模擬戦の終了をマクマードが宣言したのを確認してから、俺はグランに向かう。
結局俺が乗ったこの百錬は、赤に塗られた装甲に全くペイントが付着する事もないままだ。
つまりこれは、30機を相手に俺が操縦する1機で戦いを挑み、完勝したという事を意味していた。
向こうの戦力を用意したJPTトラストは、間違いなく顔に泥を塗られた形だ。
こうなると、今はともかく今後何らかの問題が起きる可能性はある。
……もっとも、今回の模擬戦の結果を存分に利用し、俺は名瀬と……そしてオルガもか。その2人と兄弟分の杯を交わす。
それでいながら、俺はテイワズの下部組織になるのではなく、テイワズと互角の相手という扱いになる訳だ。
JPTトラスト……いや、それを支配するジャスレイにしてみれば、目の上のたんこぶが出来たようなものだろう。
何しろ、現状においてジャスレイにとって自分の上にはマクマードしかいなかった。
名瀬を含めた他の幹部もいるが、ジャスレイは曲がりなりにもテイワズのNo.2だ。
そうである以上、上にはトップのマクマードだけとなる。
だが……そこに、マクマードが自分と同等の存在と認め、譲歩に譲歩を重ねた上で敵対しないようにして友好関係を結んだ相手として、俺が出来た。
そうなると、ジャスレイにとって俺はマクマードと同じような存在となる。
実際にはそのままマクマードと同じという立場ではないのだが。
マクマードと同等の立場ではあるが、別に俺はテイワズの一員ではない。
つまり、テイワズという括りだけで見た場合、俺は部外者なのだ。
ただし名瀬と兄弟分の杯を交わしてるので、完全に部外者という訳でもないだろう。
その辺がこの先どういう扱いになるのかは……まぁ、後回しだな。
今はまず、クーデリアを地球に連れていくのが最優先だし。
そんな風に思いつつ、グランの格納庫に百錬を着艦させる。
「お疲れ様」
コックピットから出た俺を出迎えたのは、マーベル。
とはいえ、マーベル以外にもクーデリアやフミタン、昌弘を始めとした子供組や大人組……多くの者達が集まっていた。
「そこまで大変って訳でもなかったけどな。推進剤の消耗を抑えて戦うのがちょっと大変だったくらいで」
これがテスラ・ドライブ搭載機なら、推進剤の心配はしなくてもいいのだが。
この世界での出来事を思えば、それも仕方がないか。
「そういう風に言えるのは、アクセルだからよ。普通なら、あの数の敵を相手に勝つのは不可能……とは言わないけど、難しいでしょうし」
「そうか? マーベルなら出来そうな気がするけどな」
「……どうかしらね。ただ、もし私が出来たとしても、アクセルのように無傷でとはいかないと思うわ」
それはつまり、多少のダメージは受けるかもしれないが、30機を相手に勝利出来ると言ってるようなものじゃないか?
「凄いですね。……アクセルが強いとは思ってましたが、まさかあの状況で勝利するとは。しかも無傷で」
次に、クーデリアがそう言ってくる。
「以前……それこそギャラルホルンが襲ってきた時、俺がお前を守るって言っただろう? あの時の言葉に、これで説得力を持たせられたんじゃないか?」
「そんな……別にあの言葉を疑ってなんか……」
少し困った様子でそう言ってくるクーデリアだったが、俺はそんなクーデリアを相手に笑みを浮かべる。
「とにかく、俺の実力をこうして見る事が出来たのは、悪くない筈だ」
「そうですね。ギャラルホルン程の技量ではないとはいえ、それでも30機を相手に勝利したのです。その実力は驚愕すべきものがあるかと。お嬢様共々、感服いたしました」
「感服してくれるのはいいけど、そうやって表情を変えずに言われても……どう反応すればいいのか、ちょっと分からないんだが」
フミタンはいつもの様子で、表情を変えずに称賛の言葉を口にしてくる。
本人としては褒めているつもりなのだろうが、それが伝わらないのは問題だよな。
その後も凄いと言ってくる者達の相手をし……それが一段落したところで、メカニック達に百錬の整備と補給をするように言ってからブリッジに向かう。
途中で遭遇した者達からも、凄いといったようなことを言われつつ、ブリッジに到着する。
「戻りましたか。……さすがでしたね」
シーラのその言葉に頷きを返す。
「あのくらいの事なら何も問題はない。それでこれからだが……取りあえず歳星に戻るという事でいいのか?」
「ええ。そのようにして欲しいと名瀬から通信が入っています。喜んで……いえ、安堵していましたよ?」
「喜ぶのは納得出来るが、安堵? 名瀬は俺の実力を知ってる筈だけどな」
タービンズのMS部隊に大きな損害を与えたのは俺だ。
そうである以上、俺の実力は十分に分かっている筈だった。
そう考えると、今回の模擬戦でそこまで安堵する要素などなかったと思うのだが。
「知っていても、それはあくまでもグシオンを使っての戦いであるし、何よりタービンズと戦った時は2機が相手でしたが、今回は30機だったのです。以前の戦いと違い、多少は心配してもおかしくはないでしょう」
「そういうものか」
俺にしてみれば、2機も30機もそう違いはない。
……いや、高性能であっても重装甲で戦闘可能時間が短いグシオンよりも、高機動型で戦闘可能時間の長い百錬を使った今回の戦いの方が楽ですらあった。
そういう意味では、俺にとっては今回の件はそこまで喜ぶべき事ではない。
もっとも、マクマードや名瀬にしてみれば、この模擬戦で俺の実力をテイワズに知らしめる必要はあった。
その最大の難関を潜り抜けたのだから、それで喜んだり安堵するなという方が無理なのかもしれないが。
「ともあれ、これで俺達がやるべき事はもう暫くはない。後は取りあえず向こうから連絡が来るまでは、ゆっくりとしておいた方がいいだろう」
「そう気楽な時間をすごせるとは思えませんが」
「シーラ?」
俺の言葉に、何故かそのような事を言うシーラ。
そのシーラは、笑うような、呆れたような、そんな表情で俺を見ながら口を開く。
「アクセルの力は、テイワズの多くの者達に見せられたのです。そうなれば、その力を求めて多くの者が接触してきてもおかしくはないでしょう。人というのは、力に惹かれる存在なのですから」
そうシーラが言うのは、ナの国の女王だった経験からだろう。
ナの国は、バイストン・ウェルにおいても大国として知られている。
そんな大国の女王……しかも本人は若く美人となれば、それこそ妙な考えを抱いて言い寄ってくる者がいてもおかしくはなかった。
「そういうものか。なら、マクマードか名瀬から連絡があるまで、グランからは出ない方がいいな」
「そうした方がいいでしょう。それと、アクセルだけではなくシャドウミラーに所属する者全員……後は、可能なら鉄華団にも同じように連絡をしておいた方がいいかと」
「鉄華団も……? そこまで手を回してくるか?」
「来るでしょう。テイワズに所属してる者達にしてみれば、今回の模擬戦によってアクセルの力を目の当たりにしたのです。どうにかしてアクセルと接触をしたいと考える者にしてみれば、シャドウミラーが鉄華団と共に歳星に来たという情報を手に入れるのは難しくない筈。……そうなると、アクセルと接触するのが難しい以上、鉄華団経由で何とかアクセルと接触しようと考えてもおかしくはない筈ですから」
なるほど。シーラがこう言うのなら、そういう可能性は十分にあるのだろう。
となると、オルガに連絡をしておいた方がいいな。
「俺が直接言った方がいいか?」
「その方がいいでしょうね」
「分かった。なら、イサリビに通信を」
その言葉に、ブリッジクルーが素早く操作し……
『アクセルの兄貴、おめでとうございます』
映像モニタに映し出されたオルガが、最初にそう言ってくる。
「いや、兄貴って……まだ早いだろ」
兄弟分の杯を交わした後でなら、兄貴と呼ばれてもおかしくはない。
とはいえ……あまり慣れないのは事実だが。
『そう……ですね。いえ、すいません。それにしても凄かったですね』
興奮しているのは、模擬戦の結果がそれだけオルガにとっても驚きだったのだろう。
俺の強さは名瀬以上に知っているオルガだったが、それでもやはり30機のMSをたった1機で撃破するというのは驚きだったのだろう。
「オルガにも喜んで貰えて何よりだよ。……ただ、その件で鉄華団にも注意して貰いたい事がある」
『え? 何です?』
「今回の模擬戦で、シャドウミラーに接触しようとする者は増えるだろう。面倒がない為に、シャドウミラーの者達には暫くグランから出ないように命じておく。そうなると、シャドウミラーがいない事でシャドウミラーと一緒に歳星にやって来た鉄華団に接触する奴が出てくるかもしれない」
『それは……じゃあ、うちでもイサリビから出ないようにした方がいいですか? いや、けどシノの奴が……』
オルガのその言葉に、何となく言いたい事は分かった。
元々が女好きのシノの事だ。
恐らく歳星に来たのをこれ幸いと、歓楽街……いわゆる、娼館とかそういうのに頻繁に行ってるのだろう。
「その辺は諦めてもらうしかないな。……一応言っておくが、くれぐれも娼婦をイサリビに呼ぶとか、そういうのはするなよ」
娼婦ともなれば、男に対する手練手管は慣れたものだろう。
そして鉄華団は女慣れをしていない。
いやまぁ、アトラやビスケットの妹の双子がそれなりに遊びに来ていたのを思えば、女に接する機会はあったのだろうが……ただ、この場合の女というのは性別ではなく、欲情を抱く相手という意味での女だ。
シノは女好きでそれなりに慣れているのかもしれないが、ユージン辺りは女に興味があっても、女慣れは全くしていない。
他にも身体的に大人と呼ぶに相応しい連中……オルガや昭弘を初めとした元ヒューマンデブリの面々に、三日月もそうか?
もっとも、三日月の場合は女に興味があるとは思えないし、アトラの存在もあるので、色仕掛けの心配はないだろうが。
だが、それ以外の面々は女慣れしていないだけに、下手に艦内に男を手玉に取るのが得意な女がいれば、一体どうなる事やら。
最悪……本当に最悪の場合、鉄華団の壊滅や解散という事にもなりかねない。
『はぁ……まぁ、その……分かりました』
オルガもまた、女慣れはしていないんだよな。
オルガの場合は鉄華団を率いている身である以上、ハニートラップ対策はしておいた方がいいと思うんだが。
この辺は雪之丞辺りに相談すればいいのか?
鉄華団の中で数少ない大人である以上、その辺についてアドバイスを貰ってみてもおかしくはないかもしれない。
ともあれ、オルガを女に慣れさせるにも、この状況に対処してからの話だ。
「いいな? くれぐれも女に……いや、女に限らないが、罠に引っ掛かるような事はするなよ。もし下手に何らかの罠に引っ掛かった場合、それが最悪鉄華団の壊滅に繋がる恐れもあるんだからな」
『それは……少し大袈裟では?』
「テイワズにとって俺という存在の価値が高くなった以上、大袈裟とは言えない。寧ろシャドウミラーと友好関係にある鉄華団の地位を狙っている者がいてもおかしくはないくらいだ」
そう言う俺の様子を見て、オルガもこれが冗談でも何でもないと理解したのだろう。
真面目な表情で頷く。
『分かりました。他の連中にも言っておきます』
「そうしてくれ。……とはいえ、恐らくそこまで長い間という訳でもないと思うから、そこまで神経質になる必要はない」
マクマードや名瀬にしてみれば、今回の模擬戦が終わったばかりで俺の実力を多くの者に見せつけたばかりの今が、動き易い。
兄弟分の杯であったり、テイワズそのものと同格の組織とするとか、普通に考えれば前者はともかく後者は絶対に認められないと考える者も多いだろう。
だからこそ、俺の力を見せた……30機のMSを相手に、1度の被弾すらなく撃破――模擬戦だから正確には撃破扱いだが――した俺の力を敵に回さないようにと話を広める必要があった。
これが例えば、数日、十日、数週間後……そのくらいまで時間を置けば、俺の力を見た衝撃や興奮も落ち着き、実はそこまでする必要はないのでは? といったように考えてしまう可能性もある。
だからこそ、今なのだ。
今なら、俺の力を見た衝撃や興奮が強いので、俺の率いるシャドウミラーをテイワズと対等の組織として認めるように動いてるのだろう。
『出来るだけ早く地球に行きたいんですけどね』
「杯の件が終わるまでは無理だろうな。……それにタービンズの方でも戦力を整えるには相応に時間が必要になるし。まぁ、その原因の俺が言うのもどうかと思うんだが」
特にアミダの百錬は……木星メタルとかそういうのを使って修理する以上、相応に時間が掛かる筈だった。
そういう意味ではラフタの百里はバルバトスとの戦いで多少は損傷したものの、修理するのは難しくはないのだろう。
そんな風に思いながら、俺はオルガと話を続けるのだった。