何だ?
空間そのものが脈動したような音に、周囲の様子を確認する。
だが、周囲の様子は特に何かが動いた様子もない。
となると……この脈動の原因はやっぱりあれだよな。
視線を足立のいた場所……正確には足立が黒い液体となって地面にあった同様の黒い液体に吸収、あるいは同化した場所に視線を向ける。
地面に広がる黒い染みとでも呼ぶべき、黒い液体。
今の空間の脈動があったのは、あそこからで間違いなかった。
「全員、構えろ。パワーアップした足立のお出ましだ」
ゲイ・ボルクを手に、そう告げる。
その言葉で、今の脈動に驚いていた者、あるいは怯えていた者も、それぞれ手に武器を持ち、構える。
「りせ、どうだ?」
『最悪……本当に最悪。凄い反応。……来るよ! アクセルさん、皆、気を付けて!』
りせが警告……というよりも叫ぶと同時に、地面に広がる黒い水が泡立ち……やがて、丁度プールや海で水面から浮かび上がるように、姿を現す存在があった。
最初に見えたのは、曲線的な何か。
その曲線的な何が浮かび上がり続け……
「でかい」
その曲線的な何かを見て、そう呟く。
……いや、曲線的な何かじゃないな。
浮かび上がり続けたそれは、巨大な円球をしていた。
その大きさは、半径だけで500m程はあろうかという円球。
これが何なのかは分からない。
分からないが、それでもこの状況でこうして俺の前に姿を現したのを思えば、敵……それもシャドウなのは間違いないだろう。
足立が水となって広がった地面から現れたにしては、その大きさは明らかにおかしい。
とはいえ、相手はシャドウに関係する存在だと考えれば、そんなにおかしな事はないか。
その円球は、次の瞬間回転し……そこにあるのは、巨大な眼球。
直径1km程の、空中に浮かんでいる漆黒の眼球とでも呼ぶべき存在がそこにはあった。
「私はアメノサギリ。人によって呼び起こされし者。しかし今は、汝等を消す為の存在」
どこからともなく聞こえてきた声が周囲に響く。
その声には、俺達に対する憎悪の類はない。
ただ、そのような役割を与えられたから、それをこなす。
そんな風に感じられる。
鳴上を始めとして、実戦に……いや強者との実戦に慣れていない者達は、アメノサギリと名乗った存在の言葉に怯えたり、後退っていた。
『何なの……何なのよ、これ。こんなの、いちゃいけないでしょ!』
動揺しているのはりせも同じらしく、この状況で何がどうなっているのか分からないといった様子を見せている。
鳴上達にしてみれば、これは完全に予想外の展開だったらしいが……
「落ち着け」
一言、そう告げる。
特に叫んだ訳でもなく、ただそう言っただけだ。
しかし、俺の言葉は動揺していた者達を落ち着かせるには十分な説得力、あるいはそれ以外の何かを持っていたらしい。
幸いなことに、動揺していた者達は俺の言葉で何とかそれを消す事に成功したらしい。
勿論、完全に動揺がなくなったかと言えば、それは否だ。
だが同時に、それでも戦えるくらいに落ち着いたのは間違いのない事実。
「敵はボスのように見せているが、結局は下っ端だ。足立が小ボスなら、あのアメノサギリは中ボスといったところか」
そう言うも、肝心のアメノサギリは特に動く様子はない。
ただじっとその巨大な眼球で俺を見ているだけだ。
中ボス発言に特に反応して欲しい訳ではないが、アメノサギリが動く様子がないのは疑問だ。
「アメノサギリは、俺達を倒す役目を与えられたと言っていた。それはつまり、このアメノサギリもいわゆるラスボスといった存在ではない事を意味している」
そう断言出来るのは、アメノサギリの言葉もあるが、どこからともなく俺に向けられる視線がある。
このTVの中の稲羽市に来た時から感じていた視線。
その視線は、こうしてアメノサギリに視線を向けられている今でも、それとは別に感じている。
視線の質が違うという事は、TVの中の稲羽市に入ってから俺に向けられていた視線はアメノサギリではなく、もっと別の相手の視線という事になる。
そして……恐らくだが、これこそがラスボス。
正直なところ、これは俺にとってもちょっと予想外だった。
今回の一件で足立を捕らえるなり……堂島にしてみれば許容出来ないかもしれないが、殺すという事になるとは思っていた。
しかし、以前から言ってるように足立は小ボスか中ボスといった認識でしかなかった。
つまり、足立を倒してもそこからまた別の……それこそ中ボスとかが現れ、今度はその中ボスとの戦いになるとばかり思っていたのだが。
それが足立を倒した――正確には倒したのではなく、足立が勝ち目がないと絶望したのだが――後で、アメノサギリという中ボスが姿を現し、そしてアメノサギリを倒しても、現在俺に視線を向けている、恐らくラスボスだろう相手が動く。
つまり、ここは小ボス云々ではなく、言わばラストダンジョンとでも呼ぶべき場所だったのだろう。
これが原作通りの流れなのかどうかは、俺には分からない。
分からないが、それでも俺達が介入した結果がこの状況であれば、受け入れる必要があるだろう。
とはいえ……アメノサギリは巨大だ。
そうなると、このままだと不利……とは言わないが、それでも厄介な状況になるのは間違いない。
「五飛、ムラタ。ニーズヘッグを出す」
「……何だと?」
「本気か?」
俺の言葉に、五飛とムラタは揃って驚きの表情を浮かべる。
とはいえ、それが今の状況では最善なのは間違いない。
ニーズヘッグは俺がFate世界にサーヴァントとして召喚され、それによって宝具という扱いになった時の影響もあって、全ての攻撃に魔力属性とでも呼ぶべきものが備わっている。
アメノサギリと戦う際に考えれば、有効な戦力なのは間違いないだろう。
実際、ニュクスとの戦いにおいてもニーズヘッグは大きな戦力となったのだから。
……もっとも、ニュクスとの戦いの際には俺の原作知識を軒並み破壊されたが。
何気に原作知識が破壊されたのは痛いよな。
それによって、どの世界に行ってもその世界の原作について分からず、結果として原作知識を利用して上手く立ち回るといったことが出来ていないし。
原作知識があれば、それこそ有能だけど病弱とか、原作では死ぬが有能な人物といった者達を助けて仲間にするとか出来ただろうに。……それも今更の話か。
「ああ、本気だ。あのアメノサギリの大きさを見れば、厄介な相手だというのは分かるだろう?」
大きいのは強い。
同時に標的となりやすいことも示しているが、個人的にはここであまり時間を使いたくないのも事実。
TVの中に入ってから感じている視線の主がラスボスだとすれば、このアメノサギリを倒せばすぐにラスボス戦となる。
そうである以上、アメノサギリを相手に無駄な体力を消耗したくはない。
それに……上手くいけば、ニーズヘッグでラスボスを倒せる可能性もある。
「どうした? 私はお前達を消す為の存在。その心を絶望に染める為に待っているが、それでもいつまでも待っているということは出来ない」
俺達の様子を見ていたアメノサギリが、不意にそう言ってくる。
……なるほど、何故か俺達が話している間、一切の攻撃をすることなくこっちの様子を見ていたが、それが理由だったのか。
こっちに絶望を与える為、言い訳をさせない為に準備万端といった様子で待ち受けていたと。
「やっぱりニーズヘッグを出す」
そう言うと、五飛とムラタはこれ以上何を言っても無駄だと判断したのか、大きく息を吐くだけだ。
「アクセル、先程から言っているニーズヘッグというのは何だ? 聞いた話だと武器のようだが」
しまった。
アメノサギリの存在を前にして、どうやら自分でも気が付かないうちに動揺していたらしい。
あるいはうっか凛を発動してしまったか。
さっきFate世界云々というのを言ったが……いやまぁ、ニーズヘッグを出す以上、今更の話か。
「そうだな。これから見る事は出来れば秘密にして欲しい。もっとも、人に言ってもそう簡単に信じるとは……うん、多分ないだろうけど」
すぐにそう言い切れなかったのは、桐条グループで開発したアイギスの件があった為だ。
人型機動兵器と、人間サイズのロボット。そのどちらの方が作るのが難しいかと聞かれれば、大抵は人型のロボットと答えるだろう。
そんなアイギスを10年以上昔に作ったのが、桐条グループだ。
黄昏の羽根というオーバーテクノロジーがあったとはいえ、それでも十分な功績だった。
だからこそ、もしかしたら……本当にもしかしたら、桐条グループなら独自にPTのような人型機動兵器を作れてもおかしくはない。
いや、今はそんな事を考えている場合じゃないか。
幸いなことに……あるいは面倒なことにか? とにかくアメノサギリの存在感に怯んでいた鳴上達は、ある程度の時間の余裕が出来たことで精神的に立ち直っていた。
それだけに、今の俺と堂島の会話も聞いており、一体どういう事かと視線を向けてくる者もいるが……俺はそれを無視し、空間倉庫の中からニーズヘッグを取り出す。
『うわぁっ!』
いきなり姿を現したニーズヘッグの姿に、多くの者が驚きの声を上げる。
堂島ですら、口を大きく開けてニーズヘッグを見ていた。
そして……あるいはこれが切っ掛けになったのか、アメノサギリ以外で俺に視線を向けてくる者の視線には強烈な敵意や殺意が混ざり始める。
何でだ? 何がそんなに気にくわない?
理由は分からないが、視線の主が俺を……いや、ニーズヘッグに対して強烈な憎悪と殺意を抱いているのは間違いない。
何故なのかは分からないが、考えられる可能性としてすぐに思い当たるのは、念動力を使ったT-LINKシステムであったり、あるいは魔力属性についてだったりするのか?
ここがシャドウの存在するTVの中の世界だという事を考えると、その辺が理由のような気もするが。
「おお……おおおおおおおお……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
視線の主について疑問を抱いていると、アメノサギリの方にも変化があった。
こちらもまた憎悪と殺意を込めた声を上げていたのだ。
「我が天敵よ。必ず消滅させる」
そして最後にそう言うと、強力な氷の一撃を放つ。
マハブフダインか!
ちぃっ! まだこっちは乗ってないってのに!
そう思って白炎でマハブフダインを消そうとしたところで、空中に巨大な爆発が生まれる。
それをやったのは、俺の側に控えていた刈り取る者。
刈り取る者が得意としている魔法、メギドラオンを使ったのだ。
「アクセル、早く機体に乗れ!」
狛治が叫ぶ声が聞こえてきた。
狛治にしてみれば、刈り取る者が作ったチャンスを逃すなと、そう言いたいのだろう。
その言葉に頷き、俺は素早くニーズヘッグに乗り込む。
当然ながらアメノサギリはそんな俺の行動を邪魔しようと……俺が乗り込む前にニーズヘッグを攻撃しようと、炎や電撃、氷、爆発……そんな攻撃を仕掛けてきたものの、その全ては刈り取る者や、五飛、ムラタ、狛治。それに鳴上を始めとしたペルソナ使いによって防がれる。
その為、ニーズヘッグが起動した時、その機体には傷1つついていなかった。
……ニーズヘッグは起動すれば、Eフィールドやグラビティ・テリトリー、念動フィールドやPS装甲といったように、様々な防御手段がある。
しかし、それはあくまでも機体が起動していればの話だ。
幾ら魔力属性があっても、機体が起動していない状態ではそれらの防御機能を動かす為のエネルギーが存在しない。
だからこそ、そういう意味ではアメノサギリの考え……俺がニーズヘッグに乗る前にニーズヘッグを破壊するという作戦は正しかったのだろう。
だが……それを察知した者達が阻止した。
「全員、奴に対して近接攻撃はするな。もし近接攻撃をしたら、こっちの攻撃に巻き込まれるぞ」
外部スピーカーでそう言い、俺はニーズヘッグを浮かび上がらせる。
花村と里中とくまが空中に浮かぶニーズヘッグを見て騒いでいたのが気になったが。
お前達、今が戦いの最中だって自覚あるのか?
というか、里中はカンフー映画とかそういうのが好きなのは話に聞いていたけど、ロボットものも好きなのか?
そんな風に思いつつ、T-LINKシステムを使ってヒュドラを操作し、まずは手始めにアメノサギリに向かってヒュドラの先端に装備されているビーム砲を発射する。
『ぐおおおおおおお』
アメノサギリの発する悲鳴がニーズヘッグの中にまで聞こえてくる。
黒い円球の身体の一部が、ヒュドラのビーム砲によって爆散している。
アメノサギリの身体は、ニーズヘッグと比べても……いや、UC世界で乗った巨大MAのゼロ・ジ・アールと比べても明らかに巨大だ。
だが、生身だ。
魔力属性を持つニーズヘッグの攻撃は、アメノサギリに対して明らかに有効だった。
それを確信し、自然と口元には笑みが浮かび……
「ファントム!」
T-LINKシステムを使い、ヒュドラからファントムを発射するのだった。