クリュセの表通りにある喫茶店の中で、クーデリアは俺に向かって尋ねる。
「まず聞きたいのは、アクセルの会社……シャドウミラーでしたか? そこにヒューマンデブリがいるのかどうかです」
「それについては、いるとも言えるし、いないとも言えるな」
「……それはどういう事でしょう? はぐらかしているのですか?」
俺の言葉が気にくわなかったのか、クーデリアは不満そうな様子でそう言ってくる。
こっちにそんなつもりはなかったんだが、向こうにしてみればそういう風に思うところもあるのかもしれないな。
「いや、別にそういうつもりはない。ただ……そうだな。それよりも前に、まずシャドウミラーがどうやって出来たかを説明するか」
「……」
俺の言葉に納得したのか、してないのか。
ともあれ、クーデリアは俺の言葉に反論せず、大人しく話を聞く姿勢になる。
「元々シャドウミラーは、俺が乗っ取る前はブルワーズという海賊だった。地球と火星の間に存在する、アリアドネを使わない航路。高密度デブリ帯で活動する海賊だ。そのブルワーズは、クーデリアが思うような……いや、それよりも酷い使い方でヒューマンデブリを使っていた。それこそ使い捨ての消耗品としてな」
その説明に、クーデリアの眉が顰められる。
ヒューマンデブリがどのような扱いをされているのかは分かっているのだろうが、それを具体的に聞いた事はなかったのだろう。
もっとも、ブルワーズにおけるヒューマンデブリの扱いが酷かったのも間違いはないのだが。
CGSにもヒューマンデブリはいるが、その扱いは……決して良いものではないにしろ、それでもブルワーズの扱いよりは大分マシだったのは間違いない。
聞いた話だと、料理とかもきちんと作った料理を食べられたらしいし。
ブルワーズにいたヒューマンデブリ達の食事はブロック状の携帯食だったらしいし。
そういうブロック状の携帯食も、美味いものは美味い。
特に日本で売ってるような奴だと、ドライフルーツが練り込んであったりして、味に飽きないようにしている。
しかし、ブルワーズでヒューマンデブリに使っていた奴は、栄養価だけを考え、味は二の次といったような代物だ。
勿論、食えないという程ではない。
例えばマブラヴ世界の合成食……それも味が改良される前の奴と比べれば、大分マシだろう。
だが、それでも決して美味い訳ではない。
……せめてもの救いは栄養重視だった事だろう。
もし栄養とかも考えられておらず、腹が膨れればそれでいいというような携帯食であった場合、ヒューマンデブリ達はMSでの戦闘に耐えられるような身体能力を持つのは不可能だっただろうし。
ブルワーズの方でも、使い捨てのヒューマンデブリとはいえ、役に立たないで死んだらMSの損害の分、ブルワーズにとっても経済的なダメージになると判断したからこそ、栄養だけは重視したのだろうと思う。
「とはいえ、それは海賊時代の時だけの話だ。俺が乗っ取ってからは、俺のやり方が気にくわないという奴は出て行って、ヒューマンデブリ達も普通に生活出来るようにはなったが」
もっとも、出て行った者達が夜明けの地平線団とかに情報を流して騒動になったりもしたのだが。
それについては、そういう事もあるだろうと思っていたので仕方がない。
「そう、ですか。……その、よろしければ一度アクセルの会社を見せて貰えませんか? アクセルの言葉を信じないという訳ではないのですが、やはり自分の目で直接見てみたいので」
「そうは言っても……お嬢様が来るような場所じゃないぞ? 何しろ今でこそPMCという会社になってはいるが、元ブルワーズ……海賊であるのは間違いない。そういう場所に行っても大丈夫なのか?」
そう俺が聞いたのは、クーデリア……ではなく、フミタンだ。
フミタンはクーデリアのメイドだが、こうして接した時間が短くても、クーデリアはフミタンのことをただのメイドではなく、もっと近しいような……それこそ姉のように思っているのが分かる。
そしてフミタンもまた、クーデリアを大切に思っているのは間違いなかった。
それだけに、クーデリアを元海賊が経営しているPMCの会社に連れていくのは危険に思うのではないか、そのように思ったのだ。
クーデリアもそうだが、フミタンもかなり顔立ちが整っている。
身体付きという点では、年齢の分だけ女らしい。
そんな2人だけに、場合によっては女として決して許容出来ない扱いを受ける事にもなりかねない。
……実際には、そのような事はないのだが。
勿論、そういう奴がブルワーズにいたのも事実だろう。
だが、そのような者達は俺に従えないと、ブルワーズを既に出て行っている。
そういう意味では、かなり安心出来るのは間違いない。
それでも、絶対に安全と言い切る事は出来ないのだが。
「ノブリス様が信頼出来る相手としてアクセル様を紹介した以上、問題ないと思います」
フミタンは俺の言葉にそう返す。
ノブリスに対する信頼が、ちょっと厚すぎないか?
これは俺がまだこのオルフェンズ世界の火星についての知識があまりないから、ノブリスの影響力を甘く見ているのか。それとも、フミタンが何らかの理由によってノブリスを強く信頼してるのか。
「アクセルは何か私に危害を加えるのですか?」
俺とフミタンの会話を聞いていたクーデリアが、そう聞いてくる。
クーデリアのその問いに、まさか頷く訳にもいかない。
「いや、そんなことはしない。ただ、何度も言うようにシャドウミラーの構成員は俺とマーベル、それともう1人以外は全員が元海賊だ。それでもいいのなら、これから来るか?」
「行きます」
……一瞬の躊躇もなく、クーデリアは俺の誘いに乗る。
いや、これ……本当に大丈夫なのか?
俺はクーデリアを騙してどうこうするつもりはないが、それでもこうした態度を見る限りだと、いつか誰かに騙されるんじゃないかと思ってしまう。
正義感が強いのはともかく、本人が美人で金持ち。それでいて人を疑うようなことをしない。
これは人によっては、これ以上ない程に騙しやすい相手となってしまう。
とはいえ、俺はあくまでもただの護衛だ。
今回はヒューマンデブリに話を聞きたいという事で拠点……会社まで案内するが、護衛の仕事が終わればもう関わる事はない。
あるいは護衛の仕事を上手くやれば、もしかしたらこの先もまた護衛の仕事を頼まれるかもしれないが。
ただ、基本的に俺達は護衛を主とする警備会社ではなく、あくまでもPMCなんだよな。
勿論護衛も仕事の1つにはなるだろうが、基本的にはMWやMSを使った荒事がメインとなる。
……そのMWもMSもないから、今はこうして生身の仕事をしてるんだが。
この仕事が終わったらノブリスがMWを用意するという話だったから、それまでは特に急いでやるべき事がある訳でもないんだよな。
「じゃあ、行くか」
そう言い、俺達はテーブルの上にあるスイーツを食べ終わると喫茶店を出るのだった。
「あ、アクセルさん。マーベルさんも」
拠点まで戻ってくると、不意にそんな風に声を掛けられる。
声のした方に視線を向けると、そこには昌弘の姿があった。
汗を掻いてるのを見る限り、訓練でもしていたらしい。
「丁度よかった。昌弘、これからちょっと時間があるか?」
「え? あ、はい。それはまぁ、今は自主訓練をしていただけですから」
そう言いつつ、昌弘がクーデリアとフミタンに視線を向ける。
訝しげな視線になったのは、この2人がこのような場所には似つかわしくないと思ったからか。
……もっとも、実際にそれを口に出した場合はマーベルや、ここにはいないがシーラが自分達はどうなのだと言ってくるだろうか。
「この2人……というか、こっちがクーデリア・藍那・バーンスタイン。今度俺が護衛をする相手だ」
「ああ」
俺がノブリスから護衛をするという件については、特に隠していた訳ではないので、全員が知っている。
それでも全く何の心配もしてないのは、俺が生身でもどれだけの強さを持っているのか知っているからだろう。
特に昌弘は俺達が初めてこのオルフェンズ世界にやってきた時に初めて遭遇した者の1人だ。
瞬く間にクダルを倒して拘束し、その後もブルワーズを乗っ取ったのを間近で見ている。
それだけに、俺が護衛をすると言っても失敗するとは全く思ってはいないらしい。
実際には、生身での強さと護衛をするというのは必ずしも同じ意味ではないのだが。
俺が幾ら強くても、クーデリアは普通の女だ。
そちらを狙われると俺にとっては決して好ましくないのは間違いないのだから。
だからといって、クーデリアやフミタンがいる前でわざわざそのような事は言わないが。
これがもし護衛をされる身でありながら、その自覚がなくて好き勝手に動くとか、そういう相手であれば俺も苦言を呈したかもしれない。
しかし、クーデリアは自分が狙われる可能性が高い……それも最悪ギャラルホルンにというノブリスの言葉を信じている為に、きちんと自分が護衛をされるというのを理解しているように思えた。
実際には、会議が行われる日になってみないと、本当に俺の指示通りに動くかどうかは分からないが。
「それで、クーデリアがヒューマンデブリについて話を聞いてみたいと言ってな。それで連れてきた。構わないか?」
「まぁ、アクセルさんがそう言うのなら」
心から望んで……という訳ではないようだが、それでも俺が言うのならクーデリアと話してもいいという感じらしい。
そんな訳で、俺は昌弘にシャワーを浴びて汗を流してくるように言い、クーデリア達を応接室に案内するのだった。
「これは……」
クーデリアが、応接室にある家具を見て驚きの声を上げる。
当然だろう。ここに用意された家具は、俺がW世界でデルマイユから奪った物なのだから。
育ちのお陰もあって、クーデリアの目から見てもこの家具の価値は理解出来たのだろう。
もっとも、物の価値というのはその状況や世界によって大きく変わる。
場合によっては、デルマイユから奪ったこれらの家具もそこまで価値のある物と思われない可能性もある。
ただ、そういうのは芸術とかに如実に現れるが、家具の類にはそこまで影響がない事も多い。
実際、前衛芸術とかそういうのも含めて、何故これがそこまで評価されている? と疑問に思う事も多いのだから。
単純に俺にはそういう芸術を見る目がないという点も大きいが。
「座ってくれ。昌弘はシャワーを浴びて汗を流したらすぐに戻ってくる」
ちなみに、このシャワーを自由に使えるというのも、ヒューマンデブリ時代には考えられなかった事だろう。
いや、ヒューマンデブリだけではなく、CGSの参番組もか。
当然ながら、水を使えばそれだけ金が必要になる。
CGSのマルバにしてみれば、参番組にそこまで金を使いたくはないだろう。
とはいえ、身体を洗わないままだと悪臭が漂うので、全く何もしないという訳ではないかないだろうが。
そんなCGSと比べて、シャドウミラーにおいては誰でも自由に好きなだけシャワーを使う事が出来る。
風呂ではなくシャワーなのは……まぁ、そういう文化なのだろう。
勿論、火星の中には風呂を好む者もいるだろうが。
「ありがとうございます。ですが、これは……一体どこからこのような家具を?」
「俺が海賊を乗っ取ってシャドウミラーというPMCを作ったという話はしただろう? その関係だ」
実際には違うのだが、まさか異世界とか空間倉庫とかについて話す訳にはいかない。
「海賊がこのような家具を……? 明らかに厄祭戦より古い物のように思えますが」
「そうか?」
この家具が具体的にいつ作られた物なのかは、俺にも分からない。
ただ、厄祭戦となると300年前だ。
さすがにこの家具が300年以上も前の物には思えないんだが……
とはいえ、俺もその辺には詳しくない。
この手の家具……アンティークの家具か? そういうのが300年前の物があると言われれば、そういうものかと納得するしかない。
そしてクーデリアがそのように言うのなら、恐らくそれは間違いないのだろう。
「さっきも言ったように、これは海賊が所持していた家具だ。具体的にいつ作られたのかとか、そういうのは俺も知らない。……ただ、300年以上前の物だと言われると、こうして普通に使うのがちょっと惜しいと思ってな」
「ええ、私もその意見には賛成よ。まぁ、ここは応接室だからおかしくはないのでしょうが……それでも、この家具は少し大袈裟すぎると思うわ」
クーデリアがそう言うのなら、もう少し控え目の家具にでもしておくか。
クリュセ辺りで購入してもいいかもしれないな。
「そうか。アドバイス感謝する。何しろ俺達はこういうのに疎いしな」
一応内装とかの用意をしてくれた業者に頼もうと思えば頼めた。
だが、それでもここには俺が家具を用意しようと思っていたので、その辺の意見を聞いたりはしなかったんだよな。
それが失敗だったのだろう。
そう思いつつ俺達は話を続けるのだった。