「じゃあ、行ってくるな」
夜中……シャドウミラーにある寝室で、俺はマーベルとシーラにそう声を掛ける。
いつもなら夜になればそういう行為……いわゆる夜の営みを行うのだが、さすがにこれから出掛ける以上、そんな事は出来ない。
誰かに会うといった程度なら……いや、それはそれで駄目か。
臭いが残ってしまうし。
ともあれ、そんな訳でこれから出掛けるので、今日はそういう行為をしていないのは間違いなかった。
というか数時間前にギャラルホルンの襲撃があったのだからこそ、今はギャラルホルンの基地も油断をしているだろうという考えからの行動だった。
「気を付けてね」
「アクセルなら大丈夫でしょうが、無理はしないように」
マーベルとシーラからそれぞれ応援の声――というのはちょっと違うかもしれないが――を聞き、それに頷いて俺は影のゲートに潜るのだった。
「さて、ここがギャラルホルンの地上にある基地の1つか」
視線の先にある建物を見て、そう呟く。
火星は地球にある4つの勢力によって、植民地となっている。
そうなると、当然ながら火星にあるギャラルホルンの基地も、地上には最低でも4つ必要となる……実際には4つどころではないが。
火星の大きさを考えれば、まさか植民地1つに地上の基地が1つとはならない。
そんな訳で、俺がやって来たのはクリュセの近くにあるギャラルホルンの基地だった。
もしギャラルホルンが再びCGSやシャドウミラーに攻撃をしてくるとなれば、恐らくここから戦力を出すだろう場所。
なら、先制攻撃……というか、俺にとっての利益となるべき行動をするのに躊躇する必要はない。
今回の一件によって、既にギャラルホルンは俺の敵となったのだ。
そうである以上、敵の戦力を減らし、こちらの戦力を増やすという意味で、最適の行動……それは俺にとっては馴染みの行動。
つまり、ギャラルホルンの基地からMSやその関連部品を奪うという行為だった。
俺が空間倉庫や影のゲート、気配遮断を使えるからこその行動。
ただ、気配遮断は生身の相手にしか通用しない。
監視カメラは勿論、双眼鏡とかそういうのを通しても、それだけで気配遮断は効果を発揮しないのだ。
そういう意味では、オルフェンズ世界のように科学技術が発達した世界においては、そこまで絶大な効果を発揮しないんだよな。
もっとも、何かあった時にあるのとないのとでは大きく違うので、使わない理由はないんだが。
そんな訳で、まずは格納庫に向かう。
こういうMSとかの人型機動兵器のある世界で便利なのは、格納庫のある場所が分かりやすい事だよな。
勿論、最新鋭の機体を開発してるとかなら、地下格納庫とか見つかりにくい場所に隠してあるだろうが。
ただ、もしこの基地でそういうMSがあっても、俺が今回奪うのはグレイズだ。
後は、一応MWもか?
シャドウミラーで使っているMWは、ギャラルホルンの1世代前のMWだ。
勿論それも高性能なのは間違いないが。
何しろ、MWの模擬戦の大会で優勝するくらいだから。
シャドウミラーのパイロットが優秀だからというのもあるが、それでもやはりMWの性能も優勝には大きく関係している。
だが……それでも1世代前のMWなのは間違いない。
つまりギャラルホルンの現役のMWは、より高性能になっているのだ。
難点としては、グレイズもそうだが阿頼耶識対応のコックピットではない事か。
その辺は……まぁ、後でどうにかするという風に考えればいいか。
こうしてMSとかを盗めば、当然ながらそれはギャラルホルンが襲撃したCGS、あるいは一緒にクーデリアの依頼を受けるシャドウミラーの仕業と判断されるだろう。
また、当然ながらどうやって盗んだのかというのも疑問に思うだろうが……敵対した以上、それは仕方がない。
そんな訳で、俺はギャラルホルンの基地に向かって影のゲートで転移をする。
影から出て……うん?
てっきり、俺達との戦いで負傷したグレイズとかを修理しているのだろうと思っていた。
思っていたのだが、格納庫の中は静かだ。
誰もいるようには思えない。
これは……一体どういう事だ?
もしかして襲撃にこの基地は関わってなかったのか?
それとも修理は別の場所で行ってるとか?
とはいえ、同じギャラルホルンである以上、敵という認識にさせて貰うが。
格納庫の中は、暗い。
夜中というのもあるが、電気も点いていない。
普通なら、メカニックの1人がいてもおかしくはないんだが。
……まぁ、いい。こっちにとって幸運だったのは事実だ。
MSとかを奪うのが楽になるだけだし。
監視カメラとかは……ちっ、やっぱりあるか。
幸いなのは、監視カメラだと分かりやすいという事だろう。
いや、一応埋め込み式のカメラとかがないか、確認しておいた方がいいか。
空間倉庫からスライムを取り出し、格納庫の壁や天井、床に広げていく。
スライムによって、天井に仕掛けられている監視カメラを確認していくが、この時に重要なのは、すぐに吸収しない事だ。
当然ながら、監視カメラの映像はどこかで集中的に確認されているだろう。
薄く……1mmにも満たない薄さで壁や天井、床に広がっていくスライムについては確認出来ずとも、監視カメラが破壊されれば、当然ながら異変に気が付く。
……まぁ、見ている者によっては、監視カメラの調子がおかしいといったように思うだけかもしれないが、それを期待するのは不味いだろう。
そんな訳で、どうせ監視カメラを破壊するのなら一度にだ。
ちなみに振動探知とか、重量が変化したら知らせるとか、そういうシステムがある可能性もあったが、幸いなことにスライムで確認した限りではそういうのはなかった。
まぁ、そういうのがあってもスライムを感知出来るとは思えないが。
重量についても、1mm程度の薄さのスライムなら恐らく誤差だろうし。
もっとも、俺の存在が知られたら知られたで、別に構わないが。
そういう事もあると、そう思っておけばいいんだし。
そんな訳で、俺は何も問題がないかどうかを確認しながらスライムを広げていく。
同時に、格納庫の中のチェックも忘れない。
格納庫の中にはMS以外にMWもある。
また、格納庫の端には邪魔にならないようにグレイズの武器や弾薬、またMWが使う弾薬の類も置いてある。
置いてあるが……思ったよりMSの数がないな。
もしかしたら、格納庫はここだけではなく他にも多数同じようにあったりするのか?
そうなるとちょっと厄介なんだけどな。
何しろ、スライムを使って監視カメラを一気に破壊する以上、すぐに異変に気が付いて兵士達がこの格納庫に来る筈だ。
そうなると、当然他の格納庫も……いや、それをやったのが俺だと分からなければいいのか。
幸い、空間倉庫の中にはシャドウミラー製のヘルメットもある。
……いっそ、ペルソナ世界のTVの中の世界で使った仮面を使ってもいいんだが。
ただ、あれが隠すのは顔の上半身部分だけだしな。
なら、顔全体を覆うヘルメットの方が、俺の正体を悟られないだろうからいいか。
そんな事を考えている間に、スライムによる準備は終わる。
「スライム」
短く呟くことでスライムを動かし、格納庫にある監視カメラを一斉に吸収し、消滅させる。
同時に俺は動き、格納庫にあるグレイズに触れては空間倉庫に収納していく。
グレイズの使う武器や弾薬の類も収納し、MWも収納。
気が付けば、格納庫の中にあるMSやMWは全てが消えていた。
ちなみにMS用のトレーラーとかも何かに使えるだろうと、こちらも奪っておく。
ここまで、動き始めてから1分程。
……基地の様子を窺うが、まだ騒いでいる声は聞こえてこない。
うん? てっきりすぐに騒動になると思っていたんだが。
ただ、騒動が聞こえてこないだけで、監視をしていた部屋では騒ぎになっていて、上層部にも連絡がいっていてもおかしくはない。
そんな訳で、格納庫の中にあったMSやMW、各種物資を空間倉庫に収納すると、すぐに格納庫から出る。
当然ながら、格納庫から出る際には普通に扉から出たりはしない。
格納庫のすぐ外で見回りの兵士とかが待っている可能性もあるし。
そんな訳で影のゲートで格納庫から離れた場所に姿を現し、即座に気配遮断を使う。
攻撃はしてない……してないか? 監視カメラとかをスライムで吸収するのは、考えようによっては攻撃という風に思ってもおかしくはない。
そんな訳で、念の為に気配遮断を使っておく。
それで、他の格納庫は……ないな。
正確には、俺が先程までいた格納庫の側には別の格納庫が存在しない。
格納庫とかは、近くにあった方が色々と便利だと思うんだが。
この基地を作った者の考えがそれとは違ったのだろう。
単純にそういう配置にしたかっただけなのか、それとも分散配置した方が何かあった時に便利だと考えたのか。
……後者はないな。
今はまさにそういう意味で役立っているが、俺が来るまで火星はまさに植民地だった。
それも、植民地だからといって反乱とかがない……ギャルホルンによって武力で抑圧された植民地。
そういう火星だけに、実はレジスタンスとかそういうのがいてもおかしくはないと思うんだが。
ただ、俺達が火星で行動するようになってからそれなりに時間が経つが、そういう情報はない。
本当にレジスタンスがいないのか、それとも俺達に知られないような場所で行動しているのか。
その辺は俺にも分からないが。
とはいえ、いずれ……本当にいずれだが、レジスタンスと接触する必要があるのかもしれないな。
この火星を植民地のままではなく独立した存在とする為には、相応の戦力が必要だ。
呪いを解呪してホワイトスターと繋がれば、その辺の戦力的な問題は心配しなくてもいい。
……とはいえ、その場合であっても俺達任せで火星の独立をした場合、火星の住人達は自分達が独立を勝ち取ったという実感がないだろう。
そうならないようにする為には、火星の住人に被害は出るが、それでも火星の住人がきちんと戦う必要があるのは間違いなかった。
そんな訳で、やはりレジスタンスがいるのなら、その接触は必須だろう。
あくまでもいるのならだが。
そう思いつつ、基地の中を影のゲートで移動する。
普通に走って移動してもいいのだが、そうなると見つかる可能性があるし。
いや、見つかるなら見つかってもいいんだが、見つからなければそれに越した事はないし。
幾つかの場所を影のゲートで探索し……
「ここか」
最初に俺が入った格納庫の、正反対の位置に格納庫があるのを発見する。
正反対という事は、先程の格納庫に兵士達が集まっても、この格納庫には来ない。
……いや、実際には格納庫の中を見て、そこに何もないとなれば、俺の目的がMSやMWの奪取だと理解し、こっちの格納庫にも人を派遣する可能性は十分にあった。
そんな訳で、ゆっくりはしていられない。
格納庫の中に入ると、素早くスライムを空間倉庫から出し、監視カメラを吸収していく。
そして全ての監視カメラがなくなったのを確認してから、再びグレイズとMWを……そして各種物資を空間倉庫に収納していくのだが……
「来たか」
7割程を収納したところで、格納庫の外側に人の気配を察知する。
恐らくは監視カメラの映像を確認している場所で、この格納庫の映像が次々と消えている事に気が付き、兵士を派遣したのだろう。
耳を澄ませば、派手に警報もなっている。
どうやら俺の侵入を大々的に知らせる事にしたらしい。
無理もないか。ここまで大きな被害を受けた以上、既に秘密裏にどうこう出来るといったレベルではない。
それこそ衛星軌道上のアーレスからも応援を呼ぶ必要があるような、そんな状況だ。
ギャラルホルンの最新鋭MSのグレイズとか、MWとか、大量に奪われたしな。
ともあれ……格納庫の扉が開くのを見ると、俺は収納活動を一度止め、そちらに向かって走る。
素早く気配遮断を使おうとするが、ギャラルホルンの兵士隊が暗視カメラの類をつけているのを見て、それを止める。
暗視カメラでも気配遮断は効果がなくなるんだよな。
「い……」
先頭の一人が、その一言だけ残して気絶する。
歩兵用の、鎧……いや、いわゆる防具? それを装備していたが、そんなもので俺の拳をどうにか出来る筈もない。
先頭の兵士は、鳩尾に一撃を食らってその場に崩れ落ちる。
恐らくは、いたと言いたかったんだろうが……反応が遅い。
次々と兵士達を気絶させていく。
ついでとばかりに、兵士達が持っている銃火器も空間倉庫に収納していく。
殺さなかった料金としては、安いものだろう。
ちなみに殺さないのは、別に慈愛の心からとかそういう理由ではない。
単純に、怪我人がいた方が物資……この場合は医療用の包帯とか注射とかそういうのを消費させられると思ったからだ。
何しろ、歩兵は俺にとってはいつでも倒せる相手だしな。
俺以外の面々には危ないが……MSやMWがない状態では、ギャラルホルンの戦力も大きく減る。
この連中が今後どういう扱いになるのかは分からないが、とにかく今の俺がやるべきなのは兵士を倒し、MSやMWを奪う事だ。
そう判断し、俺は次の兵士の鳩尾を殴るのだった。