「……え?」
サヴァランは、俺の言葉に理解出来ないといった様子でそんな声を漏らす。
サヴァランにしてみれば、自分の金を稼ぐ為に俺が言うような大きな騒動を起こすとは、到底思えなかったのだろう。
ましてや、今回の一件はこのドルトコロニーにとっても大きな騒動だ。
言ってみれば、ホワイトカラーとブルーカラーの争いとでも言えばいいか。
現在、具体的にどのような状況になっているのかは、俺にもちょっと分からない。
分からないが、それでも俺の予想が当たっていればどうなるのかは明白であり……
「なるほど、そういう事ですか」
「お嬢様!?」
サヴァランとは裏腹に、クーデリアは俺の言葉を聞いても、そこまで大きく動揺している様子は見せない。
勿論、クーデリアも俺の言葉に全くショックを受けていないのかと言えば、それは否だろう。
俺の言葉に色々と思うところがあるのは間違いない。
自分の援助をしてくれたノブリスが、こうして自分を切り捨て、それを自分の利益にしようとしているのだから。
それでもクーデリアが動揺を表に出さないのは、シーラの教えによるものだろう。
今ここにいるのは、つい先程まで三日月とアトラの恋愛について興味津々だった少女ではなく、火星の独立を求める革命の乙女としてのクーデリアだった。
「お嬢様……」
そんなクーデリアを見て、複雑な表情を浮かべながら呟くフミタン。
……うん? 何故複雑な表情?
元々表情を変える事は滅多にないフミタンだ。
そんなフミタンがこうして俺が見ても分かる程、露骨に表情を変えているのだ。
何だ?
これが例えば、喜んでいるのなら俺もすぐに納得出来ただろう。
自分の仕えているクーデリアが、こんなにも立派になって嬉しいといったように。
だが、その表情にあるのは、悲しみや懸念といったように思える。
「っ!?」
そして俺が自分を見ているのに気が付くと、その表情は即座にいつもの無表情に戻る。
これは……一体何だ?
そんな疑問を抱くが、その疑問を突き詰めるよりも前にサヴァランが口を開く。
「それは、結局貴方の推測でしかないのでしょう? いかにもありそうだとはいえ……」
サヴァランのその言葉は、ある意味で間違ってはいない。
実際、これが推測に推測を重ねた、それこそ妄想だと言われても否定出来ないような事なのは事実なのだから。
だが同時に、そのようなものでも有り得るのは間違いのない事実。
「なら、聞こうか。ギャラルホルンがこの件には関わっていないと断言出来るか?」
「な……ぜ、そこでギャラルホルンが? ドルトコロニーでの労働者同士の話なのでは?」
「嘘だな」
元々、サヴァランは嘘を吐くのに向いてはいないのだろう。
苦し紛れに言ったその言葉は、俺から見ても真実ではないだろうと思えた。
「なるほど。そうなると、ドルトコロニーの上層部もギャラルホルンがこの一件に介入するのは予定通りか。それによって、騒いでいる労働者達を見せしめにして、自分達の支配権を確実にするといったところか?」
「っ!?」
俺の言葉に何を思ったのか、サヴァランはこちらを睨み付けてくる。
サヴァラン本人には何も理解してはいないのだろうが、その視線は相応に強烈なものだった。
それだけ今の俺の予想が当たっていたという事なのだろう。
となると、クーデリアの存在を知らなかった件が疑問だが……いや、違うな。
クーデリアの件はサヴァランも本当に知らなかったのだろう。
クーデリアの名前を聞いた時のサヴァランの驚きは間違いなく本物だった。
……実は俺にそう思わせるような演技をしたという可能性も否定は出来ないものの、それでも今のサヴァランの様子を見ると、恐らくそれはないと思われる。
「そこまではお前達の狙いだったが、ノブリスの狙いは先程も言ったように自分の商売……武器が売れる事だ。勿論ドルトコロニーで内乱状態になっても武器は売れるかもしれないが、ノブリスの性格を考えればもっと大きな戦いを望む筈だ。それこそこれも先程言ったが、火星独立運動の象徴であるクーデリアがドルトコロニーで起こった内乱によって死んで、その結果の混乱のように」
とはいえ、それはそれで疑問がある。
それなら俺達シャドウミラーと鉄華団をここまで優遇する必要があるのかという問題だ。
あるいはシャドウミラーだけ、鉄華団だけなら、地球に行くと見せ掛けてドルトコロニーまで運ぶ護衛戦力として必要だと思ってもおかしくはないが。
恐らく原作ではそういう流れだったのかもしれない。
だが、この世界においては、シャドウミラーを今回の一件に巻き込む理由は何だ?
考えられる可能性としては、ギャラルホルンを相手に鉄華団と共に大暴れしつつも、最終的には負ける。
それによって、ノブリスの目指す騒乱を当初の予定よりも大きくし、それによってノブリスはより儲けるといったところか?
「なるほど、シャドウミラーの役目は騒乱という種火を生み出すことではなく、その種火を大きくし、周囲に燃え広がらせる事か」
「え? 一体何を……?」
突然話が変わった事に、サヴァランが不思議そうに言う。
他の面々も似たような様子だったが……唯一、アジーだけが俺が何について言ってるのかを理解し、表情を厳しくしていた。
実戦経験があるからこそ、俺の言いたい事も分かったのだろう。
後は、鉄華団が騒乱の種火を生み出し、シャドウミラーがそれを広げるという事は、成り行きであっても俺達と一緒にいるタービンズもシャドウミラーと同じ役目を負う事になる可能性が高いのだから。
「とにかく、今のままだとドルトコロニーは戦乱に巻き込まれるだろうな。当然そうなればギャラルホルンがやって来て、その騒動を鎮圧する。つまり、武器を受け取った者達は全員が殺されるか、逮捕されるかといったところか」
「そんな……それは何としても止めないと! 私はその為に今まで……」
うん? ……ああ、なるほど、この様子を見ると、サヴァランは色々と深い場所まで知っていたのだろう。
それをどうにか止めようとしている、と。
……さて、こうなると一体どうするべきなんだろうな。
「どうする?」
具体的に、何がどうするといったように聞いた訳ではない。
ただこれから自分達がどのような行動を取るべきなのか決めかねての言葉だった。
正直なところ、俺達の目的としてはあくまでもコンテナを労働者達に渡すだけである以上、コンテナを渡したらとっととドルトコロニーから脱出して地球に向かっても構わない。
いや、寧ろクーデリアの安全を考えればそれが最善なのも間違いはないだろう。だが……
「ドルトコロニーでは貧富の差が激しい。それは火星と同じです。……いえ、火星よりはまだこちらの方が……そう、マシなのでしょうが」
クーデリアがマシという言葉を使うのはどうかと思わないでもなかったが、言ってる内容はそう間違ってはいない。
火星とドルトコロニーでは、それこそドルトコロニーの方がまだマシなのは間違いない。
「だろうな。それは俺も否定しない」
「ですが、今の話を聞いてしまえば……このドルトコロニーが戦場になるという可能性が高いのも事実です」
「あくまでも俺の予想だけどな」
「今までアクセルには何度も助けられてきたのです。そうである以上、アクセルの予想は確定事項として考えてもいいでしょう」
いや、それはどうなんだ?
勿論、俺自身も自分の予想はそれなりに高い可能性で合っているとは思っている。
思っているが、それでも俺の意見だからというだけで、無条件で信じるというのはどうかと思わないでもない。
……まぁ、サヴァランも含めて皆がクーデリアの言葉に聞き入ってる以上、ここで余計な事を言うつもりはなかったが。
「そうである以上、出来ればこのドルトコロニーに住む方を見捨てたくはありません。……このドルトコロニーには、子供もたくさんいるのでしょう?」
「え、ええ。それはまぁ。具体的な数は知らないが、学校とかがあるくらいですし、相応の人数がいるのは間違いないかと」
そう言ってしまうのは、サヴァランの人の良さというのもあるだろうが、クーデリアが持つカリスマ性によるものだろう。
そしてこういう事を聞いてしまえば、クーデリアの取る行動は決まっている。
「アクセル、この平和な……いえ、平和とは言えないかもしれませんが、それでも多くの者が日常を送っているこのコロニーを、戦いに巻き込みたくはありません。何とか出来ないでしょうか?」
「そう言われてもな」
クーデリアの言葉に悩む。
クーデリアの頼みには、メリットとデメリットがある。
メリットはこのドルトコロニーにおける騒動における死人の数を本来の数よりも減らせる。また、サヴァランの様子から考えて恐らくギャラルホルンがこの騒動には介入してくるから、それに勝てばギャラルホルンの戦力を減らせる。また、ドルトコロニーにおいて、シャドウミラーや鉄華団、タービンズの名前を知らしめる事が出来る。
デメリットは、俺達が介入した影響によってブルーカラーとホワイトカラーの騒動がどのような形になるのか分からない。最悪、今のままでブルーカラーがこれからも貧乏で苦しい生活を続けるという事になる。また、ギャラルホルンの戦力を減らすという事は、当然ながらギャラルホルンが俺達を今まで以上に敵対視するという事を意味している。ギャラルホルンという組織の大きさを考えれば、ここで倒せる数よりも俺達を狙う者の方が多くなるだろう。
「ざっと考えてみたけど、デメリットの方が大きすぎるな」
「そんな! 何とかなりませんか!? 私に出来る事であれば、何でもしますから!」
俺の言葉にそう言ったのは、クーデリア……ではなく、サヴァラン。
「何でお前がそういう風に言うんだ? お前は言ってみれば体制派なんじゃないか?」
「そんな事はありません! ナボナさんは私にとっても恩人なんです!」
ナボナ?
全く知らない名前が出て来た事に疑問を抱くが、サヴァランの様子は真剣なものだ。
今の発言からすると、労働側……ブルーカラー側の有力者が、そのナボナという人物なのだろう。
何故サヴァランがそんな人物と知り合いなのか。
一瞬疑問だったものの、よく考えれば答えを見つけるのは難しくはない。
ビスケットの兄だったのがサヴァランだ。
つまり、このドルトコロニーにおいても決して裕福な暮らしではなかったのだろう。
下町やスラム街とか、そんな場所で生まれ育ったようなものだろう。
そうなると、ナボナという人物と顔見知りでもおかしくはない。
そんな相手だけに、戦いに巻き込まれて死ぬのは避けたいのだろう。
とはいえ、諸々のメリットやデメリットを……いや、待て。
ドルトコロニーでこうなっているという事は、恐らくだがこれは原作であった騒動なのだろう。
考えてみれば高密度デブリ帯で何もないまま、地球に到着するというのは、原作のある世界として考えると有り得ない。
となると、俺が介入している分だけ原作とは色々と違うのかもしれないが、それを込みで考えても巻き込まれるのは自然な流れと考えた方がいい。
だとすれば、俺が暴れた場合のデメリットだけを考えないで、メリットの方を重視した方がいい。
そして……そういう意味では、サヴァランというのはお買い得ではないかとも思える。
「もし俺がこの騒動に関与して、何らかの方法で事態をどうにかしたら……お前は何を支払える?」
「え?」
まさかそんな事を言われるとは思っていなかったのだろう。
サヴァランの口から間の抜けた声が上がる。
とはいえ、それでもすぐにサヴァランが口を開く。
「私が支払えるのなら、何でも」
そこまで言う程、サヴァランにとってナボナというのは重要な人物なのだろう。
「なら、お前を貰う。幸いうちでは事務員が足りなかったからな」
「……あ、ああ。なるほど」
何故か怯えた視線を俺に向けてきたサヴァランだったが、最後まで言葉を聞くと納得した様子でそう言う。
何か妙な事を言ったか?
そう思って自分の言動を思い出し……ああ、と納得する。
お前を貰うという意味で、つまり俺がそういう趣味だと勘違いしたのだろう。
これで例えば、サヴァランが男ではなく女、それも魅力的な女であれば、言われた本人もある程度は納得したのかもしれない。
だが、サヴァランは男だ。
そんな男がお前を貰うといったような事を言われれば、そんな風に勘違いをしてもおかしくはなかった。
もっとも、すぐに事務員云々という言葉を聞いたので、その誤解は解けたようだが。
「で、どうする? クーデリアの頼みもあるが、それを込みで考えてもお前が今の会社を辞めて、シャドウミラーに就職するというのが必要になる。ああ、ちなみに給料もちゃんと出せるし、何よりシャドウミラーの拠点はビスケットのいる鉄華団の拠点からも近いし、桜の農園にも行ける距離になる。そういう意味では、悪くないと思うが」
「それは……だが、私は養子に……いや、しかし……分かった、君の要望を受け入れよう」
少し悩んだ末に、サヴァランはそう告げるのだった。