模擬戦は無事に終わる。
とはいえ、壱番組、弐番組の多くは俺との模擬戦で既に脳震盪によって動けなくなっていたので、模擬戦を行ったのは主に参番組の面々だったが。
特に昌弘と昭弘の兄弟対決は面白かった。
……身体能力で圧倒的に負けていた昌弘だけに、結局昭弘には勝てなかったが。
また、ちょっと珍しいところではアストンがタカキという奴と模擬戦をやって仲良くなっていた。
ただ……参番組だからといって全員がそれなりに鍛えている訳ではないらしい。
ビスケットという小太りの男は、模擬戦が全敗だったし。
オルガに聞いたところ、参番組の中でもかなり古株らしいが、性格的に戦いよりも皆を纏めたり、あるいは事務仕事を得意としてるらしい。
羨ましい。
いやまぁ、今のところはシャドウミラーも仕事らしい仕事をしてないので、事務員に困っている訳ではないのだが。
ただ、それはあくまでも今だけだ。
ノブリスからの依頼の護衛。
この人物が出る会議というのは、かなり大きな注目を集めているらしい。
その主賓……なのかどうかは分からないが、とにかくその会議に出席する人物の護衛をしたとなれば、シャドウミラーの名前も一気に広がるだろう。
実際には護衛だけではそこまで広まらないだろうが、その件を通してノブリスの後ろ盾があるという話が知られれば、俺達の名前は有名になる。
そうなると仕事も増えるのは間違いない。
護衛としての仕事で有名になったのだから、護衛の仕事が増えるような気がするが。
そうなったら、いっその事炎獣を使ってもいいかもしれない。
炎獣ならある程度自分で判断出来るのと、その強さは折り紙付きだ。
ましてや、リスの炎獣とかなら、その小ささから襲撃者も油断しやすい。
……魔法とかについては、まだ公開するのは早いか。
「アクセルさん、その……ありがとうございます」
魔法についてそう考えていると、昌弘と共にやってきた昭弘がそう言って頭を下げる。
「何だ、突然。昌弘の件なら、以前感謝して貰っただろう?」
「いえ、それでも……昌弘から話を聞いて、火星でも上手い具合に生活をさせて貰ってるらしいですし」
「別にそこまで気にする必要はない思うんだが……まぁ、昭弘の気が済むのなら、感謝の言葉を口にしてくれ」
「兄貴、もういいから! 恥ずかしいって!」
俺と昭弘のやり取りを聞いていた昌弘は、その言葉通り余程恥ずかしいのだろう。
慌てた様子で叫ぶ。
ちなみに他の子供組であったり、CGSの参番組であったりがそんな昌弘に生暖かい視線を向けていた。
……中には何人か羨ましそうな視線を向けている者もいるが。
「何なら、昭弘もシャドウミラーに来るか?」
昌弘の様子を見ていた俺が、何となくそう言う。
だが、それを聞いた昭弘の動きが固まる。
そして数秒……やがて、残念そうにしながら首を横に振る。
「気持ちは嬉しいですが、俺はヒューマンデブリですから。それに……あいつらを見捨てられません」
昭弘の視線が参番組に向けられる。
昭弘は参番組の中でも最高峰のMWの操縦技術を持つ。
そんな昭弘が抜ければ、参番組には多くの死人が出るという事か。
勿論、ヒューマンデブリというのもあるが。
ただ、ヒューマンデブリというのは所有者の意思によってどうにか出来る。
つまり、この場合はマルバだ。
それならマルバと交渉すればどうとでもなる……かもしれないのだが、もしそうなってもマルバはそう簡単に納得したりはしないか。
何しろマルバにとっても、昭弘は腕の立つ駒だ。
壱番組と弐番組がそこまで頼りにならない以上、CGSがこれからも活躍するには、どうしても参番組が必要になる。
そんな参番組の要の1人である昭弘を、マルバが譲るとは思えない。
……ましてや、今回の件でマルバは明確にこちらを敵視してくるだろう。
こちらの利益になるようなことは、まずしないと思った方がいい。
「そうか」
結局俺に出来るのは、昭弘の言葉を受け入れる事だけだった。
「その……こいつの事をよろしく頼みます」
「ちょっ、兄貴!」
昭弘が昌弘の頭を押さえつけ、自分と同じように無理矢理頭を下げさせる。
「まぁ、そうだな。昌弘はシャドウミラーにとっても重要なMSパイロットだ。そんな貴重な人材を使い捨てにしたりはしないから、その辺は安心してくれ」
「……ありがとうございます」
俺の言葉に、微妙な表情を浮かべながらも再度頭を下げる昭弘。
昭弘にしてみれば、自分の弟がMSのパイロットをしてるというのには色々と思うところがあるのだろう。
CGSはMWしかないらしいから、その辺で色々とあるのだろう。
勿論、そこには自分の弟がMSのパイロットという危険な役目をしているというのもあるのだろうが。
そんな風に思いつつ、俺は初のCGSとの合同訓練が終わるのを待つのだった。
「じゃあ、これで失礼する。ノブリス様には、今回の件についてしっかりと説明しておこう」
そう言うと。ノブリスの部下の男は車に乗って走り去る。
それを見送ると、俺は振り向く。
そこにはマーベルやシーラ、そして子供組や大人達の姿がある。
「今日の仕事はこれで終わりだ。後は自由時間とする」
わぁ、と。
俺の言葉を聞いた面々の口から歓声が上がる。
いつもならもう少し訓練をしたりするんだが、今日はCGSとの訓練があったしな。
「それにしても、このままではCGSとの関係は悪くなったままなのでは?」
皆が散って行くのを見送っていると、シーラがそんな風に聞いてくる。
シーラにとって、CGSというのは決して好ましい存在ではないだろう。
自分を好色な視線で見たり、あるいは見下した視線を向けてきたり。
参番組の面々は例外だったが、シーラにしろマーベルにしろ、女というだけでそのような視線を向けてくるCGSは決して友好的な存在ではなかった筈だ。
「そうだな。とはいえ、こっちにはノブリスの後ろ盾があるし……何より、力の差は見せつけた。この状況でこっちと敵対するとは、ちょっと考えにくいな」
1対20の模擬戦でも負けたのだ。
向こうにしてみれば、憎たらしくても俺を敵に回せばどうなるのかは容易に理解出来るだろう。
それこそ、CGSという警備会社をやってるだけに、暴力については十分に理解している筈だ。
この状況で俺が憎たらしくても、敵に回したりはしない……と思う。
向こうがそれについても理解出来ずに攻撃をしてくるような連中なら……まぁ、その時はこっちも相応の対処をすればいいだけだ。
幸い……という言い方はどうかと思うが、CGSの建物については理解した。
例えば夜中に自分の寝ている枕の横にナイフが突き立っているなんて経験をしたら、どうなるか。
最初の1日なら、見栄を張って平気な振りをして、その上でCGSの誰か……もしかしたらハエダかもしれないが、護衛にしたりするかもしれない。
だが、影のゲートを使える俺に、そんなのは無意味だ。
あるいは部屋の中で護衛をさせるのなら、見つかる可能性もあるかもしれないが。
「アクセルが言うのならそうでしょう」
シーラは俺の言葉にあっさりと納得する。
シーラは俺の力を知ってるからこその対応なのだろう。
「まぁ、それはそれとして……クリュセで事務員を募集したいと思っているんだが、どう思う?」
「いきなりね。けど、人を募集すると言っても、明確に給料を支払えるかどうかは分からないのよ?」
シーラではなくマーベルがこう反応したのは、元女王のシーラと違い、マーベルは一般人だっただけに、その辺についての事情をよく理解しているのだろう。
あるいはシーラも、マーベルからその辺について色々と聞いているのかもしれないな。
「別に今すぐに雇うという訳じゃない。護衛の仕事が終わったらテイワズとのエイハブ・リアクターの取引も行われる。そうなれば、一気に結構な金が入ってくるだろうし」
これは事実だ。
エイハブ・リアクターは、現在ギャラルホルン以外では作れない。
その為、テイワズを含めてMSを必要とする者達は厄祭戦の時に撃破されたり、放棄されたりしたのを見つけるしかない。
ましてや、テイワズは今のところギャラルホルン以外で唯一フレームからMSを作れる組織だ。
それだけに、エイハブ・リアクターは幾らあっても困る事はない。
そういう意味では、エイハブ・リアクターを売る先としてこれ以上ない相手だろう。
ましてや、取引に来る相手はテイワズのNo.2の部下だという話だし。
だからこそ、高値で買い取ってくれるのはほぼ間違いない。
その金があれば、事務員の2人や3人の数年分の給料となるだろう。
勿論、事務員だけではなく、シャドウミラーで働いている者達の給料としても十分な金額だ。
「けど、やっぱりそれはエイハブ・リアクターの売却が終わってから募集した方がいいんじゃない? 募集して雇って、それで何らかの問題が起きてエイハブ・リアクターを売れなかったら……」
「マーベルの言いたい事は分かるけど、シャドウミラーで働く事務員だぞ? そして働く場所はクリュセじゃなくて、こんなに外れだ。そんな物好きを雇うんだし、今のうちに募集をしておいた方がいいと思うけど」
「その辺は給料や待遇次第でしょう?」
給料が高すぎた場合は、寧ろ怪しいと思うんじゃないだろうか。
ふとそう思ったが、その辺については火星での給料の平均がどんなものかを調べる必要もあるのかもしれないな。
「話は分かった。……まぁ、事務員も必ず必要って訳じゃないし、マーベルがそう言うのなら、取りあえずその件については置いておくとするよ」
俺が考えを変えたのは、将来的に事務員が必要になるのは分かっているが、それでも今すぐに必要という訳ではないからというのが大きい。
何しろ今はまだ仕事らしい仕事もしてないのだから。
クリュセ辺りの飲食店の護衛とか、そういうのをやるべきか?
スラム街とかなら、特にそういうのは必要だろうし。
……ただ、問題なのは基本的に既にそういう場所では地元の組織によって護衛が派遣されていたりするんだよな。
いわゆる、みかじめ料とかそういうので。
みかじめ料というのは、地元の裏の組織……ヤクザやマフィア、ギャング、あるいはそれ以外の何らかの組織。そういう連中に毎月一定の金を支払う代わりに、何か問題があった場合はその組織に解決して貰うという感じだ。
勿論これはあくまでも一般的な話だ。
悪辣な組織であれば、みかじめ料を貰ってもいざという時に助けないとか、そういう事があってもおかしくはない。
そういう悪辣な組織があれば、こっちで護衛……用心棒とか、そういうのを引き受けてもいいんだが。
もっとも、当然そうなれば稼ぎを奪われた組織と対立するが、元ブルワーズの面々だけに、暴力沙汰には慣れているし、最悪俺が出てもいい。
ノブリスの後ろ盾については……借りを作りたくないし、取りあえず使わないようにしたいな。
そんな風に思いつつ、俺はこれからの事をマーベルやシーラと相談するのだった。
「相変わらず、大きな家だな」
CGSとの模擬戦から数日……俺の姿はクリュセにあった。
「そうね。武器商人というのは余程儲かるんでしょう」
何故かマーベルも一緒に。
昨夜、ノブリスの部下から連絡があったのだが、今日屋敷に来るようにというのは分かるが、その理由として何故かマーベルかシーラのどちらかを連れてきて欲しいと言われたのだ。
護衛をするだけなら俺だけでいいのでは?
そうも思ったが、マーベルかシーラのどちらかを連れてくるようにというのは、恐らく何らかの理由があるのだろうと判断し、こうしてマーベルを連れてきた。
普通に考えれば、ノブリスが妙な目的でマーベルを連れてくるように言ってきた……という可能性もある。
例えば、俺の前でマーベルを奪う事によって上下関係をしっかりと叩き込もうとしているとか。
とはいえ、実際にそんな事をしようものなら、俺が黙っている筈もない。
ましてやノブリスは、以前の俺とCGSの模擬戦について知ってる筈だ。
あるいは……銃火器の類を用意すれば、どうにかなるかと思った可能性もある。
もしそんな事になったら、ノブリスにはその選択を後悔してもらうとしよう。
そんな風に思いつつ、俺とマーベルはノブリスの屋敷の中をメイドに案内されて進み、以前も使った応接室の前に到着する。
「ノブリス様、アクセル様とマーベル様をお連れしました」
『入れ』
中から聞こえてくる声。
メイドはその声に従い、扉を開く。
するとそこには、以前のようにノブリスがいた。
……ただ、ちょっと意外だったのは、書類仕事でもしてるのかと思ったが、ガラスの器に入ったプリンを美味そうに食べていた事か。
いや、プリンじゃないな。プリン以外に生クリームやカットしたフルーツがデコレーションされているのを見ると、プリン・ア・ラ・モードって奴だな。
久しぶりに見たと思いながら、俺はマーベルと共に応接室の中に入るのだった。