「あーっ! てめえっ!」
驚愕の視線を浮かべた男は、次の瞬間俺に向かって顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
何だ……とは言わない。
あの時の一件が大きな理由となって、JPTトラストに不利益を……そしてそれを率いてるというジャスレイとかいう男の顔に泥を塗ったのだ。
そうである以上、その原因を作ったあの男は当然身内からも責められただろう。
そうして身内から責められた男にしてみれば、自分をこんな状況に追いやった俺をここで見つけたのだから、こうして怒鳴るのも仕方がなかった。
だからといって、俺がそれを素直に受け入れる訳ではないが。
にしても、しまったな。
金色の百錬がここに運び込まれている以上、それを持ってきたJPTトラストのメンバーがいるのはそうおかしな事ではない。
いや、ある意味当然の流れだろう。
とはいえ、俺が見たところでは俺のいた場所……ヴァルキュリア・フレームのあった場所から、随分と離れた場所に金色の百錬、つまりJPTトラストが俺に対する謝罪の品として用意されたMSはあった筈だ。
そんな中で、何故この連中が俺のいる場所までやって来たのか。
それが疑問だった。
もしかして何らかの方法で俺がここにいるというのを知り、やって来たのか。
その割には、俺を見た男が驚いているしな。
「久しぶりだな」
「……てめえ、よくも……」
俺に叫んだ時より、更に顔を赤くしなら睨み付けてくる。
俺の挨拶がそんなに気に食わなかったのか。
いやまぁ、現在の状況を思えば仕方がないが。
「落ち着け」
「けど、兄貴……こいつのせいで俺は叔父貴に……」
兄貴と呼ばれた男は、そんな声を無視して1歩前に出る。
「初めまして、アクセル・アルマーさんですね。うちの者が世話になったようで」
そう言う男は、怒りも笑みも浮かべず、俺に向かってそう言ってくる。
なるほど、どうやら騒いでいる男とは格が違うらしい。
もっとも、世話になったと言ってるものの、それが具体的にどういう意味で世話になったのかは言っていないが。
良い意味での世話なのか、悪い意味での世話なのか。……現在の向こうの状況を考えれば、どっちの意味でなのかというのは考えるまでもないのだが。
「そうだな。まぁ、お陰でこっちはシングルナンバーの百錬を貰えるんだ。色々と不愉快な思いはしたが、結果的に悪くはなかったと思ってるよ」
俺の言葉に、兄貴分の方もヒクリと頬を動かす。
ここまで直接的に挑発をするとは、思ってもいなかったのだろう。
「随分と自信があるようで」
「どうだろうな。とはいえ、そっちはMSを30機集めて俺と模擬戦をやるんだ。普通に考えれば、戦力差30倍というのはどうしようもないとは思わないか?」
それはつまり、普通でなればどうとでもなるという事を意味してるのだが……顔を真っ赤にしている男は、俺の言葉の裏を読み取ることは出来てないな。
兄貴分の方は目に警戒の色を浮かべていたが。
それでも、多分30倍の戦力差がある中で俺が勝利出来るとは思っていないようだが。
この世界の常識で考えれば、それは決して間違っていない。
となると、何かもっと別の方法によってこの状況を乗り切るのだと思っていてもおかしくはない。
……それが具体的にどのような方法なのかは、思いついていない様子だったが。
マクマードに頼るとか、そちら方面を心配してるのかもしれないな。
「一応言っておきますが、JPTトラストというのはテイワズの中でも非常に大きな影響力を持っています。それをお忘れなく」
「おや、それは脅しか? それならマクマードに相談をする必要があるが」
「いえいえ、私が言ったのはあくまでも一般論ですよ。まさか、脅すなどという事は、全く考えていません」
「だといいんだけどな。なら、俺の仲間が模擬戦が行われるまで不幸な事故に遭ったりとかはないと思っていいんだよな? その場合はマクマードに相談する必要が出てくるし」
「……ええ、まぁ。その心配はないと思いますよ」
それは、JPTトラストが俺の身内にちょっかいを出さないという言葉。
とはいえ、明確にそのように言った訳ではない以上、実は後でちょっかいを出してきて、それでそんな約束はしていない、あるいはそれは自分達の仕業ではないとか、そんな風に言ってもおかしくはない。
やっぱり、実際には迂闊にグランやイサリビから出ないようにと言っておいた方がいいな。
もしくは、炎獣を護衛にするか。
……とはいえ、それはそれで間違いなく面倒な事になりそうなのがちょっとな。
炎獣の存在をテイワズ側に知られれば、一体どうなるか。
ここは木星の側だし、いっそのこと宇宙生物だとかなんとか、そんな風に言ってみるか?
それを向こうが信じるかどうかは微妙なところだが。
「なら、いい。じゃあ、俺はそろそろ自分の艦に戻るから、これで失礼するよ」
そう言い、俺はその場から立ち去る。
このままここにいても、面倒な事になるだけだというのが理解出来た為だ。
「いい気になるなよ」
最後に兄貴分の男がそう言うが、それに対して俺は笑みを浮かべるだけだ。
もし向こうが何らかの妨害工作を仕掛けてくるのなら、その時はこっちも相応の対応をすればいい。
例えば……そうだな。毎日ジャスレイの眠っている枕の側にナイフを突き刺しておくとかはどうだろう?
普通に考えればそんな事は出来ないだろう。
だが、影のゲートのある俺なら不可能ではない。
ジャスレイにしてみれば、毎日……それこそ護衛がいてもベッドにナイフが突き刺さるのだから、恐怖でしかないだろう。
問題なのは、それを俺の仕業と思うかどうかだ。
普通に考えれば、今この時にそういう事をするのは俺しかないとは思う。
だが、普通に考えれば不可能な……それこそ場合によっては心霊現象とかそんな感じに思えてもおかしくはない以上、だからこそそれを俺の仕業と考えるかどうかは微妙なところだ。
そんな風に考えながら、俺は歳星の街中を歩く。
このまま真っ直ぐグランに戻ってもいいのだが、折角こうして歳星に来たのだ。
それなりに色々と見ていってもおかしくはない。
そう思っていると……
「あーっ!」
不意にそんな声が聞こえてくる。
声のした方に視線を向けると、そこには見覚えのある女が1人……というか、ラフタの姿があった。
「ラフタだったよな?」
「そうよ! ……それでアクセルはここで何をしてるのよ。ダーリンは今忙しく動き回ってるってのに」
ラフタの言うダーリンというのは、名瀬の事だろう。
ラフタもハンマーヘッドに乗っている以上、名瀬の恋人……いや、妻の1人なんだし。
「名瀬が? あー……まぁ、そうだろうな」
マクマードとの一件は、名瀬にとっても大きな意味を持っている。
何しろ、俺と兄弟分の杯を交わそうというのだから。
普通なら俺が名瀬と兄弟分の杯を交わした場合、俺もテイワズの配下に入る。
だが、今回はマクマードが特例に特例を重ねて、シャドウミラーはタービンズではなく、テイワズと同等の関係となる。
……これ、普通に考えたら俺とマクマードが兄弟分の杯を交わすのが普通では?
そう思わないではないものの、マクマードにとっても立場がある。
そんな訳で、名瀬が代理で……という事になったのだろう。
それ以外にも、シャドウミラーがテイワズと同等の関係になるだけの力があるのかどうか、JPTトラストが集めた30機のMSと俺が模擬戦を行う事にもなっている。
名瀬はその件でも色々と動いているのだろう。
名瀬……というか、マクマードにしてみれば俺が1対30で勝利出来るだけの実力を持っているのを見せつける相手は、多ければ多い程にいい。
そうなると、模擬戦を見る者達を集める為に名瀬が忙しくなるのも当然の成り行きなのだろう。
「全く、本当なら一緒に買い物に行くつもりだったのに……」
なるほど、どうやらデートの予定が駄目になったので、不満らしい。
こうして1人で買い物をしてるのも、暇潰しといった感じなのだろう。
なら、他の仲間……いや、妻仲間? ともあれ、他の女と一緒に買い物に来てもいいと思うんだが。
「なら、他の奴と一緒に来てもよかったんじゃないか?」
「あのねぇ……皆、忙しいの。特にアクセルの模擬戦の関係とかで」
「うん? なら、何でお前はこうしているんだ?」
「元々、今日はダーリンとのデートの予定だったんだから、仕事がないのよ。手伝おうかって聞いても、いいって言うし」
多分それは、名瀬とのデートが駄目になった事で哀れまれたんだろうな。
そう思いつつも、それを口にはしない。
もしそれを口にしたら、間違いなくラフタは爆発するだろうから。
「そうか。大変だな。じゃあ、俺はこの辺で」
「ちょっと待った。アクセルもこうしてここにいるって事は暇よね? なら、ちょっと私の買い物に付き合ってよ」
「俺がか?」
「そう、アクセルが。アクセルがいれば、変な真似をするような奴もいないでしょうし」
「どうだろうな」
先程の格納庫での一件を思い出せば、ラフタの言葉が間違っているように思える。
とはいえ、実際このままグランに戻っても特に何かやる事がある訳じゃないし……
「名瀬の手前もあるし、少しだけだぞ。どうせなら、歳星について知らないから、色々と案内してくれると助かる」
「話は決まりね。じゃ、行きましょ。ダーリンに嫉妬させてやるんだから」
「ドロドロしたのは遠慮するぞ」
そう言いながらも、俺はラフタとのデート……デート? いや、これは案内をして貰ってるとか、買い物に付き合ってるとか、そんな感じだろう。
「ほら、あそこの店は可愛い小物が置いてあるのよ。アクセルも買っていく?」
「いや、俺がそういう小物を買ってどうするんだ?」
「別にアクセルが使えって言ってる訳じゃないわよ。あの2人……いえ、3人? 4人? とにかく恋人がいるんでしょ? お土産にどうよ」
「ああ、なるほど。……というか、お前は少し勘違いしてるぞ」
2人なら、マーベルとシーラで間違っていないが、そこに更に2人追加するとなると、明らかにクーデリアとフミタンしかいない。
あの2人はあくまでも俺の依頼人であって、そういう関係ではない。
「そう? ふーん……そうなんだ」
意味ありげに言うラフタ。
何だ? 何か言いたい事でもあるのか?
そう思ったが、ここでその話をすると何だかいつまでも話が終わらないような気がしたので、止めておく。
「それで、小物については分かったけど、他にどういう店があるんだ?」
「え? うーん、そうね。服屋とかどう?」
「止めてくれ」
「えー……何でよ」
不満そうな様子のラフタだったが、女の買い物……特に服を買いに行くとなると、絶対に時間が掛かる。
それこそ、服屋を1つ見て回っただけで、それ以外はもう時間がなくなってしまうかのような……いや、それだけで時間をオーバーするかのような、そんな感じで。
「時間はあるようでないからな。それに……そういうのは、偶然会った俺じゃなくて名瀬にやらせるべきだろう」
「え? うーん……それは分からないでもないけど、いきなり綺麗な服を着て見せて、それでダーリンに驚いて貰う方がよくない?」
「その辺はひとそれぞれだろうな。けど、どうせなら名瀬に選んで貰った服を着る方がいいと思うが」
「それもそうね。……ふーん、アクセルって意外と女心分かるんだ」
いや、別にそういう訳じゃないんだけどな。
ぶっちゃけ、今の理由は俺がラフタと服屋に行くのは遠慮したかったら、咄嗟に出たようなものだし。
とはいえ、ここでわざわざそれを口にするようなことはしないが。
もしここでそれを口にしたりしたら、多分ラフタを怒らせるだけだろうから。
「これでも何人も恋人を持ってる身だからな」
「……え? 2人って言ってなかった?」
あ……ちょっと口が滑ったな。
「見栄だよ、見栄。名瀬に対抗しただけだ」
「それにしては何だか……そういうのを言い慣れているような気がするんだけど」
鋭いな。
これも女の勘って奴か?
けど、恋人でも何でもない俺に対して女の勘が働くというのは……ともあれ、話を逸らすか。
「そう言えば、マーベルとか昭弘とかとシミュレータを使った模擬戦をやる事が多かったみたいだけど、どうだ?」
そう言うと、ラフタの表情が微妙な感じになる。
「何ていうか……姐さんがいるから、自分が絶対に勝つとは思ってないけど、それでもマーベルに全く勝てないのは痛いわね」
「マーベルの強さは並大抵じゃないしな」
マーベルはダンバイン世界において、最強の聖戦士として数え切れない程の戦いを生き延びた腕前の持ち主だ。
そうしてマーベルが戦った中には、ショウのような強敵も含まれている。
そんな戦いの中で生き延びてきたのだから、マーベルの強さは相当なものだ。
勿論、タービンズのMSパイロットとして、ラフタ達もかなりの修羅場を潜り抜けてはいるのだろうが。
「悔しいけど、そうね。……筋肉の方は、しつこいというか、ねちっこいというか……まぁ、でもあれだけしつこいってことは強くなると思うわよ」
ラフタはそう言い、笑みを浮かべるのだった。