「お待たせしました」
応接室に昌弘が入ってくる。
急いでシャワーを浴びた為か、その髪はまだ濡れていた。
昌弘にしてみれば、少しでも早く応接室に来ないといけないと判断したのだろう。
ただ……少し驚きだったのは、昌弘と一緒にシーラもやって来た事だろう。
「私も一緒にいいでしょうか?」
「シーラ? まぁ、構わないけど。……クーデリア、構わないか? シーラは俺達の仲間だし、色々と見識深い」
何しろナの国の女王をやっていた人物だ。
クーデリアがこれからどのようなことをやろうとしてるのかは分からないが、それでもシーラから話を聞くのは、クーデリアにとって悪い話ではないだろう。
「え? あ、はい。それは構いませんけど……その、貴方はシャドウミラーで一体どのようなお仕事をしているのですか?」
クーデリアが、思わずといった様子でシーラに尋ねる。
まぁ、無理もないか。
シーラは生まれ持った気品とでも言うべきものがある。
俺の恋人達の中にも、俗に言う高貴な生まれの者というのはそれなりにいる。
コーネリア、あやか、千鶴、美鶴といったところか。
ただ、コーネリアは皇族出身なのは間違いないが、それはどちらかと言えば武人としての方向に向いている。
それ以外の3人も高貴な家の出ではあるが、結局のところ大金持ちの商人の娘といったような者達だ。
そのような面々と比べて、シーラは女王として行動していた経験を持つ。
そういう意味では、周囲に一体どのような存在なのだ? と思わせるような雰囲気があるのも事実。
クーデリアにしてみれば、そんな高貴な生まれのように思えるシーラが、PMCにて一体どういう仕事をしているのかを疑問に思うのはおかしな話ではない。
「事務員として働いています」
「……え? 事務員、ですか?」
「ええ。クーデリアさんでしたか、貴方も分かるように、このPMCにおいて事務仕事を出来る者は決して多くはありません。なので、それが出来る私がしています。勿論私だけではなく、他の者達にも事務仕事を教えてはいますが」
これは事実だ。
まだ仕事が殆どない今だからこそ出来る事なのかもしれないが、シーラは大人達に事務仕事のやり方を教えている。
今はまだシーラだけでどうにかなるし、ちょっと忙しくなっても俺やマーベルが手伝えばどうにかなるだろう。
そんな訳で、シーラは事務仕事……それもトップに近い立場にいる。
「そう、なのですか。では、マーベルさんはどうなのでしょう?」
「私はMSに乗って実戦に参加しているわ。もっとも、今はMSはないから、MWになるんでしょうけど」
「……え?」
クーデリアの言葉にあっさりと答えるマーベル。
だが、まさかマーベルがMSに乗ってるとは、思いもしなかったのだろう。
しかし、現在のシャドウミラーで最強なのは俺だが、その次がマーベルなのは間違いない。
阿頼耶識がなくても、昌弘達を相手に勝利出来るのだ。
この辺は聖戦士としてオーラバトラーに乗ってきた経験からだろう。
もっとも、クダルの例を見れば分かるように阿頼耶識ではない普通の操縦でも、MSを上手く操縦出来るし、阿頼耶識を持っている者に勝利出来たりする。
マーベルはそれを行っているだけだ。
「そう見えないだろう? けど、マーベルの言ってる事は事実だ。なぁ?」
「……そうですね」
不満そうというよりは、悔しそうに昌弘が言う。
昌弘にしてみれば、マーベルに模擬戦で負けたのが悔しいのだろう。
ブルワーズ時代にヒューマンデブリとしてMSのパイロットをやっていたのは、昌弘にとって決して良い思い出ではない。
だが同時に、そのような状況で生き残ってきたというプライドがある。
それだけにMSの操縦技術に自信があったのだが、マーベルとの模擬戦では負けてしまったのだ。
今は負けたと思っているが、昌弘は……いや、他の子供組もいつかは模擬戦で勝利したいと思っていた。
「そのようには見えませんね。……ねぇ、フミタン」
「はい。こう言ってはなんですが、戦いに向いているとは思えません」
「ふふっ、そう言われることはあるけど……人は外見では分からない事もあるのよ? アクセルを見ても、その辺は分からない?」
「いや、何でそこで俺が出る?」
外見で判断出来ないとか、そんな話をしていたところで俺の話題が出るのは納得出来ない。
そう主張したのだが、その話を聞いていたマーベルもシーラも、笑みを浮かべるだけだ。
クーデリアは、そんな俺達の様子を不思議そうに見ていた。
少し話は逸れたものの、ある程度場が落ち着いたところでそれぞれの自己紹介も終わり、クーデリアがここに来た本題に入る。
「昌弘だったわね。もしよければ、ヒューマンデブリについて色々と聞かせてくれないかしら。勿論、言いたくなかったり、思い出したくない事もあるでしょう。ですが、それでも……もしよければ、聞かせてくれないでしょうか」
「えーっと……?」
クーデリアの言葉に、昌弘は少し戸惑った様子を見せる。
その顔が薄らと赤くなっているのは……うん、まぁ、年上の美人なお姉さんに迫られているからだろう。
昌弘の年齢的に、そろそろ女に興味が出てきてもおかしくない頃だしな。
あるいは単純にクーデリアが昌弘にとって憧れのお姉さんとでも呼ぶべき存在だからか。
その辺は生憎と俺にもちょっと分からない。
「アクセルさん、その……どうすれば?」
「別に俺にどうするのかを聞く必要はない。昌弘が話したい事があれば話せばいいし、話したくないのなら話さなければいい。それだけの話だ」
そう言うと、昌弘はようやく落ち着いたのかブルワーズ時代について話していく。
最初こそ真剣な表情で聞いていたクーデリアだったが、次第にその表情は悲痛な色に染まっていく。
こう言ってはなんだが、お嬢様育ちのクーデリアにしてみれば昌弘の語るヒューマンデブリの真実というのは予想以上だったのだろう。
あるいは、そのくらいは予想していたかもしれない。
だが、それはあくまでも予想だ。
実際に経験した昌弘が話す内容は、そこにあるリアルさが違う。
クーデリアも、ヒューマンデブリについて色々と調べてはいたのだろうが、ブルワーズにおけるヒューマンデブリの扱いは最悪に近いものだった。
CGSとかでもヒューマンデブリは使っているが、それでもブルワーズに比べると大分扱いはマシだ。
他の組織でもヒューマンデブリは使われているのだろうが、それでもブルワーズ程に扱いの酷いところは……絶対にないとは言わないが、かなり少ないだろう。
「そんな……そんな事を……」
昌弘の説明が一通り終わったところで、クーデリアの口からそんな声が漏れる。
その目には、薄らと涙すら浮かんでいる。
「お嬢様」
クーデリアの目の涙に気が付いたフミタンが、そっとハンカチを手渡す。
それで涙を拭いながら、その視線は俺に向けられる。
「アクセル、貴方はこの人達を解放したのですね」
「どうだろうな。まぁ、扱いは普通の従業員と同じ……とはいかないが、取りあえずブルワーズの時とは違ってそれなりのものにはしている。ただ、ヒューマンデブリは基本的にIDが抹消された存在だ。つまり、昌弘は結局のところ公の立場ではヒューマンデブリのままなんだよな」
これがホワイトスターに繋がれば、色々と手を打てる。
ルリやラピス、長谷川に協力して貰って抹消されたIDを復活させるとか、あるいはいっその事ホワイトスターを通して他の世界に向かわせるか、あるいはシャドウミラーに迎えるといった手段もあるだろう。
だが、今の火星でゲートは使えない。
あれからほぼ毎日、余裕がある時には魔力を使って呪いを何とかしようとしてるんだが、呪いが解呪される様子はない。
つまり、呪いの解呪はまだまだ先だという事だろう。
もっとも、俺がやっているのは明らかに普通の方法……きちんとした手順で呪いを解呪するといったような方法ではない。
それこそ俺の魔力を使い、強引に呪いを破壊するという意味でも解呪と呼ぶべき方法だった。
そういう意味では、まともではないのだろうが……何しろ今の状況で出来るのがそれだけなのだから仕方がない。
「そうですか。そちらはアクセルの力でも、どうにも出来ないのですね」
「IDの問題だしな」
そもそも、IDをどこで一括管理しているのかも、俺には分からないし。
オルフェンズ世界の事情を考えれば、やっぱりギャラルホルンでなのか?
ホワイトスターと繋がれば、ルリやラピスの力を借りてどうにか出来るかもしれない。
だが、それだっていわゆるハッキングやクラッキングという手段で、正統な手段でないのも事実なんだよな。
「もしヒューマンデブリについてどうするのかを考えるのなら、その辺についても考える必要があるでしょうね」
「だろうな。それは否定しない。……クーデリアに期待しているよ」
「えっと、その……何だか分かりませんけど、ヒューマンデブリについて何とかして貰えるのなら、嬉しいです。CGSにいる兄貴とも、もっと気軽に会えるようになるでしょうし」
「兄貴? CGS? それは一体?」
昌弘はヒューマンデブリについての話はしたが、CGSに所属している昭弘については何も話していなかった。
その為、昌弘の言葉にクーデリアが不思議そうに首を傾げる。
「ここからそう離れていない場所……いやまぁ、それでも結構離れているが、とにかくそこにはCGSという警備会社がある」
隣というのは、人によって違ってくる。
例えば東京で隣の家と言えば、それこそ歩いて1分掛かるかどうかといった場所だろうが、田舎の場合は隣の家と言っても車で10分くらい走らなければならないことも珍しくはない。
そういう意味では、CGSの隣というのは田舎的な意味での隣だ。
「その警備会社でもヒューマンデブリが使われているんだが、そのヒューマンデブリの中に昌弘の兄がいたんだよ」
「それは……」
俺の言葉に、何と言ったらいいのか分からないといった様子のクーデリア。
ヒューマンデブリの兄弟が再会出来た事を喜べばいいのか、兄弟揃ってヒューマンデブリとなっている現実に怒ればいいのかといったところだろう。
「色々と思うところはあるだろうが、それでも離れ離れになっていた兄弟が再会出来たんだ。その点だけは喜んでやってくれ」
「ええ、それは分かるわ。分かるけど……そもそも、ヒューマンデブリというものがなければ、兄弟が離れ離れになるという事もなかったでしょうに」
「その辺は、今のところどうしようもないな。何しろ、この世界の支配者であるギャラルホルンでさえ、ヒューマンデブリを黙認してるんだし」
クーデリアは反論出来ずに黙り込む。
そう、結局のところ、このオルフェンズ世界の治安を守っているギャラルホルンが、本気でヒューマンデブリを禁止しようとしていないのが大きい。
勿論、ギャラルホルンにも色々と思うところはあるのだろう。
それこそ海賊からの賄賂であったり、自分達がヒューマンデブリを禁止した場合にどれだけの費用が掛かるのかといったように。
それを分かっているからこそ、ギャラルホルンもヒューマンデブリには手を出さない。
「それでは、どうすればいいと?」
答えを求めるように尋ねるクーデリアだったが、俺に出来るのは首を横に振るだけだ。
これがホワイトスターと繋がっていれば、それこそ力ずくでどうとでもなるんだが。
「それが分かれば苦労はしないだろ。……まぁ、不可能に近い解決策ならあるけど」
そう言った瞬間、クーデリアが俺に視線を向けてくる。
その視線の強さは、それこそ俺が一瞬驚く程だった。
「どのような事でしょう?」
「……不可能に近いと言ったと思うが、それでも聞きたいか?」
「はい。それが不可能であろうとも、それでもヒューマンデブリの人達が救われ、これ以上同じ悲しみを抱かなくてもいい、そのような時が来るのなら」
「今の状況だと、到底無理な話だけどな。……まぁ、いい。火星が独立して1つの国になって、ギャラルホルンと対等、あるいはそれ以上の力を持てばいい」
「……え?」
一体自分が何を聞いたのか理解出来ないといった様子で、クーデリアが呟く。
その隣では、フミタンが言葉も出せない程に唖然としている。
いやまぁ、それも当然だろうが。
だから不可能に近いと前置きしたんだが。
ただ、これは一応実績がある。
UC世界において、セイラがルナ・ジオンという国を作ったという実績が。
それによって、ルナ・ジオンは連邦政府と互角の……場合によっては互角以上の影響力を持つにいたった。
もし今のUC世界で連邦政府が大々的にヒューマンデブリのような政策を行おうとすれば、ルナ・ジオンはそれに反対するだろう。
そして連邦政府はそんなルナ・ジオンの反対を無視しきれない。
とはいえ、ルナ・ジオンはシャドウミラーあっての国なのも事実。
呪いによってホワイトスターと行き来が出来ない現状、机上の空論以外のなにものでもなかったが。