夕方になると、拠点となる建物も大分整えられた。
とはいえ、この建物の広さを考えれば1日や2日で完成する筈もない。
そんな訳で、続きは明日という事で拠点に来ていた者達は帰っていった。
それでも取りあえず寝泊まりするだけならそこまで問題ない程度、最低限よりはマシといったところまで設備や家具の諸々が整えられたのは、ノブリスからの依頼という事で仕事をするのに有能な者達が揃ってたからだろう。
「じゃあ、俺は戻るが……いいんだな?」
「ああ、構わない。食料とかもあるし」
ノブリスの部下の男に俺がそう言うと、男はバスに乗って帰っていく。
ちなみに車の類もしっかりと用意されているので、クリュセの市街地に向かうのは問題なく出来る。
……もっとも、移動するだけなら俺が影のゲートを使って転移すれば一番手っ取り早いのだが。
「さて、じゃあ……まずは食事にするか」
「え? ゲートはいいの?」
俺の言葉にマーベルがそう尋ねてくる。
マーベルにしてみれば、まずはゲートを設置するのだと思っていたのだろう。
実際、それは間違っていない。
俺もそうしたいという思いがあるのは事実なのだから。
だが……
「ノブリスの用意した諸々だぞ? 昨日のホテルの件も考えると、盗聴器や盗撮用のカメラとか、そういうのがあるかもしれない」
それどころか、最悪の場合こっちを殺す為の爆破装置とかが設置されていても驚かない。
ノブリスと会った回数は少ないが、それでもノブリスの性格を考えると俺達が利益にならない……どころか、邪魔になると判断すれば即座に切り捨てるのだろうというのは容易に予想出来るのだから。
そのような相手の用意した拠点を信頼しろという方が無理だろう。
その為、危険物がないかどうかしっかりと確認する必要があった。
あったのだが……
「何もない、だと?」
食事をしつつ、スライムを使って拠点を調べた結果に思わず声を出す。
ちなみに食事については、空間倉庫の中に入っていた弁当の類だ。
マヨナカテレビの一件で稲羽市にいる時、何度もジュネスのスーパーに行っては購入した物だ。
箸を使うのが慣れていない者もいたので、スプーンとかも出したが。
マーベルが料理をしてもいいと言ったのだが、手っ取り早い方がいいだろうと判断してのものだ。
人数的には、10人とそこまで多くはないのだが、食べ盛りの子供が5人に、体格のいい男が2人と考えると、作る料理は20人前くらいは必要になりそうだし。
この拠点で本格的に生活するとなると、料理人……という程に立派ではなくてもいいから、料理が出来る人物を雇った方がいいな。
もしくは、量産型Wに料理をさせるか……いっそ、超包子の出前とか?
取りあえずゴーヤクレープの屋台の出店は防ぎたい。
ゴーヤクレープの屋台は、どこにでも出店してくるしな。
もし火星でゴーヤクレープが広まったりしたら、ちょっと洒落にならない。
基本的に苦いという事もあって多くの者には好まれないゴーヤクレープだったが、中にはそれがいいと熱狂的なファンになる者もいる。
そしてそういう者が何らかの影響力があった場合、オルフェンズ世界の火星ではもしかしたらもしかするかもしれないのだ。
だからこそ、俺としてはその辺は避けたい。
「何もないって……ノブリスが仕掛けた盗聴器とか?」
俺の呟きが聞こえたのだろうマーベルがそう聞いてくる。
シーラも弁当を食べる手を止めて俺に視線を向けていた。
今更だけの、一般人――聖戦士ではあるが――のマーベルはともかく、元女王のシーラに銀ダラの焼き魚弁当とか食べさせてもいいんだろうか。
いやまぁ、本人は嫌がるどころか美味そうに食べているけど。
「ああ、今のところ盗聴器とか盗撮用のカメラとか、そういうのは一切ない」
「昨日のホテルで、仕掛けられていたその手の物を全部壊したんでしょう? なら、それでアクセルにそういうのは意味がないと判断して、諦めたんじゃないの?」
「そうだといいんだけどな。……まぁ、まだ拠点の準備が全部終わった訳じゃないから、実は明日以降に仕掛けられる可能性もあるから、何とも言えないけど」
ノブリスにしてみれば、俺達の情報は少しでも多く欲しいだろう。
そうである以上、情報を集める事に手を抜くとは思えない。
そのような会話をして食事を終えると、俺はシーラと散策をしていて、ゲートを設置するのに向いている場所に移動する。
とはいえ、この建物の周辺はどこも荒れ地だ。
そうである以上、この建物のどこにゲートを設置してもそう違いはない。
あるとすれば、正面の入り口から見えない場所にゲートを設置した方がいいという事か。
具体的には、建物の裏辺りに。
とはいえ、それでも周囲が荒れ地である以上、この建物の裏側に回り込むようにすればゲートを見る事が出来る。
そうならないように、ゲートを設置した後は壁か何かで囲んでおいた方がいいかもしれないな。
ともあれ、そうして建物の裏に向かうと……
「何だ、お前達?」
マーベルとシーラはともかく、何故か子供組と護衛の2人も揃って一緒にやってきたのを見て、そう尋ねる。
「その、アクセルさんが何をするのか気になって」
「そうそう、それに食事も終わったし、他にやる事もないし」
「一応護衛としているので」
子供組と護衛がそんな風に言う。
一応TVとかそういうのもあるのだが……実際のところ、俺が何をやるのか好奇心から一緒に来たといったところか。
それは別に構わない。
ここにゲートを設置すれば、ここはホワイトスターと繋がって自由に行き来する事が出来るのだから。
それに、量産型Wやコバッタの存在にも、この連中に慣れておいて貰った方がいいだろうし。
「そうか。見学するのは自由だ。ただ、ちょっと離れていてくれ」
俺の言葉に、マーベルやシーラも含めて全員が距離を取る。
それを確認してから、特に勿体ぶるといったようなことをするでもなく、あっさりと空間倉庫からゲートを取り出す。
いつものように、最初はコンテナ状になっている。
そのゲートを展開させ……その様子に、見ていた者達がざわめく。
特に子供組は、ゲートが設置するギミックが興味深かったのか、歓声を上げていた。
それを見ながら、ゲートの展開を確認し、ホワイトスターと同期させようと……
「アクセル、いけませんっ!」
不意に叫ぶシーラ。
切羽詰まったその言葉に、一体何があったのかと思いつつスイッチを押し……
「が……があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁっ!」
次の瞬間、体内に発生した激痛に耐えかね、叫ぶ。
自分でも一体何があったのか分からない。
だが、身体の中を荒れ狂うその激痛は、意図せずに俺の身体を動かし……ドゴン、グシャ、バギン……そんな音を、激痛に身を焼かれながらも聞いていた。
そのまま叫び声を上げ続け、一体どれくらいの時間が経ったか。
気が付けば、いつの間にか俺の中にある痛みは消えていた。
それこそ、先程までの激痛が嘘のように綺麗さっぱりと。
「……あ?」
自分でも何が起きたのか分からない。
分からないが、改めて周囲の様子を見ると、結構酷い事になっていた。
地面に幾つもの穴が空いているのは、俺が突然の激痛に耐えかねて暴れた結果だろう。
一体何故こんな事になったのか分からない。
分からないが、俺がゲートを起動させたのが発端なのは間違いないだろう。
だが、何故ゲートを起動させただけでこうなる?
このゲートが欠陥品だったのか?
いや、だからってどういう欠陥があれば、ゲートを起動させただけで俺にこうしてダメージを与えられる?
自分でも頭が混乱してるのが分かる。
取りあえず落ち着こうと、空間倉庫から缶紅茶を取り出し、飲む。
紅茶によって落ち着いてから、口を開く。
「妙なところを見せたな。……驚かせてしまったようで悪い」
「いいえ。私がもう少し早く気が付いていれば……」
俺の言葉に、シーラが無念そうに言う。
そう言えば、俺がゲートを起動するよりも前にシーラが声を掛けていたな。
「何か分かったのか?」
「はい、以前から何度か言っていますが、アクセルの身体には悪しきオーラ力が纏わり付いています。それがゲートでしたか。あれを起動しようとした時、一気に強くなったのです」
「……何? ちょっと待て。それはつまり、さっきの激痛はゲートの方に欠陥があったのではなく、俺に原因があると?」
「それで間違いないでしょう」
「一体何故……待て。待て待て待て待て」
シーラの言葉に、ふとペルソナ世界で伊耶那美大神との戦いの最後を思い出す。
あの時、伊耶那美大神は俺を他の世界に放逐するとか何とか言っていたな。
しかも神である自分の残りの命全てを使って。
あの時は、それだけの力を使って俺をペルソナ世界から追放しただけだと思っていた。
だが……考えてみれば、仮にも神が死に掛けとはいえ、残りの力を全て使ってまでやる行為が、俺をペルソナ世界から追放するだけというのは、有り得るのか?
そしてシーラが再会した時から言っていた、俺に纏わり付いているという、悪しきオーラ力。
正確にはそれは悪しきオーラ力ではなく、伊耶那美大神による一種の呪いと考えられないか?
勿論、普通なら混沌精霊として高い魔力を……それこそ、俺の血を1滴飲んだだけで死ぬかもしれないと思われる程の濃密な魔力で構成されている俺を呪うというのは不可能……とまでは言わないが、それでもかなり難易度が高いだろう。
しかし、それをやったのが伊耶那美大神という、神であればどうか。
普通に考えれば無理でも、それをやったのが神なら……しかも、俺との戦闘で大きなダメージを受けていたとはいえ、神が自らの命を使ってまでと考えると、どうだ?
「アクセル?」
考え込んだ俺に、マーベルが心配そうに声を掛けてくる。
そんなマーベルを見て、ふと思いつく。
可能性は低い。低いが……俺がゲートをホワイトスターと同期させようとすればダメージを受ける訳だが、それは俺だからではないか?
もし俺以外ならどうだ?
「マーベル……悪いけど、あのスイッチ……ゲートにあるスイッチを押してくれないか?」
「え? でも……その、大丈夫なの? さっき、凄かったのよ?」
「分かってる。けど、これは試しておかないといけない事だ」
もし俺が予想したように、伊耶那美大神の呪いによってホワイトスターと連絡が出来ないというのは、かなり痛い。
俺がオルフェンズ世界でやろうとしていた事のうち、その多くが出来なくなるという事を意味してるのだから。
それを確認する意味でも、俺以外の者がゲートを起動させられるのかどうかは確認しておきたい。
もし俺が痛みに耐えている間にゲートが起動出来てホワイトスターと同期が出来るのなら、その間だけ我慢をすればいいのだから。
「……分かった。けど、本当に大丈夫なのね?」
「さっきは、まさかあんな風になるとは思っていなかったから、叫んでしまっただけだ。そういう風に来ると分かっていれば、対処のしようはある」
これは嘘でも何でもなく、真実だ。
勿論、あの激痛を無視出来るといった訳ではない。
だが、痛みが来ると分かっていれば、それに耐えることは不可能ではないのだ。
マーベルは俺の言葉に真剣な様子で頷くと、スイッチに手を伸ばし……
「ぐ……が……」
先程同様の痛みが生まれ、呻く。
だが、先程も言ったように来ると知っていれば我慢は出来るのだ。
自分の体内に生まれた激痛に耐えながら、マーベルにやれと目で示すが……
「駄目!」
そう言い、手を放す。
「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ、ふぅ、ふぅ……マーベル?」
駄目という言葉から、俺が痛みに耐える姿を見ていられないと判断して動きを止めたのかと思ったが、そう聞くよりも前にマーベルが口を開く。
「スイッチは押したわ。押したけど、その……ホワイトスターとの同期? それが始まらないの。エラーが出てるわ」
その言葉に、痛みに耐えながらゲートに近付いてみるが……確かにそこには、エラーの表示がされていた。
「これは、一体……つまり、俺が痛みに耐えようと耐えまいと、ゲートが起動出来ないのか?」
「アクセル、厳しいでしょうがもう一度試してみてもいいでしょうか?」
俺とマーベルの様子を見ていたシーラが、そう声を掛けてくる。
「……まぁ、もう一度くらいなら何とか」
我慢は出来るが、痛みがない訳ではない。
いや、それこそ常人なら激痛によるショック死をしてもおかしくはない、そんな痛みが身体の中に生まれるのだ。
そうである以上、そう何度も連続して耐えるのは難しい。
とはいえ、今は何とかしてゲートを起動させ、ホワイトスターと繋げる必要がある。
それを行うのなら、少しは我慢してもいい。
そう思う俺に頷いたシーラは、昌弘に視線を向ける。
「昌弘、そなたがやってみなさい」
そう、告げるのだった。