驚いた事に、モンタークが用意した部屋というのは明らかに高級ホテルという表現が相応しい場所だった。
……いや、モンタークの正体がマクギリスである事を考えると、別にそこまで驚くような事ではないのか?
モンタークにしても、これからの話の邪魔をされるのは困るだろうし。
そういう意味では、しっかりとしたホテルの部屋というのは、そんなに悪くない話だろう。
……サヴァランとアトラの2人は、このようなホテルを使うという事でかなり緊張している様子だったが。
サヴァランはこのドルトコロニーで働いている、それもホワイトカラーであっても、そこまで地位は高くないのだろう。
だからこそ、こういう高級ホテルを使う機会はなく、それで気後れしてるのだろう。
アトラは、火星のスラム街出身だが、三日月達と違って常識がある。
その為、自分がこのような立派なホテルを使ってもいいのかと思っているらしい。
とはいえ、アトラも鉄華団の一員だ。
ましてや現在このドルトコロニーにおいて進められている暴走……もしくは武装蜂起と言ってもいいのかもしれないが、とにかくそのような事がいつ起きるか分からない以上、アトラだけをイサリビに帰すといった事も出来ない。
結果として、アトラも一緒に話を聞く必要があった。
「さて、それで早速話を聞かせて貰おうか。一体何から聞かせてくれるんだ?」
「そうだな。色々と話したい事、それにアクセルから聞きたい事もあるが……まずは一番重要な件について話そう」
そう言いつつ、モンタークは仮面を取り、マクギリスとなる。
別に仮面をつけるという行為に、そう拘りの類はないらしい。
あくまでも自分の正体を隠す一環という事なのだろう。
それについては、俺からも何も言えない。
そういうものだと納得するしかないのも事実。
他の面々も、マクギリスがあっさりと仮面を外した事には色々と思う様子はありそうだったが、実際に何かを口にしたりする様子はない。
「じゃあ、頼む。ギャラルホルンが何を考えているのか……それをきちんと教えてくれ」
「簡単に言えば、見せしめだよ」
「……見せしめ?」
あっさりと口にしたその言葉に、そう返す。
見せしめという言葉で大体の予想は出来たものの、それでも改めて詳細をマクギリスに尋ねる。
「ああ。アクセルも知っての通り、この世界はギャラルホルンによって平和を守られている。だが……それでも、ギャラルホルンが長い間動かなければ、張り子の虎として侮るような者も出て来るんだ」
「まぁ……それはそうだろうな」
その件については俺も納得出来た。
ギャラルホルンが幾ら強力な戦力を持っていても、それを実際に見せつけるような事がなければ、戦力を持っていると分かっても実感というのがなくなるのだろう。
これが火星のような圏外圏であれば、海賊とかが普通に存在しているという関係もあり、その力を見せつける機会はそれなりにある。
また、実質的に植民地の火星である以上、ギャラルホルンもお行儀よく振る舞うといった事はしない。
CGSを襲った時の事を思えば、それは明らかだろう。
……もっとも、あれはギャラルホルン火星支部のトップの暴走に近い感じだったらしいが。
「地球に住む人々に、ギャラルホルンの力を見せつける。それが必要なんだよ」
「ちょ……ちょっと待って下さい! じゃあ、それだけの為にこのドルトコロニーで騒乱を起こそうとしてるのですか!?」
サヴァランが、我慢出来ないといった様子でマクギリスに食って掛かる。
サヴァランにしてみれば、自分の住んでいる場所を……それも親しい者達の多い場所を、そんな理由で荒らされるというのは我慢が出来ないのだろう。
「勘違いしているようだから言っておくが、このドルトコロニーがそういう場所だから選ばれたというのが正しい」
そう言うマクギリスの言葉に、サヴァランは何も反論出来ない。
恐らくはこれから起こる騒動について十分に知っていたからこそ、反論出来なかったのだろう。
「まぁ、その件はいいとして。……ギャラルホルンはノブリスと手を組んだと思ってもいいのか?」
「……そこまでは私にも分からない。今回の一件はあくまでも統制局の主導だからね。だが、アリアンロッド艦隊を率いる人物はセブンスターズの中でも有力な人物だ」
そう言うマクギリスだったが、一瞬……本当に一瞬だったが、その表情には苛立ちや嫌悪の色があった
すぐに消えたので、それに気が付いたのかどのくらいいたのかは分からないが。
ただ、マクギリスにとってもアリアンロッド艦隊とそれを率いる人物が好ましい相手ではないというのは明らかだった。
「そうなると、やっぱりノブリスと組んだ……あるいは利用したと考えた方がいいんだろうな」
ノブリスの性格からして、本来なら一方的に利用されるような事は好まないだろう。
だが……自分にとって利益があるのなら、話は別だ。
ましてや、その利益というのが火星独立の象徴たる、革命の乙女が死に、それによってドルトコロニー以外にも騒乱が広がり、戦乱となるような事があれば武器商人のノブリスにとって大きな利益となるだろう。
だからこそ、今回の一件に関わったのかもしれないが。
ただ、ギャラルホルンとしても今回の一件はあくまでも見せしめである以上、ドルトコロニーだけで終わらせたい筈だ。
しかし、ノブリスにしてみれば自分が大儲け出来る機会を見逃す筈がない。
結果として、ギャラルホルンがノブリスを利用したように見せ掛け、実際にはノブリスがギャラルホルンを利用した形になった訳だ。
もっとも、ノブリスもノブリスでテイワズを騙すという悪手を用いている。
実際にタービンズ経由で俺達に連絡があった事を考えると、テイワズ側もそれに気が付いている訳で、ノブリスに対して一体どういう報復をするのかがちょっと気になるところだ。
とはいえ、ノブリスの方もテイワズを利用するというのがどういう意味を持つのかは十分に理解しているだろう。
そうなれば当然だがテイワズの報復についても理解している筈であり、それだけにテイワズに対する何らかの対策を考えていてもおかしくはない。
もっとも、正面から戦いを挑むといったような事はさすがに無理である以上、賠償金とか謝罪金とかそういう名目で金を使ってどうにかするとかだろうが。
ともあれ、ノブリスという存在に対して色々と思うところがあるのは間違いない。
「そうだろうね。もっとも、ギャラルホルンも決して無能という訳じゃない。そうである以上、もし大きな騒動になっていても、その影響は限定的だという事だろうね。……君もそう思うだろう?」
マクギリスがそう聞いたのは、俺ではなく、アジーでもなく、三日月でもなく、そしてクーデリアやアトラ、サヴァランでもなく……フミタン。
「え?」
マクギリスの言葉にそのように呟いたのは、クーデリア。
一体何故ここで自分のメイドにそのような事を聞くのか。
そう思っての声だったのだろう。
部屋の中にいる者達の視線がフミタンに集まる。
だが、フミタンは自分にそのような視線を向けられているのに気が付いた様子もない。
マクギリスの指摘に何か思うところがあるのか、ショックを受けていた。
「フミタン?」
そんなフミタンの様子が気になったのだろう。
クーデリアが一体どうしたのかといった様子で尋ねる。
「あ……お嬢様、その……」
フミタンは何かを言いたげにしているものの、実際に口に出すような事は出来ない。
普段は無表情で、このように動揺する様子というのは非常に珍しいフミタンがここまで動揺するのはかなり意外だった。
そんなフミタンの背中を押す……いや、背中から刺すというのが正しいのか? とにかく、マクギリスが口を開く。
「どうしたんだい? ノブリスからの指示で彼女を見張っていたと言えばいいだろう」
「っ!?」
マクギリスの口から出た言葉に、フミタンは息を呑む。
……ノブリスの指示でクーデリアを見張っていた?
それはつまり、フミタンはノブリスのスパイだったって事か?
いや、だが……俺が見た感じでは、フミタンは真剣にクーデリアに仕えていたように思える。
あるいは演技だったのかもしれないが……しかし、もしあれが演技だった場合、それこそ命懸けの演技という事になるだろう。
「あんた、何を言ってるんだい?」
アジーがマクギリスにそう言う。
マクギリスを見るアジーの目は、睨むという程ではないにしろ、かなり力が込められている。
クーデリアとフミタンの関係は、アジーから見ても自然なものに見えたのだろう。
「何をと言われてもね。私が言ってるのは真実だ。それは彼女の態度が示してくれているとは思わないかね?」
その言葉にフミタンに視線を向けると、普段の冷静沈着な様子はどこへやら。
これ以上ないくらい派手に動揺しているフミタンの姿がそこにはあった。
……これは、当たりか。
もしフミタンがノブリスのスパイでなければ、それこそあっさりと自分がスパイではないと、そう口にするだろう。
だがこうして動揺しているのは、マクギリスの言葉が事実だという事を意味している。
あるいは、万が一……本当に万が一の話だが、フミタンがノブリスのスパイではなくても、別の誰かのスパイという可能性が高くなるだろう。
そう考えていると……うん? ちょっと待て。
ふと思いついたんだが、CGSがギャラルホルンに襲撃された時に俺は魔法を使ってシャドウミラーの拠点に戻り、その後のゴタゴタが片付いた後でクーデリアとフミタンに対して魔法の存在を打ち明けた。
つまり、フミタンは魔法を知っているのだ。
それでいて、フミタンがノブリスのスパイだというのが事実だとすれば……もしかして、ノブリスは俺が魔法を使えるというのを知ってるのか?
いや、だがそれは……その割にはノブリスが俺にちょっかいを出してくるような事はなかった。
武器商人のノブリスにとって、魔法というのはそう簡単に見逃せるようなものではない筈だ。
それは商売の邪魔としてであったり、あるいは取り込めば自分にとって大きな利益になるという意味であったり。
だというのに、ノブリスが俺に接触してくるような事はなかった。
もしノブリスが魔法について知ったら、まずはそれが本当にあるかどうかを確認してくるだろう。
その確認の方法が、単純に俺に聞いてくるのか、それとも盗撮とかそういうので俺が魔法を使うのかを確認するのか、もしくはそれ以外の方法なのかは分からないが。
ぶっちゃけ、魔法を確認するという意味では子供組から話を聞いた方が手っ取り早いんだが。
子供組の中でも昌弘のように年上であれば情報を聞き出すのは難しいかもしれないが、子供組の中には幼い者達もいるので、そちらに何かお菓子でも渡せば……もしかしたら、素直に話してくれるかもしれない。
魔法というのが本当にあったら、それを子供組には教えていないと判断して子供組に接触しなかったのか?
とはいえ、魔法について探りを入れるような事すらしていないのは疑問だ。
となると……もしかして、フミタンは魔法についてノブリスに話していない?
だが、ノブリスのスパイである以上、魔法という情報を話さないのは……あ、もしかしたら魔法というのを報告しても信じて貰えないと思ったとか?
このオルフェンズ世界についての常識で考えれば、魔法というのはあくまでも空想上の存在でしかない。
そんな中で、実はアクセルが魔法使いである事が判明しましたなんて報告をノブリスにしたら……普通に考えて、病院に行けと言われるか、もしくはゆっくりと休めと言われるか。
最悪の場合、そんな錯乱した奴をクーデリアの側に置いておくのはノブリスにとってマイナスだと考えて殺されるという可能性すらある。
そんな諸々について考えれば、魔法について報告出来ないというのも納得は出来た。
もしくは……出来ればこっちであって欲しいんだが、クーデリアのスパイとしてノブリスに使われているが、フミタン的にはスパイをやるのが嫌になったとか?
フミタンの方に視線を向けるが、そのフミタンはまだ動揺しており、俺の視線に気が付いた様子はない。
……まぁ、アジーやアトラ、マクギリスといった面々がいる中で、魔法について聞く訳にもいかないしな。
そんな訳で、もしフミタンに魔法をノブリスに報告したのかを聞くにしても、それはこの話が終わった後での事にしようと判断する。
「フミタン……あの人の言ってる事は本当なの?」
「お嬢様……その……」
クーデリアの言葉にフミタンは何かを言おうとするものの、言葉に詰まって何も言えない。
とはいえ、フミタンの様子を見ればマクギリスの言葉が事実だったのかどうかは容易に想像出来る。
それはフミタン本人も承知の上なのだろう。
やがて大きく深呼吸をしてからフミタンが口を開く。
「はい。私はノブリス様の手の者です」
そう、断言するのだった。