ブルワーズの強襲装甲艦の1隻。
そのブリッジに行く途中で数人の大人に会ったものの、その全ては狛治によって気絶させられた。
なんというか……海賊だけあって女に餓えているのか、マーベルとシーラを見ただけで多くの者が他に目が向けられなくなるのだ。
少し経てば話は別なのかもしれないが、生憎とこっちはそれを待ってやる義理はない。
そんな訳で、狛治の出番だった訳だ。
とはいえ、これは2人……多くても3人程度にしか遭遇しなかったからというのが大きい。
それこそ格納庫とかそういう場所に向かっていれば、恐らくもっと多くの人数と遭遇して大きな騒動になっていただろう。
……それを言うのなら、ブリッジに向かってるのに少数の者達にしか会わなかったというのも、ちょっと疑問だったが。
とにかくそんな訳で、現在の俺達はブリッジの前まで来ていた。
そしてここまで来てしまえば、後はもう少しでこのブルワーズを乗っ取れるのも事実。
「いいか? これからブリッジに入る。そうしたらお前達はすぐにブリッジクルーに向かえ。銃を使って迂闊な動きはしないようにしろ。もし何らかの行動を起こそうとしたら、撃っても構わない。ただ、出来れば殺さない感じでな」
少人数の相手なら、狛治や刈り取る者で何とかなる。
だが、ブリッジクルーがいるとなると、それは簡単にいかない。
ブリッジクルーである以上、純粋な戦力という意味では心配ない。
だが、ブリッジクルーだからこそ、厄介な点がある。
具体的には、もう1隻の強襲装甲艦や輸送艦に連絡を入れて、外からMSで攻撃しようとするとか。
普通ならやらない事だが、何しろこのブルワーズは海賊だ。
しかも武闘派として有名な海賊らしい。
であれば、そういう無茶をしてもおかしくはないだろう。
不幸中の幸いなのは、一番そういうのをやりそうなクダルが精神的な問題を抱えていて、ロープで身動き出来ないように縛られている事か。
「分かりました」
昌弘がそう言い、子供達と誰がどこを制圧するのかを決める。
生憎と、俺はこのブリッジの中を知らない。
もっと時間があるのなら、影のゲートを使ってこっそりとブリッジの配置を確認したりしてもいいんだが。
ただ、今はそこまで悠長にしている時間はない。
そうである以上、素早くブリッジを制圧する必要があった。
プシュッ。
……は?
そんな音が聞こえ、そちらに視線を向けると1人の少し太っているというか、巨漢? 恰幅がいい? そんな感じの男の姿があった。
その男は最初に目の前にいる昌弘を始めとしたヒューマンデブリの子供達に視線を向け、訝しげな表情を浮かべ……
「ちっ!」
その視線が昌弘達から俺達に向けられると判断した瞬間、俺は行動に移る。
ただ、この時問題だったのは、昌弘達が開いた扉の前にいたところだ。
つまり、普通に俺がブリッジから出て来た男を殴りなりなんなりしようとしても、昌弘達が邪魔になるのだ。
そんな訳で、俺がやったのは咄嗟に影槍を放つ事。
俺の影から伸びた影槍が、男の胴体を貫く……のではなく、殴りつける。
本来の影槍なら、先端部分は尖っている。
そんな影槍に貫かれれば、男は身体を貫かれていただろう。
だが、今は咄嗟に影槍の先端を丸くした。
結果として、男は影槍に殴られたように吹き飛ばされたのだ。
……ブリッジの中に向かって。
「ちぃっ! 昌弘、行け! 狛治、刈り取る者、お前達もだ! ブリッジの中で抵抗するような奴がいたら、気絶させろ! マーベルとシーラはここで待機! 多分大丈夫だとは思うが、海賊が来たら足止めをしろ!」
素早く命令する。
真っ先にブリッジの中に突っ込んだのは、狛治。
それに続いて刈り取る者が進む。
そこから少し遅れて昌弘達が。
昌弘達がとっさの事ですぐ動けたのは、やはりヒューマンデブリとして死線を潜ってきた経験からだろう。
ともあれ、まだ打ち合わせの途中だったが自然と制圧する流れになる。
とはいえ、向こうにしてみればまさかヒューマンデブリ達が裏切るとは思っていなかったのだろう。
いきなりの行動に何も反応出来ないうちに、次々と銃を突きつけられていく。
「て……てめえらっ! ヒューマンデブリ如きがこんな事をしていいと思ってるのか! ブルックさんに攻撃までしやがって!」
ブリッジクルーの1人が、自分に銃口を向けているアストンに向けて叫ぶのが見て取れる。
なるほど、影槍で吹き飛ばしたのがブルック……このブルワーズを率いている男か。
にしても、この期に及んでまだ自分達の方が有利だと思っているのはどうなんだろうな。
ヒューマンデブリが奴隷の如き存在だとはいえ、特に何か……そう、ネギま世界で使われている奴隷の首輪のように魔法的な道具を使っている訳でもない。
なのに、何でこんなに強気なのか。
あるいヒューマンデブリが子供達だから、そして今までの教育で自分達に逆らう事はないと思っているのか。
その辺の可能性はあるかもしれないし、実際に俺達がいなければそういう事になっていてもおかしくはない。
おかしくはないが……俺達がいる。
「ひっ、ひぃっ! 何だこいつ!」
狛治の異形の姿を見て、ブリッジクルーの1人が悲鳴を上げる。
刈り取る者の異様に長い銃身を持つ銃口を向けられた者にいたっては、歯を震わせて何も言えない。
その目は刈り取る者が持っている、縛られたクダルにも向けられていたが。
「さて」
ブリッジに入り、周囲を見てから俺はそう呟く。
周囲に聞こえるように、意図的に。
その言葉で、ブリッジにいる者達はブルック以外の全員がこっちに視線を向けてくる。
なお、ブルックのみは先程の影槍の一撃が余程効いたのか、激しく息をして呼吸を整えようとしており、こちらに意識を向けている余裕はない。
ちょっとやりすぎたか?
そうも思ったが、まさか突然あんな風に姿を現すというのは俺にとっても完全に予想外だった。
気配を察知していれば、対処も出来たのかもしれないが。
残念ながら、あの時はマーベルやシーラ達に意識を向けていたのだ。
「分かっていると思うが、これは訓練でも……ましてや、お遊びでもない。クーデターだ」
その言葉に、何人かのブリッジクルーが反射的に何かを言おうとしたものの、自分に銃口を向けられているのに気が付いたのか、何も言えなくなる。
ここで何かを言えば、銃の引き金が引かれると思ったのだろう。
「げほっ、げほっ……て、てめえ……何者だ……?」
そんな中、唯一銃口を向けられている訳ではないブルックは、ようやく息が整ったのか俺を睨み付けながらそう言ってくる。
とはいえ、さすが武闘派として知られているブルワーズを率いているだけあってか、その視線は鋭い。
鋭いのだが……俺にしてみれば、それ程問題ではなかった。
「何者だ、か。そうだな。お前に分かりやすく言えば、このブルワーズを乗っ取る男だ」
「何ぃ……? てめえ、本気か?」
「勿論本気だとも、ちなみにお前に取っての最高の戦力のクダルは……ほら、あっちを見ろ」
その言葉に、ブルックは半ば反射的に俺の視線を追い……そこでどことも知れない場所、虚空を見て涎と鼻水を垂らしながら笑っている、縛られたクダルの姿を見て目を見開く。
「クダル……?」
「正解だ。このブルワーズが誇る最強の人材があの有様である以上、こっちに抗えないというのは理解出来るな?」
「貴様……クダルに何をした?」
ブルックが俺を睨み付け、そう言ってくる。
その表情には憎悪の色があった。
なるほど。多分だが、ブルックとクダルはただの上下関係という訳ではなく、信頼関係で結ばれていたのかもしれないな。
とはいえ、だからといって俺がそれを気にする必要はないのだが。
「刈り取る者を召喚したら、俺の影が運悪くクダルの身体に重なっていて、その結果としてクダルは自分の身体から刈り取る者が出て来たのを見て、その感触によってああなった」
ブルックの質問に、俺は素直に答える。
しかし、ブルックはそんな俺の説明が理解出来ないといった様子の視線を向けてくる。
無理もないか。
ブルックにしてみれば、刈り取る者とか召喚とか、俺が何を言ってるのか理解出来ないのだろう。
俺としてはブルックの希望に添った形なのだが、それでもブルックにとっては十分に満足出来なかったらしい。
「お前……何を言ってる? 召喚? 何の話だ?」
「お前に分からなくても仕方がないとは思う。……というか、お前はさっきブリッジから出て来たところでどうやって吹き飛ばされたと思ってるんだ?」
「……何?」
俺の問いに戸惑った様子のブルック。
どうやら自分がどうやって吹き飛ばされたのかも理解していなかったらしい。
このオルフェンズ世界しか知らないのなら、影槍とかそういうのを知らなくても無理はないか。
「見ろ」
そんな訳で、百聞は一見にしかず。
クダルを引っ張っている刈り取る者にブルックの視線を向けさせる。
「っ!?」
やはりクダルしか目に入っていなかったのだろう。
ブルックは刈り取る者の姿を見た瞬間、目を大きく見開き、何も言えなくなる。
しかし、それでも1分程で回復し、ブリッジを見回す。
昌弘を始めとしたヒューマンデブリを見ても、特に驚いた様子はない。
本来なら昌弘達が銃火器……主に拳銃を持ち、その銃口をブリッジクルーに向けているのを見て、それに怒鳴ってもおかしくはないのだが、刈り取る者の存在はそれだけブルックに衝撃を与えたらしい。
また、子供達の護衛として用意した炎獣は、小さいからか目に入っていないようだ。
そして……次にブルックが目を大きく見開いたのは、狛治を見て。
角が生えていたり、背中に竜翼があったりと、とても人間のような外見ではない。
とはいえ、このオルフェンズ世界も阿頼耶識のように首に埋め込むといったこともあるので、そういう点では刈り取る者よりはまだ分かりやすいのかもしれない。
……あくまでも比較しての話だが。
「さて、現在の状況は分かって貰えたか?」
その言葉にブルックが動揺で揺れる視線を俺に向ける。
その視線は、やがて俺の後ろにいるマーベルのシーラに向けられ、その2人を見たところで欲望からある程度落ち着いた様子だったが、2人を守るようにしている犬の炎獣を見て再び動揺する。
動揺したり落ち着いたり、忙しい奴だな。
「お……お前は一体何者だ……?」
「アクセル・アルマー。もっと詳細に言うのなら、お前からこのブルワーズを奪って、シャドウミラーという組織として運用していく予定の者だ。もっとも、シャドウミラーとして活動する上で海賊を続ける事はないがな」
「……は? 何だと?」
俺の言葉が理解出来ないといった様子のブルック。
いきなり自分の組織を乗っ取るとか言われたんだから、そういう風に思うのも無理はないか。
とはいえ、それでもすぐに我に返ったのは、今がどのような状況かを理解したからだろう。
「本気でそんな事を言ってるのか?」
「勿論だ。……というか、既に今の時点でもうお前にはどうしようもないだろう? いわゆる、チェックメイトだ」
「ぐ……」
チェックメイトの意味が理解出来たのかどうかは分からない。
というか、このオルフェンズ世界にチェスがあるのかどうかも分からないし。
それでも既に自分がいわゆる詰みであるのは理解したのだろう。
ブルックが悔しそうに俺を睨んでくる。
「ま……まだだ。この艦は占拠されたかもしれねえが、うちにはまだ2隻の艦がある」
「そのうちの1隻は輸送艦だろう? ……まぁ、強襲装甲艦1隻がまだ手つかずで残ってるのは分かる。だが、どうやってそれを知らせるつもりだ? 言っておくが、ブリッジクルーが何か妙な動きをしたら、躊躇なく撃つように言ってあるからな」
「ぐぬぅ」
俺の言葉に悔しそうな様子で唸るブルック。
実際、この状況から逆転するのは……不可能ではないが、限りなく難しいのは事実。
それこそ何とかなっても、ブルックを含めてこのブリッジにいる者達の命が失われる可能性が高い。
「どうする? 大人しく俺に組織を譲れば、殺さずに追放という手段で終わらせてもいいが。それとも……死を覚悟して戦うか?」
海賊である以上、死を怖がったりはしない。……普通なら。
だが、ブルワーズのMS戦力はクダル以外はヒューマンデブリだ。
MSを使わないからといって、襲撃で死なないという訳ではない。
襲撃される方にしても、MSではなく母艦を破壊すればそれだけで勝利になるのだから。
だが……それでも、やはり一番危険なのはMSによる戦闘で、その一番危険な場所をヒューマンデブリに任せているのも事実。
つまり、一応海賊稼業を行ってはいるものの、自分達は安全な場所にいる者達だ。
そうである以上、こうして間近に死が迫っている現状を受け入れる筈もなく……
「ブルックさん、降伏しましょう!」
ブリッジクルーの1人が、俺の言葉に何も言えなくなっているブルックに向かってそう叫ぶのだった。