名瀬・タービンと名乗った男は、映像モニタの向こうで人懐っこい笑みを浮かべる。
人に好かれるといった雰囲気を出しているその様子からは、とてもではないがマルバに協力するような人物には思えない。
ちなみにそんな名瀬の座っている椅子の横には、露出の激しい褐色の肌をした女の姿があった。
露出している肌には傷跡が見えるが、本人はそれを全く気にした様子もない。
いや、寧ろ誇ってすらいるように見える。
『タービンズって組織の代表を務めさせて貰っている』
その男の言葉に、自分でも眉を顰めているのが分かった。
タービンズというのは、テイワズの組織の1つだと知っていたからだ。
ノブリスを通してテイワズにエイハブ・リアクターを売るという取引をした時に、大雑把にだがテイワズについては調べている。
確か、テイワズの中でもNo.2ではなくても、その次、あるいは次の次くらいの力を持つ組織だった筈だ。
JPTトラストの件もあり、俺にとってテイワズというのは決して良い印象を持つ相手ではない。
最初はそのくらいしかエイハブ・リアクターを欲しがる相手が思いつかなかったからこそ、テイワズを取引相手に選んだ。
だが、今は月にあるタントテンポという組織にも幹部であるジャンマルコを通して伝手がある。
……問題なのは、テイワズの場合は自分達でMSのフレームを作る技術があるので、エイハブ・リアクターを幾らでも欲しているのに対して、タントテンポでは独自の技術でMSのフレームを作れないという事か。
勿論、独自にMSのフレームを作れなくても、エイハブ・リアクターがあればロディ・フレームのような大量に作られたフレームを入手し、そこに動力炉のエイハブ・リアクターを搭載するといった手段を使って新たなMSを作る事も出来る。
もっとも、この場合は作るのではなく、リストアとかそんな表現の方が正しいのかもしれないが。
「鉄華団の代表、オルガ・イツカだ」
『何が鉄華団だ、この宇宙ネズミが!』
オルガの言葉に真っ先に反論したのは、マルバ。
まぁ、自分の組織を乗っ取って、その組織名を堂々と口にしたのだから、苛立つのも当然だろうが。
『ほら、少し黙ってな。……それで? そっちのあんたは? 見るからに、ただ者じゃない雰囲気を漂わせてるようだが?』
再度マルバを押しのけた名瀬が、俺に視線を向けてそう言ってくる。
ちっ、どうせなら俺を鉄華団の一員だとでも思ってくれれば、手っ取り早かったんだがな。
「シャドウミラーの代表、アクセル・アルマーだ」
『へぇ……シャドウミラーか。なら、あんたがあのフレームを』
興味深そうな様子とその言葉からすると、どうやら俺がJPTトラストに渡したフレームはきちんとテイワズに渡って調べられているらしい。
もっとも、あの取引は武器商人として大きな影響力を持つノブリスが仲介に入ったものだ。
そうである以上、未知のフレームを奪うといった事をすれば、最悪物理的な意味で首にされる可能性も高いのだが。
そう考えると、フレームが当初の予定通りに解析されているのはそうおかしな話ではないのかもしれないな。
「どうやら無事に届いたみたいだな。あんな人物を派遣してきた割には、テイワズもしっかりと仕事をしたらしい」
実際には人を派遣してきたのはJPTトラストであって、テイワズではない……いや、JPTトラストもテイワズの一員である以上、テイワズではあるのか。
『何だ、あんたテイワズが嫌いなのか? あの取引はあんたの方から持ち掛けてきたって聞いたぜ?』
「そうだな。けど、まさか取引相手があんな奴だったとは思わなかったんでな。あの当時は他に選択肢がなかったから、仕方なくテイワズを取引相手に選んだが、今後テイワズと取引をするのは……余程の事がない限り、ないだろうな」
『ありゃりゃ、随分と嫌われてしまったみたいだな。生憎と俺はその取引には関わってないから何とも言えないが、それでもすぐに切り捨てるなんて事をしない方がいい商売を続ける秘訣だぜ?』
「そうかもしれないが、それはあくまでも普通の場合だろう? 幸か不幸か、俺は色々と普通じゃないんでな」
とはいえ、これは半ばハッタリに近い。
呪いを解呪してホワイトスターと行き来出来るようになれば、俺のその言葉は真実となるだろう。
ただ、今はまだ呪いのせいでホワイトスターに戻る事は出来ないのだが。
……そもそもの話、もしシステムXNを自由に使えるのならアリアドネのある航路や高密度デブリ帯の中をわざわざ通って移動するような必要もなく、システムXNで即座に転移が可能だ。
そういう意味では、呪いは今でも十分に俺を苦しめているんだろう。
『ほう、随分と自分の力に自信があるようだな』
「そうだな。俺が本気になったらテイワズを潰せるくらいには、自信があるぞ」
これはハッタリではなく、事実。
勿論、1つの組織……それもちょっとやそっとの組織ではなく、それこそ木星圏を支配している巨大な組織である以上、そう簡単に潰すという事は出来ないだろう。
何より四方八方に逃げられたりしたら、それこそ潰すのが非常に面倒になる。
……やってやれない事がないのは事実だが。
『へぇ、随分とハッタリが上手いじゃないか?』
「ハッタリだと思うか?」
そう聞くと、名瀬の表情が真剣なものになる。
実際にそれが出来るのかどうかは別として、それを俺が出来ると認識しているのが大きいのだろう。
向こうにしてみれば、少なくても俺が本気でそのような事を出来ると認識している以上、放っておく事は出来ないと判断したのか。
俺の情報を知っていれば、火星において行われたMWの大会で優勝したのも知ってるだろうし、マルバが向こうにいる以上、CGSをギャラルホルンが襲撃した時に俺がマーベルと共にMSで迎撃して、それを追い返したというのも知っていてもおかしくはない。
ましてや、このタイミングで接触してきたのだから、先程宇宙で行われたギャラルホルンとの戦いについても観察していたのは間違いないだろう。
その戦いを見れば、俺がどれくらいの腕なのかくらいは分かる筈だ。
『どうだろうな。俺としてはハッタリであって欲しいと思うんだが』
『名瀬さん、今はそれより……』
俺との話に興味を持っていた名瀬だったが、その隣にいるマルバが情けないような声を上げる。
それを聞いた名瀬は、大きく息を吐いてから再び俺からオルガに視線の向ける先を変えて口を開く。
『そうだな。アクセルとは色々と話したいが、今はまずこっちの話を進めるのが先か。……マルバのおっさんとは、前に仕事上の付き合いがあってな。今回たまたま火星に立ち寄った際に再会したんだが、えらいボロボロでよ。話を聞けば、ギャラルホルンと揉めて困ってるらしいじゃねえか。俺達ならそれを何とかしてやれるって話になってたんだが……』
「まぁ、テイワズの力を使えば、地球にいるギャラルホルン本隊ならともかく、火星支部を相手になら何とか出来る力はあるのかもしれないな」
そんな俺の言葉に、名瀬は映像モニタの向こう側で笑みを浮かべる。
名瀬の笑みが、俺の言葉が真実だと示していた。
ギャラルホルンにしてみれば、火星というのは圏外圏……つまり、本来なら自分達の治める場所ではないという認識だしな。
火星が植民地となっているので、半ば義理に近い感じでギャラルホルンも部隊を駐留させているのだろう。
その結果が今のような状況だとすれば、ギャラルホルンのその判断は間違っていたのだろうが。
『ほう、テイワズについてしっかりと分かってるじゃないか。そう、アクセルの言う通りだ。そんな訳で俺達がギャラルホルンとの間を取りなそうって事になって、その報酬はCGSの所有物全部って事で話は纏まったんだが……調べてみたら、どうだ。書類上、CGSは廃業。全ての資産は鉄華団とかいう連中の物になってるじゃねえか』
「つまりあんたは、マルバから貰えなかった報酬を俺達から奪おうって訳か」
オルガがいつものように片目を瞑りながらも、名瀬に鋭い視線を向ける。
オルガにしてみれば、ここは絶対に退けないところだろう。
『いやいや、そう構えるなよ。お前達がギャラルホルンと戦ったのは、この目で見させて貰った。……まぁ、正直なところ、見たくもない光景を見させて貰ったけどな』
そこで言葉を切った名瀬の視線が俺に向けられる。
どうやら、その見たくもない光景ってのは俺に関係する事らしい。……普通に考えれば、精神コマンドの直撃を使って、ナノラミネートアーマーを貫いた件か?
オルフェンズ世界において、ナノラミネートアーマーというのは圧倒的な防御力を持っていた。
しかし、そんなこの世界の住人の考えは俺の精神コマンドによって霧散した。
ギャラルホルンのMSパイロットのうち、精神コマンドの直撃によって死んだ者は一体どうやって自分が殺されたのか、全く理解出来なかっただろう。
それこそ、自分が死んだ自覚もないままにコックピットを撃ち抜かれて死んだのだろう。
「どんな光景を見たのか分からないが、タービンズにとっては愉快な光景ではなかったらしいな」
『ああ、そうだな。正直なところ一体何がどうなったのか全く分からないくらいだ。もしよければ、何でああいう風になったのか、教えてくれないか?』
名瀬、こいつ……まさか自分には全く理解出来なかったというのを、こうもあっさりと口にするとは思わなかった。
本来なら、こいつにしてみれば自分では理解出来ず、それを俺に聞くというのは決して好ましい事ではない筈だ。
だが……それを聞く、か。
自分が多少の侮りを受けるのを厭わないというのは、悪くない。
これでテイワズの関係者じゃなかったらな。
『おっといけねえ。話が逸れたな。……ギャラルホルンとの戦いは、それなりのものだったと思う。このまま大人しくこっちに従うのなら、悪いようにはしねえ。鉄華団のようにガキどもばかりの組織は、このまま運営するのはかなり厳しいだろう? なら、うちの傘下に入れてやるよ。それなら、さっきのように命の危険のねえ、真っ当な仕事をさせてやる事が出来るぜ?』
その言葉に、一瞬……本当に一瞬だったが、オルガの表情が変わる。
オルガにしてみれば、鉄華団を作ったのはいいものの、そこに所属する者達は決して殺したくはないのだろう。
特にギャラルホルンの襲撃によって、何人か死んでいるだけに余計にそう思う筈だ。
『何を馬鹿な! 俺に逆らう薄汚ねえ宇宙ネズミどもは皆殺しだ……お、おわぁっ!』
名瀬の言葉が気に食わなかったのか、マルバがいきなりそう叫びつつアップになって叫ぶ。
しかし、次の瞬間には名瀬の側にいた女によってあっさりと画面の中から退場させられた。
この女は、名瀬の副官……いや、目と目で分かり合ってる感じを見ると、ただの副官という訳じゃなくて、恋人とかか?
『まぁ、鉄華団も結構な大所帯だ。この先も全員一緒って訳にはいかねえだろうが』
「あんた正気か?」
オルガの言葉に、名瀬は笑みを浮かべて口を開く。
『冗談に聞こえたか?』
「全員一緒じゃないと、嫌だな」
小さく呟く三日月。
オルガはそんな三日月の様子を一瞥する。
三日月にとっても、鉄華団というのは既に自分の仲間……いや、家族という認識なのだろう。
「悪いな、タービンさん。あんたの要求は呑めない」
オルガのその言葉に、ビスケットが何かを言おうとするものの、結局黙り込む。
何だかんだと、ビスケットも鉄華団の仲間を重要な存在だと思っているのだろう。
「俺達にはシャドウミラーと共に鉄華団として引き受けた仕事がある。途中で残りの仕事を全てシャドウミラーに押し付けて、俺達だけで楽になるって訳にはいかねえんだよ。それじゃあ、筋が通らねえ」
「私は現在、シャドウミラーと鉄華団に地球までの護衛をお願いしています。そのような状況で、鉄華団にいなくなられると困ります」
『あんたがクーデリア・藍那・バーンスタインか。お嬢さんの扱いは複雑なんだよな。……それに、シャドウミラーがいれば、鉄華団がいなくても戦力的には十分だろう? わざわざそんなガキ共ばかりの鉄華団を引き留める必要はないだろうに』
困った様子で頭を抱える名瀬。
いやまぁ、そう言われるとそうなんだよな。
ぶっちゃけ、シャドウミラーの戦力があればクーデリアを地球まで送り届ける事は不可能じゃない。不可能じゃないが……この世界に原作があると知っている俺にしてみれば、それを素直に受け入れることが出来ないのも事実。
このオルフェンズ世界の原作について知っていれば、あるいは対処出来るかもしれない。
だが、今の俺はニュクスとの戦いでいわゆる原作知識と呼ばれるものを全て失ってしまっている。
そうである以上、多少の原作介入と思しき行為はともかく、地球に行くのに鉄華団を連れていかないという選択肢はなかった。