テイワズの船……いや、正確にはそこに所属するJPTトラストの船か。
その船は、特に何かがある訳ではない普通の船だった。
考えてみれば、それもそうか。
今日来たのは、あくまでもテイワズのNo.2……ではなく、その部下でしかないのだが。
本当の意味でテイワズのNo.2が来たのなら、もっと特別な船に乗ってきてもおかしくはないが、No.2の部下の1人ずつにまで特別な船を用意出来たりはしないのだろう。
それはいい。それはいいのだが……
「ほら、こっちだ。遅れるなよ」
そう言い、俺達の案内をする男。
その男もそうだが、通行人達がこちらに向けてくる視線も気になる。
こちらは仮にも取引相手だというのに、侮りの視線を向けてくるのはどうなんだ?
ましてや、中にはシーラに対して露骨に欲情の視線を向けてくる者もいる。
もしかしたら……本当にもしかしたらだが、俺の行動、具体的には先程の通信が影響してるのか?
そうも思ったが、こうして見るとそういうのとは関係ないような気がする。
何となくだが、元ブルワーズ……特に俺の主張に賛成出来ず、あるいは俺の存在が気に食わないからと出て行った連中。
ああいう連中のように思えてしまうのだ。
テイワズというのが裏組織……ギャングやマフィアの一面があると聞けば、そういう者達がいるのはおかしくはないが。
そして、これがもっと小規模な取引であったら、そういう連中が出て来てもおかしくはないと思うが、今回はエイハブ・リアクターの取引だ。
テイワズにとっても、決して小さな取引ではない。
なのに、これか?
あるいは、JPTトラストという会社そのものがこういう態度が普通なのかもしれないが。
何しろ、テイワズのNo.2が率いる組織だ。
地球ではギャラルホルンの目を気にする必要があるだろうが、圏外圏においては大きな影響力を持つ。
そんなテイワズも、ギャラルホルンを相手にすれば勝ち目はないので、あくまでもギャラルホルン以外の者達に対しての態度、という事なのだろうが。
「ほら、ここだ。ミグワットさんはJPTトラストでも幹部の1人なんだ。失礼な真似はするなよ」
ミグワット?
男の言葉に一瞬疑問を抱いたが、どうやらさっき映像モニタに表示された、今回の俺の取引相手らしい。
「前向きに善処するよ」
「……ふんっ」
俺の言葉が気に食わないといった様子で鼻を鳴らすと、案内役の男は扉をノックする。
「ミグワットさん、取引相手の連中を連れて来ました」
『入れ』
中から聞こえてきた声に、案内役の男は扉を開く。
さて、どんな男がいるかな。
いやまぁ、映像モニタで少し話した事がある以上、既にどういう相手なのかは理解しているのだが。
そんな風に思いつつ、俺は部屋に入る。
部屋の中には、この部屋の主と言うべき男……俺が映像モニタで見た男以外にも、何人かいる。
見るからに護衛といった者もいれば、事務員と思しき者の姿もそこにはある。
これを見る限り、どうやら素直に取引に応じるつもりはあるみたいだな。
……まぁ、その取引がどういう取引になるのかは、これから次第だが。
「来たか。……ったく、俺を待たせるとはいい身分だな。自分の立場が分かってるのか?」
いきなりのその言葉に、少し驚く。
こっちを敵対視……とまではいかないが、格下に見ていたのは知っていた。
だがそれでも、今回の取引はノブリスが仲介をし、テイワズにとってもエイハブ・リアクターという貴重品を入手出来るという意味で、それなりに大きな意味を持つ筈だ。
なのに、この男は取引を成立させる気があるのかどうか分からないような、そんな態度だった。
もしこれで俺が取引を止めたら、こいつは一体どうするつもりだ?
あるいはJPTトラストというテイワズの中でも大きな会社である以上、そんな自分達との取引を途中で止めるとは思っていないのか。
「取引である以上、対等な身分だと思うが?」
「……てめえ」
俺の言葉が気に食わなかったのか、男は不愉快そうな表情を浮かべる。
だが、次の瞬間……具体的には俺の後ろにいるシーラの姿を見て、不愉快そうな表情から一転して笑みとなる。
とはいえ、その笑みはとてもではないが爽やかな笑みとは呼べない……ゲスな笑みと評するような笑みだったが。
仕方がないか。
俺はピンポイントで殺気を放ち、同時に念動力を使って男の服を後ろに引っ張る。
「おわぁっ!」
ソファに座っていた男だったが、次の瞬間にはソファが後ろに倒れて転ぶ。
「ちょっ、兄貴!?」
案内役の男は、いきなり転んだ男を見て駆け寄っていく。
これが例えば、俺達が近くにいたら俺達が何かをしたと思ってもおかしくはない。
だが、今回は違う。
何しろ俺達はまだ部屋の中に入ったばかりで、扉の側にいたのだ。
ソファに座っていた男はそれなりに離れており、さすがに俺達が何かをしたとは、案内役の男も、そして後ろにソファ諸共に倒れ込んだ男も気が付かなかったらしい。
殺気で身体の動きが強張ったのを、本人は理解しているのか、いないのか。
いっそ刈り取る者でも召喚しようか? と思いつつ声を掛ける。
「大丈夫か?」
「うるせえっ!」
男にしてみれば、自分の間抜けなところを見られたのが面白くなかったのだろう。
羞恥か怒りか、顔を赤くして叫ぶ。
うん、やっぱり無能だな。
これで少しでも有能だったら、ここで怒鳴るよう事はしない……いや、それならそもそも最初から喧嘩を売ったりはしないか。
そんな風に思っていると、男は立ち上がり、自分の座っていたソファを苛立ち混じりに蹴ってから、別のソファに座る。
「落ち着いたところで、取引について話したいんだが」
「……ふんっ、ほら、これだ」
そう言い、男は俺にタブレットを渡してくる。
そこに書かれているのは、この取引における詳細。
驚くべきことに、その数値は普通だった。
この男の態度からすると、安く買い叩こうとしてきてもおかしくはないと思ったんだが。
いや……違うのか。こうしてきちんと話が決まっていたから、この男のような奴でもお使い代わりには出来ると考えたのかもしれないな。
また、取引の中には俺が見つけた未知のフレームについてもある。
MSとして修復はするし、その費用は格安にするので、フレームについて色々と調べるという事になっている。
これについては当初の予想通りだったが……自分達でフレームを作っただけあって、未知のフレームの情報を少しでも欲してるのだろう。
ホワイトスターと繋がっていたら、フレームの情報収集はこっちでやるという事も出来たのだが、呪いの影響でそれが出来ない以上、今回はテイワズに頼るしかないか。
ノブリスに借りてる諸々の借金を返して、MWとかを購入して、全員に給料を支払っても全く問題がない程度の金額ではある。
うん、俺が予想していたよりもかなり高額で買い取って貰えるらしい。
とはいえ、これは多分テイワズの方で、あるいはJPTトラストでも物の価値を理解している者が出した金額で、多分この男は関わってないんだろうとは思うが。
そういう意味ではこの男は結局のところ使いっ走りでしかないのだろう。
ともあれ、渡されたタブレットをシーラに渡すと、シーラも少しだけ驚いた表情を浮かべた後で頷く。
……多分、シーラもまさかここまで適切な値段で取引がされるとは思っていなかったんだろう。
シーラからタブレットを受け取ると、男に向かって口を開く。
「これで構わない。こっちに不満はない」
「そうか。なら……そっちの女を一晩貸して貰おうか」
「……何?」
さも当然といったように、シーラを見てそんな風に言ってくる男。
だが、男は俺の言葉を無視しているのか、それともそれだけシーラの美貌に夢中になっているのか、とにかく無視してシーラだけを見ている。
シーラを見た時に浮かべた表情から、何かするかもしれないとは思っていたが……まさか、こうも堂々と要求してくるのは予想外だったな。
いや、そちら方面に話を持っていくのが慣れた様子だった事を考えると、多分これが初めてという訳じゃなくて、何度も繰り返していたと思った方がいい。
テイワズのNo.2の使いっ走りとして働く上での役得なんだろう。
普通に考えれば、テイワズに所属する組織に逆らった場合、どうなるのかは容易に想像出来る。
そうである以上、この男の要求を断る事は出来ない。……もっとも、あくまでも普通ならではの話だが。
「冗談はその辺にしておけよ」
「はぁ? 冗談だって? 何が冗談だよ? 言っておくが、俺はテイワズの所属だぞ? それもジャスレイの叔父貴直属の部下だ。お前達のような弱小組織と取引をしてやってる時点で感謝するのは当然だろうが」
それは、自分が謝礼の品……単刀直入に言えば賄賂か? それを貰うのを当然と思っている顔だった。
その賄賂が、今回はシーラだったという事なのだろう。
少なくても、この男にとってはそういう認識らしい。
「言っておくが、今回の取引はノブリスが仲介を行っている。それを分かった上で言ってるのか?」
そう言うと、男は少し考え……やがて不満そうな様子を隠しもせずに、舌打ちをする。
「ちっ、冗談だよ、冗談。ったく、こんなのは冗談なんだから本気にするなよ」
明らかに言い訳。
恐らくはシーラの美貌を見た時にその辺りについてはすっかり忘れてしまい、自分の欲望に素直に行動したのだろう。
そうしたくなる気持ちは分からないでもないが、だからといって俺がそれを受け入れる必要はない。
……取りあえず、新たに入手したエイハブ・リアクターについてはこいつに知らせない方がいいな。
それを知らせて、結果としてその話を纏めたということでこの男の手柄になってしまったら、それは面白くない。
幸いな事に今回の取引によって十分な……十分すぎる程の金は用意出来た。
今までのように緊急で金が必要という訳でもないのだから、俺としては別にエイハブ・リアクターについての追加の取引をする必要は感じられない。
「そうか。けど、下らない冗談はそれを言った者の品性が下劣だと認識される。次からは気を付けるんだな」
「てめぇ……いや、そうだな。悪かった。俺の冗談がちょっとやりすぎだったのは間違いねえ」
何だ? 何で急にそんな風に自分のミスを認めた?
この男の性格には詳しい訳じゃないが、それでも自分の非をそう簡単に認めるとは思えない。
だとすれば、これは何かもっと別の……
「取引については無事に終了した事だし、また次も頼む」
そう言い、手を差し出す男
それが握手を求めているのは明らかだった。
握手? こんな状況で? 一体何を考えている?
これまでの男の言動から、とてもではないがそのような事をするようには思えなかった。
それはつまり、何か考えた上で握手を求めて来たという事になる。
あるいは手に針か何かを隠しているのか?
そうも思ったが、それならそれでいい。
そんな事をしてきたら、こちらも相応の対応をすればいいだけなのだから。
そう考え、俺は男の手を握る。
すると次の瞬間、男が思い切り俺の手を握り締めた。
あー……なるほど。それが狙いだった訳だ。
よくあるパターンなのは間違いない。
つまり、この男は自分の腕力……いや、握力か。握力にかなりの自信があったのだろう。
それこそ、相手の手を握り潰すまではいかなくても、相手に痛みで悲鳴を上げさせる程度には。
だが……今回は相手が悪かったな。
男は俺の顔が全く苦痛に歪まないのを見て、疑問の表情を浮かべる。
しかし、その疑問の表情は、驚き……そして苦痛に耐えるものへと変わっていく。
男の手を握る俺の手が、次第に力を入れていった為だ。
俺の力は、それこそ金属のインゴットを指で毟り取るといった事が容易に出来る。
そうである以上、人の手を握り潰すのもそう難しいことではない。
とはいえ、今回はそこまでやるつもりはないが。
「ぎ……が……くそっ、離せ!」
あまりの痛みにだろう。
男は半ば床にしゃがみ込むような、そんな格好になって叫ぶ。
「ああ、悪い悪い。お前が俺の手を強く握ってきたから、てっきり力比べがしたいんだと思ったんだが」
そう言い、手を離す。
すると男は、信じられないものでも見るような目で俺を見る。
男にしてみれば、自分の握力に自信があったのだろう。
実際、平均的な握力と比べても明らかに強かった。
しかし、それはあくまでも普通の人間としての話だ。
そして俺は普通の人間ではない。
この程度の力比べで負ける筈がなかった。
「ぐ……てめえ、覚えてろよ」
「へぇ? 覚えていてもいいんだな? 本当に?」
典型的な負け惜しみの言葉に、そう言って笑みを浮かべる。
そんな俺の笑みに何を見たのか、男は突然歯を鳴らし始め……
「い、いや、忘れる。忘れるから……もう、帰ってくれ。取引は終わったんだから、さっさと行ってくれ!」
そう、叫ぶ。
どうやら俺の笑みを見て、勝手にトラウマでも抱いてしまったらしい。
別にそんなつもりはなかったんだが……まぁ、いい。
「じゃあ、戻るぞ」
そう言うと、シーラは男を冷たい視線で見てから頷き、ノブリスの部下は呆れた様子で頷くのだった。