名瀬が困った様子で頭を掻き、何も言わなくなる。
クーデリアの存在は、それだけ名瀬にとっても大きな意味を持つのだろう。
「その……少しいいでしょうか?」
『ああん? お前は?』
「ビスケットと言います」
そんな中で、不意にビスケットが名瀬に声を掛ける。
ちなみにその名前を聞いた時に、映像モニタの向こうでは『美味しそうな名前』とかいう声が聞こえてきたが……まぁ、そういう風に言う奴もいるよな。
ともあれ、そこからビスケットは名瀬との交渉を始める。
ビスケットが出した条件は、タービンズが使っている航路を使わせて欲しいというもの。
……一体何を考えてそんな条件を?
そう思った俺は悪くないだろう。
何しろ、地球に向かうアリアドネを使わない航路……裏道となる高密度デブリ帯は、俺達シャドウミラーにとって庭も同然なのだ。
そうである以上、わざわざタービンズに頼る必要はない。
地球に行ったらシャドウミラーは元ブルワーズなのでそこまで役に立たないが、そこからはクランクがいる。
あるいはクランクが元ギャラルホルンだから信用出来ないと思っているのか。……多分これだな。
シャドウミラーの面々は、鵬法璽については知らないものの、俺が魔法を使えるというのを知っており、クランクはそこを魔法でどうにかしたと思ったのだろう。
しかし、鉄華団の面々は魔法については何も知らない。
トドの件もあったし、宇宙に行ったら魔法について話すつもりだったが、宇宙に出ていきなりギャラルホルンの待ち伏せであったり、落ち着いたと思えば方舟を出るように言われ、そしてタービンズの登場だ。
とてもではないが、魔法について話している暇はなかった。
つまり、未だに鉄華団の面々は魔法について知らない。
ちなみにクーデリアとフミタンの2人は、最初にギャラルホルンが襲撃してきた時の一件で影のゲートを経験しているので、その辺については問題がなかったりする。
そんな訳で、鉄華団……特にビスケットは、クランクを信用出来ないと思ってもおかしくはない。
それだけではなく、ビスケット本人が保守派というか、なあなあで世の中を渡っていくタイプなのだろう。
個人的にはあまり好ましくはないものの、この件については鉄華団の問題だ。
もしシャドウミラーにいたら、それこそ事務仕事向きの人材でもあるという事で、そっちに回しているだろうが。
ただ、鉄華団においてはビスケットはまた違う立ち位置なのだろう。
そんな風に考えている間にも交渉……というより、ビスケットがどうにかしてこの場を切り抜けようとしているが、名瀬がマルバの味方である以上、戦いは抜きでどうにかするのはまず無理だろう。
そんな俺の予想を示すように……
『俺はな、さっきから道理の話をしてるんだ。火事場泥棒で組織を乗っ取った奴と取引なんて出来る訳がねえだろう?』
「俺達を見殺しにした腰抜け野郎とは取引しておきながら、俺達とは取引出来ねえってのかよ」
「あんな腰抜け野郎よりも下に見られてるってのは、面白くねえ」
ユージンとシノが、不満そうな様子でそれぞれそう呟く。
するとその言葉を聞いた名瀬は、睨み付けるように目に力を入れ……
『じゃあ、お前達どうするんだ? 俺に向かってそんな口を利くんだ。俺を敵に回すって意味を分かって言ってるんだろうな』
「それを言うのなら、お前こそ分かっているのか? 俺はテイワズですら倒す事が出来るという自信を持ってるんだぞ? この状況で鉄華団に攻撃するってんなら……それはつまり、俺達シャドウミラーとも敵対するという事を意味してる」
『……』
割り込んだ俺の言葉に名瀬が黙り込んだのは、やはり先程のギャラルホルンとの戦いを見ていたからだろう。
つまり、ナノラミネートアーマーを普通の弾丸であっさりと貫いた、その光景を。
この世界でのMSの戦いは、ナノラミネートアーマーありきになっている。
「それでもいいのなら、戦いになっても構わない。……だな?」
「そうですね。……あんたの道理がどうだろうと、俺達にも通さなきゃいけねえ筋がある」
『それは……俺達とやり合うって意味でいいんだよな?』
「ああ。俺達がただのガキじゃねえって事を教えてやるよ」
そこまで言うと、次にオルガの視線は名瀬の隣にいるマルバに向けられる。
「マルバ、てめえもだ。ギャラルホルンの襲撃の時に、自分達だけ逃げて死んでいった仲間のケジメ……しっかりつけさせて貰うぜ」
『何だと!』
『お前ら……生意気の代償は高くつくぜ』
その言葉と共に通信が切れる。
これにて、無事に……無事に? ともあれ、タービンズとの戦いが行われる事が決まったのだった。
「さて、そうなると俺達もグランに戻らないとな。……その前に」
そう言い、俺はビスケットに視線を向ける。
「え?」
まさかこの状況で自分に視線が向けられるとは思ってなかったのか、ビスケットの口からそんな声が上がる。
「詳しい事は戦闘が終わってからだが……お前がやったのは、クランクを……そして、シャドウミラーを信じていないって事になる。何について言ってるのか分かるよな?」
そこまで言えば、ビスケットも俺が何について言ってるのかを理解したのだろう。
申し訳なさそうな様子で頭を下げてくる。
「すいません、アクセルさん。ですが、地球までの移動経路については複数あっても悪くないですし、それは地球に到着してからでも同じです」
「だろうな。それは分からないでもない。それに、鉄華団は何だかんだと前のめりになる奴も多い。そこにお前のように慎重な奴がいるのも、バランスとしては悪くないだろう。だが……それでも、自分だけの判断で名瀬に取引を持ち掛けるのはどうかと思うが」
「……申し訳ありません」
2度目の謝罪。
ビスケットのその言葉に、俺は大きく息を吐く。
「取りあえず、さっきも言ったがクランクの件については……いや、以前オルガには言ったけど、お前達に秘密にしている話は、この戦いが終わったらしてやるよ。何だかんだで、宇宙に出てから今までその話をする暇もなかったし」
ある程度落ち着いてからでないと、魔法については話せないだろう。
ましてや、これからタービンズと戦いになるのだ。
そうである以上、ここで魔法がどうとかいう話をすれば、戦いの時にそっちに気を取られてもおかしくはない。
だからこそ、そのようにならないようにする必要があった。
ここで下手に事情を知らせた結果、鉄華団の人員がタービンズとの戦いで死ぬような事があったりしたら、洒落にならないだろうし。
……とはいえ、戦いが終わったら話すといったような言い方をした場合は、それはそれで一体何を話すのだろうと気になり、戦いの中でそちらに気を取られた結果、死ぬ……といったようなことになってもおかしくはない。
その辺についてはないように祈るしかないな。
「分かりました。とにかく、アクセルさんの話についてはこの戦いが終わってからって事で。今はまず、タービンズとの戦いに専念しましょう。その……指揮についてはシャドウミラーに任せてもいいですか?」
「いえ、鉄華団のこれからを思えば、私達が指揮するのではなく、鉄華団が自分達で考えて行動した方がいいでしょう」
オルガの言葉を俺が承諾するよりも前にそう言ったのは、シーラだ。
「シーラ?」
「今はシャドウミラーと鉄華団は協力関係にあります。ですが、いつまでもそうとは限らないでしょう。そうなると、いつか何かあった時に……私達がおらず、鉄華団だけで活動する場合の時の事も考えておいた方がいいと思いませんか?」
「……なるほど」
シーラにそう言われると、そういうものかと納得する面がある。
実際に今は俺達が一緒に行動しているものの、いつも俺達が一緒という訳にはいかないのだから。
だが、そういう指揮の実力は前もっての勉強も重要ではあるものの、やはり本当に一番重要なものは実戦の中で身につくものだ。
そして、現在はシャドウミラーが鉄華団と一緒にいるので、そういう意味でも何かあった時の対処はしやすい。
つまり、タービンズを練習相手にするという事だ。
「ちょっ、ちょっと待って下さい! 言いたい事は分かりますが、相手はタービンズ……テイワズ直系の組織ですよ!? そんな相手に、そんな事をしているような余裕なんか……」
シーラの言葉に反対の言葉を口にしたのは、ビスケット。
ビスケットの性格的に、タービンズと戦うのに、そんな……そう、いわゆる舐めプとでも呼ぶような行動をするのは、自殺行為にしか思えないらしい。
俺達の指揮で勝てるのなら、そっちに従った方がいい。
そのように思うのは、ビスケットの性格からして理解出来る。
理解出来るのだが、だからといってそれを受け入れる訳にいかないのも事実。
「さっき俺が名瀬に言った言葉……俺が本気になれば、シャドウミラーだけで……いや、俺だけでテイワズという組織と戦えるという言葉。あれは決して嘘じゃない。そういう意味では、この戦いは俺が参戦する時点で勝利は決まったようなものだ」
もっとも、俺が幾ら強くても1人なのは変わらない。
四方八方からそれぞれ別行動をするといった敵は、相手にするのが難しい。
タービンズというのが、一体どれだけの戦力があるか分からないのは、ちょっと不安ではあるが。
とはいえ、船の数は1隻という話だ。
それと比べると、こっちは2隻。
向こうの船がどのくらい大きいのかによって、MSの数も変わってくるだろうとは思うが、それでも数そのものはこちらの方が有利な筈だ。
……いや、待てよ? そうか。そうなると……これが練習だと考えれば、鉄華団の方にもう少し訓練をさせてもいいな。
「オルガ、これから出撃する訳だが、俺から1機MSを貸してもいい。阿頼耶識対応のコックピットを装備したグレイズ……お前達にコックピットの換装をして貰った奴だ」
「え……いいんですか?」
そう聞いてくるオルガ。
無理もないか。
このオルフェンズ世界において、MSというのはそう簡単に入手出来るものではない。
俺の場合はギャラルホルンの基地に侵入して手当たり次第に奪ってきたりしたりしているので、大量にあるが。
ともあれ、そのような世界でこうしてあっさりとMSを貸すと口にしたのだ。
それを聞いたオルガが驚くのは、そうおかしな話ではない。
「ああ。さっきも言ったと思うが、今回のタービンズとの戦いは、鉄華団にとってはいい練習相手だ。俺が戦いに出る以上、既に勝利は確定していると思っていい。なら、ここでMS戦闘を経験しておいた方がいいだろう」
「それは……助かりますが。いいんですか?」
2度目の言葉だが、俺はそれに頷く。
「構わない。俺達にはマン・ロディもある。グレイズは持ってきたけど、あまり使い道がないのも事実だ」
重装甲のマン・ロディと、機動性の高いグレイズではどうしても運用方法が違う。
機種転換訓練をすればいいのだが、宇宙に出て連続で襲撃が起こっている以上、機種転換をしているような余裕がないのも事実。
幾ら俺が出るから勝利は半ば確定しているとはいえ、わざわざ運用方法の違うMSを使うのはどうかと思う。
そんな訳で、グレイズは残っているのだ。
……もっとも、魔法についてまだ話していない以上、空間倉庫の中に入っているグレイズをイサリビの格納庫で出して使うといった事は出来ない。
こっちの旗艦であるグランまで来て貰って、用意してあるグレイズに乗って貰う必要があるが。
「そうなると、誰をやるか……」
「俺にやらせてくれ」
オルガの言葉に真っ先に反応したのは、昭弘。
昭弘にしてみれば、ここは自分が出るべきだと判断したのだろう。
もっとも、その判断は別に間違ってはいない。
昭弘は鉄華団において、三日月に次ぐ操縦技術の持ち主なのだから。
オルガは昭弘を見ると少し考えてから頷く。
「アクセルさん、昭弘に任せたいと思いますけど、どうでしょう?」
「誰が乗るのかは鉄華団側で決める話だ。……まぁ、明らかに操縦技術に問題のある奴ならともかく、昭弘なら問題ないだろ」
そう言うものの、基本的に鉄華団にいるのは全員が阿頼耶識の手術を受けた者達だ。
そうである以上、操縦技術の上手い下手はあるが、ろくに操縦出来ないという奴はいないと思う。
「ありがとうございます、アクセルさん」
昭弘がそう言って頭を下げる。
昌弘の件もあってか、昭弘は俺に対して必要以上に尊敬しているような態度を取るんだよな。
方向性は若干違うが、クランクと同じような感じか。
「気にするな。こっちも戦力が多くなるのは助かる。……クランク、面倒を見てやれ」
「はい、分かりました」
そうクランクに命令する。
その命令を聞いた昭弘は、一瞬不満そうな様子を見せる。
うーん、魔法の件についてはやっぱり出来るだけ早く話しておいた方がいいのかもしれないな。
クランクはギャラルホルンでもMS部隊だった。
操縦技術的な意味では、かなりのものだろう。
しかし、上から睨まれた結果によって、昇進出来なかったのだ。
そんなクランクだけに、初めてMSを操縦する昭弘の面倒はきちんと見てくれる筈だった。