「やっぱり赤い機体だと、俺の機体って感じがするな」
赤く塗られた百錬のシングルナンバーを見て、そう呟く。
JPTトラストから提出されたこの百錬は、おかしな場所……具体的には、模擬戦の時にこっちが不利になるような仕掛けがされていないかどうかを徹底的に調べられてから、グランの格納庫に搬入された。
その際に、機体の色を金から赤に塗り替えていたので、今こうして俺の前にある百錬は赤い色をしている。
「とはいえ、模擬戦は明日でしょ? アクセルの事だから心配はいらないと思うけど……機体に慣れておく必要があるんじゃない?」
百錬を見たマーベルが、そう言ってくる。
実際、マーベルの言う通り明日にはもう模擬戦だ。
そうである以上、機体の操縦感覚に慣れておいた方がいい。
「分かってる。後で機体の慣らしをしてくる」
基本的に操縦システムは、グシオンとそう違わない。
テイワズがフレームから開発したMSという事で、微妙な違いとかはある。
だが、それでも操縦していればすぐに慣れるだろう。
つまり、ぶっつけ本番で操縦してもどうにかなる。
なるのだが、その前に1日程度とはいえ機体に慣れる時間があるのだから、わざわざぶっつけ本番で操縦する必要はなかった。
「そう、頑張ってね」
「そう言えば、何人かグランを降りてるって話だったが、問題はないか?」
昌弘達子供組もそうだが、やはり大人達は歳星という羽根を伸ばせる場所に来たのだから、いつまでもグランの中にいるという訳にもいかない。
特に酒や女、あるいは賭けといった具合に。
まぁ、昌弘達の子供組は美味い料理とかお菓子とか、そういうの目当てだが。
とにかくそんな訳で、歳星で遊んでいるのは分かっている。
だが、明日には模擬戦がある以上、JPTトラスト側で何かちょっかいを出してきたのではないかと、少し疑問に思ったのだ。
だが、マーベルは俺の言葉に首を横に振る。
「そういうのは聞いてないわね。怪しい……というか、喧嘩沙汰は何件かあったみたいだから、もしかしたらそれが向こうの仕掛けかもしれないけど、こっちに大きな被害は出ていないわ」
「そうか。クランクに感謝だな」
ギャラルホルンで下士官的な立場にあったクランクは、シャドウミラーにおいてもそういう感じで訓練教官的な役割を担っている。
一応俺も士官学校を出ているので、ある程度の訓練は出来るのだが……やはりこういうのは本職に任せておいた方がいいだろう。
そんなクランクに本格的に鍛えられたシャドウミラーの面々は、生身でも相応の強さを持っている。
勿論、本職……例えばギャラルホルンの軍人を相手にしては勝つのは難しいだろうが、相手がチンピラとかそういうのであれば、話は別だ。
問題なのは、そのチンピラの中にJPTトラストの者が……それも意図的にシャドウミラーのメンバーを狙って仕掛けて来た奴がいないかどうかだが。
マーベルの話を聞く限りでは、その辺の心配はいらないらしい。
「そうね。もっとも、相手が素手、もしくはナイフとかだったら問題はないけど、銃を出してきたらどうなっていたか分からないわね」
「出してくるか? 普通の時ならともかく、今はマクマードの目が光っているんだぞ? そこで銃を出してきたりしたら、それは自殺行為にしか思えないんだが」
この状況で下手な真似をすれば、それこそマクマードによってJPTトラストが潰されるだろう。
JPTトラストがテイワズの中でも大きな組織であっても、テイワズそのものを支配するマクマードと敵対するのは難しい。
最悪テイワズを捨てるのを覚悟の上でとなれば、話は分からないでもない。
だが、さすがにそこまでするかと言われれば……正直、微妙なところだろうとは思う。
それはマーベルも同じなのか、俺の言葉に頷きを返す。
「そうね。私もそこまでやるとは思えないわ。ハイリスク、ローリターンだもの」
「なら、心配はいらないか」
そう言い、俺はメカニック達に百錬の準備をするように言うのだった。
宇宙空間を飛び回る赤い百錬。
純粋な機動力という点では百里の方が高いのだが、運動性という意味では百錬の方が上なのは間違いない。
そんな風に考えつつ、機体を操縦する。
機体の反応速度そのものは、グシオンとそう違わない。
……いや、重装甲のグシオンと反応速度が変わらないというのは、結局のところちょっと問題なのでは?
そう思わないでもなかったが、そのグシオンは現在改修作業中だ。
俺にとっては、そっちが完成するのを楽しみにしておこう。
そんな風に思いながら、百錬の操縦を確認していく。
そうして百錬の慣らしをする事、20分程。
『アクセルさん、模擬戦をお願いしてもいいですか?』
不意に通信が入る。
映像モニタに表示されているのは、昭弘。
どうやら俺が百錬を使って機体の慣らしをしていると聞き、少しでも自分の訓練をするべく、模擬戦を希望してきたらしい。
ラフタもシミュレータでかなり相手をさせられたと言っていたしな。
昭弘にしてみれば、MSでの戦闘はまだ慣れていない。
また、弟の昌弘の方がMSの戦闘は慣れているのも思うところがあるのだろう。
……純粋にMSの性能として考えれば、昌弘の使っているマン・ロディよりも、昭弘の使っているグレイズの方が高性能なのは間違いないんだが。
それでもシミュレータでは昌弘の方が勝率は高いらしい。
この辺はMSを操縦している経験によるものだろう。
だからこそ、昭弘はこうして俺が百錬を使って機体の慣らしをしている時、模擬戦を挑んで来たのだろう。
「そう言っても、模擬戦用の武器は持ってきてないぞ? というか、武器を持ってきていないという方が正しいな」
今回はあくまでも百錬の慣らしだ。
武器を持ってきてもよかったのだが、まずは機体の性能を確認するのが先だと思って、持ってこなかったのだ。
『それについては、アクセルさんが模擬戦をしてくれるのなら、昌弘が持ってきてくれるそうです』
「用意がいいな。……まあ、それなら構わない。ただ、本気を出したりはしないから、そのつもりでな。ああ、別にこれはお前を侮ってとか、そういうつもりじゃない。歳星の近くである以上、俺が動かす百錬の情報は少しでも向こうに渡したくないし」
JPTトラストは、テイワズの中でも大きな影響力を持つ。
そうである以上、歳星のすぐ側でこうして百錬を動かしているのは、当然ながら確認しているだろう。
ここでデータ取りをして、明日の模擬戦にどのような影響があるのかは分からない。
ただ、向こうにこっちの能力を理解する余裕を与えるのはどうかと思う。
それなら、欺瞞情報を与えた方がいいだろう。
『分かりました。それでもいいので、模擬戦をお願いします』
完全に納得した様子ではなかったが、昭弘は俺の言葉に頷く。
それにしても、昭弘の俺に対する言葉遣いは……いやまぁ、それだけ弟の昌弘を助けられたのを感謝してるって事なんだろうが。
もし昌弘があのままブルワーズにいたら、間違いなく使い捨てられていただろうし。
だからこそ、昭弘は強く俺に感謝しており、こういう態度な訳だ。
俺としては昌弘を助けたのは半ば成り行きだったので、そこまで感謝されるのはどうかと思うんだが。
まぁ……間違いなく原作キャラだろう昭弘にこうして感謝されているのは悪くはないから、そこまで問題はないんだが。
「なら、頼む」
そう昭弘に言うと、数分も経たずにマン・ロディが武器を手にグランから出てくる。
武器はアサルトライフルとブレード、ナックルガード。
基本的にこれが百錬の標準装備だ。
他にも追加で武器を用意出来るのだが、今は取りあえずこれで問題はない。
『アクセルさん、これどうぞ。……兄貴の相手、お願いします』
「ああ、問題ない。武器はどれも模擬戦仕様だな?」
『はい。ペイント弾と、ブレードは触れたらペイントが付着するようになってます。ただ、ナックルガードは普通のままなので、気を付けて下さい』
ナックルガードは仕方がないか。
使わないようにするか、あるいは盾代わりに使ったり、敵の攻撃を逸らすように使ったりするべきか。
「分かった、それでいい」
そう言うと、昌弘のマン・ロディはグランに戻っていく。
そうしてここに残されたのは、俺の百錬と昭弘のグレイズ。
「さて、じゃあ模擬戦を始めるか。……歳星に来るまでの間、シミュレータで訓練を続けてきた成果、見せてくれ」
『……行きます!』
その言葉と共に、グレイズは真っ直ぐ百錬に向かってくる。
その動きは、阿頼耶識特有の生物っぽい動きだ。
左手でライフルを撃ちながら、右手のバトルアックスを振りかぶっているその様子は、こっちが隙を見せれば一撃で倒してしまってもおかしくはない。
おかしくはないが……だからといって、それを素直に受ける訳にもいかない。
右に移動しながら、こちらもアサルトライフルを撃つ。
その気になれば関節に命中させることも出来るのだが、この模擬戦はあくまでも昭弘が強くなる為の模擬戦だ。
オルフェンズ世界におけるMS同士の戦闘では、基本的に関節を狙うということはしない。
戦闘をしている中、偶然関節に命中してダメージを与えるという事はあるから、関節にダメージがあるのが全くないという訳でもないのだが。
ただ、関節には命中させないが、装甲には当てる。
普通の戦闘であっても、装甲には普通に命中するし。
ナノラミネートアーマーは銃弾に対しても強いのでダメージは……同じ場所に何度も命中しないとナノラミネートアーマーが剥離したりとかはしないので問題ないが、それでも内部にある程度の衝撃は伝わる。
神経質な奴の場合、行動しようとする時にこうして命中されて衝撃があると、それだけで集中力が途切れたりするのだが……
「さすが」
昭弘はそんな衝撃は関係ないと言わんばかりに、百錬に向かって突っ込んでくる。
昭弘にしてみれば、多少の衝撃を受けたところで全く何の問題もないと思っているのだろう。
かなりの鈍感と呼ぶべきだが、戦闘においてその鈍感さは悪くない。
特に昭弘のようなタイプであれば、多少の敵の攻撃はMSの装甲で弾いて、最短で敵に近づき、バトルアックスを使って倒す方がいい。
いいのだが……
「させてはやれないな」
こちらから間合いを詰め……そのタイミングでバトルアックスを振るうグレイズを見ながら、俺はスラスターを使って瞬時に後ろに下がる。
Gを無視した動きだが、混沌精霊の俺にしてみれば全く何の問題もない。
一瞬前まで百錬のいた場所を、グレイズのバトルアックスが通りすぎる。
そして……予想外の動きに戸惑ったのが、機体の挙動から理解出来た。
阿頼耶識のデメリットだな。
これが普通のコックピットなら、パイロットが動揺してもここまで露骨に機体の挙動に影響するようなことはない。
昭弘が焦ったところで、ブレードを振るう。
機体の鳴らし作業も兼ねてなので、全力という訳ではない。
昭弘は咄嗟にバトルアックスを使ってこちらの攻撃を防ごうとし……それに成功する。
しかし、昭弘にとっては咄嗟の動きだったからだろう。機体制御が上手くいかず、しかもこちらの百錬はスラスターを噴射させながらの一撃だったのもあり、昭弘のグレイズはそのまま吹き飛んでいく。
当然ながら昭弘も機体を制御してバランスを取ろうとするが……
「残念」
その言葉と共にアサルトライフルのトリガーを引く。
連続して放たれるペイント弾は、次々と昭弘のグレイズの装甲に着弾し、色を塗り替えていく。
勿論、これも決して致命的な一撃になる訳でもないので、まだ模擬戦は続く。
お返しだと言わんばかりに、再度昭弘のグレイズがライフルを撃ってくるが……
『何で当たらない!?』
スラスターを使い、ライフルの弾丸を全て回避する。
そんな俺の行動が理解出来なかったのか、叫ぶ昭弘。
いつもは丁寧な態度なのに、今は荒い口調だ。
それだけ、自分の攻撃が命中しないのが理解出来ないのだろう。
銃口の向き、発射のタイミング。それを理解出来れば、回避するのは難しくはない。
もっとも、これは言う程に簡単な事ではないが。
人ならトリガーを引く動きを見て確認出来るが、MSの場合コックピットでトリガーを引く。
MSを見ていても、そう簡単にタイミングは理解出来ない。
それが出来るのは、単純に今までの膨大な経験からの事だ。
後は混沌精霊であるが故の、身体能力。
それによって、俺は昭弘が放つ全ての攻撃を回避していた。
「残念ながら、攻撃が分かりやすいんだよ!」
昭弘のグレイズが放つライフルの攻撃を回避しながら、アサルトライフルのトリガーを引く。
どっちも近距離での銃撃だったが、昭弘の攻撃は百錬に1発も命中……どころか、掠るような事もなく、反対に俺の攻撃は次々とグレイズの装甲を塗り替えていく。
正面装甲で色が変わっていない場所は、もう殆どないだろうと思えるくらいに。
そして、一気に距離を詰めると、ブレードをコックピットに突きつけ……
『参りました』
模擬戦は終了するのだった。