宇宙港から火星に降りると、そこには見るからに高級車といった黒塗りの車の姿があった。
俺達以外にも宇宙港から降りてきた者達や、あるいはこれから宇宙港に向かおうとしている者達がそれなりに多くいるのだが、そのような者達の注目を浴びている。
「えっと、その……アクセルさん。この視線の中を進むんですか?」
昌弘が俺に向かってそう言ってくる。
ちなみに子供組から俺達と一緒に火星に降りたのは、昌弘、アストン、デルマ、ビトー、ペドロの5人だ。
この5人は俺がオルフェンズ世界に来た時にクダルと一緒にいた連中で、MSのパイロットをしているという事もあり、子供組の纏め役的な存在となっている。
その中でも特に昌弘は実質子供組のトップといった感じだ。
何だかんだと、子供組の中では慕われているんだよな。
MSの操縦技術も子供組の中ではトップクラスだし。
とはいえ、それでもこうして多くの者達から視線を……それもブルワーズでクダル達から向けられていたような視線ではなく、興味津々といった視線を向けられるのは慣れていないのだろう。
昌弘を含めた子供達は、戸惑った様子を見せている。
「貴方達はシャドウミラーの一員なのだから、しっかりとしなさい」
シーラのその言葉に、子供組……だけではなく、侮られないようにと用意された大人の護衛までもが背筋を伸ばす。
うん、順調にシーラもそのカリスマ性で影響力を高めているな。
マーベルは既にクダル以上の操縦技術を持った事で、多くの者……特にメカニック達や子供組に慕われている。
子供組だけではなくメカニック達にも慕われているのは、それだけクダルがメカニック達に対して当たりが強かったという事なのだろう。
そんな訳で、マーベルもシーラも現在は多くの者に尊敬されている。
あるいは尊敬まではいかなくても、俺の恋人という以外もそれなりに有能だというのは認めている者が多い。
「シャドウミラーのアクセル様。お迎えに上がりました」
俺達が近付くと、高級車の運転手がそう聞いてくる。
「ああ、頼む。けど、人数的に大丈夫か?」
こっちのメンバーは俺、マーベル、シーラ、子供組5人に大人の護衛が2人の合計10人だ。
この高級車は車体が長いが、それでも10人が乗れるかどうかは微妙なところだろう。
そう思っていると、ちょうどそのタイミングで同じような黒塗りの車が1台やってくる。
「ご覧の通り、もう1台用意しましたので、全員問題なく乗れるかと」
どういう風に分けるかだな。
取りあえず俺と大人の護衛2人とそれ以外で分ける事にする。
出来れば全員一緒がよかったんだが、護衛役として選ばれただけあって大人2人はクダル程ではないにしろ、筋骨隆々といった感じだ。
だからこそ、座るのにも場所を取る。
そうして俺達はノブリスの家……というか、屋敷に向かうのだが……
車の窓から見える火星は、相応に栄えている。
とはいえ、これはあくまでも表向きの場所だからだろう。
俺が集めた情報によると、火星は地球と比べてかなり貧乏な者が多いらしい。
それも平均より下といった程度ではなく、それと比べものにならないくらいに。
スラム街は地球よりも圧倒的に大きく、そして多いというのがそれを示している。
つまりこれは、火星に来た者達がそういうのを見ないように意図的に大通りは整備されていると見るべきか?
「これは……」
護衛の1人が、羨ましげに呟く声が聞こえてくる。
本人は俺に聞かせようと思っての言葉ではなかったのだろう。
思わずといった様子で出た感じか。
「あまり気にしすぎるなよ。ここは恐らく火星の中でも最も発展している場所だし、宇宙港から降りてきた者達にスラム街とかを見せたくないからこそ意図的にこういう風にしているという点もあると思う」
もしかしたら運転手が俺達の会話を聞いてるかもしれないが、それならそれで構わない。
一応、運転席と俺達が乗ってる場所は強化プラスチックか何かで遮られているが、ノブリスの性格を考えると少しでも俺達についての情報を集めようとしてもおかしくはない。
今回の一件、ノブリスが俺達の情報を入手するのはかなり難しいし。
何しろブルワーズは今まで宇宙で活動してきたのだから。
ノブリスが情報を入手するとしたら、ノブリスと接触した男からくらいか?
勿論それは尋問や拷問をするとかじゃなくて、会話の中から情報を引き出すとか、あるいは酒や女を使ってとかだろうが。
そんな事を考えていると、大通りを出て郊外に向かう。
ノブリスの影響力を考えると、大通りのある場所や市街地とかに屋敷を建てるという事はしないのだろう。
何しろ武器商人だけに、恨みを買ってるのは間違いないだろうし。
……ノブリスなら民間人を肉の壁にするという意味で市街地に屋敷を構えてもおかしくはなのだが。
そしてやがてかなりの広さを持つ屋敷が見えてくる。
どうやらあの屋敷がノブリスの家らしい。
火星は貧しいと言われているが、それでもこれだけの屋敷に住んでいる辺り、ノブリスがどれだけの力を持っているか分かりやすい。
やがて車は屋敷の門を通り、敷地の中に入っていく。
当然ながら門の前には門番がいる。
そして……植物や建物で隠しているが、MWが何機かあるな。
MWか。
地上用のMSを入手出来ないのなら、MWで戦力を整えるというのもありかもしれないな。
MWはMSと比べると圧倒的に戦力が低いが、利点がない訳でもない。
値段の安さもそうだし、操縦もMS程に難しくはない。
そして何より、MWはエイハブ・リアクターを使っていないので街中でも普通に使えるというのが大きい。
MSを街中で使うというのは、エイハブ・リアクターのせいで基本的に出来ない。
実際にはやろうと思えば出来るのだろうが、もしそれをやった場合、一体どうなるかは考えるまでもないだろう。
「でかい……」
先程とは別の男が、窓から見えてきたノブリスの屋敷を見て呟く。
実際、屋敷がかなりの大きさなのは間違いない。
多分だけど、向こうの車では子供組が騒いでいるんだろうな。
マーベルやシーラに叱られないといいのだが。
車はやがて屋敷の前で停まる。
ちなみに屋敷の前には噴水があり、そこを一周出来るようになっている。
「ほら、降りるぞ。これからノブリスと会うんだ。この程度のことで驚いた様子を見せると、あっという間に付け入れられるぞ」
その言葉に、2人の男は我に返る。
ノブリスとの交渉そのものは既に纏まっている。
だからといってこっちの弱みを見せるような事をすれば、ノブリスの場合何をしてくるのか分からない。
ある意味、商人らしい商人と言ってもいいのかもしれないが。
とにかく、ノブリスに侮られるような、そして付け入る隙を与えないようにするのは、これからの一件で間違いなく大事だった
車の扉が開き、外に出る。
するとそこには執事と思しき者の姿がある。
「いらっしゃいませ、アクセル様。ノブリス様がお待ちしておりますので、ご案内させていただきます」
執事の言葉に、護衛の2人が戸惑うのが分かる。
元海賊だけに、こういう丁寧な言葉遣いをされた経験がないのだろう。
シャドウミラーとして活動する以上、これからはこういう事にも慣れて貰う必要があるんだがな。
とはいえ、今回が初めてである以上は仕方がないか。
「ああ、頼む」
この先、シャドウミラーとして火星で活動していく以上、こういうのにも慣れる必要はあるんだが。
とはいえ、この2人は護衛だ。
実際にお偉いさんと交渉とかをするのは、俺とかマーベルとかシーラとか、あるいは何気にそういうのにも慣れていそうな副官の男くらいか。
ただし、護衛は護衛としてそういうのにも慣れて貰う必要はあるが。
話とかはしなくても、護衛だからこその態度とか。
「アクセル」
屋敷の中に入ろうとしたところで、もう1台の車から降りたマーベルがそう声を掛けてくる。
子供組はてっきりこの屋敷を見てはしゃぐかと思ったのだが、そうでもないらしい。
マーベルやシーラに何かを言われたのか、あるいは屋敷の大きさにはしゃぐどころではなく、圧倒されて何も言えなくなったのか。
「ノブリスとこれから話をするんでしょう? この子達はどうするの?」
「連れていこうと思ったんだが、難しいか? 本人が話を出来なくても、ノブリスと直接会うというだけでも、勉強になるだろうし」
その言葉に、子供組が微妙に不安そうな表情になる。
この屋敷を見た時の態度を思えば、不思議ではないか。
「えっと、その、アクセルさん。俺達が一緒にいても本当にいいんですか?」
デルマの言葉に、俺は執事に視線を向ける。
「子供達も一緒で構わないか?」
「ええ、構いません。ノブリス様はその辺についてはそこまで気にする人ではないので。……ただ、ノブリス様はあまり子供受けするような方ではないのですが」
自分の仕えている相手をそんな風に言うのはどうなんだ?
そう思ったが、この執事がそういう風に言うという事は、問題はないのだろう。
そんな訳で、俺達は屋敷の中に入る。
絵画やツボ、石膏像……そんな諸々が飾られている廊下を進み、やがて1つの部屋の前に到着する。
「ノブリス様、アクセル様とお連れ様をご案内しました」
『うむ、入ってくれ』
執事の言葉に、扉の向こう側からそんな声が聞こえてくる。
通信越しに聞いたのと同じ声。
そして扉が開くと……
「よく来てくれた」
ソファに座ってコーヒーを飲んでいたノブリスが、立ち上がってこっちにやって来る。
コーヒーを飲んでいたというのは、部屋の中に漂う香りから明らかだ。
俺は紅茶派だが、だからといって別にコーヒーを憎んでいる訳ではない。
その人の趣味嗜好によるものである以上、別にその件で仲良く出来ないとは思わなかった。
……もっとも、紅茶派、コーヒー派とは別の意味でノブリスとは仲良く出来ないような気がするが。
「今回は色々と世話になる。……一応、改めて自己紹介をしておこうか。俺はアクセル・アルマーだ。ブルワーズを乗っ取って、シャドウミラーという組織に変えた」
「ノブリス・ゴルドンだ」
そうして自己紹介を終えると、次にマーベルやシーラの自己紹介が行われていく。
マーベルの時は特に何がある訳でもなく自己紹介が終わったのだが、シーラの自己紹介を聞いたノブリスは少しだけ驚いた表情を浮かべる。
もっとも、ノブリスの事だ。
そうして驚いて見せたのも、わざとそういう風に見せつけた可能性は否定出来なかったが。
「これは驚いた。シーラ・ラパーナとか言ったか。君はどこか高貴な家の出では?」
「……何故そのような事を?」
不思議そうに聞くシーラだったが、その目にはノブリスに対する嫌悪感の類はない。
ノブリスが悪しきオーラ力の持ち主だと言っていたが、それを表に出さない辺りは演技が上手いと言うべきか。
「何気ない仕草にでも、その者の育ちというのは出るものなのでね」
「そうですか。貴方の言う事は間違っていません。ただ、具体的にどこの生まれなのかというのは決して口に出せませんが」
「ほう」
ノブリスはシーラの言葉に興味深そうに言う。
さて、シーラの説明で何をどのように思ったのやら。
恐らくどこかの富豪の令嬢……もしくはギャラルホルンに連なる家の出とか、そんな風に思ってもおかしくはない。
ノブリスの影響力が、具体的にどのくらいなのかは分からない。
火星にいるギャラルホルンに対してはそれなりに影響力があるという事だから、その伝手から地球にいるギャラルホルンのお偉いさん……セブンスターズとか言ったか? そこについての情報を持っていてもおかしくはない。
具体的には、その血縁関係にある者について。
……とはいえ、ギャラルホルンが設立されて300年。
その間にはセブンスターズの血が外に流れた事もあるだろうし、今のセブンスターズの中にも表沙汰に出来ない子供がいたりしてもおかしくはない。
そういう時は、それこそ秘密裏に育てるとかしてもおかしくはないだろう。
セブンスターズとはいえ……いや、そういう地位にある者だからこそ、女好きがいればどういう事になるのかは想像するのが難しくはないのだから。
とはいえ、実際にはシーラはセブンスターズの血に連なる者ではなく、異世界の……ダンバイン世界の中でも更に異世界とでも呼ぶべきバイストン・ウェルにおける大国、ナの国の元女王だ。
そういう意味では、シーラが高貴な血筋だと見抜いたのはさすがだが、その真実には届かなかったらしい。……当然か。
「私の出自はどうあれ、今はアクセルと共にある女でしかありませんので、お気になさらず」
「ほう」
数秒前と同じ言葉を口にしたノブリスだったが、そこに込められる感情は違う。
俺を見る目には感嘆や呆れ、好意、嫉妬……様々な色が混ざっている。
これを見ると、ノブリスはそっち方面でもどうやらまだ現役らしい。
あるいはこの屋敷の中にはノブリスの愛人とかがいるのかもしれないな。
そんな風に思いつつ、俺はノブリスとの会話を続けるのだった。