クーデリアとの一件で、車の中にあった重苦しい雰囲気は消えた。
もっとも、フミタンは日頃から表情を変えるような事はないので、雰囲気とかはあまり関係ないのだが。
クーデリアも、俺の言葉で取りあえず恐怖で震えるという事はなくなり……車は、俺達の拠点に向かって進んでいた。
そんな中……
「っ!?」
きぃっ、と。
いきなりフミタンがブレーキを踏んで車が急停車する。
「きゃあっ!」
「っと!」
ゆっくりと車を停めるのではなく、本当にいきなりの急停車。
予告なくのフミタンの行動だった為、クーデリアが前の座席にぶつかりそうになり、それを受け止める。
……うん。先程同様にクーデリアの双丘が俺の腕に押し潰される。
とはいえ、今はその感触を楽しんでいる場合ではない。
「フミタン、どうした?」
「前方を……ご覧下さい」
そう言うフミタンの言葉に前方を見ると、そこには数機のMWの姿。
「え?」
それを見た俺の口から、そんな声が漏れる。
「アクセル様? どうしましたか?」
「いや……多分だけど、あのMWは襲撃者じゃないぞ」
「え?」
フミタンの間の抜けた表情というのは、かなり珍しい。
とはいえ、殺気を感じるような能力がなければ勘違いしても仕方がないのも事実。
あのMWからは、殺気の類を感じない。
そして、この場所……俺達の拠点に近い場所に存在するMW。
それだけで、何となくあのMWがどこの所属かは想像出来る。
「ちょっと様子を見てくる。クーデリアとフミタンは車の中にいてくれ」
「ちょっ!」
俺が車から出ようとすると、半ば反射的にだろう。クーデリアが俺のスーツを掴む。
「安心しろ。あの連中は多分俺の知り合いだ」
「けど……もし違ったら?」
殺気を感じられる俺とは違い、クーデリアやフミタンはそういう能力がない。
というか、このオルフェンズ世界にそういう能力を持っている者はいないという表現の方が正しいだろう。
……俺が知らないだけで、実はその手の能力を持っている奴もいるかもしれないが。
「その時でも、俺なら何とか出来るから安心しろ」
そう言うと、クーデリアは不承不承……本当に不承不承といった様子で納得する。
フミタンの方は、冷静にお気をつけてとだけ言ってきただけだったが。
そんな訳で、今度こそ車を降りると、少し離れた場所にいるMWの集団に向かって近付いていく。
当然ながら、向こうも車がいるのは理解していたのだろう。
というか、車がいきなりここにやってきたから、恐らく何らかの訓練を止めて止まっているんだろう。
そんなMWの群れに近付いていくと……
「アクセルさん!? どうしたんですか、こんな場所で……」
1機のMWのコックピットが開き、オルガが姿を現す。
どうやら、やっぱりこのMWはCGSの機体だったらしい。
一体何故ここにいるのかは……普通に考えれば訓練だろう。
「ちょっと護衛の仕事の帰りでな」
そう言い、オルガにクーデリアとフミタンが乗っている車を示す。
その間に、昭弘も自分のMWから降りてこっちにやってきた。
昌弘の件もあってか、昭弘は俺に強い感謝の気持ちを抱いてるんだよな。
それだけ昭弘にとって、弟の昌弘は重要な存在だったという事なのだろう。
「護衛……ですか?」
「ああ。ほら、この前CGSで模擬戦をやっただろう? あの件だ」
「あれですか」
そう言い、オルガが少しだけ困った様子を見せる。
多分だが、ハエダを始めとした連中が俺に模擬戦で負けた結果、その憂さ晴らしとかをオルガ達にしてるんだろう。
その件について謝った方がいいのか……いや、ここで謝るのは違うか。
「それだよ。で、護衛の仕事が無事に終わった……と思ったんだが、クリュセに戻る途中で襲撃されてな。このままクリュセに戻るのは危険だから、取りあえず一度俺達の拠点に戻る事にしたんだ」
「それはまた……よければ、俺達が護衛しましょうか?」
「なら、俺が」
オルガの言葉に、昭弘がそう言ってくる。
けど、そうだな。護衛ついでに昌弘に会わせてやるくらいはしてもいいか。
「俺としては助かるけど、そっちはいいのか? 今こうしてここにいるって事は、訓練中なんだろう? それを途中で抜ければ、CGSに戻った時に叱られると思うんだが」
「構いませんよ。アクセルさんは俺達にとっても恩人のようなものなんですから」
恩人?
これが昭弘にとってなら、昌弘の件でその言葉は理解出来る。
だが……オルガを含めた他の面々にも同じように恩人と思われるのか? となると、疑問だった。
そうして首を傾げていると……
「おうおうおう、ちょっといいかい」
その声に視線を向けると、そこには以前CGSで模擬戦をした時に見た顔があった。
重要な仕事を任せるようなことは出来ないと俺が感じた男……名前はシノだったか?
あー……うん。この様子を見ると、多分以前俺が三日月と話した件、それこそ重要な仕事を任せられないというのを聞いて、それが気にくわなくて出て来たといったところか。
「ちょっ、おい、シノ! 止めとけって!」
そんなシノを止めるように、年齢的にはオルガやシノと同じような金髪の男……ユージンだったか? その男が姿を現し、少し遅れてビスケットとかいうぽっちゃりした男も続き、シノを止めようとする。
だが、シノはそんな2人に動きを止められながらも、こっちを睨み付け、叫ぶ。
「俺が重要な任務に向いてないってのは、どういう意味だよ! ああ?」
そう叫ぶ気持ちは、正直なところ分からないでもない。
シノにしてみれば、自分の事を全く知らない俺がちょっとその動きを見ただけで、自分には重要な任務を任せられないと断言したのだから。
これがあるいは、シノの事をよく知っているオルガや昭弘、三日月といった者達なら、まだ納得出来たかもしれないが。
「おい、シノ! すいません、アクセルさん。部下が失礼を」
シノの様子にオルガがそう言ってくるが、俺はそれに対して首を横に振る。
「いや、別に構わない。合同訓練の時は時間がなかったとはいえ、俺の言葉が色々と足りなかったのも事実だ。なら、色々と話しておいた方がいい。……とはいえ、さっきも言ったように俺の護衛対象は襲撃を受けたばかりで、それが理由で現在俺達は拠点に向かっている。そうなると、ここで悠長に話をしている暇はない」
それこそ、ここで話をしている間にまた敵が襲ってきたら……ああ、いや。でもそうなると、こっちはなし崩し的にオルガ達を戦闘に巻き込めるのか。
そうなると、こっちの戦力としては十分に強力になる。
ただ、クーデリアの安全を考えると止めておいた方がいいのも事実。
「だから、昭弘とシノが俺達の護衛としてMWでついてきてくれ。その代わり、マルバには俺の方から連絡をしておく。そうなれば、嫌とは言えないだろう」
これがあるいは俺達が自分達で取ってきた仕事なら、最悪マルバはこっちに攻撃を仕掛けてくる可能性もある。
だが、今回の仕事はノブリス経由での仕事だ。
さすがにマルバであっても、その仕事の邪魔はしないだろう。
CGSは弱小という訳ではないが、大手という訳でもない。
それだけに、強い影響力を持つノブリスを敵に回す……そこまでいかなくても、不愉快な思いを抱かせるような事はしない筈だ。
だからこそ、今回の件……昭弘とシノを借りるというのを頼んでも、恩に着せてきたりはするだろうが、断ったりはしないと思う。
「それは……分かりました。じゃあ、俺達はこれで失礼します。……アクセルさん、お気を付けて」
そう言い、オルガは他の参番組を率いて去っていく。
その際、ユージンとビスケットが俺に向かって一礼してから自分のMWに戻ったが……それについては特に気にするような事はないだろう。
「さて、じゃあまずは俺達の拠点に行く。多分大丈夫だとは思うが、それでも万が一襲撃された時はお前達が頼りだ。いいな?」
俺の言葉に、昭弘とシノが揃って頷く。
もっとも、昭弘は恩人の俺を本気で守ろうとしているが、シノの方は不満そうな様子だったが。
本人的には、俺に対する不満があるのだろう。
無理もないか。自分に重要な任務は命じられないと言った俺を守れと、そう言われてるのだから。
俺としては、別に貶すつもりはないんだが。
確かに重要な任務は任せられないが、それはつまり重要な任務ではないものなら任せられるという事を意味してるのだから。
以前三日月と話した時は、その辺についての話をしっかりとしなかったから、それが余計にシノを怒らせる結果になってしまったのだろう。
シノにはそれをしっかりと説明した方がいいだろうが……それはあくまでも拠点に戻ってからだな。
「じゃあ、俺は車に戻る。お前達は車の護衛をしながらついてきてくれ」
そう言い、俺は車に戻る。
「どうでした? 見たところでは、襲撃してくる相手ではなかったようですが」
心配そうな様子のクーデリアに頷く。
「ああ、あの連中はCGS……俺達の拠点から一番近い場所にある警備会社に所属してる連中だ」
「警備会社? アクセルと話している人を見た限りだと、まだ若い人のように思えましたが。それこそ私と同年代くらいの」
「だろうな。あれはCGSの参番組だ。つまり、スラム街の出身やヒューマンデブリの集まりだよ。ちなみに、俺と話していた大きい奴がいただろう? あれは昌弘の兄貴だ」
「ああ、そう言えば以前……そう、でも見た感じあまり似てませんね」
クーデリアはシャドウミラーの拠点にそれなりに……いや、かなりの頻度で来ている。
その大きな理由はシーラと話をする事なのだが、それ以外にも昌弘を始めとした他の者達と話したりしている。
その為、昌弘から昭弘については聞いていたのだろう。
「身体付きはそうだけど、顔は結構似てるぞ」
これは俺の正直な気持ちだ。
兄弟だけあって、顔の作りはかなり似ている。
それこそ2人の関係性を知らない者が見ても、兄弟……あるいは血縁者という風に認識するくらいには。
「そうなのですか?」
「ああ。あの2人には俺達の拠点までの護衛を頼んだ。拠点に戻ったら、見てみればいい」
「大丈夫なのですか?」
そう聞いてきたのは、フミタン。
フミタンもクーデリアと一緒に行動してるので、それなりにシャドウミラーの者達と話をしたりしている。
だが、CGSとは付き合いがないだけに、完全に信じるといった事は出来ないのだろう。
「取りあえず心配ない」
なので、そう答えておく。
……取りあえずとつけたのは、やっぱりシノの一件がある為だ。
今は大人しく俺達の護衛をするようだが、シノが俺に対して不満を持っているのは間違いのない事実。
その辺を考えると……まぁ、取りあえず昭弘がいるので、護衛の心配はいらないだろう。
シノが俺に不満を持っているとはいえ、それでも俺に向かって攻撃をしてきたりとか、そういう事はしないだろうし。
「そうですか。……では、進みましょう」
フミタンが車のエンジンを掛ける、再び車は進み始める。
昭弘とシノの操縦するMWも、周囲の警戒をしながら車を追ってくる。
そうして、走り続け……やがて窓の外にシャドウミラーの拠点が見えてきた。
「ふぅ」
クーデリアも俺と同じ光景を見たのだろう。
安堵して大きく息を吐く。
あの拠点は、別に鉄壁の防護を誇るような場所ではない。
しかし、それでもクーデリアにしてみれば、最近は頻繁に行く場所なので、それだけ安心出来る場所なのだろう。
「お嬢様、アクセル様。どうやら建物から人が出て来ているようですが。それも武装をしています」
「あー……まぁ、そうだろうな」
フミタンの言葉通り、武装した面々が建物から出て来ている。
これについては、仕方がない。
何しろこの車だけなら向こうも見覚えがあるだろうが、その車と一緒にMWがいるのだから。
自分達の拠点……それも後ろ暗いところがこれでもかと言わんばかりにある俺達だ。
そんな場所にMWがやって来たら、警戒するなという方が無理だった。
「ちょっと話してくるから、一応まだ降りるなよ」
そう言い、俺は車から降りる。
俺の姿を確認したからだろう、建物の外にいた者達はその武器を下ろす。
「悪いな、警戒させた。取りあえずこっちは問題ないから、気にするな」
俺の声が周囲に響くと、何故か歓声が上がる。
……いや、何故歓声。
勿論、俺を見て不満そうにするよりは喜んで貰えた方がいい。
それは間違いないのだが、だからといって何故この状況で歓声を上げるのか……それが俺には全く理解出来なかった。
ともあれ、これでこっちが攻撃されるようなことがないのも事実。
俺は車に戻り、運転席の窓を軽く叩く。
するとフミタンが窓を開けたので、拠点の方……正確には、MSやMW用の格納庫を見る。
「あっちの格納庫、覚えてるよな? 取りあえずこの車は格納庫に入れておいてくれ。そうすれば、何かあってもすぐにこの車が破壊されるようなことはないと思うから」
そんな俺の言葉に、フミタンは頷くのだった。