「お前ぇっ! お前がアクセル・アルマーか! クランク二尉に何をした!」
グランにある牢屋の中で、俺を見た瞬間にアインが叫ぶ。
グランは元ブルワーズ……海賊だったので、ある意味当然ながら牢屋の類もある。
ブルワーズ時代にどういう使い方をしたのかは……うん、あまり知りたくはないな。
ともあれ、そんな牢屋の中には現在アインがいる訳だ。
クランクが捕虜にしたアインだったが、当然ながら大人しくこちらに従う様子はない。
以前クランクはアインを上手く説得出来るみたいな事を言っていたように思うんだが。
アインにしてみれば、クランクが以前とは違ってしまった事を理解したのか。
それとも単純に、ギャラルホルンを裏切ってシャドウミラーに所属しているクランクという存在が許せなかったのか。
アインにしてみれば、恐らくは本当に俺がクランクに何かをしたとは思っていないだろう。
あるいは薬とかそういうのを使えばどうにかなるかもしれないが、そういう場合は性格にかなり影響が出る。
今のクランクも、鵬法璽を使った影響で多少ではあるが、間違いなく以前とは性格が変わっている筈だ。
だが、それでも普通に話している分には特に問題はない。
以前のクランクを知らない者達も、今のクランクには特に変な様子はないので、普通に接しているし。
……いやまぁ、俺に絶対服従という時点で、少しおかしいと言えばそれはそれで間違いないのだが。
「別に俺は何もしていない。クランクにも、色々と思うところがあったんだろう」
そんな俺の言葉を聞き、アインはこちらを睨む目をより一層強くする。
「ふざけるな! クランク二尉はギャラルホルンに忠誠を誓っていた! 何も分からない俺に対しても、しっかりと育ててくれたんだ! そのクランク二尉が、ギャラルホルンを裏切るなんて事は有り得ない!」
「そうか? いやまぁ、クランクが厳格な性格をしているというのは知っている。だが……だからこそ、一度決めた約束は守る。それはお前も分かるだろう?」
「……」
その言葉に対しては、アインも異論はないのだろう。
何も言い返さず無言だったが、だからこそクランクならそうするだろうというのを納得していた。
そんなアインを見て、これはもしかしたら行けるか? とも思う。
具体的には、クランクのその堅物な性格について追求すれば、今の状況を納得させられるのではないか、と。
実際、俺がこれから言う事は決して間違ってはいない。
とある要素については説明するつもりはないが、それを抜きにしても十分に納得させることが出来るのも間違いはなかった。
「お前達が最初にCGSを襲撃した後、クランクが自分だけでCGSに来て決闘を申し込んだのは知ってるか?」
「……」
その言葉に無言を返すアイン。
決闘を申し込んだ事を知ってるのか、それとも知らないがクランクなら普通にやりそうだと思ったのか。
その辺は俺にも分からなかったが、アインの様子を見ると何となく後者のような気がする。
もしかしたら、格納庫でクランクに向かって怒鳴っていた時にその辺の話を聞いていた可能性もあるな。
「その時、クランクが決闘の条件として出してきたのは、自分が勝てばクーデリアを引き渡す事。そして負けた場合は俺に絶対服従を誓う事だ」
「それは……」
これについてはアインも信じられないといった様子で口に出す。
クランクならその条件でも引き受けるとでも思ったのだろう。
実際、クランクはその条件で引き受けた訳だしな。
俺にしてみれば、かなり幸運だったのは間違いない。
何しろクランクという、下士官としてはこれ以上ない人員を入手出来たのだから。
しかもそのクランクは、鵬法璽の力によって俺に逆らうという事はない。
そういう意味でも安心出来た。
とはいえ、もしそれをアインに言ったらどうなるのか。
恐らく……間違いなく許せないだろう。
ただ、許せないからといってアインがクランクをどうにか出来る訳でもないのだが。
鵬法璽以外の……例えば催眠術とかそういう方法でなら、あるいはどうにか出来るかもしれない。
だが、鵬法璽は封印級の効果を持つマジックアイテムだ。
もっとも、封印級というのが具体的にどのくらいの効果を持つのかまでは俺にも分からないのだが。
ただ分かるのは、とんでもなく強力だという事だけだった。
そんな状況である以上、クランクを正気に戻す……いや、今も正気という意味では正気なのだが、以前のクランクに戻すというのは難しい筈だ。
「クランクの性格を知ってるのなら、今のクランクが特に何かをされた訳じゃなく、本心から俺に従っているのは分かるだろう?」
「……」
最終的に沈黙するアイン。
アインにとっても、クランクの性格を考えれば今のような状況になっているというのは分かるだろう。
とはいえ、アイン本人は納得していない……いや、納得出来ないらしい。
ここは切り口を変えるか。
以前クランクからアインについて聞いた事を思い浮かべ、そう考える。
「そもそもだ。クランクが俺に従っているのは、クランクが俺の……というより、クーデリアの目的に賛成だというのも大きい。聞いた話だと、アイン。お前も火星の出身らしいな。なら、何となく分かるんじゃないか?」
以前クランクから聞いた話によると、アインはギャラルホルンの士官と火星の女の間に生まれた子供らしい。
とはいえ、その女は別にスラム街の住人であったり、あるいは娼婦の類ではなく、普通の……それなりに裕福な家の出らしいが。
ただし、ギャラルホルンに所属する者にしてみれば、火星というのはあくまでも植民地だ。
……いや、寧ろ植民地としての価値すら大分薄れてきている、そんな場所。
それだけに、アインは父親の力でギャラルホルンに所属出来たものの、その内部ではかなり差別されて生きてきたらしい。
それなりに裕福な家の生まれの母親を持っていてすら、それなのだ。
スラム街出身の者達がどういう扱いになるのか、想像するのは難しくない。
ましてや、鉄華団にいるのはCGSの参番組として強制的に阿頼耶識の手術を受けた者達ばかり。
そのような状況とクランクの性格を考えれば、火星の現状を変えようとしているクーデリアに協力するシャドウミラーにクランクが所属するというのは、そこまでおかしなものではないだろう。
アインもそれが分かっているからこそ、俺の言葉に即座に反論の言葉は口に出来ないらしい。
「……火星についての現状は、ある程度理解している」
アインが口に出来るのは、それだけだった。
その言葉通り、恐らくアインは火星についてはある程度しか理解していないのだろう。
火星出身ではあるものの、それなりに裕福な家の出であれば、スラム街とかそういう場所に行く機会はまずないだろうし。
クーデリアは子供の頃に何度か自分の目でスラム街を見る為に行った事があるらしいが、それはクーデリアが色々と特殊な存在だからというのが大きい。
そんな訳で、アインに火星のスラム街の出身者とかがどういう扱いをされているのか、どのように生き延びているのかというのは、分からない。
「それはある程度理解しているだけだろう? 実際に自分の目で見た事はあるのか?」
「それは……」
アインは俺の言葉に何も言えなくなる。
そんなアインを一瞥し、俺は再び口を開く。
「クランクが俺達に協力するのは、そうおかしな話でもないだろう? お前の知っているクランクという男は、そんな状況で多くの者を……子供達を見捨てるようなことをするか?」
「……しない」
この問いにもたっぷり数十秒の沈黙の後で、アインがそう言う。
アインにとっても、クランクというのは自分がギャラルホルンに所属してから、手助けをしてくれた相手だ。
そうである以上、子供を見捨てるような事をするかと言われて、素直にその通りだと頷くような事は出来なかったのだろう。
「つまりは、そういう事だ」
「だが……火星の者達の事を心配に思うとしても、そう簡単にギャラルホルンを裏切るとは思えない」
「そうか? 火星支部では不正が行われていたという。その不正がどれだけのものだったのかは、外にいる俺よりも実際に中にいるお前の方が分かると思うが?」
「それは……」
アインもギャラルホルンでは差別される側だったからか、ギャラルホルンの火星支部における不正については十分に理解しているのだろう。
また、クランクがその性格故に火星支部の上層部に疎まれていたのも知っていた。
そんな諸々を考えた上で、クーデリアと接触し、何をしようとしているのか。そして火星のスラム街出身の子供達と直に接し……そう考えれば、アインも迂闊には反論出来ないのだろう。
「ちなみにだが、お前が知ってるかどうかは分からないが、シャドウミラーというのはブルワーズという宇宙海賊を俺が乗っ取って作ったPMCだ。その中にはヒューマンデブリの子供達もいて、クランクはその子供達にかなり慕われているな」
これは正真正銘の事実だ。
クランクは元々面倒見のいい性格をしている。
それはアインを見れば明らかだろう。
鵬法璽によって俺に絶対服従の身となったものの、別に性格が豹変した訳ではない。
元々の性格から、クランクは子供達に好かれている。
もっとも下士官的な役割を期待されているのも間違いはない以上、優しいだけではなく、時には厳しく子供達を叱ったりすることも珍しくはなかったが。
しかし、それでも子供達は自分達を鍛えるクランクが、悪意からそのような事を言ってる訳ではないというのは理解している。
……ブルワーズにいた頃は、それこそ悪意から使い捨ての消耗品として扱われていたので、子供達のその辺の判断力は高い。
「今はちょっと難しいが、もう少しして落ち着いたらここから出してやるよ。そうしたら……うん?」
「あら、お邪魔だった?」
俺がアインと話していると、マーベルが姿を現す。
マーベルだけではなく、その後ろにはサヴァランの姿もある。
どうやら、シーラが言っていたグランの案内をしている最中らしい。
「ああ、マーベルか。いや、そうでもない。……ああ、そうだ。サヴァラン、ちょっとこっちに」
「え? はぁ……何ですか?」
そう言い。サヴァランは俺の近くまでやって来る。
放っておいた事で不満を言うのかと思ったが、どうやらそんな様子はない。
……まぁ、サヴァランにしてみれば、ドルトコロニーでの騒動は死人を出さないとまではいかなかったものの、それでも当初の予想より大分少なくなったのだ。
ましてや、俺がサヴァランを放っておいたのは、アリアンロッド艦隊のMS部隊を叩く為というのも大きい。
それでも放っておいたのは後でちょっと何か言った方がいいのかもしれないとは思うが。
「こいつの名前はアインだ。場合によっては、サヴァランの同期となるかもしれないから、そのつもりでいてくれ」
「は? ……はぁ、その……彼が、ですか? 牢屋に入ってるようですが」
「ちょっと待て! 何故俺がシャドウミラーに入るかのような話になっている!」
「……こう言ってますが?」
サヴァランにしてみれば、どう対応したらいいのか分からないのだろう。
「今はそう言ってるが、将来的にはどうだろうな。……さっきも言ったが、今の状況が少し落ち着いたら見張りはいるが、自由に動いてもいいようにする。それこそイサリビ……鉄華団の船に行くのも、許可をする。それを見てから、どうするか決めたらいい。クランクの手伝いをするか、あるいは火星のスラム街の子供達やヒューマンデブリを見捨てるか。その辺りはお前の自由だ」
今は俺に突っ掛かってくるアインだったが、その本質は善人だろう。
思い込みの激しいところはあるようだったが。
それだけに最終的にはシャドウミラーに協力するだろうとは思っている。
これはあくまでも俺の予想であり、実際にどうなるのかは分からないが。
ただ、クランクがいる以上は問題ないだろうとは思うが。
それにアインという人材は、シャドウミラーにとってそれなりに大きいのも事実。
下士官のクランク程にではないにしろ、ギャラルホルンから軍人としての教育をしっかりと受けている。
そういう人材は、多ければ多い程にいい。
……もっとも、杓子定規な性格の場合は、シャドウミラーでやっていくのは苦労していくと思うが。
クランクが本来ならそんな感じの性格なのだが、クランクの場合は良い意味でも悪い意味でも鵬法璽の影響を受けている。
その影響で、シャドウミラーでも若干の苦労はあるが、普通にやっていけている。
アインは……どうだろうな。
とはいえ、鵬法璽についてはエヴァから可能な限り使わない方がいいと言われているので、アインに鵬法璽を使おうとは思わない。
クランクの時はギャラルホルンの状況だったり、地球における案内人であったり。
他にも色々と理由はあるが、あの時は是非ともクランクを入手したかったのは間違いない。
それと比べると、アインは……まぁ、手に入ればラッキー程度の人材か。
「ともあれ、今はゆっくりと俺の言った事を考えるんだな」
そう、アインに告げるのだった。