模擬戦が終了して母艦に戻ると、メカニック達、そしてブリッジクルーや、それ以外にも働いていた者達はマーベルに信じられないといった視線を向けていた。
この世界の者達にしてみれば、最初は模擬戦で負け続けていたマーベルがああして連勝するようになったのは信じられなかったのだろう。
もっとも、マーベルが聖戦士だった事を知っている俺とシーラにしてみれば、そこまで驚くようなことではなかったが。
ともあれ、その模擬戦の件によってマーベルは他の者達から向けられる視線が明らかに変わった。
以前までは、俺の恋人という……表現は悪いが、俺の付属品的な存在として見られていたのだが、今のマーベルは腕利きのMSパイロットと認識されている。
実際、子供組の意見でも明らかにクダルよりも強くなっているという事だったので、その判断は間違いではない。
シーラは……今はまだ艦長としての勉強中だが、恐らくそう遠くないうちに艦長として活動出来るようになる筈だ。
そんな訳で、マーベルが見直されてから数日……
「アクセル様、あれが火星です」
高密度デブリ帯を抜け、今回の目的地である火星がブリッジの映像モニタに表示され、副官の男がそう言ってくる。
「あれが火星か」
俺の知っている火星というのも色々とある。
その中で最も酷い火星は、マブラヴ世界の火星だ。
マブラヴ世界の火星は、BETAによって完全に占領されて採掘が行われているのだから。
逆に最も安全な火星は……ナデシコ世界の火星か。
ネギま世界の火星も移住は進んでいるが、まだテラフォーミングは終わっていないしな。
そんな訳で、ナデシコ世界の火星が一番地球に似た環境なのだが、オルフェンズ世界の火星もそれに近い……あるいはそれ以上地球に近い光景となっている。
「はい。ただ、これ以上近付くとギャラルホルンに察知されるかもしれないので、まずはアリアドネを使って火星にいるノブリスと連絡を取る必要があります」
「分かった、やってくれ。どのみちそのノブリスという奴と交渉しないとどうにもならないし、最悪の場合、ノブリスを無視して木星に向かうという手段もあるしな」
その言葉に副官の男は頷き、ブリッジクルーに視線を向ける。
するとすぐに何らかの操作をし……操作をし……操作をし……
「まだか?」
結局俺が副官の男にそう尋ねたのは、操作をしてから10分程経過してからの事だった。
「すみません。何しろ火星に送り込んだ者も、その……それなりの者なので」
多分、この場合のそれなりというのはそこまで有能ではない。
いや、有能ではないが無能とまではいかない……といった程度の者なのだろう。
とはいえ、その件を責める事は出来ない。
何しろ以前のブルワーズの人員の中で俺のやり方が気にくわない奴は出て行くように言ったところ、結構な数が出ていったのだから。
その中には性格的に問題はあれども、こういう作業は得意といった者もいただろう。
そんな連中をある意味で追放したのは俺なのだ。
そうである以上、ここで俺が人員の能力不足を責める訳にはいかない。
勿論、能力不足であるというのが分かった以上、きちんと鍛える必要があるが。
うーん……こういう時に量産型Wがいないのは痛いな。
いやまぁ、ノブリスとやらもいきなり量産型Wのような存在が接触してきたら、まず驚くだろうが。
あるいはヘルメットをしているので、特に気にしないか。
「気にするな。人数が少なくなった以上、それは仕方がない。とはいえ、出来ればどこかで有能な……それでいて海賊ではない奴を補充したり、もしくは訓練をしたりしたいけどな」
「それは分かりますが、そのような人材は……それこそヒューマンデブリを購入して教育した方がいいかと」
個人的にヒューマンデブリという名の奴隷は気にくわない。
気にくわないが、だからといってそのようなシステムが存在する以上、俺達がそれを無視したりすれば、ヒューマンデブリはそれこそかつてのブルワーズや、場合によっては夜明けの地平線団とかに買い取られ、使い捨ての消耗品として使われるだろう。
それならいっそ、俺達がヒューマンデブリを買い取り、きちんと教育してシャドウミラーの一員として使うというのは、決して悪い話ではない。
本当にヒューマンデブリをなくしたいのなら、それこそ海賊とかのヒューマンデブリを取り扱っている連中を滅ぼすしかないのだが、オルフェンズ世界にシステムとして存在している以上、無理だ。
いずれ……ゲートを設置してホワイトスターと自由に行き来出来るようになり、本来のシャドウミラーの戦力を使えるようになったら、そういう事も出来るかもしれないが。
勿論、ナノラミネートアーマーが一般に広がっていて、シャドウミラーでも主力武器の1つであるビーム兵器が使えないのは、オルフェンズ世界で行動する上で痛いだろうが。
「そうだな。検討しておく」
取りあえず俺に出来るのは、そう返事をする事だけだった。
そして、そこから更に10分程が経過したところで、ようやくブリッジクルーの中でも通信を担当している男が口を開く。
「繋がりました!」
「出せ」
そんな俺の言葉に、通信担当の男は即座に反応する。
そして映像モニタに表示されてたのは初老の男。
ただし、その顔には気力が漲っている。
隠居とかをすれば一気に老け込みそうな感じがする男だ。
『さて、商売の話があるという事だったが……君達はブルワーズであって、ブルワーズではないと聞いているが?』
なるほど、ノブリスに対して何も情報を話さないで交渉の場に引き出すのは難しかった訳か。……いや、寧ろノブリスという男を交渉の場まで引き出した時点で十分に役目を果たしたと言うべきか。
そこまで有能じゃない男だという話だったが、意外とそうでもないのかもしれないな。
「俺はアクセル・アルマー。ブルワーズという組織を乗っ取り、現在はシャドウミラーとして活動している」
その言葉に、ノブリスは訝しげな表情を浮かべる。
先程までの余裕があるといった表情とは違う、本当に俺が何を言ってるのか分からないといった表情。
『シャドウミラー……? そのような組織は、聞いた事がないが?』
だろうな。
言葉には出さず、そう告げる。
何しろシャドウミラーというのは、異世界……正確には世界と世界の狭間に存在するホワイトスターにある国だ。
そんな国の名前を、ノブリスが知ってる筈もない。
「そうだな。この世界では小さな組織だ。今のところは、だが」
『ふむ、なるほど。やはり出来たばかりの組織だったか。それにしても、この世界とは大きく出たものだ』
「そうか? いずれ、この世界で誰もが名前を知っている組織にしようと思ってはいるけどな」
『はっはっは。気宇壮大な夢を持つのは若者の特権だな』
そう言って笑うノブリスだったが、その目は決して笑っていない。
俺を品定めしている。
なるほど。確かに有能な武器商人ではあるのだろう。
だが、この様子を見る限りでは信用は勿論、決して信頼も出来ない相手だな。
この手のタイプは、自分にとって不都合になれば……いや、利益にならないと分かった時点であっさりと切り捨てられる奴だ。
個人的にはあまり……いや、決して好意を持てる相手でないのは事実。
事実だが、同時に今はこの男しか頼れる相手がいないのも、また事実だった。
いっそ、乗っ取ったのがブルワーズじゃなくて夜明けの地平線団とかだったら、あるいはノブリスに頼る必要はなかったのかもしれないが。
いや、今更の話だな。
たらればはこういう時に話しても何の意味もない。
「シャドウミラーの将来については置いておくとして、商売の話だ」
『そう、それだ。こちらに接触してきた相手から面白い話を聞いた。何でもエイハブ・リアクターをテイワズに売る際の仲介をして欲しいという事だったが、事実かね?』
「事実だ。売ることが出来るエイハブ・リアクターは、10基ある」
『……聞いた話だと5基だという事だったらしいが?』
「ちょっと頑張った結果だな」
実際には夜明けの地平線団で手柄を焦って独断専行した連中のMSから外したエイハブ・リアクターだが、その辺については言う必要もないだろう。
というか、夜明けの地平線団とぶつかったというのをこの男に知られるのは不味い。
「それと他にも、高密度デブリ帯で未知のフレームを見つけた。そちらはエイハブ・リアクターがあったが、MSの装甲部分が殆ど残っていなくて、どういうMSなのかも分からない」
『ほう』
興味深そうな様子のノブリス。
どうやら未知のフレームというのはノブリスの興味を惹くのに十分だったらしい。
「それで、どうだ? テイワズとの橋渡し役を引き受けてくれないか?」
『……いいだろう。幸い、テイワズのトップとも知らない仲ではない。だが、それでもテイワズという組織を率いる相手だ。そのような相手との仲介となると、相応の手間が掛かるのも事実』
「分かっている。報酬は相応に支払わせて貰うよ」
実際、ノブリスの言ってる事がどこまで正しいのかは俺にも分からない。
もしかしたら、手間が掛かるというのを大袈裟に口にしているだけで、実際にはそこまで手間が掛からない可能性がある。
あるいは、本当にそれだけの手間が掛かる可能性もあった。
そのどちらが正解なのかは分からない。……分からないが、それでも今はノブリスに頼る必要がある以上、相手の言い値を支払う必要があるのも事実だった。
あるいは、いっそエイハブ・リアクターを1基譲渡して、それで諸々の手数料として貰うか?
そうも思ったが、ノブリスはその提案を受けないような気がした。
『何、そこまでこちらを警戒する必要はない。君達とは良い関係を築けそうでもあるしな。……ふむ、気に入った。何かあったら言ってくるといい。出来る限り力になろう』
は?
いきなりのノブリスの言葉に、俺の口からは我知らずそんな声が漏れる。
それは俺だけではない。
ブリッジで俺とノブリスの会話を聞いていた者達の多くが同じような感じになっていた。
ノブリスの性格を考えれば、まさか善意でこのような事を言ってくるとは思えない。
そうなると、俺が金になると思ったのか?
……いやまぁ、もしそうだとしたら、その考えは正しい。
実際、俺の空間倉庫には金になる物が幾らでも入っている。
それこそ金のインゴットや宝石のように、そのまま財産となる物も大量にあるし、サラマンダーやミロンガ改もある。
それを悟ったとか……いや、さすがにそれはないか。
だが、そうなると一体何がどうなってそのように思ったのかが不思議だ。
「何を考えている?」
『そうだな。アクセルと仲良くしておくのは、こちらにとっても悪くない事だと思った、それだけの事だ』
さて、この言葉をどこまで信じていいのやら。
ノブリスは決して信用も信頼も出来ない男なのは間違いない。
とはいえ、今の状況ではそんな相手であっても頼るのが最善……なのか?
ここでノブリスを無視してこっちで勝手に動くというのは、それはそれで問題があるし。
それこそこうしてノブリスに接触してしまった以上……いや、それならそれで仕方ないか。
それに俺に協力をするという事であれば、そのまま協力して貰えばいい。
今はノブリスの方が主導権を握っているが、言ってみればそれは今だけだ。
ゲートを設置してホワイトスターと繋がってしまえば、ホワイトスターから幾らでも戦力を呼び出せる。
だとすれば、主導権についてもこっちで取り戻す事も可能だろう。
それに、エザリアを始めとする政治班がいれば、ノブリスと上手い具合に交渉も出来る。
今まで多くの世界と交渉をしてきた政治班だ。
相手が政治家どころか、武器商人である以上、交渉するのはむずかしくはないだろう。
もっとも、国や世界によっては政治家よりも商人の方が交渉相手としては厳しいと言う者もいるが。
そういう意味では、ギャラルホルンは交渉相手としてどうなんだろうな?
普通に考えれば、国の上に立つ組織として厳しい交渉相手と考えてもいい。
だが、ギャラルホルンは300年もの間ずっとそのような立場……支配する立場だった。
それが突然自分達よりも戦力的に上の相手がいたとして、上手く交渉出来るかどうか。
普通に考えれば、上から命令をする事に慣れている以上、交渉には慣れていない……という事にもなりかねない。
その辺は実際にゲートを設置してから考えればいいか。
「頼ってもいいというのなら、少し頼みがある」
『ほう? 何だね?』
俺の言葉に、興味深そうな様子を見せるノブリス。
ブリッジクルーの面々は、俺がいきなり何を言い出すのかといった視線を向けていたが……俺はそれを気にせず口を開く。
「実はこの組織を乗っ取ったのはいいけど、まだこれから何をするのかは決まっていない。傭兵か、ジャンク屋か。とにかく拠点となる場所が必要である以上、火星にそれを用意して貰えないか?」
そんな俺の言葉に、ノブリスは笑みを浮かべるのだった。