「へぇ、これが漏影か」
ハンマーヘッドの格納庫で、俺はそのMSを見る。
ベースが百錬のMSなのだが、一見しただけでは到底百錬には見えない。
……いやまぁ、元々この漏影という機体は、タービンズがシャドウミラーや鉄華団に協力していないように見せる為に百錬に見えないように偽装した機体だ。
「ふふん、どう? 百錬には見えないでしょ」
ラフタが自慢げに言う。
本来ならラフタは百里に乗っているのだが、百里は基本的に宇宙での使用を前提としている。
いやまぁ、多分地上でも使えない事はないのだろうが。
そして地球に下りるのは、ラフタとアジー。
だからこそ、アジーは自分の百錬を漏影に改修……というか偽装してるが、ラフタの乗る百里はアミダの百錬となる。
つまり、シングルナンバーの百錬だ。
かなり大事に使わないと……いやまぁ、最初にタービンズと戦闘になった時、大破させた俺が言うべき事ではないかもしれないが。
「そうだな。こうして見る限り、百錬の面影は殆どない。偽装用としては満点の出来だ」
「ちょっと待ってちょうだい。これは偽装用だけど、それだけじゃないのよ! 重力下での戦闘を想定して装甲を薄くして機動性を上げて、背部と足には追加のスラスターを装備してるから、総合的に見て百錬よりもかなり機動性は上がってるのよ!」
自信満々といった様子のラフタの言葉。
その言葉を聞き、改めて百錬……いや、漏影を見てみると、ラフタが言うように背中と足の後ろには追加のスラスターが装備されていた。
なるほど、偽装用のMSだと思っていたが、寧ろこれは百錬を地上で使えるようにした感じと思えばいいのか?
元々百錬は百里には及ばずとも、それなりに高機動型だった。
マン・ロディなんかとは比べものにならないくらいに。
だからこそ、その特性を地上で使う分にはより伸ばしたといったところか。
「なるほど。……うん、この漏影も後で貰わないとな」
「えー……ちょっと、それだとダーリンが怒られるんじゃない? 漏影はあくまでも百錬なんだから、新型機じゃないでしょ」
「ここまで来れば、もう新型機と言ってもいいと思うけどな。まぁ、その件については後で名瀬と話すよ。それより俺が空間倉庫に収納するのは漏影2機と予備パーツは消耗品とか、そういうのでいいんだよな?」
「そうだけど……ねぇ、本当に魔法なんて使えるの?」
半信半疑……いや、二信八疑といった様子で聞いてくるラフタ。
その二も俺を信じているのではなく、名瀬やアミダから聞いたからといった感じだ。
ラフタの性格……そしてこの世界の常識を思えば、そういう風になるのはそうおかしな事ではないと思うが。
「本当だよ、ほら」
そう言い、指を鳴らして右手を白炎にして炎獣を生み出す。
「うわっ!」
犬の炎獣を見たラフタの口から、そんな驚きの声が上がる。
いや、驚いているのはラフタだけではない。
格納庫で作業をしていた他の女達……その全員が名瀬の妻なのだろうが、その全員が目の前の光景に驚きの声を上げていた。
俺にしてみれば炎獣というのは特に珍しいものでもないのだが、初めて見る者達にしてみれば、これはどうしようもないくらいに魔法でしかないのだろう。
「どうだ? これを見れば魔法だというのはすぐに分かるんじゃないか?」
そう聞くと、炎獣に完全に視線を奪われていたラフタが俺の方に視線を向けてくる。
驚きのあまりなのか、どう反応してもいいのか分からないような感じだな。
そうなったら面倒なので、再度指を鳴らして炎獣を消す。
白炎で構成された犬の炎獣は、そのまま白炎となって姿を消す。
「で、どうだった? これなら魔法だと理解出来るんじゃないか?」
「あ……そうね。……え? もしかして、夢? トリック?」
「だから魔法だって」
自分で見たのに信じないというのは……それだけ自分の中にある常識を大事にしているという事か。
「魔法……魔法なのね。本当に、こんなにあっさりと魔法を見せて貰えるとは、思わなかった」
「本来なら名瀬とかにも秘密にしたかったけど、もう話してしまったからな。それにMSとかを空間倉庫に収納して持っていく以上、ここで隠しても何の意味もないのは間違いない。それはラフタも分かると思うが?」
「……そう言われるとそうかもしれないけど、でも魔法よ? 魔法なのよ? ……ねぇ、アクセル。私も魔法って覚えることが出来るの? だったら、もっと……」
「落ち着け」
勢いよく言い募ってくるラフタにそう言う。
ラフタがここまで魔法に食いつくというのは、ちょっと……いや、かなり意外だったな。
「魔法については、生憎今の状況ですぐにとはいかないが、この騒動が終わって、まだ習得したいのなら、試してもいい」
そうは言うものの、正直なところ魔法を習得するのは難しいと思う。
もし本気で素人が魔法を習得しようとするのなら、魔力が多く漂っている魔法球の中でそれなりに時間を掛けて練習をするのが早道だろう。
勿論、それはあくまでも一般的な才能の場合であって、例えばネギのように魔法の才能が突出してるような者であれば、話は別だが。
……もしくは、魔法の才能は分からないが、俺が闇と影と召喚という3つの魔法を習得した時のように、スライムで吸収するといった特殊な方法で魔法を習得するとか。
もっともスライムの奴はあくまでもその魔法の才能を手に入れるというもので、スライムでその魔法を使えるようになったからといって、すぐにそれらの魔法を使える訳ではない。
実際に俺もエヴァから色々と教えて貰ったり、魔法書を見て勉強し、それでやっと魔法を使えるようになったんだし。
「え? 本当?」
「ああ。とはいえ、そう簡単に習得出来る訳じゃない。人にもよるが、数ヶ月……場合によっては数年掛かってもおかしくはないけどな」
「えー……そんなに時間ないわよ。何かこう、すぐに……数日くらいで魔法を使えるようになる方法ってないの?」
「ないな。いやまぁ、ラフタにとんでもない魔法の才能があったりすればどうにかなるかもしれないけど」
その言葉に、ラフタが不満そうな様子を見せる。
自分に魔法の才能があるかどうか、分からないのだろう。
普通に考えれば、そんな才能を自分で自覚出来る方がおかしいとは思うが。
「ともあれ、魔法については今回の一件が終わった後での話だ。今はまず、クーデリアの一件を片付けるのが先だ」
「ふーん。……そう言えば、アクセルってあのお嬢様とどういう関係なの?」
俺の言葉を聞いたラフタは、何故か面白そうな様子でそう聞いてくるが……
「どうと言ってもな。護衛対象とその護衛。もしくは友人とかそんな感じか?」
これがシーラなら、教え子や弟子と言うだろうし、フミタンなら主人と言うだろうが、俺の場合はそんなものだろう。
だが、俺の場合は普通に友人という表現が相応しい関係なのは間違いなかった。
なのに、何故かそれを聞いたラフタは驚きの表情を浮かべる。
「え? それ本気で言ってるの?」
「何がだ?」
「いや、だから友人って……」
「そのつもりだが」
「あれ? 私が聞いた話だと……まぁ、いいわ。今はそういうのを気にするよりも、準備をしないといけないでしょうし」
何だか分からないが、自分の言葉に自分で納得すると、それ以上は特にその件で何かを言ってくるような事はなかった。
何だ? もしかしてラフタはクーデリアが俺を好きだとでも言いたいのか?
……まさかな。
「そうだな。時間に余裕はあるけど、ある程度急いだ方がいいのも事実だしな」
これが普通に移動しているだけなら、特に問題はないだろう。
だが、現在の俺達はそれこそギャラルホルンに狙われている身だ。
ギャラルホルンの中でも精鋭のアリアンロッド艦隊は、ドルトコロニーの一件で結構な戦力を消耗したので、取りあえず問題はないだろう。
だが、地球外縁軌道統制統合艦隊が地球の最後の門番として守っている以上、いつ攻撃してくるか分からない。
あるいはそれ以外に何かもっと別の理由で騒動がある可能性がある。
具体的には、タントテンポの騒動がこちらにも波及してくるとか。
ジャンマルコの様子を見る限りだと、多分その辺は心配しなくてもいいとは思う。
思うのだが、それでも何があるのか分からないのがオルフェンズ世界だ。
だからこそ、いつ何が起きてもいいように準備しておくのは必要だった。
……もっとも、今回の一件は空間倉庫に漏影を、つまりタービンズのMSを収納するという事であり、それをやるとなるといざ敵が攻めて来た時に対処出来る戦力がないという事を意味していた。
もっとも、タービンズは現在のところ表に出てはいないから、もし地球外縁軌道統制統合艦隊のMS隊が攻撃してきても、対処するのは難しいが。
漏影は地上用MSで、セッティングとかもそれに合わせてしてあるんだし。
そういう意味では、空間倉庫に収納しておいても特に問題はない訳だ。
「よし、じゃあ収納するぞ。まずはMSからだな」
そう言い、俺は漏影に近付いていく。
ラフタや格納庫にいたメカニックの面々は、そんな俺の様子を興味深そうに眺めていた。
俺が本当にMSを空間倉庫に収納出来るかどうか、好奇心からだろう。
あるいは、MSが空間倉庫に入れても本当に無事かどうか不安を抱いているとか。
そんな諸々の理由で俺を見ている者達がいるが、その視線を無視してMSに触れる。
すると次の瞬間、一瞬前までそこにMSがあったのが嘘のように漏影の姿が消える。
ざわり、と。
漏影が消えたのを見た者、気が付いた者、我に返った者……そんな面々がざわめく。
俺が魔法を使えるというのは、名瀬から知らされていただろう。
また、犬の炎獣もその目で見ている。
だが……それでも、MSという巨大な人型機動兵器が一瞬にして目の前から消えたのだから、驚くなという方が無理だったらしい。
俺にしてみれば空間倉庫というのは使い慣れているので、そこまで気にするような事ではないと思うんだが……それはあくまでも俺だからこそだろう。
あるいはマーベルやシーラのように俺が空間倉庫を持っていてるのをずっと前から知っている者達、もしくはシャドウミラーの面子のようにこの世界に来てから俺が空間倉庫を持っていると知っている奴。
そんな面々なら、ここまで驚くような事もなかったとは思う。
この様子だと、声を掛けてもすぐには我に返らないか。
なら……という事で、もう1機の漏影の側まで移動すると、続けてそちらも空間倉庫に収納する。
ざわり、と。
先程よりは小さいが、それでも再びざわめくラフタ達。
2度目ではあっても、やはり目の前でMSが消えるという光景は見ている者を驚かせるには十分だったのだろう。
そんな面々の様子を気にせず、俺は次を要求する。
「MSは収納した。後は武器とか予備部品とか、それ以外に必要な消耗品とか、そういうのを収納するから、出してくれ」
「え? あ……うん。エーコ、準備は出来てるのよね?」
「……え? あ、ああ、うん。言われたように準備は出来てるわよ。出来てるけど……いや、その……え? MSが消えたわよね?」
「ダーリンからその辺については聞いてるでしょ。今はそれよりも、MS以外の地球に持っていく奴!」
「あれ……あのコンテナ」
エーコと呼ばれた女が指さした方向には、複数のコンテナが用意されている。
そのコンテナに近付くと、2機の漏影と同様に空間倉庫に収納する。
さすがに3度目ともなると、ざわめきは減ってきたものの、それでも間違いなくそこにはざわめきがある。
自分達の常識では到底信じられない事だった以上、それは仕方がない。
「後はないな? なら、俺はグランに戻るけど、構わないか?」
「あ、ちょっと待って。その……漏影とかコンテナは全部その、アクセルの魔法でどこかに保管されたのよね?」
ラフタのその言葉に、俺はその通りと頷く。
それを見たラフタが、少しだけ申し訳なさそうにしながらも、口を開く。
「じゃあ、その……収納した漏影を出して貰える? 実際に出すのを見ないと、少し不安で。こんなの、初めて見るし」
そう言うラフタに、エーコと呼ばれた女も……そしてそれ以外の格納庫にいた女達も同意するように頷く。
無理もないか。
魔法――実際には違うのだが――を初めて見る以上、ここはしっかりと空間倉庫を使うのは問題がないと、はっきりと示しておいた方がいい。
俺にとっては、そこまで気にするような事ではないのだが、ラフタ達にしてみれば、気が付いたら自分達のMSがどこかに消えてしまったようなものなのだから。
実際に空間倉庫から出すのを自分の目で見て、それでようやく安心出来るといったところだろう。
「分かった。お前達も実際に自分の目で見るまでは心配だろうし。……出すぞ」
そう告げ、俺は収納した漏影のうちの1機を取り出す。
いきなり格納庫の中に現れた漏影に、ラフタを始めとする面々は再度驚きの声を発するのだった。