をどう考えるべきか。
『アクセルさん、あれ……早く何とかしないと! もの凄いシャドウが集まっていて、いつ何がおきてもおかしくないわよ!』
頭の中にりせの声が響く。
そうか。鳴上達がこっちに合流したのなら、向こうのサポートを行っていたりせもこっちのサポートが出来るようになってもおかしくはないのか。
「分かっているが、足立をどうするのかは俺じゃなくて堂島が……あ」
堂島が決める事だ。
そう言おうとした俺だったが、そこで言葉を止める。
何故なら、その瞬間に足立に吸収されるシャドウがいなくなったからだ。
これは、TVの中の世界にいるシャドウの全てを足立が吸収したのか、あるいは……足立のパワーアップが完了したかのどちらかだろう。
そしてこのタイミングだという事を考えると……
ドクン、と。
TVの中の世界が脈動する。
そしてシャドウを吸収する度に踊り狂うかのような様子を見せていた足立が、全身を黒いタールか何かで塗り固められたかのような形で止まり……次の瞬間、人型が崩れる。
それは本当に人型が崩れるという表現が相応しく、まるで黒い液体となったかのように地面に零れ、いつの間にか地面に広がっていた黒い液体と一体化した。
「あ……足立ぃっ!」
堂島の悲痛な叫びが周囲に響く。
他の面々も、あまりと言えばあまりの展開に驚き、声も出ない様子だ。
ただ、俺やムラタ、五飛は今までの経験から驚きはしているが、あくまでもそれだけだ。
これまでの経験から、このような光景は……あるいはこれ以上の光景は、何度も見てきた。
その為、驚きはしたものの、堂島のように取り乱すことはなかったのだ。
俺達と違って、堂島は足立とそれなりに付き合いがあった。
だからこそ堂島は絶対に自分が足立を捕らえようとしていたのだろう。
それだけに足立が液体と化して死んだ――ように見える――のは我慢が出来ないといったところか。
「くそっ! 俺が……俺がもっと早く、足立のペルソナを倒していれば!」
叫ぶ堂島だったが、もしそうなっていたら、恐らく足立は刈り取る者をもっと早く呼んでいただろう。
ムラタ達と接触する前に。
「遅くなった」
そして一番遅く現れたのは狛治。
このタイミングで来るのは、まるで狙っていたようにすら思えるのは俺の気のせいだろうか?
ともあれ、狛治が現れた事にはまだ多くの者が気が付いていない。
五飛やムラタ、刈り取る者は別だが。
「それで、一体何があった?」
「足立……この事件の首謀者がシャドウを吸収しすぎて液体になった」
実際には違うのかもしれない。
だが、俺が見た感じではそのようにしか説明出来ないのも、事実。
「なるほど」
そして狛治は俺の言葉に特に動じた様子もなく頷く。
狛治にしてみれば、ネギま世界の魔法世界で拳闘士として活動し、その上で最近は冒険者としてダンジョンにも潜っているのだ。
そうである以上、そのくらいの事では動揺したりはしないのだろう。
「話は分かった。それで、これからどうする?」
「どうすると言われてもな。……まだシャドウを吸収しきる前、液体になってビチャリとなっていない状態なら、まだどうにか出来たかもしれないんだが」
さすがに液体状態になってしまった今の状況で、足立を確実に救うといった事は出来ない。
あるいは何らかの方法はあるかもしれないが、俺には分からない。
……炎獣達が集めてきてくれた、ダンジョンで入手したマジックアイテムでどうにかなるかとも一瞬思ったが、すぐに無理だろうと諦める。
今のこの状況を思えば、そんな事をしてもどうにもならないというのは容易に想像出来たのだから。
堂島がもう少し早く決断していれば、こういう事態になるよりも前に何とか出来た可能性はある。
あるのだが、だからといってこの件で堂島を責めたりは出来ないのも事実。
元々がこういうファンタジーについての知識……それこそゲームや漫画、アニメといったものを殆ど知らない堂島だ。
あるいは菜々子がTVで見るアニメを一緒に見たりとか、そういうので多少の知識はあった可能性もあるが、先程の状態ではそういうのも期待出来そうにない。
その辺の知識があっても、そう簡単にどうにかなるような事ではなかったりするが。
あのような状況ですぐにそんな事を考えられる筈もない。
それに菜々子が見るようなアニメは、子供……それも小学生低学年が見るようなアニメだ。
そんなアニメで、あのような悲惨な状況を描写したりするとは思えない。
だとすれば、堂島が足立を見て対処出来ないのは当然の話なのだろう。
さて、どうするか。
そう思ったところで……
ドクン、と。
先程足立が黒い液体になった時と同じ脈動が周囲に響くのだった。