昌弘に兄貴と呼ばれた男は、その言葉に動きを止めていた。
目を大きく見開き、信じられないといった様子で昌弘を見ている。
その男はかなりの高身長で、身体も鍛えているのが分かる。
年齢は……10代後半といった感じか?
「昌弘……か?」
兄貴と呼ばれた男が、恐る恐るといった様子でそう呟く。
この2人は顔立ちも似ているし、何より昌弘の様子を見る限りでは、多分兄弟で間違いないんだろうな。
それにしても、ヒューマンデブリとして売られていた兄弟が偶然にしろ再会する。
そう考えると、もしかしたらあの男がこの世界の主人公なのか?
「ああ、俺だよ。まさか、こんな場所で兄貴と会えるなんて……」
そのまま1歩、2歩と前に進む昌弘。
兄貴と呼ばれた男の方は、まだ目の前にいるのが自分の弟だとは信じられないのか、唖然、呆然といった様子で視線を向けていた。
そのまま昌弘は進み続け、やがて男の前に立つ。
「昌弘……か?」
男が口にしたのは、先程と全く同じ言葉。
しかし、その言葉には先程とは違い、驚きが……そして嬉しさがある。
「そうだってば、兄貴。何だよ、俺の事を忘れたとか言うのか?」
がばり、と。
昌弘の前にいる男は、そんな表現が相応しい感じで昌弘を抱きしめる。
「うわっ、ちょっ、兄貴……兄貴ってば! ……ったく……へへ……兄貴……うっ……うう……」
最初こそ自分が抱きしめられた事に驚き、そして何とか脱出しようとした昌弘だったが、それでも兄貴は昌弘を放す様子はなく、そのまま抱きしめていた。
すると、抱きしめられていた昌弘もやがて嬉しそうに笑いながら泣き出す。
「おいおい、何だってお涙ちょうだいなんてやってるんだよ」
そんな感動の場面に水を差す男の姿があった。
それは、例によって例の如くマーベル達を舐めるような目で見ていた黒髪の短髪の男。
「おいっ、ハエダ!」
マルバがその男……ハエダに対して叱りつけるように言ったのは、昌弘やその兄、あるいは他の子供達の事を思って……ではなく、ノブリスの部下がハエダの言葉に不愉快そうにしていたからだろう。
「失礼しました」
不承不承、本当に不承不承といった様子で、謝罪の言葉を口にする男……ハエダ。
しかもそうして謝ったのは、昌弘達に向けてではなければ、俺達でもなく、ノブリスの部下の男でもなく、マルバに対してだ。
この男……正気か?
「子供達がどのように活動してるのかを見学しようと思ったんだが、どうやらそんな余裕はないようだな。マルバ、悪いがCGSを見学している間、あの2人にはゆっくりと話をして貰おうと思うんだが、構わないか?」
「え? ああ、それは構いませんが……」
マルバに助け船を出すのもどうかと思ったが、昌弘の件を考えるとそうした方がいいだろうとも思う。
そんな俺の言葉に、昌弘を抱きしめていた男が驚きの視線を向けてきた。
何でだ?
一瞬そう思ったが、考えてみれば明らかだろう。
この様子からして、昌弘もその兄もヒューマンデブリとして売りに出されたのは間違いない。
そうである以上、まさか生きて再会出来るとは思っていなかったのだろう。
ましてや、見た感じでは昌弘はそこまで理不尽な扱いを受けてない状態で。
……実際に昌弘を購入したブルワーズのヒューマンデブリに対する扱いは、昌弘の兄の思っていた通りだった。
しかし、それもブルワーズの話だ。
シャドウミラーとなった今、昌弘達は既にヒューマンデブリではない。
その証となる書類も昌弘達の前で処分したし。
それにしても、昌弘とその兄は俺がブルワーズを乗っ取ってシャドウミラーとしたからこそ、再会出来たんだよな。
何しろブルワーズは宇宙海賊……それも地球と火星の間にある高密度デブリ帯で活動している海賊だ。
火星に降りるという事は……多分なかったろうし、もしあってもヒューマンデブリを下ろしたりはしなかっただろう。
そして昌弘の兄の務めているCGSは地上で警備業務を行っている会社だ。
あ、でも俺が知らないだけで宇宙での活動もあったりするのかもしれないな。
宇宙での何らかの仕事の警備とかもあるかもしれないし。
その辺については今はいい。
CGSと付き合っていく中で、その辺ははっきりするだろう。
「こちらです、どうぞ」
そう言い、マルバが俺達を案内してくる。
その後に続こうとし……そこで足を止めて、今は少し照れているのか抱きしめている兄の手から何とか脱出しようとしている昌弘に声を掛ける。
「昌弘、許可は貰ったから、お前はそこの……」
そこまで言って、俺が昌弘の兄の名前を知らない事に気が付く。
「昭弘です」
その言葉に視線を向けると、そこには銀髪? 白髪? そんな髪の色の男がいた。
「昭弘ってのが、あいつの……アクセルさんが連れてきてくれた、昌弘って奴の兄貴の名前です」
「そうか、昭弘か。……それでお前は?」
「俺は参番組の隊長、オルガ・イツカです」
「参番組? それは?」
「ここにいる連中ですよ」
ああ、なるほど。ヒューマンデブリやスラム街出身の少年兵とか、そういう連中を集めたのが参番組らしい。
オルガの言葉に納得したところで……
「オルガ、てめえ……何をしゃしゃり出てやがる!」
近付いてきたハエダが、いきなりオルガを殴り飛ばす。
は? 正気か、こいつ。
いきなりのハエダの行動に、唖然とする。
それは俺だけではない。他の面々もいきなりのハエダの行動に驚いていた。
ハエダは自分が他の者達の注目を浴びた事で満足したのか、得意げな笑みを俺に向けてくる。
いや、何で俺にそんな視線を向けてくるんだ?
「マルバ」
ノブリスの部下の男が、そうマルバの名前を呼ぶ。
マルバはその言葉を聞いた瞬間、ハエダの前にやって来るとその顔を殴りつける。
「この馬鹿者が! お前は部屋に戻っていろ!」
ハエダは何故自分が殴られたのか理解出来ないといった様子で、自分を殴ったマルバを見る。
だが、マルバはそんなハエダを睨み付けるだけだ。
無理もないか。
マルバにしてみれば、ノブリスの部下の前で騒動を起こして自分の面子を潰されたのだ。
「分かりました」
ハエダはマルバの言葉に反論せず、その場を立ち去る。
……ただし、何故か最後に俺を睨み付けていたが。
いや、何で俺?
まだ会ったばかりのハエダに、そこまで恨まれる筋合いはないんだが。
あるいはマーベルとシーラの一件が理由か?
CGSとの関係がこれからどうなるのやらと思いつつ、ハエダに殴られたオルガに視線を向ける。
「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですよ。こう言っては何ですが、こういうのは日常茶飯事なので」
「オルガ、お前もいつまでも話しているんじゃない。アクセルさん達は見学に来てるんだ。その邪魔をするな!」
マルバの怒声が周囲に響く。
俺達はともかく、ノブリスの部下というマルバにとっては決して粗雑に扱えない相手の前で、こうしてみっともなく叫ぶのはどうかと思う。
ノブリスにどういう報告がいくのか、少し気になるな。
その辺は俺が何を考えても、ここでは意味がない。
とはいえオルガの言葉を考えると、このCGSでも子供達……参番組か。参番組は粗雑な扱いをされているらしい。
とはいえ、ブルワーズよりはマシ……なのか?
「不愉快ね」
マーベルが小さく呟く声が聞こえてくる。
今の一連の流れから、参番組への対応が面白くなかったのだろう。
ブルワーズでの事を思い出しているのかもしれないな。
そんな風に考えつつ、マルバに案内されて格納庫の中に入っていく。
事前に聞いていた通り、格納庫の中にMSはない。
MWが複数置かれていた。
……ん?
格納庫の奥でMWの整備をしている者達がいるのだが、その中に黒人の巨漢がいる。
参番組は子供だけかと思ったのだが、きちんと大人もいたらしい。
当然か。ブルワーズでも戦闘はヒューマンデブリにさせていたが、MSの整備とかはきちんと大人がやっていた。
MS程ではないにしろ、MWは相応に高価な代物だ。
CGSにおいてもそれは変わらず、MWの整備を子供達に任せると整備不良でMWが壊れる事になりかねない。
そうなると、MWの修理費はCGSで用意する必要がある。
CGSの出費を減らす為には、やはりMWの整備はしっかりとする必要があり、整備が出来る者を参番組に回す必要もあったのだろう。
ん? あの黒人の男、両足が義足なのか?
足が隠れるような靴……長靴のようなのを履いているのではっきりとは分からないが、身体の動かし方から多分間違いないと思う。
オルフェンズ世界においては、阿頼耶識のように機械を身体に埋めるのは忌避されてるって事だったが……義足の類はどうなんだろうな。
まぁ、CGSにとってはその辺はそこまで気にしていないのか。
「MWは結構な数があるな」
「ええ。何しろCGSの主力装備ですから。最新鋭とまではいきませんが、それなりに性能の高いMWは揃えています。特に参番組は阿頼耶識を使える者が多いですし。特に……三日月、ちょっと来い!」
マルバの言葉に、三日月と呼ばれた男が前に出て来る。
背は低いが、その身体はかなり鍛え上げられている。
「こいつは、三日月でCGSきっての腕利きです。……ほら、挨拶をしろ」
「三日月・オーガス」
マルバの言葉に、三日月は自分の名前だけを口にする。
こっちを見る目には、特に何の感情もない。
それこそ、その辺の石ころでも見るかのような目だ。
……まぁ、無理もないか。
今の俺はヒューマンデブリだった昌弘を使っている人物という風に認識されてるんだろうし。
「そうか。俺はシャドウミラーのアクセル・アルマーだ。これからCGSとどういう関係になるのかは分からないが、よろしくな。うちの子供組と一緒になる事もあるだろうし」
現状、シャドウミラーでMS戦力として数えられるのは俺とマーベル、それと子供組だけだ。
ブルワーズを乗っ取った事によって多くの者が去った現状、3隻の船を維持するので結構限界に近いのも事実。
そんな中で新たに戦力を用意するのは……ああ、でもMWは操縦がそこまで難しくはないし、阿頼耶識が使われていない奴もあるだろうから、それを購入すれば大人の中にも多少は戦力になる奴がいるのか?
もっとも、その辺をどうするのかはまだ正式には決まっていないが。
普通に考えればノブリスから購入するといった感じだが……借りを作りすぎると、どういう感じで返せと言われるか分かったものではないしな。
「ふーん、そう。よろしく」
そう言うと、三日月は俺の前から離れていく。
「おい、こら! 三日月!」
そんな三日月を見てマルバが騒ぐが、三日月は気にした様子もなく格納庫の奥に向かった。
「すいませんね、うちの三日月が。腕は立つ奴なんですが、無愛想な奴でして」
叫んでいるマルバに構わず、オルガがそう言ってくる。
そしてオルガを気にしつつ周囲の様子を見ると、子供達は……黒人の男も、オルガを心配そうに見ている。
どうやら、このオルガというのは単純に参番組の隊長というだけではなく、そういうのとは関係なく人望があるらしい。
あるいはハエダがいきなりオルガを殴ったのは、その辺を理解して自分よりも人望のあるオルガが気にくわなかっただけって可能性もあるな。
どのみちノブリスの後ろ盾がある……その時点でCGSよりも立場が上の俺達の前でやるべき事ではないと思うが。
「気にするな。腕のいいパイロットがいるという情報は、こっちにとっても悪い話じゃないしな。今度、こっちの設備が揃ったら模擬戦をやっても面白いかもしれないな」
とはいえ、MSとMWでは性能が違いすぎる。
かといって昌弘達はMSの操縦は慣れているが、MWの操縦は慣れていない。
阿頼耶識があるし、一応ブルワーズでもMWは使っていたので、全く使えないという訳ではないだろうが、それでも普段から使い慣れているCGSの面々に比べれば不利だ。
とはいえ、別に模擬戦である以上は負けても構わないのだが。
寧ろ実戦の為に模擬戦で負けるのなら、それは大歓迎といったところか。
「そうですね。うちの社長が許可を出してくれるのなら、それも悪くないかもしれません」
そう言うオルガは、何故か右目を閉じている。
何だ? 義眼か何かか?
そうも思ったが、最初に話した時は特にそういう感じではなかった。
たとすれば、癖か。
それなら別に俺がどうこう言ったりする必要はないな。
「という事だが、どうだ?」
「それは……いえ、構いませんよ。うちのパイロットの訓練にもなるでしょうし。ただ、参番組は色々と忙しいので、そういう時間がすぐに作れるかは分かりませんが。それでもいいのなら」
この様子だと、マルバは恐らく本心では俺達と模擬戦をやらせたくないのだろう。
その理由がなんなのかは、正確には分からない。
あるいはハエダの様子を見る限り、雑務の類は基本的に参番組にやらせているようだったし、そっちの問題かもしれない。
だが、ノブリスの部下がいるこの場で俺の要望を断る事は出来ず、渋々ではあるが俺の要望に頷いたといったところなのだろう。
こうして模擬戦の件は決まり……その後も、色々とCGSを見学するのだった。