「その、アクセルさん。弟を……昌弘をよろしくお願いします」
そう言い、昭弘は俺に向かって頭を下げてくる。
CGSでの見学が終わり、帰る時の事だ。
昌弘は俺の部下である以上、当然ながらCGSに残るという事はない。
その為、昭弘はここで昌弘と別れなければならない。
昌弘にしてみれば、久しぶりに会った兄だ。
それもただ別れていたとかそういうのではなく、双方共にヒューマンデブリとして売られた身なのだ。
そうである以上、普通に考えればこの2人が再び生きて会う事は……不可能とまでは言わないが、その可能性が限りなく低かったのも事実。
それこそ奇跡と呼ぶ程に。
場合によっては、ブルワーズがCGSを襲撃して兄弟同士で戦うという事になったかもしれない。
そんな奇跡に近い確率で再び会った2人だけに、本来ならもっと話したい事もあるのだろう。
だが、昌弘がシャドウミラーの所属である以上、そうもいかない。
実は昌弘はもうヒューマンデブリではないので、もし昌弘が本当に兄と一緒にいたいと言うのなら、CGSに移籍させるという手段もない訳ではない。
とはいえ、ハエダの様子を見る限りCGSでヒューマンデブリがどのように扱われているのかは容易に想像出来る。
案内をしている時に聞いたのだが、昭弘を始めとして左側に赤い線の入っている制服を着ているのはヒューマンデブリの証らしい。
わざわざそこまでしてヒューマンデブリを区別……差別? とにかくしている以上、元ヒューマンデブリの昌弘を置いていく気にはならない。
また、シャドウミラー側としても、昌弘は子供組の中でMSの操縦技術という意味ではトップの存在だ。
あっさりとマーベルに抜かれてしまったが、この辺は実戦経験の違いだろう。
とにかく子供組の中で最強という事は、シャドウミラーの中でも俺とマーベルに続く3番目の強者という事を意味している。
そうである以上、そんな昌弘を容易に手放すような気にはならない。
「ああ、任せておけ。これからはそれなりに交流出来るようになる筈だし、オルガと話していた模擬戦もある。その時は兄弟対決を楽しみにしている」
「……ありがとうございます。よし、三日月に勝って俺が参番組のエースになってやる」
昭弘の言葉に、オルガの側で待機している三日月に視線を向ける。
なるほど。どうやら参番組の中で一番腕が立つのは三日月らしいな。
となると、CGS全体でも一番腕が立つのは三日月なのか?
三日月……というか、参番組は黒人の男以外は全員が阿頼耶識の手術を受けている。
それに比べて、マルバ……はこのCGSを率いる立場なので実戦には出ないとしても、今はもうここにいないハエダを始めとした大人達は阿頼耶識の手術を受けてはいない。
そうなると、参番組の子供達にはどうやっても絶対に勝てないだろう。
クダルのように、阿頼耶識がなくてもそれ以上の操縦技術を持っていた者もいるが、そのような者がいるとは思えないし。
いや……あるいはハエダは実はクダルよりも操縦技術が高くて、だからこそああも傍若無人な態度だった……という可能性もあるな。
ともあれ、三日月か。
俺はてっきりオルガがこの世界の原作の主人公の可能性が高いと思っていたんだが。
CGSにおいてエースとなると、三日月が実はそうなのかもしれないな。
勿論、三日月やオルガ、あるいは昭弘ではなく……CGS以外のもっと別の組織に所属する者が主人公の可能性もあるが。
それこそ可能性としては、ギャラルホルンに所属する誰かが主人公という可能性も否定は出来ないだろう。
「じゃあ、俺達はそろそろ行くから」
「はい。……昌弘の事、よろしくお願いします!」
筋骨隆々といった感じの昭弘が、深々と頭を下げる。
参番組の面々はそんな昭弘を見るのが珍しいのか、驚きの表情を浮かべていた。
昌弘の方は、そんな兄の態度に照れていた様子だったが。
ともあれ、俺達はバスに乗り込んでその場を後にする。
マルバがノブリスの部下に対してもう少し話をしたそうだったが……マーベルはともかく、シーラの機嫌がかなり悪くなっていたんだよな。
マルバはともかく、ハエダ程ではないにしろ、好色な視線を向けてくる者がそれだけ多かった証だ。
これがシャドウミラーであれば、俺がどのような存在なのかを知っているからこそ、俺の女として知られているマーベルやシーラにそのような視線を向ける者は少ない。
あるいはそういう視線を向けるような奴は組織から出ていったというのが大きいだろう。
しかし、CGSの連中はそんな事を知らない。
それどころか、俺の事はノブリスが後ろ盾なので敵対はしたくないものの、結局はノブリスの手の者……それどころか操り人形でしかないといったように思っているのは、マルバの態度を見れば明らか。
だからといって、それをわざわざこちらが教えてやる必要もないので、誤解を解くような事はしないが。
こっちが何かを言った訳ではなく、向こうの判断でこっちを勝手に侮ってくれるのだ。
そうである以上、こちらもそれを利用しない手はない。
そんな訳で、マーベルやシーラにとっては不愉快だろうが、少し我慢して貰う事になるのだった。
「じゃあ、今日は適当にゆっくりとしてくれ」
そう言ったのは、クリュセにあるホテルの部屋。
CGSの近くに拠点は用意して貰ったが、その拠点はあくまでも建物であって、まだ使えるような状態ではない。
そうである以上、あの建物に泊まるのは……不可能ではないにしろ、かなり面倒なのも事実。
だからこそ、今日はクリュセでホテルに泊まっていた。
当然ながら、このホテルもノブリスの紹介だ。
クリュセの中でもそこそこランクの高いホテルだが、それでも俺達が泊まっていてもそこまで問題はない感じのホテル。
これがもっとランクの高いホテルになると、それこそ俺達が泊まっていれば悪い意味で目立ったりするんだろうけど。
このホテルはそういう事はない。
ちなみにホテルはノブリスの紹介だったが、さすがにホテルの宿泊費はこっちで支払っている。
ノブリスに借りを作りすぎるのは不味いだろうし。
もっとも、数日中には俺達が拠点とする建物に生活に必要な物を一式運び込んで貰うし、電気や水道のようにライフラインの方も整備して貰うのだが。
とはいえ、そちらは別にノブリスに対する借りという訳ではなく、ノブリスを仲介してエイハブ・リアクターを売った金から天引きして貰う形になる。
テイワズとの取引については、もう少し時間が掛かるらしいが。
テイワズの本拠地が木星で、取引する物がエイハブ・リアクターであるとなれば、それも仕方がないが。
ちなみに俺が見つけた未知のフレームの調査についても、テイワズの中でも高い技術力を持つ会社に頼む予定になっている。
出来れば、あの未知のフレームをMSとして使えるようになればいいんだが。
幸いな事に、MSを運用する上で一番重要なフレームとエイハブ・リアクターはセットで残っている。
そうである以上、MSとしてリペア……という表現が相応しいかどうかは分からないが、とにかくMSになって戻ってきたらこっちにとっては大きな意味を持つ。
……出来れば地上でも宇宙でも両方使えるMSの方がいいんだが。
「その、アクセルさん。俺達はどうすれば……」
護衛としてついてきた2人の男がそう聞いてくる。
どのような言葉を期待しているのかは、その様子を見れば明らかだ。
けど……そうだな。この2人はノブリスと会ったり、拠点となる場所に行ったり、CGSに行ったりと、大変だったんだ。
なら、少しくらいゆっくりさせてもいいか。
「これをやるから、今日はゆっくりと飲んでこい。ただし、酔っ払って暴れたりしたらお仕置きだからな」
びくり、と。
俺の言葉に2人の男は動きが止まる。
そんな2人にゆっくりと飲むだけの金を渡すと、部屋から追い出す。
「えっと、アクセルさん。俺達もその……」
アストンがそう言ってくる。
どうやら出ていった2人を見て、自分達も街中で遊びたいと思っているらしい。
らしいが……
「大丈夫か? トラブルに遭ってノブリスに借りを作りたくはないぞ?」
これが例えば普通の子供なら、そこまで心配はない。
いやまぁ、夜遊びをする以上、子供だとトラブルに巻き込まれる可能性も十分にあるが。
しかし、アストン達は阿頼耶識の手術を受けた者達だ。
首や背中の辺りから出ている阿頼耶識の器官を見れば、誰でも即座に阿頼耶識の手術を受けた者達だというのが分かる。
そしてこのオルフェンズ世界において、阿頼耶識のように機械を体内に埋め込むという行為は忌むべきものという認識だ。
それだけに、阿頼耶識の器官を見えるようにしておくと、それが原因でトラブルになりやすい。
ましてや、CGSを見れば分かるように阿頼耶識の手術を受けた者というのはヒューマンデブリだったり、スラム街の出身だったりする事が多いのだ。
そんな者達が夜の街中……繁華街とかにいれば、間違いなく騒動に巻き込まれるだろう。
勿論騒動に巻き込まれても、こっちはノブリスの後ろ盾がある以上、最終的には問題ない。
問題ないが、余計な事でノブリスに借りを作りたくないのも事実。
「それは……」
アストンが俺の言葉に反論出来ずに黙り込む。
多分、自分達でも子供だけで街中にいた場合、トラブルに巻き込まれるのは分かっているのだろう。
……個人的には、阿頼耶識はそこまで忌避するようなものではないと思うんだが。
勿論、問題点も多数ある以上、全面的に賛成をするとは言わない。
だがそれを考えた上でも、阿頼耶識に対する嫌悪感の強さは予想以上だ。
それこそ、まるで何か意図的なものでも感じられるような。
勿論、自然な流れでそのような事になるという可能性も否定は出来ない。
だがそれでも不思議なのは間違いない。
「さっきの2人をどちらか残せばよかったな。そうなれば、お前達と一緒に行かせられたんだが」
俺の言葉に、アストンが微妙な表情を浮かべる。
アストンを含めた元ヒューマンデブリにしてみれば、そう簡単に元ブルワーズの大人達を信頼出来ないのだろう。
もっともヒューマンデブリを酷使していたクダルやブルックは既に組織にいない――ブルックは生きてすらいない――し、他にブルワーズを離れた者達の中にもヒューマンデブリを酷使していた奴はいた筈だ。
しかし、残った者達の中にもブルワーズ時代はヒューマンデブリを酷使していた者達はいるのだろう。
護衛についてきた2人の男がそうなのかどうかは、俺には分からない。
副官の男に問題を起こさないような奴を選べと言っておいたので、多分そういう連中ではないと思うが……それでも、ブルワーズの一員であったというだけで、アストン達にとっては思うところがあるのだろう。
これが例えば、ノブリスの部下の男だったらまだマシだったのだろうが。
ただ、当然ながらノブリスの部下の男は俺達をこのホテルに連れて来てから、もう帰っているのでここにはいない。
そうなると、残っているのは俺とマーベルとシーラの3人だ。
いや、そういう酔っ払いとかがいる場所にマーベルやシーラが行けば、それこそトラブルにしかならない。
これが例えばホワイトスターにいる俺の恋人達の誰かであれば、エヴァとの訓練で相応の実力……特殊部隊を容易に全滅させるような実力を相応の実力と評していいのかどうか微妙だが、とにかくトラブルに巻き込まれても対処するだけの実力はある。
だが、マーベルやシーラは……マーベルは聖戦士として活動していたので、ある程度生身でも戦えるが、それでもある程度でしかない。
シーラにいたっては、女王だったので生身での戦闘はそもそも難しいだろう。
うん、こうなるとやっぱり一緒に行くのは俺じゃないといけないんだが……
「悪いが、俺も俺で色々とやる事があるから、遊びに行くのは難しい。その代わりと言ってはなんだが、ルームサービスで好きなのを注文してもいいぞ」
「えっと……どうする?」
「ルームサービスって、美味い料理が食べられるんだよな? なら、いいんじゃないか?」
「だよな。外に出て面倒に巻き込まれるよりは、ここで美味い料理を食った方がいいって。昌弘の奴も今日は外に出る気分じゃなさそうだし」
「な……そ、そんな事は……」
そんなやり取りをした子供組は、結局俺の提案を受け入れる事にしたらしい。
面倒に巻き込まれて不愉快な思いをするよりは、部屋で美味い料理を食べた方がいいと判断したのだろう。
子供組はブルワーズ時代に食べていたのが栄養はともかく味は考えて作られていないブロック食品の類だったので、美味い料理に餓えている。
だからこそ、ホテルのルームサービスで好きな料理を食べてもいいというのは、魅力的だったのだろう。
後は兄と再会した昌弘の件を思いやっての事か。
ともあれ、そうして子供組は嬉しそうに自分達の部屋に向かうのだった。