CGSの格納庫の中には、誰の姿もなかった。
……どうやら、クランクがやって来たという事で、格納庫にいた全員が様子を見に行ったのだろう。
それは別に不思議な事ではない。
以前はともかく、今のCGSはオルガが支配している……というのは少し大袈裟だな。率いているという表現の方が相応しいか。
そのような状況である以上、子供達は以前のようにハエダのような大人達に殴られるといった心配をしなくてもよくなった
まさに長年続いたプレッシャーから解放されたのだ。
その上で子供達本来の好奇心により、クランクの件でそれに興味を持って見に行った者が多かったのだろう。
もしここに量産型Wやコバッタがいれば、こういう事態があっても様子を見に行くような事はなく、坦々と仕事を続けている筈だが……一緒にするのが間違いか。
そんな訳で、誰もいない格納庫の中で俺はグレイズのコックピットに乗り込み、機体を起動させる。
武器についても、幸い阿頼耶識のコックピットに換装した後で問題なく使えるかどうかを確認する為に、バトルアックスと120mmライフル、シールドを持ってきていた。
実は他にもバトルアックスではなく長剣型のバトルブレードというのもあるのだが……クランクのグレイズはバトルアックスを持っていたので、そちらに合わせる事にする。
そうして武器や防具を持つと、機体の状況を確認する。
前回のバルバトスの時とは違い、推進剤の量に問題はない。
これは推進剤が入っている状態でギャラルホルンの基地から奪ってきたお陰だ。
機体を起動し、武器や防具を手にすると、格納庫から出ていく。
そうなると、当然ながらクランクのグレイズの様子を見ていた者達の視線がこちらに集まる。
CGSの者達にしてみれば、自分達の格納庫からMSが……それも昨夜活躍したバルバトスではなく、グレイズが出て来たのだ。
阿頼耶識のコックピットに換装するというのを知っていても、やはり驚いてもおかしくはない。
もっとも、すぐに俺が乗っているという情報が拡散したのか、CGSの子供達は俺のグレイズに向かって大きく手を振っている。
……そして俺のグレイズを見ている者の中には、クーデリアの姿もある。
こちらは手を振るのではなく、俺の勝利を信じているかのようにじっと見ていた。
ここで俺が負ければ、クーデリアはギャラルホルンに捕まる事になる。
そうなれば、最悪死ぬ……いや、場合によっては女としての最悪の屈辱を受ける事にもなりかねない。
だからこそ、俺はここで負ける事は許されなかった。
CGSの面々から十分離れたところで、ホバー移動によってクランクの待つ場所まで移動する。
やがてクランクのグレイズの前に到着した俺は、クランクと同じようにコックピットを開き、そこから出る。
「俺がお前の決闘の相手だ」
「……そのグレイズは……」
俺の言葉を理解しているのかいないのか、クランクは俺……ではなく、俺が乗っているグレイズに視線を向けている。
無理もないか。
クランクにしてみれば、昨夜の戦いでコックピットを破壊して鹵獲されたグレイズが、まさか新品同様になって自分の前に現れるとは思ってもいなかったのだろうから。
どうやらこの様子だと、本当に地上にあるギャラルホルンの基地からMSやMW、それ以外にも色々と奪われたというのは、クランクに知らされていないらしい。
クランクのこれまでの言動から予想していたが、その予想が確信に変わった瞬間だ。
「俺の名前はアクセル・アルマー。それで決闘をする前に1つ聞きたい。お前が勝った場合は、クーデリアと昨夜の戦闘でCGSが確保したグレイズを引き渡す。それはいいが、お前が負けた場合……俺が勝った場合にどうするのかという条件は決まっていなかったな?」
「待て。それより貴様のグレイズは一体何だ!」
叫ぶクランク。
クランクにしてみれば、自分が取り返したかったグレイズが……そして明らかに昨夜の襲撃で鹵獲された訳ではないグレイズが、こうして目の前にあるのだ。
それに対して、疑問に思うのはそうおかしな話ではない。
「気にするな。これは昨夜の襲撃とは別に、俺が入手したグレイズだ。……その辺の情報は知らないのか?」
「……知らん」
「そうか。知らないのなら、それはそれでいい。それで俺が勝利した時の条件だが……」
「待て! それよりも、そのグレイズの出所を教えて貰おう!」
「それについては決闘の条件に入っていないが? けど、そうだな。なら、お前が勝ったら、このグレイズもやろう。……他にもまだあるし、1機くらいなら構わないだろう」
「待て! まだ他にもあるだと!?」
引っ掛かったな。
そう思いつつ、俺はしてやったりという感情を表情に出さないようにしながら口を開く。
「その辺は今は関係ないと思うが? それより、決闘で俺が勝利した時の条件については、まだ話が決まっていない。それをどうするかだな」
「ぐ……何が望みだ」
俺の言葉で、改めてまだ条件が決まっていないという事を思い出したのか、クランクはこちらを睨みながらそう言ってくる。
「そうだな。……なら、こうしよう。もし俺が負けた場合は、クーデリアの身柄だけではなく、昨夜の戦闘でCGSが確保したグレイズ、そして俺が所有しているグレイズも全て渡すし、俺も大人しく捕まる」
俺の条件にクランクの表情が厳しくなる。
これで素直に喜ばず、話の裏を考える辺りクランクが相応に有能だという証拠だろう。
もっとも、こんな言葉にホイホイと乗ってくるような奴は、あまり頼りには出来ないが。
「なら……こちらが負けた場合は?」
「俺に対する絶対服従。……そうだな。これ、分かるか?」
そう言い、俺はポケットから出したように見せ掛けて、空間倉庫から鵬法璽を取り出す。
本来なら、この鵬法璽はそう簡単に使っていいものではない。
マジックアイテムにも詳しいエヴァからそういう風に念押しをされているが、クランクを俺の部下にする……それも絶対に裏切らないようにするとなると、この鵬法璽を使うくらいしか思いつかなかった。
「……それは?」
俺の持つ鵬法璽を見て、少しだけ何かを感じた様子のクランク。
無理もないか。
この鵬法璽はネギま世界でも封印級の代物だ。
見ただけで何かを感じてもおかしくはない。
もっとも、本当に何も感じない者は、鵬法璽を見てもそういうものかと納得するだけだ。
クランクが鵬法璽を見て何かを感じたという事は、多少なりとも魔力や気、もしくはそれ以外の何らかの能力についての才能があるのかもしれないな。
「そうだな。分かりやすく言えば……マジックアイテム、魔法の道具だ」
「魔法だと?」
俺が何を言ってるのか理解出来ないといった様子のクランク。
無理もないか。このオルフェンズ世界において、魔法というのは架空の存在でしかないのだから。
「まぁ、詳しい話はこの戦闘が終わった後で教えてやるよ。……それより、クランク。お前が負けた場合はどうするのか、自分の名の下に誓ってくれ」
そう言い、俺は鵬法璽を起動する。
そんな俺の様子に何かを感じたクランクだったが、こっちがかなりの譲歩をしているのだというのは分かっているのだろう。
たっぷりと数分何かを考えて沈黙した後で、口を開く。
「クランク・ゼントはこの決闘で負けたら、アクセル・アルマーに絶対服従することを誓う」
クランクがそう言った瞬間、鵬法璽が発動し……
「っ!?」
クランクが鋭く息を呑む。
自分の魂とでも呼ぶべきものが、鵬法璽による契約の対象とされたのを理解したのだろう。
やっぱりクランクは、多少なりとも魔力とか気とか、そういうのに才能がありそうだな。
今は無理だが、呪いを解呪してホワイトスターと自由に行き来出来るようになったら、エヴァ辺りに鍛えて貰ってもいいかもしれない。
年齢が若干問題だが、時の指輪の受信機を使えば、取りあえずこれ以上の加齢は防げるし。
……そう考えると、やっぱり少しでも早く解呪をする必要があるよな。
俺もそれなりに頑張ってるんだけど。
「理解したな? 今、鵬法璽によって契約が行われた。この決闘でお前が俺に負けたら、先程宣言した通り俺に絶対服従となる。……安心しろ。俺に絶対服従なのは、あくまでも俺が勝ったらだ。この模擬戦でお前が勝てば、絶対服従の件はなくなる」
「……承知した。では、決闘を始めよう」
クランクが俺の言葉をどこまで信じたのかは、分からない。
分からないが、それでも鵬法璽の力によって自分が負ければ絶対服従だというのは理解しているらしい。
そんな様子を見ながら、俺もコックピットに戻る。
「じゃあ……せめてものハンデだ。クランクが動いたら決闘開始という事にしよう」
それはつまり、クランクのタイミングで決闘を始めるという事を意味しており、これはクランクにとって大きく有利な点となる。
とはいえ、何か決闘を始める合図とか、そういうのに使うような物は持ってこなかったしな。
あ、いっそ三日月にバルバトスで出て来て貰って決闘の合図をして貰うのもよかったかもしれないな。
そう思っていると……クランクのグレイズが動き出す。
真っ先にやったのは、120mmライフルを撃つという行為。
腕が動いた瞬間、俺もまたグレイズを動かしていた。
てっきりバトルアックスで近接戦闘を挑んでくるのかと思ったが、どうやら違ったらしい。
無理もないか。
向こうにしてみれば、自分が負けたら俺に絶対服従だ。
この絶対服従というのは、考え方によってはヒューマンデブリよりも酷い。
ヒューマンデブリは、不満を言ったり、最悪持ち主に反逆をするといった事も出来る。
だが、鵬法璽の力で俺に絶対服従している以上、向こうは俺に対して何も出来ない。
精々が、頭の中で考える事か?
鵬法璽の力を考えると、頭で考える事も出来ないかもしれないな。
そこまでクランクが予想してるのかは分からないが、とにかく俺に負けるとこれまでの人生全てがなくなってしまう以上、俺との決闘で慎重になるのだろう。
「とはいえ……行動と狙いが甘い」
昨日襲ってきたギャラルホルンのMSパイロットと比べると、腕がいいのは事実だ。
だが、結局のところそれだけだ。
俺の操縦するグレイズが通った場所に、次々と着弾する。
それを見ながら、俺もまた120mmライフルを撃つ。
次の瞬間、クランクのグレイズの左手……120mmライフルを持っている方の肘の関節部分に120mmライフルの弾丸が命中し、破壊する。
ナノラミネートアーマーは、関節部分にはない。
そうである以上、実弾であっても関節に命中すれば破壊出来るのだ。
いきなり左腕を破壊されたのは、クランクにとっても驚きだったのだろう。
まさかナノラミネートアーマーがあるのに……といったところか。
それでも本来の性格か、それとも鵬法璽の事が頭にあったのか、左腕の肘から先を失った動揺からすぐに立ち直り、ホバーユニットを全開にしてバトルアックスを手にこちらとの間合いを一気に詰めてくる。
クランクにしてみれば、飛び道具を失った以上はもう近接戦闘でこちらを倒すしかないと判断しての行動だったのだろう。
実際、その判断は悪くない。悪くないんだが……
「こっちにも、近接攻撃の武器があるのを忘れて貰っては困るな!」
振り下ろされたバトルアックスに、こっちもまたバトルアックスを振るって対応する。
タイミングとしては、向こうの行動を見てからの一撃なので、こちらの方が遅い。
そして向こうは上から下に振り下ろしてきたのに対して、こちらは下から上に向けた一撃だ。
当然ながら、どちらの方が有利なのかというのは明らかだ。
明らかだったが……
『何!?』
接触回線によって、クランクの驚愕の声が聞こえてくる。
クランクにしてみれば、まさかこの状況で互角に近い状態になるとは思ってもいなかったのだろう。
これで阿頼耶識対応のコックピットなら、身体を動かす要領で相手の一撃を受け流すといった事も出来るだろうが、俺のグレイズは普通のコックピットだ。
また、ギャラルホルンの基地から盗んできたのをそのまま使っている為、特に強化されている訳でもない。
……いやまぁ、実は俺が盗んだ時点で強化されていた可能性もあるので、その辺は絶対とは言わないが。
ただ、操縦してみた限り、特に問題はないと思う。
それが、何故このように不利な状況であるにも関わらず、バトルアックスの鍔迫り合いが互角……いや、俺が有利になっているのか。
それは純粋に俺とクランクの操縦技術の差だ。
クランクはギャラルホルンの中でもベテランなのは間違いないし、実際にMSの動きを見てもそれなりの技術を持っているのは間違いない。
だが……それは言ってみれば、それだけでしかない。
グレイズの腕の力を一瞬抜き、クランクのバトルアックスが俺の誘導に従ってあらぬ方向に向かい……
その動きでバランスが崩れたクランクのグレイズの足下を蹴り、地面に倒す。
仰向けになって地面に倒れたクランクのグレイズのコックピットに、俺はバトルアックスを突きつけるのだった。