「さて、これで決まりだな」
外部スピーカーを使い、仰向けに倒れているグレイズに向かってそう告げる。
左腕は肘から先がなく、右手はまだ無事でバトルアックスを持っているものの、グレイズそのものが仰向けに倒れている状況では、どうしようもない。
そうである以上、クランクはもう負けを認めるしかない訳で……だが、クランクが負けを認めると、鵬法璽の力によって俺に対して絶対服従となってしまう。
だからこそクランクも大人しく負けを認めるようなことはないのだろう。
本来なら、魔法やマジックアイテムなどというものは、とてもではないが信じられない筈だ。
だが、クランクは鵬法璽に対して自分の名前で誓いを口にしている。
そして鵬法璽が発動した以上、クランクの中には魂に刻まれた呪いの如く、鵬法璽がどのような存在なのかを認識してしまうのだろう。
そっとグレイズの足を伸ばし、クランクのグレイズのコックピットの上を踏みつける。
もしこのまま力を入れれば、コックピットが歪み……最悪、それによってクランクも圧死するだろう。
「どうする? まだやるか? この状況から逆転する方法があるとは思えないけど。…それとも、…大人しく降伏するか?」
コックピットを踏みつけているグレイズの足を通して、接触回線でクランクに尋ねる。
『ぐ……』
クランクは呻き声を上げる。
このまま負けを認めるのか、それとも……
『っ!? 何だと?』
何だ?
いきなりクランクが戸惑ったような声を上げる。
何か妙な事でもあったのか?
考えられるとすれば……いや、もしかして鵬法璽か?
クランクはまだ口で自分の負けだとは言ってなかった。
だが、実際にこの状況で逆転する方法はない。
いや、もしかしたらあるのかもしれないが、取りあえずクランクには無理だ。
その為、クランクは自分の負けだと直接口にはしていなかったが、それでも自分の負けだという事に、心では納得したのかもしれない。
結果として、それを感じた鵬法璽が当初の条件通り俺に対して絶対服従という契約を果たしたとは考えられないか?
まぁ、具体的にどうなったのかは本人に聞けばいいか。
「クランク、お前はこれから俺に従って貰う。問題はないな?」
『はい。卑賤の身ですが、誠心誠意お仕えさせて貰います』
これは……うん。やっぱり俺の予想が当たったんじゃないか?
ただ問題なのは、俺に従うというのを本人がどう思っているのかだな。
クランクの性格を考えると、自分で約束したのなら、それを破る事はまずない筈だ。
まだクランクと会ったばかりだが、短い会話の中で大体予想出来る。
そういう意味では、俺に従う事になったのなら大人しく従うだろう。
だが同時に、鵬法璽の効力によって自我なく……それこそ量産型Wのような感じになるのは、これからのオルフェンズ世界での活動の上でちょっと困る。
レオンの件を考えると、多分そういう事はないと思うんだが……まずはその辺を確認するか。
「グレイズから降りろ。これからの件について、色々と話したい」
俺の操縦するグレイズの足を、クランクのグレイズのコックピットの上から退ける。
するとクランクのグレイズが立ち上がるのを見て、俺は自分の乗っていたグレイズのコックピットを開け、跳躍する。
普通なら足の骨を折ったりしてもおかしくはない高さからの跳躍だったが、混沌精霊の俺にしてみればこの程度はどうという事もない。
無事に着地すると、もう1機のグレイズからクランクが出てくるのを待つ。
クランクのグレイズのコックピットが開き、乗降ワイヤーを使って降りてくるクランク。
俺の前までやって来ると、片膝を突く。
いわゆる、あれだ。騎士が王の前でやる格好と言えば分かりやすいか。
「アクセル様、クランク・ゼントは忠誠を誓います」
「……分かった。立て。色々と聞きたい事がある」
「は!」
俺の言葉に、素直に立ち上がるクランク。
さて……これはどっちだ?
鵬法璽の力によって自我が封印され、量産型Wのような感じになっているのか。
それとも自我はそのままで、俺に従うことを不満に思っていないのか。
「お前の忠誠を受け取る。……それで聞きたいが、今のお前はどんな状況だ?」
「どんな状況……と言いますと?」
「今のお前は、さっきまで俺と決闘をしていたクランクのままなのか? それとも鵬法璽……お前に見せたマジックアイテムの力によって生み出された人格なのか?」
その問いに、クランクは俺が何を聞きたいのか理解したのだろう。
首を横に振る。
「私は私のままです。ギャラルホルンにいた時の事もしっかりと覚えています。ですが、今の忠誠を向ける先は、アクセル様だけであるという事です」
「つまり、自我や意識、パーソナル……そういうのは以前のクランクのままだと?」
「はい。それは間違いありません。ただ、そこにアクセル様に対する忠誠心が生まれたというだけです」
そう断言するクランク。
俺に絶対服従の身である以上、恐らく嘘ではない。嘘ではないが……俺が変に気にしないよう、こういう風に言ってる可能性もある。
となると……まずはこう聞くべきか。
「俺の名前において、真実を語ることを命じる。……クランク、お前は偽りの人格とか、そういうのか?」
「いえ、先程の言葉に嘘はありません」
「……なるほど」
俺の言葉に今のような説明をするという事は、クランクの先程の言葉に嘘はない訳か。
とはいえ、最初に話した……そして決闘をする為に外部スピーカーで話していた時のクランクの喋り方と比べると、明らかに違うんだが。
まぁ、この辺は多分忠誠を誓った俺を相手にしてるからとかか?
「話は分かった。なら、これからは仰々しい言葉遣いはしなくてもいい。俺はそういうのを好まないしな。人前で問題にならない程度なら、ある程度好きな言葉遣いにしてくれ」
「それは……よろしいのですか?」
「俺の言葉に絶対服従なんだろう? なら、そういう事だ」
「……分かりました」
そう言い、クランクは俺に向かって深々と一礼する。
この辺がクランクが態度で示したところなのだろう。
「さて、そうなると……お前からは色々と聞く必要がある。ギャラルホルンについて話して貰うぞ?」
「はい。私が話せる事であれば。ただ、アクセル様……いえ、アクセルさんには申し訳ありませんが、私は実行部隊に所属はしていたものの、別に隊長であったとか、そういう事ではありません。寧ろ上からは嫌われているので……」
「まぁ、それは予想出来た」
俺から見たクランクは、多少独善的ではあるものの、悪い奴ではない。
だが同時に、あのような性格であれば上から疎まれるだろうというのも、容易に想像出来た。
だからこそ、火星のギャラルホルンの上層部にとって疎まれるのは、そうおかしな話ではない。
そして疎んでいる相手に下手に情報を与えるか。
それが作戦に必要な情報ならともかく、ギャラルホルンの内部情報となると難しい筈だ。
「とはいえ、何も知らない訳じゃないんだろう? ギャラルホルンの中にいれば自然と知る事が出来る情報、あるいは噂の類であっても多少は知ってるんじゃないか?」
「そういうのであれば、それなりには」
「今のところ、そういう情報で十分だ。……それに俺がお前を欲したのは、クーデリアを地球に連れて行く時に色々な案内役として必要だったからだし」
このオルフェンズ世界の地球については、俺も殆ど知らない。
これが普通に文明の発達した世界なら、地球の状況も予想は出来るだろう。
だが、このオルフェンズ世界においては、300年前に厄祭戦があった。
それによって、地球は大きく変わっている筈。
何しろ、現在地球には国は4つしかないのだから。
しかもその4つの国も、実質的にギャラルホルンの下にいる存在だ。
これは俺が知っている地球とは、似ても似つかない。
だからこそ、クーデリアを地球に連れていく時には情報が必須だった
「それは……出来るかどうかと言われれば出来るかと。ただ、私も火星に来て長いので、地球の最新の情報については……」
「それでも何も知らない俺達だけで行動するよりはマシ……そう言えば、クランクは地球から来たんだよな? なら、地球に家族はいるのか?」
「いえ、以前は両親がいましたが……」
どうやら結婚とかはしていないらしい。
もしくは兄弟とかもいてもおかしくはないが、この様子を見るとどうやらいないらしい。
とはいえ、別に家族以外の親族……具体的には親戚とか従兄弟とか、もしくは友人とかがいない訳でもないんだろうが。
そういう連中にしてみれば、クランクがギャラルホルンを裏切ったとなると、面倒な事になりそうだな。
「そうか。そうなると、クランクはあまり表に出さないような感じにした方がいいのか?」
「その辺は問題ありません。アクセル様の思うように私を使って貰えれば」
「……分かった。ともあれ、一度CGSに行くぞ。お前が俺に従うようになったと、説明しておく必要もあるし」
そう言うと、クランクは深く頷くのだった。
「えっと……いや、その……」
オルガが困った様子を見せていた。
それ以外の者達……ユージンは思い切り疑っているといった表情を浮かべ、ビスケットは困ったような様子を見せ、シノは何故か面白そうな様子を見せ、昭弘は特に表情を変える事もなく様子を見ており、三日月は懐から取り出した何かを食べている。
実は当初、あの小悪党っぽい男もこの場にはいて、最初はクランクが俺に従う事にしたというのに嘘だなんだと騒いではいたんだが、俺が視線を向けると即座に何か言い訳をして逃げ出した。
あの小悪党は、一体なんなんだろうな。
小悪党らしく、俺に睨まれたら終わりだと本能で悟っているとか?
まぁ、騒がしいのがいなくなったのは助かる。
クーデリアの方は、特に文句もなく……それどころか、何故か納得した様子すら見せていた。
フミタンは、仕えているクーデリアが何も言わないのなら、何も言わないのだろう。
……それはつまり、クーデリアが反対するのならフミタンも反対するという事なのだろうが。
そんな感じで、CGSの応接室の中は色々な意味でカオスになっている。
ちなみにそのカオスの原因たるクランクは、俺の隣でじっと座っていた。
俺に絶対服従を誓っていても、それを言ったところで信じられるとは思ってもいないのだろう。
いやまぁ、それは無理もないが。
もし俺がオルガ達の立場で、しかも魔法やマジックアイテムについて何も知らなければ、とてもではないがその言葉を信じる事は出来ないだろう。
うーん、これはいっそオルガ達にも魔法について話した方がいいか?
元々、昨夜の襲撃の時にいつの間にかCGSから俺達が消えていて、襲撃してきたギャラルホルンの背後から俺とマーベルがMSで襲撃したという事で、何かがおかしいとは思っている筈だ。
もっとも、一度どうなのかと聞いてきた時に、企業秘密だと言って誤魔化してからはそれ以上聞いてくるような事はなかったが。
この辺については、俺に色々と恩を感じているのもあっての事だろうが。
オルガのそういうところは、俺にとっても信頼しやすい相手ではある。
「ともあれ、これからギャラルホルンとは本格的に敵対するのは間違いない。そうなると、向こうの情報を知ってる奴は必須だろう?」
「それは……まぁ、そうですが。いや、だからって……」
「やっぱりそう簡単には信用出来ないか」
「……今まで色々と世話になったアクセルさんにこう言うのも何ですが……そのギャラルホルンの男を信用出来るかと言われれば、決して頷けません」
「オルガが……それに他の連中がそういう風に言いたいのも分かる。けど、このクランクを俺が引き取るのを止めるつもりはない。こいつのお陰でギャラルホルンについて色々と知る事も出来るし、何よりこれから地球に向かう上で、クランクは大いに役立つ」
「けどよ、アクセルさん。そいつは元ギャラルホルンである以上、裏切る可能性はどうしてもあるだろ?」
オルガではなく、ユージンがそう聞いてくる。
ユージンの立ち位置は、オルガの補佐というか、今のCGSの実質的なNo.2だ。
それだけに、オルガに代わって言いたい事もあるのだろう。
「裏切る可能性はない。……と言っても、信用は出来ないか」
「そりゃあ……まぁ」
即座に反論をした訳ではないが、それでも俺の言葉を素直に信じるような事は出来ないらしい。
CGSの者達にしてみれば、そういう風に思うのはおかしくないか。
これで、例えば昨夜ギャラルホルンが襲撃してきた訳ではなく、最初にクランクが来て決闘を挑んだとかなら、まだ話は別だっただろうが。
けど、こうなるとオルガ達を納得させるには……そうだな。この方法しかないか。
「分かった。なら、こうしよう。もしクランクが裏切るような事があったら、俺が殺す」
そう言いつつ、俺は少しだけだが殺気を滲ませるのだった。