俺が護衛だという言葉は、クーデリアにとって驚きだったのだろう。
目を大きく見開いてこっちを見ている。
育ちが良い……いわゆるお嬢様だと考えれば、護衛がつくというのはそんなに珍しい話ではないと思うが。
そんな風に思いながら、クーデリアと視線を交わしていると……隣に座っているマーベルが、俺の脇腹を肘で軽く押す。
「自己紹介」
続けて放たれたマーベルの言葉に、それもそうかと納得する。
ノブリスが俺達の紹介をしてくれるのかと思ったが、どうやら見た感じでは違うらしい。
後は若い者達に任せて……というのはお見合いじゃないんだからともかくとして。
自己紹介は自分でやれと言ってるのだろう。
ソファから立ち上がり、マーベルと共にクーデリアに近付いていく。
「俺はアクセル・アルマー。こっちはマーベル・フローズン。最近起業したばかりだが、シャドウミラーというPMCをやっている。今回はノブリスからの紹介でクーデリアの護衛を務める事になった。よろしく頼む」
「クーデリア・藍那・バーンスタインです。よろしくお願いします」
そう言い、俺の差し出した手を握ってくる。
続けてマーベルとも握手をすると、改めてクーデリアはノブリスに視線を向けて口を開く。
「護衛を紹介して貰ったのは嬉しいですが、その……ノブリス様は護衛が必要になると思っているのでしょうか?」
「分からんというのが正直なところだ。だが、何事も備えておく必要はあるだろう? それに……来月の会議は地球に、そしてギャラルホルンにとって好ましくない内容となるのは間違いない」
「それは……ギャラルホルンが私を狙ってくると?」
クーデリアの言葉には微かな怯えがある。
本人がそれを自覚してるのかどうかは別として。
こうして見る限り、クーデリアは荒事に慣れている訳ではない。
だとすれば、自分がギャラルホルンに狙われるかもしれないと思えば怖くなるのも当然だろう。
「あくまでも、その可能性があるというだけだ。それに……世の中には今の状況で利益を得ている者もいる。ギャラルホルンではなくても、そのような者達にとっては……君を狙う可能性は十分にあるだろう?」
ノブリスの言葉に、クーデリアは反論出来ない。
にしても、ノブリスがギャラルホルンに影響力を持っているのは間違いない。
だとすれば、もしギャラルホルンがクーデリアを狙うのなら、それを止める事も出来るんじゃないか?
あるいは、ノブリスとしてはギャラルホルンがクーデリアを狙う方が好ましいのか。
もっとも俺が護衛となった以上、最低でもクーデリアの無事は確定したようなものだが。
「その……お話は分かりました。ですが、この2人は最近起業したばかりと聞いています。そうなるとその、実力の方はどうなのでしょう? 守られる立場の私が言うのもなんですが、相手は最悪ギャラルホルンかもしれない以上、並大抵の強さでは……」
「その辺については心配いらない。儂も万が一を考え、前もってアクセルの強さを確認してみた。その模擬戦において、20人近い相手をアクセル1人で倒したらしい。最初に聞いた時は冗談か何かかと思ったが」
ああ、それでこの話に繋がる訳か。
とはいえ、最初からこれを狙っていたという訳ではないだろうけど。
そもそも俺が生身でどれだけ強いのかというのは、ノブリスにも分からなかっただろうし。
……ああ、でも俺は一応ブルワーズを乗っ取ったと知ってるんだし、そう考えれば相応の強さは持っていると思っていたのか?
「それは……」
ノブリスの言葉に、クーデリアの視線が俺に向けられる。
「そうだな。生身での戦いにおいて、俺は最強だという自負がある。この世界に生身での戦いで俺以上の強さを持つ者はいないだろう」
大仰すぎると自分でも思わないではなかったが、実際このオルフェンズ世界において生身で俺より強い奴がいるとは思えない。
これがネギま世界やペルソナ世界とかなら、まだそういう相手がいる可能性もあるのだが。
「そこまで自分の強さに自信があると?」
「あるな」
オルフェンズ世界には魔力や気が存在しない。
その時点で、生身で俺をどうこう出来る筈もない。
……まぁ、その辺について説明することは出来ないが。
「信じても、いいのですか?」
「任せろ。俺が護衛をする以上、例え相手が本当にギャラルホルンが出て来ても守ってやる」
「あ……」
「クーデリア?」
何故か俺の言葉に意表を突かれたかのような声を発するクーデリア。
そんなクーデリアの様子に疑問を抱いて尋ねるが、クーデリアはすぐに何でもないと首を横に振る。
「いえ、何でもありません。……ノブリス様、護衛の件についてはありがたく受けさせて貰います。それで彼等と話をしたいので、この後一緒に行動しても構いませんか?」
「ほう、気に入ってくれたようで何よりだ。何なら部屋を用意するが?」
「いえ、そこまでご迷惑を掛ける訳にはいきませんので」
何だか分からない感じで、俺とマーベルはクーデリアと共にクリュセにある喫茶店に行く事になるのだった。
「お嬢様、そちらは?」
ノブリスの家を出ると、そこでは車が待っていた。
俺達が初めて火星に来た時にノブリスが用意した車よりはランクが落ちそうだが、それでも十分に高級車と呼ぶに相応しい黒塗りの車。
その車の運転席から出て来てそう尋ねたのは、メイド服を着た女だった。
メイドが運転手……? いやまぁ、そこまでおかしな話ではないのかもしれないが。
「フミタン、実はノブリス様から今度の会議の時に護衛をして貰うようにと言われたの」
「ノブリス様から……」
フミタンと呼ばれたメイドは、その事に納得した様子で俺とマーベルに向かって一礼する。
「お嬢様のメイドをしている、フミタン・アドモスと申します」
そう言い、一礼する。
フミタンか。……ふみタン? それともフミたん? どちらにしろ、特定の趣味を持った者達に好まれそうな名前だな。
もっとも、それを言うのなら俺だってアクセルだ。車関係に興味がある者なら好みそうな名前ではあるが。
「アクセル・アルマーだ」
「マーベル・フローズンよ」
俺とマーベルもそれぞれ自己紹介をすると、クーデリアが口を開く。
「フミタン、この前行った喫茶店にお願い。この人達と少し話してみたいの」
「畏まりました、お嬢様。では、早速行きましょう」
「ええ。……アクセルさんにマーベルさんでよかったですよね?」
「別にさんづけはいらない。代わりに俺もクーデリアと呼ばせて貰うけどな」
「え? あ、はい。分かりました。それで構いません。では、アクセルと。……マーベルさんも同じように?」
「そうね。私も呼び捨てで構わないわ」
マーベルの場合は、バイストン・ウェルで聖戦士として活動していたので、それこそ様付けされてもおかしくはないんだが。
いやまぁ、それを言うのなら俺もそれはそれでバイストン・ウェルでは敬われていたし、シャドウミラーを率いる立場なんだから……うん。取りあえずその辺についてはこれ以上考えないでおこう。
「分かりました。では、アクセル、マーベル。これからよろしくお願いします。色々と話を聞きたいので、車に乗って下さい。これから行く喫茶店は、甘味が美味しいと評判の場所なのですよ」
「え? ……そ、そう」
クーデリアの言葉に、マーベルが少しだけ困った様子を見せる。
無理もないか。ノブリスが用意してくれたプリン・ア・ラ・モードを食べたばかりだしな。
マーベルにしてみれば、スイーツを大量に食べるのはカロリー的な問題で気になっているのだろう。
「安心しろ。今夜そのカロリーはきちんと消費させてやるから」
「馬鹿っ! いきなり何を言うのよ!」
マーベルが俺の足を踏んでくる。
ただ、クーデリアは俺の言葉の意味が分からないらしく、きょとんとした様子だったが。
この年齢でその辺について詳しくないってのは……いや、まだ聞いてないから詳細な年齢は分からないが。
ただ、顔立ちや身体付きからすると、10代後半なのは間違いないと思う。
つまり、そういうのに興味津々な筈だ。
ちなみにフミタンの方は大人……20代の女らしく、俺の言葉の意味を理解しており、表情は変えていないが薄らと頬が赤く染まっていた。
「どうしたのですか?」
「いや、何でもない。それより喫茶店に行くんだろう? そこで一体どういう話をするのかは分からないが」
「貴方達の事を色々と教えて欲しいので」
真剣な表情で言うクーデリア。
この様子だと、ただ話してお互いの理解を深めようとか、そういう事ではないらしいな。
クーデリアの言葉に頷き、俺はマーベルと共に車に乗り込むのだった。
ちなみに俺達が乗ってきた車はノブリスの部下が返しておいてくれるらしい。
サポートが充実してるな、おい。
「イチゴパフェと紅茶を頼む」
喫茶店で俺はメニューの中から美味そうなイチゴパフェを注文する。
この喫茶店は、クリュセの中でも表通りにある店だ。
つまり、クリュセでも裕福な者達が使う店という事になる。
当然だが、CGSの参番組にいたようなスラム街出身の者達が使うようなことは出来ないだろう。
いやまぁ、マルバのようにCGSの社長という立場ならもしかしたら使えるかもしれないが。
ともあれ、俺以外にも全員がそれぞれ注文が終わる。
クーデリアのお付きのメイドのフミタンも、席に着いていた。
「さて、それで早速聞きたいのですが……アクセルの起業した会社には、ヒューマンデブリはいますか?」
「……いきなりだな」
色々と聞きたいのだろうとは思っていたが、まさかそんな事を聞いてくるとは思わなかった。
「何故そんな事を? 俺はてっきりもっと別の事を聞かれると思ったんだけどな」
「その件もありますが、それでも今の私が一番知りたいのはその件なのです」
「一体、何でヒューマンデブリについてなんて聞きたいんだ?」
「ヒューマンデブリという存在が許せないからです」
俺の言葉にきっぱりとそう言ってくるクーデリア。
なるほど。そういう感じか。
「話は分かった。まぁ……その気持ちは分からないでもない」
個人的には、クーデリアの意見には賛成出来る。
特にブルワーズでのヒューマンデブリの扱いを聞けば、余計にその思いは強くなるだろう。
だが同時に、それが簡単にどうにかなる訳ではないのも事実。
ヒューマンデブリというのが、具体的にいつくらいから行われるようになったのかは分からない。
分からないが、それでもこのオルフェンズ世界において既に根付いてしまっているものなのは間違いない、
これが例えば、ヒューマンデブリというい存在がまだ出始めた頃であれば、対処する方法もあったかもしれない。
しかし、既にヒューマンデブリという存在が定着してしまっている今、それをどうにかしようとしても簡単な事ではない。
「本当ですか!?」
まさか俺がその意見に賛同するとは思っていなかったのだろう。
クーデリアは喜びと驚きを露わにしながら、こちらに視線を向けてくる。
すると、そのタイミングで注文した品が届く。
俺の前にはイチゴパフェと紅茶。
取りあえずヒューマンデブリの話は一旦止めて、目の前のイチゴパフェを食べる。
……うん。普通。
いや、決して不味い訳じゃない。
普通にイチゴパフェなんだが……やっぱり感想としては普通だ。
美味い! と言える程でもなく、不味いと吐き捨てる程でもない、普通のイチゴパフェ。
俺が元々美味い料理やスイーツを食べる機会が多いというのもあるし、ノブリスの屋敷で食べたプリン・ア・ラ・モードが極上の品だったというのもあるのだろう。
何となくマーベルの方を見てみると、モンブランを一口食べて微妙な表情を浮かべている。
恐らくマーベルも普通という印象を受けたのだろう。
あるいは、この喫茶店が火星の貧しさを現しているのかもしれない。
この喫茶店はクリュセの中でも表通りにあり、それなりの地位や金に余裕のある者が使うような場所だ。
そのような喫茶店で出すスイーツが、こうも普通なのは……火星だからこそなのだろう。
いやまぁ、決して不味い訳ではないのだから、文句を言うようなことでないのは間違いない。
間違いないのだが、それでもやはり普通なのは間違いないんだよな。
ちなみに紅茶は?
そう思って飲んでみると、こっちも普通。
とはいえ、俺は紅茶派ではあるが、缶紅茶であったりペットボトルの紅茶で満足出来る程度の紅茶派だ。
本当の紅茶派がこの紅茶を飲めば、やっぱり普通といった感想が出るのか、それとも喫茶店だけあって紅茶は一級品なのか。
その辺りは生憎と俺にも分からなかったが、取りあえずこの紅茶が不味い訳ではないのは事実。
「どうかしましたか?」
微妙な表情の俺を見て、クーデリアが不思議そうに尋ねる。
「いや、何でもない。ちょっとヒューマンデブリについて考えていただけだ」
「そうですか。……では、その話について詳しく教えて下さい」
パンケーキを食べる手を止め、クーデリアはそう俺に言ってくるのだった。