ドルトコロニーの入港そのものは特に問題がなかった。
ギャラルホルンとの関係を思えば、それは少しだけ疑問だったのだが……まぁ、俺達が入ったのはドルト2……いわゆる、ドルトコロニーの中でも低所得層の者達が集まるコロニーだったが。
ドルトコロニー側が俺達について具体的に何をどこまで知ってるのかは分からない。
分からないが、それでも何となくこっちをどう思っているのかは予想出来る。
そんな中……
「三日月が来てもよかったのか?」
「オルガが言うんだから、しょうがないでしょ。それに、それを言うならあっちもじゃないの?」
三日月の視線の先にいるのは、アジー。
タービンズのMSパイロットの中でも、俺と絡む事が少なかった女。
……俺がタービンズと戦った時、アミダにとどめを刺そうとするのを防いだ女、と言えば分かりやすいか。
今までは何だかんだと俺と関わる機会はなかったのだが、今回何故かタービンズから派遣されてきたのは、アジーだった。
歳星ではアミダやラフタと関わる機会があったんだが……まぁ、名瀬の女という事を考えれば他にも大勢いるのだが。
ただ、俺と関わる機会があるのは、この3人。それと、ブリッジにいる面々や、メカニックをしている面々といったところか。
名瀬がアジーを派遣してきたのは、護衛というのもあるだろうが、俺と接する機会が少なかったアジーだけに、その機会を作りたかったという事か。
後は鉄華団からアトラもやって来ている。
どうやらアトラはクーデリアが誘ったらしい。
もしかしたら三日月が誘ったのかとも思ったのだが。
とはいえ、三日月には女を誘うというのは期待出来ないな。
そう思うのは、三日月の性格をある程度理解出来ているからだろう。
「何? どうしたの?」
俺の視線に気が付き、そう三日月が尋ねてくる。
こうして自分に向けられる視線には、今は色々と思うところがあったのだろう。
「いや、何でもない。……今度、アトラをどこかに誘ったらどうだ?」
「何だよ、いきなり」
三日月にそう言うと、理解出来ないといった様子でこっちに視線を向けてくる。
三日月にしてみれば、その辺りについてはあまり理解出来ないのだろう。
……とはいえ、こうも女達が揃うのなら、いっそマーベルやシーラも連れてきた方がよかったかもしれないな。
あ、でもマーベルはともかく、シーラはグランの艦長としての仕事がある以上、それは難しいか。
マーベルもドルト2に行くメンバーの中に入っていたので、そっちはそっちで忙しいだろうし。
ただ、元女王のシーラはともかく、一般人のマーベルはこの機会に買い物とかを楽しみたいと思ってもおかしくはない。
これでドルト2に運ぶ荷物が兵器や武器でなければ、マーベルがこっちに来ても構わなかったんだが。
とはいえ、今更それを言っても仕方がないか。
「ほら、アクセル。三日月も。まずは頼まれた消耗品とかを買いに行くわよ!」
嬉しそうな様子でクーデリアが言う。
ちなみに買い物という事でここに来た俺達だったが、クーデリア達の個人的な買い物だけではなく、それ以外にも色々な消耗品とかを買ってくるように頼まれてもいる。
そんな買い物もするとなると、それこそ結構な量になる訳で……せめてもの救いは、そういうのを直接船まで運んでくれるという事か。
アジーがいなければ、空間倉庫を使ってもいいんだが。
あ、そう言えばアトラの件もあったな。
アトラも鉄華団の連中から話をきいていなければ、俺が魔法を使えるというのをアトラも知らない筈だ。
「分かった。ちょっと待ってくれ。……三日月、行くぞ」
「うん。でも……何かあったら、問題が起きるかもしれないから、気を付けないとね」
「ビスケットをこっちに連れてきた方がよかったか?」
「どうだろうね」
ビスケットの話によれば、ビスケットの兄がドルトコロニーで働いており、それなりの地位にいるらしい。
そんなビスケットの兄と接触出来れば、ドルトコロニーで何が起きているのかの情報を知る事が出来ると思うんだが。
だが、ビスケットは現在ドルト2でコンテナの一件で交渉に当たっている。
本来ならコンテナについてはここに到着した時点で引き渡す必要がある。
あるのだが、それを行うにはコンテナの中身が物騒すぎた。
ましてや、そのコンテナはイサリビで運ばれてきたのだから、鉄華団側から人を派遣するのは当然だった。
そして鉄華団の中でこのような交渉が得意な人物が誰かと言われれば、多くの者がビスケットだと言うだろう。
ましてや、ビスケットはこのドルトコロニーに以前いた事がある。
それは随分と前だが、それでもこのコロニーについて知っているというのは大きい。
それ以外にも、話をする中で過去にビスケットがドルトコロニーにいたというのは、相手の警戒を解くという意味でも有効だった。
そんな役目のあるビスケットだけに、こっちに連れてくるといったことは出来ない。
個人的には、出来ればビスケットを兄と会わせてやりたいとは思うけど。
何しろビスケットが以前兄にあったのは何年も前の話だ。
また、ここでビスケットが兄と会えなければ、次にいつその機会があるのかも分からないのだから。
そんな風に考えつつ、俺はクーデリア達と共に買い物を進めていく。
幸いなことに、俺には結構な金がある。
ノブリスの仲介でテイワズ――引き取りに来たのはJPTトラストだったが――にエイハブ・リアクターとかを売った金があるし。
クーデリアはクーデリアで、ノブリスからの資金援助を受けているし、元々がお嬢様である以上、貯金とかは相応にある。
もっともテイワズとの取引で金を入手した俺とは違い、その通貨は火星で使われている奴なので、両替とかしないといけないが。
そうなると問題なのは、火星が植民地という扱いだという事だろう。
植民地の通貨である以上、当然ながらそのレート的には不利になる。
まぁ、それでも大きな買い物……それこそMSとかそういうのではなく、スーパーとかでの買い物である以上、そこまで大金は必要ではないのだが。
「ねぇ、三日月。向こうでお菓子が売ってるみたいよ。ちょっと見ていかない?」
「え? うーん……分かった。じゃあ、アクセル。俺はちょっと行ってくるから」
「三日月がいるなら問題ないとは思うけど、一応気を付けろよ」
そう言い、三日月とアトラを見送る。
「で? あれはクーデリアの仕業か?」
「あら、何の事でしょう?」
「……視線をこっちに向けてから、そう言おうか」
クーデリアは俺から視線を逸らしたままだ。
「アクセルさん、女には色々とあるんだよ」
クーデリアを助けようと思ったのか、アジーがそう言ってくる。
どうやらアジーもまた今回の一件に関わっているらしい。
なら、残り1人は?
そう思って視線を向けると、フミタンがそっと視線を逸らす。
いや、主従揃って同じ反応をするのはどうかと思うんだが。
とはいえ、初めての場所だ。
ましてやアトラにしてみれば、三日月を追い掛けて鉄華団に入団しただけに、この機会を見逃すのは有り得ないのだろう。
「まぁ、そういう事にしておくか。幸い、向こうには狙われる心配はないだろうし」
アトラは一般人……いや、一応鉄華団所属になるから、一般人ではないのか?
ともあれ、狙われる理由はない。
三日月もアトラに危害を加えるような相手がいなかったら、自分から喧嘩を売ったりはしない。
もっとも、火星の農場でガエリオにやった一件を考えると、危害を加えられたら即座に反撃するだろうが。
それもちょっと殴るとかではなく、本気で殺すといったように。
普通ならMSのパイロットというのは、MSに乗ってこそ実力の本領を発揮する。
だが三日月の場合は、かなり身体を鍛えているので生身でも相応の強さを持つ。
実際、生身ではガエリオを相手に一方的に殺しそうになっていたし。
……もっとも、あれはガエリオが油断していたからというのもあるのだろうが。
それに聞いた話だとガエリオもセブンスターズの家の子供で、しかも跡取り息子だという話だ。
それを考えれば、生身での戦闘がそこまで強くなくても仕方がないのだろう。
あるいは何でもありの殺し合いではなく、何らかの試合……フェンシングとかそういうのなら、向こうの方が強いかもしれないが。
「あ、でもギャラルホルンの件もあるか」
「アクセル? どうしかしたのですか?」
「いや、三日月とアトラだが、基本的には心配しなくてもいいとは思うけど、ここは地球からも近いし、このドルトコロニーにもギャラルホルンの手の者がいる可能性がある」
「……それは……」
クーデリアが俺の言葉に戸惑ったように黙る。
ドルトコロニーが一体どのくらいギャラルホルンと関係が深いのか。
あるいは火星での一件がどこまで広まっているのか。
その辺が分からない以上、絶対にどうこうとは言えない。言えないが、それでも危険があるのは間違いなかった。
そう思ったのだが……
「心配いらないよ」
俺の言葉にアジーがそう言う。
「どういう事だ?」
「タービンズの情報網で調べた限りだと、このドルトコロニーとギャラルホルンはそこまで深い関係じゃない。勿論、全く無関係という訳でもないけど」
なるほど、タービンズ……というか、テイワズの情報網か。
とはいえ、アジーの言葉の全てを素直に信じる訳にもいかない。
具体的には、テイワズやタービンズがそれなりの……いや、それ以上の情報網を持っているのは間違いないだろう。
だが、それはあくまでもテイワズの力が大きく働く場所。具体的には木星圏を中心とした圏外圏での話だ。
圏外圏という意味では、当然ながら火星もその中にはいるだろうが。
だからこそ、タービンズと最初に接触した時、シャドウミラーがMWの大会で優勝したとか、その辺の情報も知っていた訳だし。
後はギャラルホルンとの戦いだが、名瀬はあの戦いを直接見ていたらしいので、その辺については特に突っ込んだりする必要もないだろう。
「普通なら安心してもいいんだろうけど……名瀬から聞いてるだろう? コンテナの件」
「ああ、その事か。……聞いてるよ」
「なら分かる筈だ。あのコンテナの一件を考えると、このドルトコロニーでああいうMWや武器が必要になるような事になってもおかしくはない。そうなると、当然ギャラルホルンも出て来てもおかしくない訳だ」
「その辺については、コンテナを運んでいた連中の情報待ちだけど……けど、そうだね。危険だと言えば危険かもしれないか」
「では、追いますか?」
アジーの言葉を聞いたフミタンがそう言う。
けど、これは……いや、そうだな。少し方向性を変えれば……。
「例えば、アトラと三日月が上手く行くかどうか、見張っているのはどうだ? ギャラルホルンが来たらすぐに助けに入る事が出来るし」
「……なるほど。それはいいですね」
俺の言葉がかなり予想外だったのか、クーデリアは嬉しそうに笑う。
どうやら俺の提案がそれなりに気に入ったらしい。
アジーに視線を向けると、若干呆れの視線をこちらに向けてきていたが。
アジーにしてみれば、俺の言葉は半ば言い訳に近いとしか思えなかったのだろう。
実際、それは間違っていない。
クーデリアも革命の乙女云々よりも前に、1人の若い女だ。
そうである以上、他人の恋愛沙汰に興味があっても当然の話だった。
いや、寧ろ普段は革命の乙女としてそういう姿を見せる訳にはいかないだけに、余計に他人の恋愛沙汰に興味があるのかもしれないな。
そんな訳で、買い物はひとまず置いておいて、三日月とアトラを追う事になる。
とはいえ……この場合、問題なのは俺とアジーではなく、クーデリアとフミタンだろう。
俺は気配を消す事が出来るし、アジーもまた実戦を潜り抜けてきたのだから、その辺の技術を未熟なりに持っていてもおかしくはない。
だが、クーデリアとフミタンの2人は違う。
一般人……いやまぁ、お嬢様とメイドという意味では一般人ではないのかもしれないが、とにかくそんな感じなのは間違いない。
そんな2人は、当然ながら気配を消すとか、そういう事は出来ない訳だ。
そしてスラム街で生き抜いてきた三日月は、朧気ながらも気配を察知する事が出来てもおかしくはない。
……まぁ、それでも尾行してるのが俺達だと知れば、一体何をしてるんだろうと疑問に思ってもおかしくはないが。
三日月はMSのパイロットとしては凄腕なものの、人間としては……特に恋愛関係については、決して鋭い訳ではない。
ハエダ達の件があった以上、アトラが自分に好意を寄せているというのは分かるだろう。
だが、その好意がどういう種類の好意なのか……それについては、分からない筈だ。
例えば男女間的な好意なのか、あるいは友情的な好意なのか。
だからこそ、クーデリアも2人の行く末を楽しんでいるのかもしれないが。
「こういう事なら、ビスケットからデートに向いてる場所でも聞いておけばよかったな」
そんな風に言いながら三日月達を追っていると……
「ちょっと待ってくれ、君達。今、ビスケットと言ったね。それはもしかしてビスケット・グリフォンの事かい?」
ちょうどすれ違った男が、不意にそう声を掛けてくるのだった。