3809話
その男の身のこなしは、決して洗練されている訳ではない。
特に武術の類を倣っているのではなく、我流で……あるいは喧嘩や殺し合いを重ねた事によって磨いてきた腕がそこにはあった。
そういう意味では決して洗練はされていないのだが、本物の戦いを生き残ってきたが故の力強さはあった。
「が……」
男の攻撃を回避し、顎の先端を掠めるようにして放つ一撃によって男は脳を揺らされ、次の瞬間には床に崩れ落ちる。
本物の戦いで生き残ってきたからといって、それで俺がどうにか出来る筈もなかったが。
荒事には慣れているのだろう。
それは男の様子を見れば明らかだ。
だが……だからといって、魔力も何もない攻撃で俺をどうにか出来る筈もない。
……ああ、そういう意味では正面から男の攻撃を受け止め、白炎となって物理攻撃が無効なのを教えてもよかったかもしれないな。
ともあれ、男が床に倒れ……
「くっ!」
男と一緒にやって来た子供達が、拳銃の銃口をこちらに向けてくる。
「待て」
そう言ったが、それでも銃は撃たれ……ない?
何だ? 待てとは言ったが、まさかそれで本当に待つとは思わなかった。
それを不思議に思ったが、子供達の視線は俺に向けられていない。
ただ、唖然と倒れた男に視線を向けていた。
「まさか……クダルがこんなに簡単にやられるなんて……」
子供の1人がそう呟く声が聞こえてくる。
それは別に俺に聞かせる為に口にした訳ではなく、思わず口の中から漏れてしまったといった感じの言葉だ。
この様子や、先程現れた時の様子からするとこの男……クダルだったか。そのクダルは決してあの子供達に好かれている訳ではないらしい。
とはいえ、それはそれで疑問に思うところもあるが……そもそも、俺は現状についてまだ何も分かっていないのだ。
何しろペルソナ世界でラスボスとも呼べる存在……伊邪那美大神とやらを倒したら、その伊邪那美大神の最後の力で俺は妙な空間に飛ばされ、そこでマーベルとシーラ……あの時に聞いた言葉が事実なら、ジャコバ・アオンもか。そんな面々に助けられ、気が付いたらここにいたのだから。
今のところ分かっているのは、倒れた男がクダルという名前であるという事。
それとブルワーズの旗艦がどうとか言っていたのを考えると、この集団がブルワーズと呼ばれている……何か荒っぽい集団なのは間違いなかった。
傭兵とかか?
銃とかを普通に持ってるという事は、剣と魔法のファンタジー世界の類でないのは間違いないだろう。
とはいえ、それでも具体的にこの世界がどうなのかは分からないが。
……実はペルソナ世界って事はないよな?
子供が銃を持ってるのは、日本では考えられないものの、外国……それも治安の悪い場所なら、子供が銃を持っていてもおかしくはない。
ふと思い立ち、空間倉庫から通信機を取り出す。
「おわぁっ!」
「ちょっ、今のって……」
俺が空間倉庫から取り出した通信機を見て、子供達が驚いている。
あ、しまったな。
こうも堂々と俺の能力を見せるのは……まぁ、それだけ俺も現在の状況に混乱しているのだろう。
とはいえ、それでも今はホワイトスターと連絡を取るのが先決だ。
ここがペルソナ世界なら、桐条グループの力でどうにか誤魔化して貰うとしよう。
そう思ったのだが……通信機は、一切の反応がない。
携帯の類は、場所によっては電波が届かなかったりもする。
田舎とかだと、それこそ機種や契約している会社によっては電波の強弱があるらしい。
だが、この通信機はゲートを使った物だ。
それこそゲートが設置してあれば、地球のどこにいても……いや、それどころか、月、火星、木星といった場所でも全くタイムラグなしのリアルタイムで通信が可能な代物だ。
その通信機が全く反応しないという事は、それはこの世界にはゲートが設置されていない……つまり、ペルソナ世界ではない、全く未知の世界であるという事を意味していた。
となると、空間倉庫を見せたのはそう悪い話ではないのか?
いやまぁ、この世界について何も知らない以上、本当に魔法とかを見せてもいいのかという思いはあるのだが。
「うう……ん……」
この世界について悩んでいると、不意にマーベルがそんな声を上げながら気が付く。
寝惚けているのか、あるいはもっと別の理由なのか。
その辺は分からなかったが、とにかく周囲を見回し……そして、俺と視線が合う。
「……アクセル? アクセル? アクセル!?」
最初は夢か何かだといったように呟き、次に不思議そうに呟き、そして最後には驚きの声で俺の名前を呼ぶ。
そんなマーベルの声に、隣に倒れていたシーラも目を覚ます。
こちらも俺を見て驚き、だが次の瞬間には嬉しそうな笑みを浮かべる。
「久しぶりだな、2人共。……とはいえ、ようやくの再会だが喜んでいるような余裕はない。今はまず、この状況をどうにかする必要がある。出来れば、俺ももっとお前達との再会を喜びたいんだが」
その言葉を聞き、マーベルとシーラはようやく現状の自分達について疑問を抱き、周囲を見る。
バイストン・ウェルとは全く異なる、科学技術で出来た場所。
そのような場所だけに、マーベルもシーラもそれなりに驚いているらしい。
「アクセル、ここはどこなのです? それに、そこで倒れている男は?」
シーラが倒れているクダルとかいう男を見て、そう聞いてくる。
「その男はクダルとかいう名前らしいのは分かる。だが、それ以外はさっぱりだ。……そんな訳で、そろそろ銃を下ろしてくれないか? もし俺達と敵対するのなら、こっちも相応の対応をさせて貰う。けど、こっちに友好的なら、相応の対応をする。……言っておくが、友好的に接した方がいいと思うぞ?」
そう言い、俺は壁にそっと手を伸ばし……金属で出来た壁を指の力だけで毟り取る。
『っ!?』
内部の構造が分からないので、壁の部位でも表面だけだったが、その行為は子供達に衝撃を与えるには十分だったらしい。
「どうだ? 見ての通りだ。言っておくが、銃とかを使ってもどうにかなるとは思うなよ」
「お、おい。昌弘。どうするんだよ」
昌弘と呼ばれた子供が中心人物なのか、そんな風に声を掛けられていた。
その昌弘も、どうすればいいのか迷っていた様子だった。
いつもならどうするのかと決断を促したりするんだが……今は止めておく。
気絶しているクダルと比べると、ある程度話がしやすく思えたからだ。
もっとも、そのようになっている理由は、俺がクダルをあっさりと倒したり、指の力だけで金属の壁の一部を毟り取るといった事をしたからこそなのだろうが。
そして俺がこうしてゆっくりと向こうの態度が軟化するのを待つのも、マーベルとシーラがいるからというのが大きい。
マーベルとシーラの2人は、一般人だ。
いやまぁ、聖戦士だったり、聖少女だったりといったように言われていたのを一般人と呼んでもいいのかどうかは微妙なところだが。
それでもシャドウミラーの一員として鍛えている訳ではない以上、魔力や気による身体強化といった事は出来ない。
一応マーベルには魔法について少し教えたから、もしかしたらある程度は使えるようになっているかもしれないが。
また、シーラもオーラ力……とは少し違う力を持つ。
ダンバイン世界において、何らかの理由でその世界から出られなかった俺が鬼滅世界を通してホワイトスターに戻ることが出来たのも、シーラの力があってこそだ。
ただ、それでもこの2人が生身であるのは変わらないので、周囲に被害を与えるような戦いは起こしたくない。
あるいは昌弘という子供を中心とした他の面々は理性的……という、クダルのように問答無用で力を振るうといった事はしなさそうなので、この世界の情報について色々と聞けたらいいという思惑もあったが。
「大人しくこちらの要望通りにしたら、お前達にとって決して悪いようにはしない。……ん?」
俺が話している途中で、肩に手を置かれる。
誰がやったのか。
いやまぁ、このような状況でそういう事をする相手は、2人しかいないのだが。
振り向くと、そこには予想通りの人物の姿があった。
「シーラ、どうした?」
「アクセルのような者にそのように言われても、向こうは信用出来ないでしょう」
「……久しぶりに会った恋人に対して、その言い方はどうなんだ?」
そう突っ込むも、シーラはそれをスルーして子供達に声を掛ける。
「貴方達はこれからどうしたいのですか? その者……クダルとか言いましたか。その者はガロウ・ランの如き悪しきオーラ力の持ち主ですが、貴方達は違います」
「悪しきオーラ力?」
昌弘がシーラの言葉にそう呟く。
まぁ、そうだよな。普通に考えれば、悪しきオーラ力とか言われても分からない。
とはいえ、それでも今の状況を考えると何となく言いたい事は分かったのか、クダルに視線を向ける。
「あんたの言ってる事は分からないよ。けど、俺達はヒューマンデブリなんだ」
「ヒューマンデブリ? それは何でしょう?」
ヒューマンデブリという言葉に、不思議そうにシーラが聞く。
けど、ヒューマンデブリか。その言葉からすると、語源はスペースデブリか?
だとすれば、この世界は宇宙に進出してるのかもしれないな。
あるいは、これは宇宙船の中か?
「何って……そんなのも知らないのか?」
「ええ、私達はこの世界についてまだ知らない事が多くあります。だから教えてくれませんか?」
そう言い、笑みを浮かべるシーラ。
変わったな。
以前……俺がバイストン・ウェルで初めて会った時のシーラなら、昌弘の言葉に不愉快に思っていてもおかしくはない。
相手が子供というのもあるかもしれないが、そのような事を受け入れられる度量が備わった感じだ。
昌弘はそんなシーラの態度に咄嗟に何かを言おうとするも、別にシーラが自分をからかっている訳でもないと思ったのだろう。
渋々といった様子だが、口を開く。
「ヒューマンデブリってのは、俺達みたいな使い捨てのゴミだよ」
「……それは、どういう意味でしょう?」
尋ねるシーラの表情が、一瞬だけ真剣な表情に変わる。
俺の横では、話を聞いていたマーベルの表情も変わっていた。
だろうな。今の話からすると、名前を変えただけで実質奴隷としか思えないし。
「どういう意味も何も、そのままの通りだよ。俺達は安い金で売り飛ばされて、このブルワーズに兵隊……いや、使い捨ての道具として使われてるんだ」
そう言い、昌弘は……いや、他の者達もクダルに視線を向ける。
その視線の多くが諦めで、少しだけ憎悪もあるといった感じか。
多分だが、ヒューマンデブリとして長い間扱われていて、反抗する気がなくなってるんだろうな。
そんな昌弘達の様子にシーラは色々と言いたい事があったようだが、今はまず現状を理解するのが先だと判断したのか、言葉を続ける。
……床に倒れているクダルに対し、怒りの視線を向けたのは俺にも理解出来たが。
「貴方達の事は分かりました。それで、この世界はどのような世界なのでしょう?」
「どのような世界って……これって何て答えればいいんだ?」
「では、その……貴方達が所属しているブルワーズというのは何でしょうか?」
「海賊だよ」
それについてはあっさりと答える。
だが、海賊。海賊か。……それにヒューマンデブリという単語。それを考えると……
「もしかして、海賊は海賊でも宇宙海賊か?」
「え? あ、うん」
昌弘が、そして他の子供達が頷く。
やっぱりな。となると、この世界はネギま世界やペルソナ世界とは違い、生身での戦いではなく人型機動兵器とかそういうので戦う世界だと思っていい。
……すぐに戦う世界だという認識になるのは自分でもどうかと思うが、何しろ俺が今まで行った世界というのは、基本的に原作のある世界で、その原作は戦いが多かった。
いわゆる、日常やスポーツ、ラブコメ……そういう原作の世界ではなく、戦いのある原作だけの世界。
だからこそ、今のこの状況はまだ何も分からず、疑問が大きいのも事実なのだが。
「アクセル、何か思い当たる事があるのですか?」
「ああ」
シーラの言葉に頷き、俺は昌弘に続けて尋ねる。
「お前達は宇宙海賊という話だったな。なら、襲撃をする時には何を使う?」
「え? 何をって……それはマン・ロディだけど」
「そのマン・ロディというのはどういう兵器だ?」
「どういう兵器って……どう表現すればいいのか分からないんだけど」
俺の言葉に不思議そうな様子で尋ねてくる昌弘。
他の者達も俺の言葉の意味を分かっていない様子だ。
もう少し分かりやすく尋ねる必要があるな。
「そのマン・ロディという兵器が一般的に何て呼ばれているかを教えてくれ」
「MSだけど?」
「あー……そうか」
うん。まぁ、もしかしたらとは思った。
だが、MSという単語が出て来たのを考えれば、具体的な世界の名前については分からないが、ガンダム系の世界なのは間違いなかった。