「アクセル、やりすぎだ」
シャトルで自分の船に戻っている途中、ノブリスの部下がそう言ってくる。
ただ、そこにあるのは怒りではなく呆れだったが。
何についてやりすぎたと言ってるのか、考えるまでもない。
俺があの男……JPTトラストの人間に対してやりすぎだとい言いたいのだろう。
「そうは言うけどな。あのままだと、本当に向こうはシーラをどうにかしそうだったんだぞ? もしかして、それを受け入れろとでも?」
「そんな事は言っていない!」
一瞬の躊躇もなく、男は俺の言葉にそう返す。
顔が引き攣っていたように思えるのは、きっと俺の気のせいだろう。
あるいは俺ではなく、冷たい視線を向けるシーラの視線に気圧されての言葉だったのかもしれないが。
「なら、どうしろと?」
「何も向こうの要求を受け入れろと言ってるんじゃない。ただ、断るにしてももっとやりようはあっただろう」
「あれでも大分優しい方だったんだがな」
「……あれでか?」
「あれでだ」
実際、もし本当に俺が相手をどうにかするつもりなら、それこそ白炎を使って一瞬で消し炭になっていただろう。
ブルワーズを率いていたブルックのように。
あるいは刈り取る者を召喚して、恐怖で怯えさせるとかか?
もしくは、炎獣を大量に呼び出すか。
他に幾つもそれらしい手段はあるものの、それを使わずにあの程度ですませたのだ。
それを考えれば、俺にとっては大分優しくすませてやったと思う。
……実際にやられた本人はどう思っているのかは分からないが。
もっとも、最後には俺を見る目には恐怖が宿っていた。
そうである以上、仕返しを考えたりはしないだろう。
そもそも、JPTトラストの上司に向かって賄賂とかで美味しい思いをしていたところで、それを女で寄越せと要求したら相手を怒らせてしまいましたとか、報告出来るか?
賄賂を貰っていたという時点で……ああ、でもテイワズはマフィアやギャングといった組織である以上、その辺は問題ないのか?
あるいは賄賂云々を抜きにして、単純に俺の態度が悪かったと上司に説明するか。
ただ、今回の件についてはノブリスの部下がその様子をしっかりと見ている。
適当な……自分に有利なことを口にしたところで、それが素直に信じられるとは思わない。
これがノブリスを仲介せず、俺だけで接触したのなら話は違っていたかもしれないが。
「さすが元海賊といったところか」
いや、違うんだが。
ノブリスの部下の言葉にそう突っ込みたくなったが、取りあえずそれについては黙っておく。
もしここで俺が何かを言ったりしたら、じゃあ何なんだ、どこから来たんだといったように突っ込まれるだろうし。
そうなった時、どういう風に答えるのがいいのか分からないしな。
何しろ、俺とマーベル、シーラの3人は異世界から来た存在だ。
今でこそ普通に行動しているが、戸籍……オルフェンズ世界でいうIDの類は持っていない。
それはつまり、分類的にはヒューマンデブリと似たような存在であるということなのだ。
まぁ、圏外圏……特に火星のスラムや木星とか、その辺ではIDの管理がどうなっているのかはちょっと分からないが。
とはいえ、いずれはその辺もどうにかしないとな。
これがホワイトスターと繋がっていれば、このオルフェンズ世界だけに固執する必要はないので、IDとかは気にしなくてもいいんだが。
今の状況ではどうしてもこのオルフェンズ世界だけで活動しないといけないしな。
「それを言うのなら、テイワズも似たようなものだろ」
そうして話をしている間に船に戻り、同時にJPTトラスト側からもエイハブ・リアクターや未知のフレームを引き取る為の連中がやってくる。
幸いな事に、引き取りに来た奴は俺が取引をしたような連中ではなく、普通の……特にこっちを下に見たりするような者ではなかった。
「では、こちらにサインをお願いします」
「……こういうのは紙なんだな」
「ええ、まぁ、そっちの方が問題はないという事で」
そう言われると、そうなのか?
疑問に思いつつも、俺は書類にサインをする。
「ありがとうございます。では、少々お待ち下さい。……はい、シャドウミラーの口座に振り込みが完了しました」
そう言い、男はタブレットを見せてくる。
そこには入金が完了したという風に書かれている。
「よし。じゃあ、これで取引は正式に終了だな」
「そうですね。……それにしても、あのフレームは一体? うちの者達が見た事がないフレームだと言ってましたが」
「その辺はこっちにも分からない。高密度デブリ帯で見つけたフレームだしな。こっちのメカニックもどんなフレームなのか分からないと言っていたしな」
だからこそ、あの未知のフレームはテイワズに預ける事にしたのだ。
テイワズ側もあのフレームには興味を持っており、だからこそ、あのフレームの調査とMSとしての修復をする上で、金額をかなり割安になっているのだろう。
「テイワズの中でもMSを開発している会社があるんだろう? そこでなら、MSについても色々な情報を知る事が出来るんだろうし、そこにならあのフレームの情報もあるかもしれない」
「だといいんですけどね」
そう言った男だったが、不意に怒声が聞こえてくる。
何があった? と視線を向けると、格納庫の外れでJPTトラストの人間とメカニックが何やら言い争いをしている。
「うわ、すいません。すぐに対処しますので。ったく、これだからJPTトラストの連中は……」
最後の方だけを口の中で呟いた男だったが、俺の耳にはしっかりと聞き取る事が出来た。
ん? 今の言葉からすると、この男はもしかしてJPTトラストの人間じゃないのか?
いやまぁ、こっちに対する態度からすると、明らかにJPTトラストらしくないけど。
となると何らかの理由で出向してきてるとか。
騒いでいる……というか、メカニックに対して絡んでいる男に近付くと、先程まで俺と交渉していた男は何かを話す。
さすがにその言葉は俺には聞こえなかったものの、その威力はかなりのものだったのだろう。
騒いでいた男は見る間に大人しくなるのだった。
「さて、これで取りあえず当初の目的は達成されたな」
JPTトラストとの取引を終え、俺の姿は既に火星にある拠点にあった。
いつもなら限られた者達だけがこの拠点にいるのだが、今日は宇宙港にある強襲装甲艦と輸送艦に最低限の人数を残し、それ以外の者達は全員がこの拠点に集まっていた。
何しろ、シャドウミラーとしての初の仕事……いや、初の仕事はクーデリアの護衛か? とにかく、大きな山を越えたのは間違いない。
その為、シャドウミラーに所属している者達を集めてパーティな訳だ。
既に乾杯を終え、皆が好き勝手に騒いでいる。
料理はここに来る途中にクリュセで買ってきたので、どれもまだ出来たてだ。……購入して、すぐに空間倉庫に入れていたしな。
ちなみに今日は酒も許可されている。
勿論、俺は酒を飲まないが。
海賊だけあって、元ブルワーズの者達は酒好きが多いんだよな。
勿論、普段は禁酒させているという訳ではない。
俺は飲まないが、この拠点にいる者、あるいは宇宙港にある船に乗っている者達は、それなりに酒を飲んでいる。
ただ、今日の酒は特別という事でいつも飲んでいるよりも、1ランク……いや、2ランクだったか? とにかくそのくらい上の奴だ。
だからこそ、こうして喜んでいる訳だ。
「はい、アクセル。これも美味しいわよ」
そう言ってマーベルが俺に渡してきたのは、コロッケサンド。
……いや、何でコロッケサンド?
まぁ、コロッケサンドは嫌いじゃないけど。
「ああ、悪いな。……うん、美味い」
特別に美味いという訳ではないが、このコロッケサンドは普通に美味い。
「でしょう? 結構人気だったのよ? ……ほら」
マーベルが示すテーブルを見ると、そこには既にコロッケサンドはない。
「マジか」
コロッケサンドはそれなりに美味かったが、それでも標準よりは上といった程度でしかない。
極上のコロッケサンド……究極のコロッケサンドとか、そういう感じではなかった。
だが、そんなコロッケサンドも他の面々にしてみれば争ってでも食べたい料理らしい。
ちなみに個人的にはの話だが、俺の場合はどうせコロッケサンドを食べるのなら揚げ立てのコロッケを使ったコロッケサンドを食べたい。
やっぱりコロッケサンドは揚げてから時間が経つと、衣のサクサク感がなくなるしな。
勿論、そういうコロッケも美味くない訳ではない。
スーパーやコンビニとかの弁当に入っているコロッケは、基本的にそういうコロッケだし。
というか、普通は出来合の弁当はそういうコロッケか。
それこそサクサクのコロッケを食べたいのなら、自分で作るか……もしくは、オーブントースターで温め直すとかする必要があった。
そんな風に考えつつ、コロッケサンドを食べていると……
「あの……お久しぶりです」
不意にそんな声が聞こえてきた。
声のした方に視線を向けると、そこにはクーデリアの姿。
クーデリアの隣では、フミタンが頭を下げている。
「クーデリアにフミタン、丁度いい時に来たな。お前達もパーティに参加していけ」
「え? その、いいのですか? 今日はただちょっと差し入れを持ってきただけなのですが」
「差し入れ?」
「はい。今日連絡をしたら、アクセルが取引に行っているという事でしたので。そのお祝いに」
「……俺が取引に行ってるからお祝い? いやまぁ、実際にこうして取引が無事に終了したから間違ってないけど、場合によっては取引が中止になっていた可能性もあるぞ?」
特に今回取引にやってきた奴は、色々な意味で駄目だった。
使いっ走りとしての役割しか期待されていないからこそだというのが俺の予想だったが。
とにかく厄介……いや、面倒な存在なのは間違っていない。
もっとも、それでも使いっ走りだからこそと言うべきかなのか、取引が中止になると自分の評価に響くとかもあるのかもしれないが、とにかく取引は無事に完了した。
「アクセルの事だから、最終的には上手く纏まると思っていました。それよりも、これどうぞ。温かいうちに食べて下さい。ピザは冷えると美味しくなくなるので」
そう言い、差し入れ……クーデリア曰くピザらしいが、そのピザが入った箱をテーブルの上に置く。
それにしても、ピザか。
火星にもあるんだな、ピザ。
もっとも、ピザは作るのはそう難しくはない。
いや、本当に美味いのを作るとなるとかなり大変だが、取りあえず食べられるといった程度なら、それなりに簡単なのも事実だった。
とはいえ、クーデリアが持ってきたのはきちんと箱に入ってる奴だ。
だとすれば、きちんとした店で購入してきた奴なんだろう。
考えられるとすれば、クリュセの表通りにある店といったところか。
あそこは裕福な者達が利用する場所だけに、店構えも綺麗だし、品揃えも悪くない。
実質的な植民地の火星だったが、地球から来た者達……あるいはギャラルホルンの者達も利用するので、その辺の関係だろう。
「悪いな」
「いえ。その……私も、ピザとかはあまり食べた事がなかったので、この機会にと」
なるほど。クーデリアはお嬢様育ちだ。
それもその辺の会社の社長とか、そういう程度ではなく、代表首相の1人娘。
だとすれば、ジャンクフードの類を食べる機会がなくても、おかしくはない。
もっとも、ピザをジャンクフードと呼ぶかどうかの判断は、人によって違うだろうが。
ともあれ、そんなクーデリアも最近はノアキスの7月会議の影響で色々な場所にいったり、TVに出たりといった事をしている。
それによって、普段は接する事のないような相手と接したり、あるいは普段は食べないような料理を食べたりしてるのだろう。
「なら、一緒に食べていけ。おい、お前等。クーデリアが差し入れのピザを持ってきてくれたぞ。感謝して食え」
『ありがとうございます!』
「え? いや、その……別にそこまで感謝して貰う程じゃ……」
困った様子のクーデリア。
子供組だけではなく、大人達までもが揃って頭を下げているのだから、それに色々と思うところがあってもおかしくはない。
「お嬢様、取りあえずピザを皆さんに食べて貰ってはどうでしょう?」
「そ、そうね。じゃあ、フミタン。お願い」
クーデリアの言葉にフミタンが頷き、テーブルの上にピザを置く。
それを見た多くの者達が、ピザを食べようと群がってきた。
そんな中で俺は自分の分とクーデリアの分を確保し、一切れをクーデリアに渡す。
「ありがとう、アクセル」
「本当ならタバスコとかがあればいいんだけどな」
生憎と、箱の中にタバスコは入っていなかった。
入ってない以上、そのまま食べるしかない訳で……
「あむ。……でも、十分に美味しいですよ」
溶けたチーズを美味そうに食べるクーデリア。
俺もまた、ピザを口に運び……
「うん、美味いな」
そう言うのだった。