射撃の訓練が終わり、それ以後も色々と訓練をし……そしていよいよ、今回の合同訓練の目的である模擬戦の時間がやってきた。
この模擬戦については、俺以外の面々もやる。
ただ、目玉が俺……具体的にはノブリスからの要望のある護衛の依頼を任せられるだけの生身での戦いの実力があるかというものである以上、最初に俺の模擬戦が行われる事になった。
「いいな、とにかく勝て! ここで勝てば、大きな仕事が舞い込んでくるんだ!」
マルバの激励の声……というより、既に怒声と表現した方がいいような声が聞こえてくる。
「もしかして、この模擬戦で俺が負けたら護衛の仕事はCGSがやるのか?」
「正解だ。向こうの社長からの要望でな」
俺の問いに、ノブリスの部下があっさりと答える。
ただ、それは俺にとってあまり面白い話ではない。
「普通、そういうのは俺の了解を取ってからする話じゃないか?」
それを俺が受け入れるかどうかは別だが、こっちに全く何の話もなく条件を決めるというのはどうかと思う。
しかし、ノブリスの部下は俺の言葉に呆れの視線を向けてくる。
「ノブリス様が目を掛けているお前が、あの程度の相手に負けるのか? 俺も正直なところ、こういう事はしたくなかった。だが……参番組だったか? あのヒューマンデブリを含むガキ共はともかく、大人は決して質が良くない。いや、それどころか無能ですらある」
「あー……うん。それは否定出来ないな」
色々と訓練を見てきただけに、その言葉は否定出来ない。
俺の部下……子供組ではなく、大人達の能力を50点という基準とした場合、CGSの参番組は高ければ70点、低くても40点だ。
勿論、これは参番組の中でも年齢の低い者達を抜かしての話だが。
特にオルガ、三日月、昭弘、シノ……それとユージンだったか? オルガに食って掛かる奴。これらは基本的に60点から70点くらいだ。
それに対して、CGSの大人達は最高でも50点。最悪だと30……いや、20点くらいの奴もいる。
分かりやすいくらい、大人達は無能が揃っているのだ。
つまり、ノブリスの部下にしてみれば、この程度の連中との模擬戦をやっても、俺の実力を確認出来ないと判断したのだろう。
だからこそ、俺との模擬戦に勝利すれば護衛の仕事は俺からCGSにやらせるとマルバを煽り……その結果があの状況な訳だ。
もしかして、CGSって実は経営が結構苦しいのか?
まぁ、俺達のようにエイハブ・リアクターを高密度デブリ帯から持ってくるといった事もやっていない……というか、出来ないだろうし、壱番組、弐番組の実力がこれなら、やはり零細企業といった扱いになってもおかしくはないのかもしれないな。
「分かったか?」
「説明されると納得した」
ノブリスの部下の言葉に、俺はそう返す。
そんな訳で、いよいよ模擬戦が始まる。
俺が知らないところで、マルバがどんな風に言ったのかは分からない。
分からないが、ハエダを始めとした壱番組、弐番組の連中はやる気満々といった様子だった。
ハエダにしてみれば、堂々と俺を殴れるといった嬉しそうな表情を浮かべている。
これまでの訓練で俺の力は見ただろうに、それでも何故か自分達の方が有利だと思っているらしい。
どこにそんな優越感を抱ける理由があるのやら。
そんな訳で、模擬戦の時間となる。
周辺に多くの者達が集まっている中で、俺はCGSの1人と向き合う。
……そう、1人だ。
それも模擬戦という事で、銃やナイフのような武器は持っていない状態。
生身での模擬戦なら、ナイフくらいは持っていてもいいと思うんだが。
勿論、それは本物のナイフではなく、鞘に収まったままとか、あるいは模擬戦用に刃の部分がゴムで出来たナイフとか。
そんな状況だけに、当然ながら俺がゲイ・ボルクを使うのもなしだ。
……ここでゲイ・ボルクを出したら、一体どうなるんだろうな。
そんな風に思っていると、審判役のマルバが口を開く。
「始めろ!」
その言葉と同時に、俺の対戦相手はこっちに突っ込んでくる。
一応それなりに格闘技の心得はあるのか、鋭い拳の一撃。
だが……遅い。
俺は振るわれた拳を回避し、顎先を掠めるような一撃を放つ。
最大限に加減したので、男の頭部がグシャリといくようなことは勿論、顎先が砕けるような事もなく、脳を揺らされた男はそのまま気絶して地面に倒れ込む。
ざわり、と。
俺の行動を見ていた者達がざわめく。
「こんな具合だが、どうする?」
「ふ、ふざけるな! 今のはそいつが転んで地面に倒れた衝撃で気絶しただけだろうが!」
マルバの怒声が響く。
何だ? もしかしてマルバからは今の一連の動きを確認出来なかったのか?
別にそこまで素早い一撃だったつもりはないのだが。
瞬動の類も使ってないし。
……そもそも、このオルフェンズ世界には魔力や気がない。
いや、正確には魔法やオーラ力がある以上、魔力も気もあるんだろうが。
しかし、それは認識されておらず、それを使うといった事も出来ない。
もっとも、植民地的な扱いである火星は違っても、地球では……ないか。ガンダム系の世界だし。
五飛やムウを始めとしたガンダム系の世界の面々を見れば分かるように、ガンダム系の世界の出身であっても、きちんと訓練をすれば魔力や気を使ったり出来るんだが。
まぁ、使えないのなら使えないで、こっちのメリットになるからわざわざ使い方を教えたりするつもりはないが。
「なら、どうする? 次の奴と模擬戦をやるか? ……いや、面倒だな。俺と模擬戦をやりたい奴は出て来い。1対1だと怖いかもしれないが、そっちが多数いれば多少は恐怖も和らぐだろうし」
「貴様ぁっ! おい、ハエダ! アクセルを相手に実力を見せてやれ」
「はいよ。……ふんっ、出来もしない事を言って自分を大きく見せたいってのは分かるが、ラッキーパンチ1発で図に乗るのは失敗だったな。ここでお前の実力をはっきりとさせてやるよ。……行くぞ野郎共! ガキ共は邪魔だから引っ込んでろ!」
参番組の中から何人か参加しようとしたが、ハエダはそれを見て苛立たしげに叫ぶ。
というか、結局自分だけじゃなくて全員でやるのかよ。
思わずそう突っ込みたくなったが、仮にも相手は兵士……いや、一応CGSは警備会社という扱いである以上、扱いは警備員なのか。
ともあれ、それなりに鍛えているのは間違いない。
そんな連中……こうしてみる限り、ざっと20人くらいか? それだけの人数を俺が1人で倒せば、模擬戦の結果としてはこれ以上のものはないだろう。
ついでにハエダやマルバのようにこっちを侮ってくる連中に上下関係を叩き込むという意味もあるし。
ただ……うん。ぶっちゃけ参番組の子供達もいた方が、向こうにとって有利だと思うんだが。
ハエダにしてみれば、子供に頼りたくはなかったのだろうが。
「それでいい。人数差が人数差なんだ、怪我をしても恨むなよ?」
「はっ、誰に言ってやがる。……社長」
ハエダが俺の言葉を鼻で笑い、マルバに視線を向ける。
それを見たマルバが自信に満ちた笑みを浮かべて頷く。
マルバにしてみれば、人間の能力は鍛えてもそこまで高くならない。
1対1ならともかく、相手がこれだけ大人数の場合、俺が武器を持っているのならともかく、素手ならハエダ達が絶対に勝つと思っていたのだろう。
まぁ、その考えは決して間違いではない。
一般的に考えれば、とてもではないが20人近い相手には勝てないだろうし。
ただし……それはあくまでも、一般的に考えればの話だ。
そして俺は、一般的な考えに当て嵌まるような者ではない。
真っ先に殴り掛かってきた男の一撃を回避し、足を引っ掛ける。
男はまさか足を引っ掛けられるとは思っていなかったのか、殴り掛かってきた勢いそのまま、その場で倒れる。
そして先頭にいる男が転ぶと、その背後にいる者達もその身体に引っ掛かってしまい、転ぶ。
勿論、それで全員が転ぶという事はないが、それでも5人くらいは転んでしまった。
その5人は無視して、次の敵に向かって進む。
最初の一撃を見ていたからだろう。
俺に足を引っ掛けられないようにしながら、左右から攻撃してくる男達。
本人達にしてみれば、タイミングを合わせたつもりの一撃なのだろう。
だが……それは、はっきりいって甘いとしか言いようがない。
本人達にとっては完璧だと思っていても、見る者が見ればとてもそうには見えない。
例えばこれが、街中で行われている喧嘩とか、そういうのであれば、十分に使える連携かもしれないが……
「甘い、温い、鈍い」
その一言と同時に右、左……そして少し遅れて正面から襲ってきた連中の顎を拳で撃ち抜く。
人間の感覚だと、ジャブ……いや、生卵を割れないようにそっと持つといった感じの力加減での一撃だったが、それでも三人の意識を奪うには十分だった。
そんな感じで1人ずつ倒していき……
「何でお前が最後に残るんだろうな」
目の前で足が震えているハエダを見て、そう告げる。
やっちまえ的な感じで皆を煽ったハエダだったが、本人は俺に攻撃するような事はなく、一番後ろにいたままだった。
結果として、俺と最後に向き合う事になったのは……運が良いのか、悪いのか。
「ば……馬鹿な……こっちが何人いたと思ってやがる!? 何でこれでこっちが負けるんだよ!」
理解出来ない、理解したくない、理不尽な現実は叫べばなくなるといった様子のハエダ。
多分、今までは何かがあってもこれでどうにか出来ていたんだろうな。
とはいえ、俺がそれに従う必要がある訳でもないし。
「お前が何を言おうと、この状況では意味がない。……来い。最後くらい、自分でしっかりと攻撃をしてきてみろ」
そう言うと、ハエダは顔中に汗を掻きつつ、慌てて周囲を見る。
多分、自分を助けてくれるような相手はと思っての行動なのだろうが……マルバは、目の前の光景に唖然として何も言う様子がない。
そんなハエダに、ゆっくりと歩きながら近付いていく。
何だかもう、この時点で模擬戦と呼べるような状況ではないと思うんだが……まだマルバが止めない以上、模擬戦はまだ続いてるんだよな。
それにシャドウミラーとCGSは恐らくこれからもそれなりに付き合いはあると思う。
そうである以上、これからハエダに絡まれたりするのも面倒だし、ここでしっかりとお互いの格付けをしておいた方がいいのも事実。
俺がハエダに近付くと……どうにかしてこの場を逃れたいと思っているハエダの視線が、参番組のオルガに向けられる。
あ、これは面倒な事になるな。
最初……自分が有利だった時は、参番組には手を出すなとか言ってたのに、自分が不利になるとそれも忘れたかのように参番組の力を借りようとする。
ハエダらしいと言えばらしいのだが。
「おい、ガキ共! さっさと……」
「はい、そこまでだ」
「が……」
瞬動を使うでもなく、一気にハエダの懐に潜り込むと拳を鳩尾に叩き込む。
今までの模擬戦では顎を殴って脳震盪を起こさせるといった方法で倒していたが、ハエダには痛みと共にしっかりと格付けをする必要がある。
そんな訳で、鳩尾に拳を入れる。
ただし、肋骨を折らないようにきちんと気を付けての一撃だ。
何だったか。ボクシングでも鳩尾を殴るのを……ソーラー何とかという名称だったと思うが。
それに近い殴り方。
息が出来なくなり、そのまま地面に倒れ込むハエダ。
こうして、呆気なく模擬戦は終わるのだった。
「で、これで俺が依頼を受けられるということでいいんだな?」
「ああ。これだけの実力があれば問題はないだろう。依頼の詳細については、後日また連絡をする。アクセルはすぐに動けるようにしておいてくれ」
模擬戦が終わり、俺はノブリスの部下と話す。
向こうはサングラスの下からでも、こちらを驚愕の視線で見ているのが明らかだ。
まさか本当に俺がハエダ達を相手にこれだけ圧倒的な勝利を得るとは思わなかったのだろう。
実力を殆ど出していないというのも、俺が汗一つ掻いていないのを見れば明らかだ。
護衛の仕事をするのに、十分な実力を見せつけたのは間違いない。
……ちなみにそんな俺達の側では、マルバが愕然とした表情を浮かべたままだ。
ハエダに助けを求められた時から、その辺は変わっていない。
マルバにしてみれば。俺の実力はとてもではないが信じられなかったのだろう。
マルバの常識では20人程を相手に俺が勝利する……それも無傷どころか、汗すら掻かないでとなるとは、理解出来ない事なのだろう。
そうして話が終わったところで、俺はマルバに声を掛ける。
「マルバ、模擬戦を続けたいんだが」
「……はっ! い、一体何を言っている! この状況でまだ模擬戦をやるというのか!?」
我に返ったマルバが叫ぶが、俺はそれに対して首を横に振る。
「別に俺が模擬戦をやるって訳じゃない。俺以外の部下達の模擬戦だ。ちなみに部下達はあくまでも普通の実力だから安心しろ」
その言葉に、マルバは心の底から安堵した様子を見せるのだった。