外部スピーカーを使って放たれた忠告は、暴走しつつあったデモ隊の動きを止めるのに十分な説得力があった。……ある意味、威力があったと表現しても、この場合は決して間違いではないだろうが。
やはりMSが街中に現れたというのが、敵も味方も度肝を抜かれたのだろう。
もっとも、俺が乗ってるサラマンダーは正確にはMSではなくVFなのだが。
しかし、このオルフェンズ世界において人型の機動兵器となるとそれはMSと認識するしかないのだから、この辺はおかしくないのだが。
とはいえ、俺の行動によって一時的にデモ隊の行動を止めたとはいえ……
『何で止めるんだ! 向こうはここまでやったんだぞ! なのに、一方的にやられてろってのか!』
デモ隊の1人が憤りからそう叫ぶのが聞こえてくる。
まぁ、そんな風に思うのも仕方がない。
デモ隊にしてみれば、ギャラルホルンが自作自演によってドルト本社の建物を破壊し、その結果として仲間が死んだのだから。
撃破されたデモ隊側のMWを見ながら、そんな風に思う。
もしかしたらMWのパイロットが生きている可能性もあるが……それは余程の幸運があった場合だけだろうな。
普通に考えれば、乗っていたMWが撃破された以上は死んでいる。
それに対して、デモ隊側でも血の気の多い者達が許せないと思うのは仕方がない。
仕方がないが、だからといってそれを許すことが出来ないのも事実。
サヴァランからの依頼もあるしな。
「これ以上暴れるというのなら、次の俺の攻撃の矛先はお前達になるが?」
外部スピーカーでそう言うと、俺に向かって怒鳴った者も……そして、言葉には出さずとも、怒鳴った者に同意していた他の血の気の多い者達も、黙り込む。
俺が一瞬にして、ビームバルカンでギャラルホルン側のMWを撃破したのを目の前で見たのだ。
そうである以上、俺に攻撃されるのは避けたいと思うのは当然だろう。
何しろ、あのギャラルホルンですら、一方的にやられたのだから。
にしても、街中でMSを乗り回すなとか、そんな風に叫ぶ奴がいないのはちょっと疑問だな。
こっちにとっては、その方が楽でいいのは間違いない。
しかし、それを考えた上でも本来ならエイハブ・リアクターの影響を考え、街中でMSを使っているように見える今の状況を責めてもおかしくはないのだが。
「今は一度退け。ギャラルホルンの自作自演を見れば分かったと思うが、お前達の行動は利用されている。このままだと、ギャラルホルンやドルト本社の連中にいいように使われるだけだぞ。それが嫌なら、ここは退け。すぐにギャラルホルンの本隊……アリアンロッド艦隊も来るぞ」
そう言いつつ周囲の様子を確認すると、何人かのTVカメラマンの姿が見える。
恐らくこのデモをドルトコロニー……あるいはそれ以外にも放映する為に集まってきた者達だろう。
もしくは、ギャラルホルン側が自分達の正当性――自作自演だが――を見せつける為に用意した可能性がある。
しかし、これは俺にとっても決して悪い事ではない。
シャドウミラーのアクセルではなく、MSなのに何故か市街地で普通に使えるサラマンダーの姿を、この放送を見ている者達全員に見せつけられるのだから。
この映像を見ているギャラルホルンにしてみれば、市街地で使われていて、それでいながら電子機器に問題を起こさないサラマンダーは是が非でも確保したいだろう。
つまり、アリアンロッド艦隊の目的はデモ隊から俺に向けられる訳だ。
これはちょっと予想外の展開だったが、俺にとって好都合なのは間違いない以上、ここでそれを利用しない手はない。
「どうした? とっとと退け。今から俺はコロニーの外に出る。アリアンロッド艦隊のMS隊がこっちに向かってる筈だからな」
外部スピーカーによって発しているこの声も、中継によってギャラルホルン側に聞こえているだろう。
……こうしたやり取りをしておきながら、実はこれが生中継ではなかったらとんだピエロだな。
とはいえ、このデモはドルトコロニーにおいても非常に大きな騒動だ。
ギャラルホルン側としても自分達の正当性を示す為にも、生放送ではないという可能性はかなり低い筈だ。
まぁ、違ったら違ったで、また別に何かの手段を考えればいいだけだが。
そんな風に思っていると、デモの主導者と思われる人物……最初に見た時、他の面々が実際に攻撃しないように注意していた男が、デモ隊とサラマンダーの間に割って入るように姿を現す。
『貴方が誰かは分かりません。ですが、こちらの味方をしてくれると……そう思ってもいいのでしょうか?』
「そのつもりだ。ただし、それは俺がお前達の指示に従うという訳じゃない。あくまでもこっちの都合でお前達にはこっちの要望を聞いて貰う」
サヴァランから助けてくれと頼まれたとでも言えばいいのかもしれないが、そうなれば後々面倒な事になりそうだしな。
サヴァランは、立場としてはデモ隊側じゃなくてドルト本社側だし。
そんな相手に助けられたと知れば、面白く思わない奴とかもいるだろう。
なので、取り合えずそう言っておく。
『……分かりました。素直に退きましょう』
『ちょっ、組合長! 何でここで! ここは一気に……』
『落ち着きなさい。彼の言葉を聞いたでしょう。もしここで私達が退かなければ、あのMSが敵に回るのですよ』
『それは……』
『MWを一瞬にして破壊した攻撃を見たでしょう。あの攻撃がこちらに向けられたらどうなると思いますか? 今の私達に必要なのは、仲間を守る事です。私達の待遇改善については、ドルト本社と協議をする必要もあるでしょう。ですが、今は退くべきです。ギャラルホルンが行った自作自演の件もあります。交渉はこちらにとって有利なものになると思いますよ』
その言葉に血気盛んな者達もある程度納得したのか、大人しく退いていく。
……ギャラルホルンの生き残りでまだ動ける歩兵が撤退していくデモ隊に向かって攻撃する様子を見せたが、サラマンダーの頭部を向けた瞬間にその動きは止まる。
仲間がやられたのを間近で見た以上、当然かもしれないがな。
ともあれ、ドルト本社前の騒動はこれで片付いた。
そうなると、残るのは宇宙にいるアリアンロッド艦隊か。
MS部隊の相手をする必要もあるし……それに、TV局の者達はまだ残っている。
となると、ここは俺に……サラマンダーに敵の目を惹き付ける為にも、少しサービスをするか。
そう判断すると、サラマンダーをバトロイドからファイターに……戦闘機状態に変形させる。
それを見ていたTV局のクルー達が文字通りの意味で腰を抜かす程に驚いているのを確認しつつ、俺は宇宙港に向かう。
このオルフェンズ世界において、可変MSというのはいない。
いや、あるいは俺が知らないだけかもしれないが。
特にガンダムの中には対MAという事で、可変型のMSがあってもおかしくはない。
しかし……このサラマンダーは、変形するだけではなく街中でも普通に行動出来る。
サラマンダーを見た者は、サラマンダーがエイハブ・リアクターに関する何らかの新しい技術を使っていると考えるだろう。
実際にはエイハブ・リアクターその物を使っていないのだが、このオルフェンズ世界においてMSというのはエイハブ・リアクターを使うのが常識となっている。
MWは水素エンジンを動力源としているらしいから、それに改良を重ねれば、いずれは水素エンジンでMSを動かせるようになる……かもしれないとは思うが。
ただ、エイハブ・リアクターという便利でしかも高出力な動力炉がある以上、水素エンジンをMSの動力炉にしようと考える者は少ないだろう。
とはいえ、エイハブ・リアクターがギャラルホルンしか作れないのに対し、水素エンジンはそういう事はない。
その辺を考えると、研究をしている奴がいてもいいと思うんだが。
あるいは、ギャラルホルンがそういう研究をしている情報を知ったら妨害しているのか。
MSのフレームは既にテイワズが作れるようになった。
テイワズが作れた以上、この先も同じようにフレームを作れるようになる組織が増えていくだろう。
だが、エイハブ・リアクターは今のところギャラルホルンだけの独占技術だ。
それを脅かすかもしれない研究をしていると知れば、妨害するという手段に出てもおかしくはない。
そんな風に考えている間にもサラマンダーは飛び続け、宇宙港に到着する。
「へぇ」
宇宙港にサラマンダーが入ると、それと同時に扉が開く。
これを偶然とはさすがに思わない。
つまりこれは、宇宙港の職員が意図的にこうして宇宙に繋がる扉を開いているのだろう。
無重力状態になっている場所にサラマンダーが入ったり出たりしたそのタイミングでの扉の開閉は、恐らくギャラルホルンによるものだ。
ギャラルホルンにしてみれば、さっきの中継で、あるいはドルト本社にいたギャラルホルンからの連絡か、その理由はともあれサラマンダーを可能な限り無傷で入手したいとでも思ったのだろう。
ギャラルホルンにしてみれば、それだけサラマンダーの存在は驚きだったのだろう。
街中でも電子機器に干渉せずに普通に使え、しかも戦闘機に変形出来るのだから。
……これでガウォークを見せたらどうなるのか、ちょっと気になるな。
後でマクギリス辺りに見せて、反応を見てみても面白いかもしれないな。
マクギリスの性格を思えば、そこまで露骨に驚いたりはしないかもしれないが。
宇宙空間に出ると、そこには誰もいない。
てっきりギャラルホルンのMS隊が待ち構えているのかと思ったんだが、どうやら違ったらしい。
とはいえ、それもあくまでも今はだ。
スラスターの光が複数俺のいる方に向かって近付いているのが分かる。
どうせなら、MS部隊の戦力が整うまでサラマンダーをコロニーの中に閉じ込めておけばよかったと思うんだが。
そうなったら、どこかに逃げるとでも思ったのか?
ギャラルホルンの考えは分からない。
だが、こっちにとって有利な状況なのは間違いない。
グランとの通信回線を合わせ……
『アクセル、貴方は全く……』
映像モニタに映し出されたシーラが、呆れの視線を向けてくる。
「そういう風に言うって事は、既にもう事情は聞いてるな?」
『ええ、鉄華団とタービンズも準備はしています。勿論、シャドウミラーも。それと……クーデリアがグランに戻ってくる途中でTVのクルーを拾ってきました。そのクルーのTV局で演説をするという事だったので、戦闘が出来る時間は短いですよ』
「は? 何でまた?」
TVクルーがいるのは、ドルトン本社前での一件から明らかだった。
実際、ギャラルホルンとデモ隊の戦い……というか、ギャラルホルンの自作自演から始まった一方的な蹂躙に乱入したサラマンダーの件も、TVで放映されていた筈だ。
しかし、あの状況で他のTV局のクルーを拾ってくるっていうのは……一体何がどうなってそうなった?
と、そこまで考えて思い出す。
「そう言えば、ドルト本社の近くにあるビルの中にノブリスの手の者がいて狙撃銃を持っていたから、気絶させて縛っておいたんだが……どうにか確保出来ないか? もし確保出来れば、ノブリスに対するカードの1枚にはなるだろうし」
『そうですね。幸い、今のドルトコロニーはどこもアクセルの行動によって大きく混乱しています。人を派遣しても問題はないでしょう。……ただ、そうなるとかなり急がないといけませんね』
「頼む」
こういう時、量産型Wがいるとかなり便利なんだけどな。
まぁ、その辺についてはここで考えても仕方がないか。
なら、今は気にしないでおくか。
ともあれ、シーラが素早く指示を出してるのを見る限り、ノブリスの手下を確保するのは問題ないだろう。
『他に何か指示はありますか?』
「クーデリアが演説をするって話だったが、具体的にどのくらいの時間が掛かる?」
『残念ですが、それは分かりません。ただ、TV局の方でも色々とあるらしいので、その辺も関係してくるのでは?』
「となると……あまり時間は取れないと思った方がいいか」
TV局にしてみれば、火星の独立の象徴たるクーデリアの演説……それも生放送だ。
視聴率を稼ぐ為にも、可能な限り早く準備を整えて生放送をするだろう。
つまり、それだけ俺が暴れられる……ギャラルホルンの戦力を減らせる時間は少ないという事になる。
クーデリアが何を考えてそんな事をしようと思ったのかは分からない。
分からないが、それでも俺にとって少し面倒な事になる……いや、そうでもないか?
いつまでも……それこそどちらかが全滅するか、あるいは撤退するまで戦い続けるというのは、さすがに向こうもやらないだろう。
アリアンロッド艦隊を率いている人物は有能だと、マクギリスも言っていたしな。
そう考えると、短時間での戦闘はそこまで悪くないのかもしれないな。
そんな風に思いつつ、俺はシーラとの短い通信を終え……こちらに向かってくるアリアンロッド艦隊のMS隊に向かうのだった。