「美味い……」
「ええ、本当に」
緑茶を飲んだオルガとクーデリアが、それぞれ感想を口にする。
それは高い茶葉を出した名瀬に対するお世辞ではなく、心の底からの言葉だ。
高級な茶葉でも、淹れ方によっては美味くないどころか不味くなる。
それこそ茶葉を大量に使ったり、もしくは少なすぎたり。
また、お茶を淹れる温度であったり、蒸し時間の類も大きな意味を持つ。
もっとも、俺は生憎とそこまで緑茶に詳しい訳じゃない。
……いや、緑茶もそうだが紅茶派ではあっても、そこまで紅茶にも詳しい訳ではない。
本当の意味で紅茶派の者なら、それこそ缶紅茶とかそういうのは言語道断といったように拒絶してもおかしくはないし。
そういう意味では、俺は紅茶派ではあっても、そこまで厳密ではない……それこそ軽い紅茶派だったりする。
そんな訳で、この緑茶が美味いのは事実だが、どこの茶葉だとか、淹れ方に何らかの特徴があるとか、そういうのはちょっと分からない。
だからこそ、俺にとってはただ美味いと思うだけだった。
「喜んで貰ったようで何よりだ。とっておきの茶葉を用意した甲斐があったよ」
「こういう時は、それこそ粗茶ですがとか言うんじゃないか?」
何となく名瀬にそう突っ込む。
もっとも、この粗茶ですがという謙遜の言葉。
これは日本人なら通じるが、そういうのを知らない外国人にしてみれば、不味いお茶を出したと言われていて、それはそれで問題になったりするらしいのだが。
「そういうのは、通じる相手だけにした方がいいからな。あんたはともかく、他の2人は違うだろう?」
そう言われるとそうか。
オルガはスラム街出身でその手の事にはあまり詳しくない。
クーデリアは上流階級の人物だが、その生活様式は基本的に洋風のものだ。
和風での行動については……知らない訳ではないだろうが、それでも詳しい訳でもないだろう。
もしここで名瀬が粗茶だと言えば、この2人はそれを真面目に受け取る可能性がある。
……あるいは、オルガの場合は粗茶という言葉の意味が分からないかもしれないな。
「まぁ、お茶については分かった。美味いお茶だった。その件はともかく、勝敗についての話し合いを始めるか」
俺がそう言うと、アミダは名瀬の隣に座る。
何かあった時、名瀬のフォローをするつもりなのだろう。
それが交渉の際のアドバイスだったり、生身での戦いになった時であったりしても。
実際、アミダの身のこなしは決して悪いものではない。
それなりに……いや、それなり以上のものがある。
「お手柔らかに頼むよ」
「そう言ってもな。そもそも今回の件はそっちから喧嘩を売ってきたんだ。それこそ、俺達がその気だったら、こうして話し合いをするまでもなくタービンズは消滅していた。それを思えば、十分お手柔らかにしてると思うがな」
「そりゃそうだ」
軽い口調で言う名瀬。
何だ? 自分が一体どのようなことを言われるのか、全く気にしていないのか?
「ああ、そうだ。その前にこれを聞いておかないとな。マルバはどうした?」
ある意味、マルバこそが今回の戦いの元凶だろう。
もしマルバが名瀬と会っていなければ……そして名瀬に不満を口にしていなければ、こういう事にはならなかったんだろうし。
もしくは、そもそもの話だがギャラルホルンが襲撃してきた時に逃げるといった事をせず、オルガ達に協力して立ち向かっていれば、CGSの乗っ取りとかそういうのはなかったかもしれない。
あるいは乗っ取りがあっても、社長という立場のままだったかもしれない。
自分から逃げ出しておいて、それが理由で組織が乗っ取られたら名瀬に泣きつくってのは……みっともないにも程がある。
「そうだ。それについてはしっかりと聞かせて欲しい。俺達の中にはマルバに対して思うところがある奴も多いからな」
マルバの件となると、オルガも黙ってはいられないらしい。
鋭い視線を名瀬に向けて尋ねる。
もっとも、名瀬もテイワズの直轄の組織を率いる身だ。
オルガにそのような視線を向けられても、特に気にした様子はなく口を開く。
「今は閉じ込めている。今回の件でうちが負った被害は大きいからな。後で鉱山に放り込んで、必要経費分くらいは稼いで貰うさ」
あっさりと切り捨てるんだな。
最初は昔一緒に仕事をして恩があったとかそんな風に言っていたと思うんだが。
まぁ、それならそれでこっちとしては構わない。
「なら、この後はまた何か妙な事を企んだりとか、そういうのはないんだな?」
「ああ。……勿論、鉱山で働いて必要経費……まぁ、俺達に対する借金だな。それを返した後なら、もうその行動を縛るような事は出来ないけどな」
MSが2機大破したと考えれば、結構な被害額だろう。
また、MS以外にも艦隊戦……と呼べる程に大袈裟ではないが、グランとイサリビがハンマーヘッドに攻撃をした件もある。
その攻撃によって、ハンマーヘッドはそれなりに被害を受けてはいるだろうから、そちらの修理費や、弾薬や推進剤の代金を考えると……マルバが生きて鉱山から出られるかどうかは微妙なところだろう。
何しろ、マルバはそれなりの年齢でもあるし。
「そうか。マルバについての話は分かった。……じゃあ、本題に入るか。まず俺からの要求だが、タービンズで使っていた2種類のMS。あれの新型をそれぞれ貰いたい。それと今後タービンズ……いや、テイワズでMSを開発したら、その新型を5機ずつ貰う。それと、俺が以前テイワズに頼んだ未知のフレームの調査を急がせて貰おう」
俺の言葉を聞いた瞬間、名瀬の表情が固まる。
未知のフレームの調査を急がせる件はともかく、MSを寄越せというのは予想外……いや、あるいは数が予想外だったのか?
「色々と聞きたい事はあるだろうが、まずは他の話も聞いてからにしてくれ。オルガ」
「はい。……俺達があんた達に要求したいのは、こちらのお嬢さんを地球に運ぶという今回の依頼に協力して欲しいという事だ。シャドウミラーや、アクセルさんが引き入れた元ギャラルホルンの奴がいるから、恐らくは大丈夫だとは思う。ただ、それでも万が一の事態は考えなくちゃいけねえからな」
オルガの言葉に、名瀬は難しい表情を浮かべる。
最悪の場合、テイワズとギャラルホルンが戦いになるかもしれないのだ。
勿論、そうならないようにすればどうにかなる可能性も十分にあったが。
「後は、クーデリア」
「はい。……私が要望するのは、テイワズの火星に対する投資です」
「おいおい、そっちのお嬢さんも要求があるのかよ」
名瀬が帽子で顔を隠す。
名瀬にしてみれば、ここでクーデリアまでもが要望してくるとは思ってもいなかったのだろう。
「そもそも、現在の俺達はクーデリアを地球まで運ぶという依頼を受けているんだ。その依頼の最中の出来事である以上、依頼主のクーデリアにも注文があるのは当然だと思うが? それで、こちらの要求はこれで全部だ。受け入れて貰えるよな?」
「待て。待ってくれ。……さすがに今すぐこの場で決められないものがある。ただ……そうだな。火星に対する投資については、俺から親父に働き掛ければ何とかなるだろう。ただ、投資である以上はこちらにも利益があると思っていいんだな?」
まず最初に口にしたのは、クーデリアの件か。
名瀬にしてみれば、それが一番分かりやすかったのだろう。
その言葉通り、クーデリアは賠償金といったような表現ではなく、投資と口にした。
そうなると、やはりこの件について名瀬の言葉は間違っていない。
投資である以上、投資をした者に利益の配分があるのは当然なのだから。
「はい。それはお約束します」
「……分かった。なら、こっちについては確約は出来ないが、最大限後押しはさせて貰おう。で、次だが……地球か。正直なところ、断ることは出来ないと思うが、俺達が所有しているMSはラフタの奴以外は大破に近い状態だ。特にアミダは……」
そこで一度言葉を切った名瀬がアミダに視線を向けると、その視線を向けられたアミダは肩をすくめる。
ゆさり、と揺れる双丘が目を惹く。
元々アミダはかなり露出度の高い格好をしているので、それも仕方がないのだろう。
「私の百錬は大破どころか、撃破扱いだろうね。四肢や頭部がなくなってるし」
それでもパイロットに怪我がないのは、俺の技量もそうだが、アミダの能力も関係してるのだろう。
百錬というのは、あの青とピンクのMSの名前らしい。
どっちが基本色なのかは……多分青の方なんだろう。
さすがにピンクが基本色なのはどうかと思うし。
あるいは、青もまたパーソナルカラーで、基本色はまた違うのかもしれないが。
「そうだな。今のところ残ってるのはラフタの百里だけか。……もし地球に行くのなら、一度木星に戻って補給をする必要があるのは間違いねえ。それに……」
そこで言葉を止めた名瀬は、改めて俺を見てくる。
「アクセルの提案に従うにしても、ハンマーヘッドにあるMSの状態は今言った通りだ。そうなると、もしアクセルにMSを渡すにしても、このままって訳にはいかねえ」
「それは、俺の提案を受け入れると思っていいのか?」
「あー……いや。百里と百錬なら、ある程度こっちでどうにかは出来ると思うが、新型MSを開発したら、5機ずつってのはさすがに勘弁して欲しい。それも期限が区切られていないって事は、タービンズが存在している間、ずっとなんだろう?」
「そうだな。けど、新型MSの開発のサイクルを考えると、実際にはそこまで厳しくはないと思うが」
例えば、ギャラルホルンだ。
クランクから聞いた話によると、あくまでもクランクが知っている範囲に限られるが、ギャラルホルンが誕生してから300年で生み出されたMSはゲイレールとグレイズだけらしい。
実際にはクランクが分からない、少数の量産機とかもあるかもしれないが、それを考えた上でもMSの開発速度というのは遅い。
ただ、テイワズの場合はようやくフレームの製造技術を手に入れたので、今はMSの開発が活発で、そういう意味ではギャラルホルンよりもMSの開発速度は上かもしれないが。
「それはそうだが……新型のMSを開発しても、最初はその数は少ない。それをアクセル達に5機譲渡するってのは、物理的に難しい。2……いや、3機までなら俺の方で何とか出来るけど、それ以上となると、それこそ親父に話を通す必要がある」
親父と口にする名瀬だったが、それは本当の意味で血の繋がった父親という訳ではないだろう。
テイワズの性質を考えれば、恐らくヤクザ的な意味での親父の筈だ。
「それに、アクセルの要求があった未知のフレームについての調査もそうだが、それを調べる為にも一度木星まで来てくれないか」
「そう言われてもな」
名瀬の言いたい事は分かる。
実際、新型のMSを開発したら5機寄越せというのは、普通に考えれば名瀬の独断で決められる事でもないのだろう。
それに、俺達との戦いでMS2機を失ったのも事実。
百錬と百里をこちらに渡すには、それを受け取る必要があるのも間違いはなかった。
オルガとクーデリアの要望を叶える為にも、テイワズに行くのがいいのは間違いないんだろうが……
「どうする?」
俺はクーデリアに尋ねる。
オルガは俺達と同じく、クーデリアの護衛を任されている身だ。
そうである以上、この状況をどうするのかはクーデリアが決める必要があった。
そんな俺の言葉に、クーデリアは少し考えてから口を開く。
「テイワズに行きましょう。名瀬さんの話を聞く限りでは、そうした方が一番私達にとっても利益があります」
「本当にいいのか? 名瀬の言葉を信じるならそうだが、名瀬が嘘を言ってる可能性もあるし、嘘を言ってなくても真実を言っていない可能性はある」
「おいおい、それはちょっと酷くないか? 俺は素直にそっちの要望に従っているんだぜ?」
俺とクーデリアの会話を聞いていた名瀬が、困った様子でそう言ってくる。
名瀬の方がかなり不利な状況ではあるのだが、それを表情に出さないのは……さすがではあるな。
ただ、名瀬がそのように思っているからといって、その対応を全てこちらが受け入れるかどうかは別の話だが。
「そうだな。けど、その態度に満足出来なかった場合、タービンズはここで滅ぶ。それもまた事実だ」
「……分かってるよ。だからこうしてそっちの要望には出来る限り対応しようとしてるだろう?」
「なら、もう少し頑張ってもいいとは思うが? テイワズの本拠地がある木星に行くとなると、地球に向かうのが遅くなる。それによってこっちが受ける被害についてはどう思う?」
「……何か考えるよ。とにかく、そっちの要望は可能な限り飲む。だが、それをやるには木星に行く必要があるんだ。それだけは分かってくれ。頼む」
そう言い、深々と頭を下げる名瀬。
どうする? とクーデリアに視線を向けると……
「分かりました。では、木星に……テイワズの本拠地に行きましょう」
そう、告げるのだった。