探してみれば、賭けをしている奴はすぐに見つかった。
考えてみれば当然の話なのだが、賭けをしようとしても、それを受け付けてくれる相手がいなければ、賭けは成立しない。
それはつまり、誰に賭けるのかというのを受け付けている者は見やすい場所にいる必要があるという事だった。
「ちょっといいか?」
「何だい、兄ちゃん。賭けるのかい?」
「そのつもりだけど、ちょっと相談がある。俺はシャドウミラーというPMCの社長だが、自分のところの優勝に賭けるというのは可能か?」
色々と誤魔化しても賭けられそうな気はしたが、その場合は実際に大会が終わって俺が優勝した時、話を聞いていなかったという事で賭けを無効にされかねない。
そうならないように、最初から俺が自分はシャドウミラーというPMCの社長だというのを、はっきりとさせておきたかった。
賭けを受け付けている男は、そんな俺の言葉に眉を顰める。
「何だと? ……本気か、兄ちゃん」
「ああ、本気だ。俺の会社が負けるのなら八百長をするかもしれないけど、トーナメントを全て勝ち抜いて、それで俺の会社が優勝するのに賭けるのなら、八百長のやりようもないと思うが。どうだ?」
「……ちょっと待っててくれ。上に聞いてくる。さすがにこの件は俺が勝手に判断する訳にはいかない」
そう言い、男は俺にここで待ってるように言うと、どこかに行った。
さっき言っていたように、自分の上司……いや、上役か? そっちに聞きに行ったのだろう。
実際、色々と特殊な状況である以上、末端の男でしかないあいつには決められないのだろうし。
取りあえず、あの様子だとマルバがCGSの負けに賭けていたとかはないみたいだな。
もっとも、マルバの事だ。自分で直接賭けるのではなく、誰か他の……自分との繋がりがあるとは思われない相手に賭けさせた可能性はあるが。
もし俺の要望が断られたら。俺もそういう方法を使った方がいいのか?
とはいえ、問題なのは俺にそういう知り合いがいないという事だろう。
どこか適当にその辺を歩いている奴に頼むという手段もあるが、そうなったら、そいつが金を持ち逃げするかもしれないし。
うーん、やっぱり誰かに頼むのは色々と面倒なところがあるのは間違いないか。
信頼の出来る奴で、それでいながら俺達との繋がりを推測されないような人物……ちょっと微妙な感じがするな。
もっとも、今回の件は金を賭けるのは間違いないが、だからといってエイハブ・リアクターの売買で手に入れた金の全てを賭ける訳ではない。
……会社の資金的には賭けた方がいいんだろう。
俺が本気を出し、マーベルが参戦する以上、シャドウミラーの優勝は確実だ。
だが、優勝をしてもあまりに掛け金が大きい場合、賭けの胴元が逃げ出す可能性があった。
だからこそ、そこまではしないような程度の金額を賭けた方がいい。
もっとも、それであってもそれなりの金額を賭けるつもりではあったが。
何しろシャドウミラーを運営する上で、運営資金は多ければ多い程にいいのだから。
物価とかそういうのは日本と色々と違うので、大雑把にしか言えないが……そうだな。日本円にして500万くらいの金額をシャドウミラーの優勝に賭けたいところだ。
500万だと大分少ないが、シャドウミラーの場合は出来たばかりのPMCで、弱小と言っても間違いではない。
だからこそ、大穴という扱いになって……うーん、そう考えると500万でも多いか? 300万くらいにしておくべきか。
その辺は少し悩みどころだが、さっきの男が戻ってきたら、聞いてみればいいか。
そんな風に考えていると、やがて先程の男が戻ってくる。
顔に浮かんでいるのは……興奮?
これはいけるか?
「待たせたな。上に聞いてきた」
「で? どうだった?」
見た感じで予想は出来たが、それでも念の為に聞いておく。
実は駄目でしたと言われるような事はないだろうと思いつつ。
「問題ない。自分達の勝利に賭けるのなら、賭けを受け付けるという事になった」
「そうか」
よし、予想通りだ。
これでシャドウミラーの活動費の余裕もそれなりに出来そうだな。
もっとも、エイハブ・リアクターの金額で余裕そのものはかなりあるんだが。
「で、賭けの方法についてだが……」
「シャドウミラーの優勝。正確にはトーナメントで全てシャドウミラーが勝つのに賭ける」
「他にも、どのくらいの時間で勝敗が決するか、どのくらい生き残るかとか、色々と細かい賭けの対象はあるけど、勝利だけでいいのか? それだと……まぁ、聞いた話だとシャドウミラーというのはまだ出来たばかりのPMCらしいから大穴で儲けられるかもしれないけど、それでも他の賭けには参加しないのか?」
「ああ、さすがにそっちまではちょっと分からないしな」
俺とマーベルがいる以上、シャドウミラーが勝利するのは間違いない。
だが、それ以外の者達がどのくらい生き残れるのかは、微妙なところだろう。
昌弘を始めとした子供組は、阿頼耶識での戦闘に慣れているので何とかなるか?
ただ、他のチームを見たところでは阿頼耶識を使う者達がいたしな。
大人組はあくまでも経験を積む為の参加なので、多分途中でリタイアするのは間違いないと思う。
そんな風に思いつつ、俺は目の前の男との交渉……というか、賭けの内容を続ける。
結果として、当初俺が予想していた通り日本円にして500万程をシャドウミラーの優勝に賭けることになった。
当然ながら戦いが1回ずつ清算されるので、その金額も含めて次の戦いに賭けることになった。
これについては、向こうからの提案……というか、条件だった。
初戦や2回戦なら勝利出来ても、最終的にシャドウミラーが負ければ、向こうの総取りとなる。
多分、それを狙ったんだろう。
俺の様子から、1度や2度なら勝利するかもしれないが、優勝は出来ないと思ったらしい。
まぁ、無理もないか。
この大会には火星で広く名前を知られているような会社とかも出ているし。
ギャラルホルンが出てないのが、せめてもの救いか。
ギャラルホルンが出ていれば、それこそ最有力の優勝候補だろうし。
もっとも、例え相手がギャラルホルンであっても負けるつもりはないが。
とはいえ、ギャラルホルンを相手にして勝利した場合、色々と……本当に色々と不味いことになりそうだけど。
近くにあるATMで操作して、賭けの大元の口座に振り込む。
直接現金で取引をしてもいいんだが、そうなると最悪この男が持ち逃げするかもしれないし、もしくは誰か他の者達に奪われる可能性もある。
何しろ、現在ここに集まっているのはMWを仕事で使う者達だ。
それだけに、粗暴な性格の者も多い。
そんな中で高額の現金を持っていると知られれば……うん。あまり良い未来は想像出来ないな。
「よし、これが賭け札だ。なくすなよ」
「分かっている」
「言っておくが、後で負けたから金を返せと言われてもそれは聞けないぞ」
念を押すように、男が言ってくる。
男にしてみれば、かなり大きい金額を動かすのだ。
これで負けたから金を返せと言ってこないのか、不安に思ったのだろう。
「分かっている。俺もそんなみっともない真似はするつもりはない。それに、もしそういう風に言ったら、そっちは相応の対処をするんだろう?」
この手の賭け……それも公式に許可されている訳ではなく、裏で勝手にやっている賭けだけに、どういう者達がやっているのかは容易に想像出来る。
それこそ、ギャングやマフィアといった、いわゆる裏の組織だろう。
そんな組織に、金を返せと言えばどうなるか。
あるいはその組織に騙されたり、脅されたり、奪われたりといったようなことであれば、まだ同情する余地はある。
だが、自分で納得して賭けに参加して、それで負けたから金を返せと言われれば……うん。俺でもそう言われたら許せないと思う。
「なら、いい。世の中には賭けで一発当てて人生大逆転といったことを考える奴もいるしな」
「そういう奴もいるだろうな」
火星は植民地として貧しい者達が多い。
そうである以上、人生の一発逆転を狙うといったことがあっても、おかしくはないだろう。
「だろう? だからあんたもそういうことはしないでくれ」
「分かっている。けど、それはこっちも同じだ。俺達シャドウミラーは出来たばかりのPMCで、名前は知られていない。だからこそ大穴で、俺達が優勝した時の金額はかなりの額になる。もしその支払いを渋るような事があったら……MWの模擬戦の大会で優勝するようなPMCを敵に回すというのは覚えておいてくれ。それと、俺達の後ろ盾にはノブリス・ゴルドンがいる」
「……え?」
ノブリスの名前を出すと、男が驚愕の表情を浮かべる。
男にしてみれば、まさかここでノブリスの名前が出て来るとは思わなかったのだろう。
「つまり、賭けに勝ったのに金を支払わなかった場合、ノブリスを敵に回すことになる」
実際には、正式にノブリスの後ろ盾がある訳ではない。
ノブリスは純粋に俺達を金儲けの道具として使っているだけだ。
だが、それでも何も知らない者がシャドウミラーについて調べれば、その後ろ盾はノブリスだと思うだろう。
なら、俺もそれを利用させて貰うだけだ。
お互いに、いつ繋がりを切るのか分からない。
だからこそ、せいぜい利用出来る時は利用した方がいい。
「嘘だろ……あのノブリス・ゴルドンが……?」
「あのというのが、武器商人として有名なノブリスを示しているのなら、間違いなくそのノブリスだ。そんなノブリスを敵に回したくないのなら、俺達が勝った時の賭け金を支払わなかったり、誤魔化したりしないようにするんだな」
「……分かった。上の方には言っておく」
完全に納得した様子ではなかったが、男はそう言う。
これ、もしかしたら俺が優勝した場合、何だかんだと理由をつけて賭け金を支払わないつもりだったのかもしれないな。
ただ、こうして念押しをした以上、問題はないだろう。
この賭けを行っている組織が、具体的にどのくらいの規模の組織なのかは俺にも分からない。
それでもノブリスと敵対しようと思うような組織でないのは間違いない。
俺達が優勝したら、どうにかして金を用意するだろう。
「金の用意はくれぐれも忘れないように言っておいてくれ。……じゃあ、俺はそろそろ自分の場所に戻るから」
そう言い、俺はシャドウミラーの拠点に向かう。
後ろでは、男が混乱した様子を見せていたが……一体何があったんだろうな。俺には分からない。
精々、頑張って金を用意してくれ。
あるいはMWやMSで支払ってくれてもいい。
そう思いつつ歩いていると、何ヶ所かで喧嘩をしているのが分かる。
柄の悪い者達が揃っているし、そういう事があってもおかしくはないのだろう。
それについては、特に問題はない。
シャドウミラーに関わらないのなら、好きなように……
「止めて下さい!」
「え?」
聞こえてきた声が、聞き覚えのある声だった為に、足を止める。
そして一応、念の為、万が一……そんなつもりで声のした方に近付くと……
「なぁ、いいだろ? あんたは有名人なんだ。俺達と一緒に話をするくらい構わないだろ」
「ここでなら構いませんが、他の場所で話をしようとは思いません!」
「ちっ、ったく……この女。ちょっと有名人だからって、いい気になってないか?」
あー……うん。強面のいかにもな男に絡まれているのは、間違いなくクーデリアだった。
というか、何故クーデリアがこの大会に?
それにクーデリアのメイドのフミタンはどこに行ったんだ?
クーデリアを放っておいて、フミタンがどこかに行くとかは考えられないんだが。
ともあれ、フミタンがいない以上、クーデリアをそのままにする訳にはいかないが。
あのままだと、それこそクーデリアがどこかに連れ込まれて、色々と人に言えないような事をされそうだし。
そんな訳で、俺はクーデリアとチンピラのいる方に近付いていく。
「俺の女に何か用か?」
そう言い、クーデリアを庇うようにして男の前に立つ。
「え? アクセル? 俺の女って……」
戸惑った様子で呟くクーデリアの声が聞こえてくるが、この場合は仕方がない。
ただの知り合いだと言うよりも、俺の女と言った方が俺の介入する理由になるのだから。
「な……何だお前」
「アクセル・アルマーだ。……それで、お前は? 何度も言うようだが、俺の女に何の用件がある?」
そうはっきりと言うと、男は訝しげに視線を向けてくる。
無理もないか。
先程の言葉から、この男はクーデリアであると知って、絡んでいた。
つまり、革命の乙女と評されるクーデリアについて、それなりに知っているのだろう。
そんなクーデリアを自分の女と呼ぶ俺が現れる。
それもクーデリアが俺の名前を呼んでいた事から考えると、見ず知らずの男が正義感、あるいは打算から助けに入った訳ではないのは明らかだ。
結果……
「ふんっ」
不満そうに鼻を鳴らすと、男はその場から立ち去るのだった。