クランクが降伏したというのは、シャドウミラーの面々には特に問題なく受け入れられた。
そもそもシャドウミラーがギャラルホルンに襲撃されなかったというのもあるし、何より俺が魔法を使ったと言えば、魔法について知っているだけに納得するのも早かったのだろう。
そんな訳で、クランクにはシャドウミラーの面々をこのオルフェンズ世界流に鍛えて貰う事になった。
そんな訳で、クランクを仲間にした翌日……俺とクーデリア、フミタン、三日月、ビスケットといった面々は農場にやって来ていた。
「わぁ……」
一面に広がるトウモロコシ畑を見て、クーデリアの口からそんな感嘆の声が上がる。
その気持ちは分からないでもない。
クーデリアにとって、こういう畑を見るのは初めて……ではないかもしれないが、滅多にないのだろう。
「凄いですね」
「そうですね。このような場所はお嬢様が顔を出す事はありませんから」
クーデリアの言葉にフミタンがそう言う。
そんなやり取りを眺めていると、三日月が婆さんと話しているのが見えた。
恐らくあれが、ビスケットの祖母だという桜なのだろう。
その周囲では、ビスケットが妹の双子と話をしている……というか、双子の妹が嬉しそうに走り回っている。
俺が言うのもなんだけど、農作業というのは慣れないと結構辛いというか、面倒なものだ。
初めて農作業を経験するクーデリアやフミタンはともかく、いつも手伝いをしているビスケットの妹達は、何故そんなに喜んでいるのか、ちょっと分からないな。
いやまぁ、世の中にはそういうのが楽しいと思う者もそれなりにいるので、そう考えればそこまでおかしくはないのかもしれないが。
そんな風に眺めていると、こちらの視線に気が付いたのだろう。
ビスケットの祖母……いや、桜が俺達の方に向かって歩いてくる。
「あんた達が手伝ってくれるって人達かい。……ふむ、なるほどね」
桜の視線は俺……ではなく、クーデリアに向けられる。
いきなり自分が見られたクーデリアだったが、特に驚いた様子はない。
クーデリアにしてみれば、革命の乙女と称されるようになり、自分の知らない相手が自分を知っているのはそう珍しい話ではないのだろう。
そして桜の態度から、自分がクーデリア……革命の乙女と呼ばれる人物であると見抜かれているのも、しっかり理解しているらしい。
もっとも、別に変装とかをしてる訳ではないので、それも当然かもしれないが。
「はい、よろしくお願いします」
「ふんっ、有名人だからって、特別扱いはしないからね、それでいいのなら手伝いを頼むよ」
「分かりました。よろしくお願いします!」
嬉しそうな様子で感謝の言葉を口にするクーデリア。
そんなクーデリアの様子に幾らか意表を突かれたのか、桜は数秒沈黙した後でビスケットに視線を向ける。
「ビスケット、この2人に動きやすい服を用意してやりな。あんたは……それでも問題ないだろう?」
桜の言葉に俺は素直に頷く。
実際、俺の今の服装は俺にとっては馴染みのある服装だ。
動くのに全く何の問題もない。
それこそ、農作業をやるのに動きにくいという事はまずなかった。
そんな俺に比べると、クーデリアとフミタンの2人は上品な服装で、とても農作業をやるようなものではない。
桜がビスケットに服を用意するように言うのは分かる。分かるが……問題なのは、クーデリアやフミタンが着られる服があるかどうかだろう。
クーデリアもフミタンも、かなりスタイルがいい。
そしてこの農園で働いているのは、桜、ビスケット、双子の妹。……後は三日月か。
つまり、大人の女が着るような作業服はない訳で……
「うん、分かったよ。クーデリアさん、フミタンさん、こっちに来て下さい。服のある場所まで案内するので」
ビスケットの指示に従い、クーデリアとフミタンはそちらに向かう。
双子の妹も、そちらが面白そうだと思ったのだろう。ビスケット達についていく。
そうなると、ここに残るのは俺と三日月と桜の3人。
うーん、この状況で一体どんな話をしろと?
「三日月が農業に興味があるというのは、ちょっと予想外だったな」
「そう? 前々から興味はあったんだ。そうしたら、それを知ったオルガがビスケットに話をしてくれて、時々桜ちゃんの農場を手伝わせて貰ってるんだよ」
「……桜ちゃん、か」
「何だい? 何か文句があるのかい?」
俺の言葉を聞いた桜が、こっちを睨み付けてくる。
多分、本人もちゃん付けされるのはあまり好ましくないんだろうな。
「いや、何でもない。……けど、農業か。悪くないのかもしれないな」
俺が個人的にやるのは、あまり好まない。
今日みたいにたまにやるのならともかく、それを仕事にするのは出来れば遠慮したい。
けど、農業……そうなるとやっぱり思い浮かぶのは、UC世界なんだよな。
ルナ・ジオンの首都、クレイドル。
そこには犯罪者の収容所として農園があり、そこで無農薬野菜を作っている。
無農薬だけに非常に手間も掛かるが、それだけ味もいい。
農薬とかも使っていないで、収穫した野菜とかには虫食いがあったり、野菜の形が悪かったりもするのだが、それでも味は抜群ということでクレイドルでもかなり人気の野菜になっている。
中にはそれで野菜作りに嵌まって、刑期を終えた後でもそのまま農業を続けている者もいるとか。
囚人の場合は、食事は基本的にマブラヴ世界の合成食……それも敢えて改良前の不味い奴だが、刑期を終えれば当然ながら合成食を食べる必要もない。
もっとも、中には合成食を食べ続けた結果、合成食でないと身体が受け付けなくなったとか、そういう奴も稀にいるらしいが。
ともあれ、農業というのは嵌まれば嵌まるのだ。
恐らく……いや、ほぼ確実にこのオルフェンズ世界の原作の主人公である三日月が農業に興味を持つのは悪い事ではない。
この世界の原作が終わった時、エピローグでは三日月はMSのパイロットを止めて農家になっているのかもしれないな。
「ん? どうしたの?」
「いや、何でもない。三日月が農家をやったら、どういう野菜が出来るかと思ってな。……ここのトウモロコシは買い叩かれてるんだろう?」
「うん、そうらしいね。でも……今は無理でも、いつかはこの農園で美味い野菜を作りたいんだ。火星ヤシとか」
「火星ヤシ? 何だそれは?」
「え? 知らないの? ほら、これ。食べる?」
ポケットから出した三日月の手には、小さな……どこか植物の種のようにも見える物があった
「これが火星ヤシか。……初めて見たな」
何だかんだと、俺が火星にきてからそれなりに時間は経っているものの、この火星ヤシというのは初めて見た。
「貰っていいのか?」
「いいよ」
「あー……アクセルだったかい? 火星ヤシの中には外れもあるから、気を付けるんだよ」
俺が火星ヤシに手を伸ばそうとすると、桜がそう言ってくる。
「外れ?」
「ああ、確率は低いけど、外れがある」
「……外れは外れで、悪くないのに」
不満そうな様子の三日月。
その言葉通り、三日月にとっては外れもそれなりに食べられるものなのだろう。
ともあれ、火星ヤシを受け取ってじっくりと観察する。
なるほど、ドライフルーツ的な感じか。
つまり外れというのは、恐らくその製造過程……具体的には干す時に失敗した奴って感じか?
そんな風に思いながら、種にも見える火星ヤシを口の中に運ぶ。
それを囓ると、口の中に広がるのは濃厚な甘み。
これは……人によっては甘すぎると判断するかもしれないが、俺にしてみれば悪くない。
「甘いな」
その言葉に、三日月の唇が微かに弧を描く。
三日月にしてみれば、火星ヤシが褒められたのは嬉しい事なのだろう。
スラム街で生まれ育った三日月にしてみれば、甘い食べ物なんて食べる機会はそうない筈だ。
それこそ、生きるだけで精一杯であってもおかしくはない。
それだけに、こうして火星ヤシに嵌まったのだろう。
そうしたやり取りをしていると、やがてクーデリアとフミタンが戻ってくる。
ビスケットや双子の妹も一緒だ。
クーデリアとフミタンの服装も、先程とは違って動きやすい服装……作業服になっている。
クーデリアやフミタンのような者達が着られる服、あったんだな。
てっきりそういう服はないのだろうとばかり思っていた。
その場合は、空間倉庫の中を探せば恐らく何かそれらしい服があるかもしれないので、それを出しただろうが。
「うん、うん。似合ってるね。……それにしても、あんたのようなお嬢ちゃんが農作業をやってみたいというのは少し驚きだね。今更聞くのもどうかと思うけど、本気でやるのかい? 農作業は結構大変だよ?」
「はい、頑張ってやります!」
意気揚々といった様子のクーデリア。
桜はそんなクーデリアの様子を見て、これ以上は何を言っても無駄だと判断したのだろう。
大きく息を吐くと、三日月に視線を向ける。
「あんたが教えてやりな」
桜がこう言うという事は、三日月は桜からそれなりに信頼されているのだろう。
農業に興味を持っており、この農場にも手伝いに来ているのは伊達ではないといったところか。
「うん、分かった。……じゃあ、3人はこっちに来て。説明するから」
そう言い、三日月はビスケット達が持ってきた籠を背負う。
恐らくあの籠に収穫したトウモロコシを入れるのだろう。
「分かりました。アクセル、フミタン、行きましょう」
笑みを浮かべたクーデリアが、三日月についていく。
俺とフミタンもそれを追い……
「機械でトウモロコシの茎を刈っていくから、それからトウモロコシを収穫していって。傷とかそういうのはあまり気にしなくてもいいから」
三日月からの指導はそれだけ。
後は、収穫をしていくことになる。
もうちょっとこう……あってもいいと思うんだが。
あ、でもこのトウモロコシは燃料用だって話で、食用じゃないのか。
何か見た感じだと、トウモロコシの収穫は髭の部分が枯れてからだとかそういうのを見た記憶があるが……甘いトウモロコシを選んで収穫をする必要がないので、その辺は気にしなくてもいいのだろう。
そんな訳で収穫をしていくのだが……
「三日月ーっ!」
収穫を始めてから少し時間が経ち、10時くらいになった時にそんな声が周囲に響く。
呼ばれているのは三日月なので、別に俺が気にする必要はないんだが……何となく気になって声のした方に視線を向けると、そこでは昨日見た女……アトラだったか? がいた。
その手には……バスケットだったか? 色々と中に入れて持ち運び出来る奴を持っている。
「クーデリアさん、フミタンさん、アクセルさんも、休憩にしましょう! 軽く食べられるのを持ってきたので!」
バスケットを持ってない方の手を大きく振ってそう言うアトラ。
一応俺達の名前も呼んではいるが、その視線が向けられているのは三日月だ。
それを見れば、アトラが三日月にどのような想いを懐いているのかは容易に理解出来る。
多分だけど、アトラはオルフェンズ世界の原作でのヒロインなんだろうな。
まぁ、実はヒロインはヒロインでもサブヒロインで、後から……例えば地球に向かう途中で遭遇する女が真のヒロインという可能性もあるが。
「じゃあ、休憩にしようか」
三日月の言葉に頷き……
「きゃあああっ!」
ブブゥ、キキィ!
車のクラクションとブレーキ音と思しき音とほぼ同時に、悲鳴が聞こえてくる。
それを聞いた瞬間、三日月が飛び出す。
「クーデリア達はここにいろ」
俺もそう言い、三日月を追う。
そうして三日月のいる場所……先程の音の聞こえてきた場所に行くと……そこでは、ビスケットの双子の妹が地面に倒れており、近くには車が停まり、そして車の運転手と思しき相手の首を三日月が鷲掴みにしていた。
「ぐっ……ぐぐ……」
首を鷲掴みにされ、車に押し付けられる紫の髪の男。
それを行っている三日月の目は、怒りに染まっていた。
「が……お、お前……」
そう言う男だったが、三日月はそのまま男を持ち上げる。
さて、一体どうしたものか。
迷っていると、すぐに地面に倒れていた双子が起き上がる。
「三日月、違うの」
「違うの、三日月」
「三日月ってば」
「ねぇ、三日月」
双子が揃って……いや、順番にそう告げるが、三日月はそれが聞こえていない。
怒りに我を失っているのだろう。
どうやらこの車が何か問題があったという訳ではないだろう。
つまり、三日月の行動は無関係……という訳ではないだろうが、とにかく危害を加えた訳ではない相手の首を鷲掴みにしている事になる。
止めた方がいいだろうと判断して三日月に近付いていくと、それに合わせるように車の助手席の扉が開き、1人の男が姿を現す。
その男はちょうど俺と同じタイミングで声を掛けようとし……そして俺の方を見る。
次の瞬間、何故かその男の表情は驚愕に染まり……
「アグニカ・カイエル……?」
そう呟いたのだった。