『おおおおおおお』
降下船の窓の外を見ている者達がそんな声を出す。
現在降下船はその名の通り地球に向かって降下中なのだが、その光景は鉄華団に所属する者達にしてみれば驚くべき光景なのだろう。
とはいえ、イサリビ……いや。ウィル・オー・ザ・ウィスプだった時に何らかの理由で宇宙に行った事のある者達は降下船で火星に降りたりもしていたのだろうから、別にこれが初めてという訳でもないのだろうが。
それを示すように、歓声を上げているのは子供組だけだ。
そんな光景を見ていると、メリビットがこっちに近付いてくる。
珍しいな。
「アクセルさん。その、地球に降下するにあたって本当に大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫って何がだ? ギャラルホルンに狙われるのは、ほぼ間違いないが」
マクギリスやガエリオ、カルタといった面々と秘密裏にとはいえ、手を組んだ。
だがそれは、あくまでも限定されたメンバーと限定された形での話だ。
本格的に手を組んだりすれば、あるいはもう少し助けて貰えたかもしれないが。
とはいえ、マクギリスと本格的に協力するのは色々と不安があるのも事実なんだよな。
なので、何かあったら戦力として雇われるという程度に留めている。
そんな協力だけに、イズナリオが指示をした地球にいるギャラルホルンの部隊を出してくるのは止められないし、最悪……本当に最悪の場合、ガエリオやカルタとの協力関係を隠す為に俺達に攻撃をしてくるという可能性も決して否定は出来ない。
だからこそ、地球に降下した俺達は相応に危険なのは間違いない。
「やっぱりそうなんですか。……でも、出来るだけ安全な方法を選んで下さい。あの子達の為にも」
そう言うメリビットの視線が向けられているのは、外の光景を見ている子供達だ。
なるほど、メリビットは子供思いといった感じか。
「そうだな。出来る限りはそうしたいと思ってるよ」
俺も別に子供達を無駄に殺したい訳ではない。
原作では……シャドウミラーがいなかった事を考えれば、恐らく子供にも被害が出た可能性が高い。
だが、それはそれだ。
この歴史では俺達が存在する以上、子供達を無駄に殺したりとか、そういう事をするつもりはない。
現在蒔苗がいる場所の座標をマクギリスから聞いているので、そちらに向かっている最中だ。
そこに行けば、蒔苗と会ってクーデリアがこれからどうするのかを決めるだろう。
……というか、クーデリアとの契約は地球にいる蒔苗の所まで連れていくというものだった以上、本来ならその時点で契約は終わりなんだが……まぁ、そういう訳にはいかないよな。
蒔苗がアーブラウの代表という立場のままだったら、そういう風にも出来たかもしれないが、そこにイズナリオの野望が関わってくるとなると、こっちも相応の対応をする必要がある。
だからこそ、蒔苗と会ってもそれで終わりではない。
というか、アーブラウから追放――というか逃亡――している蒔苗だけに、火星のハーフメタルの件で交渉しても意味はないし。
つまり、蒔苗をどうにかしてアーブラウの代表に戻す必要がある訳だ。
そしてそれをさせる訳にいかないのが、イズナリオとなる。
つまりギャラルホルンと正面から戦う訳にはなるんだよな。
ここでの戦いを思えば、やはりこれは避けて通れないだろう。
そういう意味では、精鋭とも呼ぶべき面々を地球の降下に連れてきたのは間違っていない筈だ。
「……分かりました。正直なところ、アクセルさんがそこまで子供達を大事にしているとは思わなかったので、少し意外です」
「俺をどういう風に思っていたんだ?」
「女好きでしょうか」
きっぱりとそう言われると、俺もそれに対して否定のしようがない。
実際マーベルとシーラという2人の恋人がいるし、毎晩……とまではいかないが、結構な頻度でそういう行為をしているのだから。
それにホワイトスターには更に多くの恋人達がいる。
また、恋人というか妻の数では俺よりも上の名瀬と兄弟分の杯を交わしたというのもある。
その辺を考えると、メリビットが俺を見て女好きと断言するのも決して間違ってはいない。
間違ってはいないのだが、テイワズから派遣されているメリビットが俺に対してそういう風に言うのは、それはそれでどうかと思うが。
俺の立場的にはマクマードと同等といった感じなのだから。
メリビットがマクマードに今のような事を言うかと言われれば……どうだろうな。
俺もメリビットとの付き合いは短いので、言うかもしれないし、言わないかもしれないと思う。
「だから今まであまり俺に声を掛けたりはしなかったのか?」
メリビットは美人と評しても決して間違いではない女だ。
また、相応の社会経験がある事から、自分が男に言い寄られる事が多いという自覚もあるだろう。
だからこそ、女好きだと思われる――客観的に見た場合、実際に間違ってはいないが――俺に近付く事を避けていたのだろう。
「どうでしょうね」
笑みを浮かべて誤魔化すメリビットだったが、その態度こそが俺の予想が当たっているというのを示しているように思えた。
「まぁ、お前が俺をどう思おうと、構わないけどな。……ともあれ、ギャラルホルンの襲撃だが、もしあるとすればそれなりに後の事になると思う」
蒔苗が現在いる場所は、かなり辺鄙な無人島らしい。
そんな場所だけに、ギャラルホルンの戦力もすぐにはやって来ないだろう。
……とはいえ、それはつまりちょっとした騒動を起こしても問題にはならないという訳で、そういう意味では島にいる蒔苗を狙ってギャラルホルンの戦力が襲撃してくる可能性は十分にあるという事を意味してもいた。
ただ、蒔苗がその島に避難してからそれなりの時間が経っているのに、まだ無事である以上、ギャラルホルンとしても今はまだそこまで大袈裟に騒動を起こすつもりはないのかもしれないが。
イズナリオとしても、アーブラウの実権を握ればそれでいいと考えて、蒔苗もいなくなったら追っ手を出すとまでは考えていなかったのだろう。
俺達がその島で蒔苗と合流したら、危機感を抱いて追っ手を出してくる可能性は十分にあったが。
「そう。……すぐにないのなら、それを喜ぶべきなのかしらね」
「どうだろうな」
地球に慣れる時間があるというのは、悪い話ではない。
とはいえ、重力とかそういうのも基本的にはテラフォーミングされた火星と地球では変わらないので、地球に慣れるという時間そのものはすぐだと思うが。
ああ、でも火星は決して水が豊富じゃない。
海は勿論、川とか湖とか沼とか、そういうのも……探せばあるのかもしれないが、俺が火星にいる時はそういうのを見なかったな。
そう思えば鉄華団の面々が島という事で海に慣れるというのは経験しておいてもいいのかもしれない。
地球で行動する以上、泳いだりとかそういう事をする必要もあるし。
これが火星でもそれなりの生活をしていた者達なら、火星にない海とかは無理でも、プールとかそういう場所で泳いだりするのだろうが。
アイン辺りならそういう経験があるかもしれないな。
ギャラルホルンの中では火星出身という事で差別をされていたらしいのだが、父親はギャラルホルンの士官だ。
そうなると、母親も相応の地位……上流階級、あるいは中流階級の中でも上の方にいる者と予想出来る。
そういう生まれである以上、アインもプールとかで泳ぐくらいの経験はあってもおかしくはない。
昌弘とかを始めとして、そういうのの経験がない子供達に水泳を教えさせてもいいかもしれない。
クランクも一緒なら、その辺は問題ないだろう。
「お、大気圏を抜けたな」
「うわぁ……綺麗な青ね」
大気圏を抜けると、そこには青い海が広がっていた。
どこまでも存在する水平線は、大気圏の突入に喜んでいた子供達の目を奪うには十分だったらしい。
実際、この景色はかなりのものだしな。
特に火星のスラム街であったり、ヒューマンデブリとして暮らしてきた者達にしてみれば、目を奪われるのは不思議な事ではなかった。
隣を見れば、メリビットも視界一杯に広がる海という光景に目を奪われ、先程まで俺と話していた事はすっかり忘れてしまったかのようだった。
そうして海を見続けること、10分程……
「お、あの島か」
先程までは海だけしか見えていなかったのだが、今そこには島が1つある。
それなりに大きな島で、家……というか、屋敷に近い建物もあった。
座標通りに下りてきた事を考えると、あそこに蒔苗がいるのだろう。
『目的の人物のいる島が見えてきた。建物から少し離れた場所に着陸するから、総員衝撃に備えてくれ!』
通信で聞こえてきた声は、鉄華団の元ヒューマンデブリの男だ。
電子機器に詳しい、褐色の肌の男。
その男の声に、窓の外を熱心に見ていた子供達は揺れても問題ないよう、近くの壁に掴まったり、テーブルの下に潜ったりとしている。
「メリビット、俺達も衝撃に備えるぞ」
「ええ、そうね。……子供達は大丈夫かしら?」
そう言いつつ、メリビットも近くにあった壁に掴まる。
そんなメリビットを見つつ、子供達については多分大丈夫だろうとは思うが、それを実際に口にする事はない。
もし言えば、その理由を尋ねられ……CGS時代の件を話す事になり、それを不満に思うのは間違いなかったのだから。
「こうして見る限りだと、多分大丈夫そうだ。それより今は……っと」
話している途中で降下船が激しく揺れた。
降下船がきちんと着陸出来るような場所があれば、ここまで揺れるようなことはないだろう。
だが、この島にそのような立派な宇宙港の類がある訳もない。
結果として、降下船が着地するのにこうして激しく揺れるのは仕方がなく……
「きゃあっ!」
悲鳴が聞こえると同時に、メリビットが俺の方に倒れてくる。
咄嗟にその身体を支えるが……グニュリとした柔らかい感触が手の中にあった。
「きゃああっ!」
再びメリビットの口から悲鳴が出る。
その悲鳴は心なしか先程よりも大きいように思えたのは、俺の気のせいではないだろう。
「しっかり掴まっていろ」
そう言い、俺はメリビットの柔らかな胸から手を離し、吹き飛ばないように注意する。
ちなみに今の俺はどこかに掴まったりはしていないが、それでもバランスを崩したりはしていない。
この辺は俺がただの人間ではなく、混沌精霊だからというのもあるのだろう。
激しく揺れる降下船に、メリビットは少しでも安定を求めたのだろう。
俺に向かって抱きついてくる。
勿論そこには色っぽい意図がないのは俺も分かっている。
あくまでも……そう、緊急避難的な意味での行動だろう。
そもそもメリビットは俺を女好きと認識しており、それを示すように今日まで積極的に俺に接してくる様子はなかった。
そんなメリビットが抱きついてきたからといって、そこに色っぽい意図がある筈がないだろうというのは俺にも想像出来る。
「は、はい。痛っ!」
激しく揺れている降下船の中で話そうとしたメリビットだけに、舌なり唇なりを噛んだのだろう。
「喋らなくてもいいから、今は揺れに耐えろ」
そんな俺の言葉に、メリビットは俺に抱きつきながら激しく頷く。
……頷いてるんだよな?
この揺れの中で頷いているように見えただけとか、そういう事はないと思う。
実際、メリビットが俺に抱きつく力は強くなったし。
そのまま十数秒……やがて揺れが止まる。
つまり、無事に降下船が島に着陸したという事を意味していた。
いや、無事かどうかは分からないが。
宇宙港でも何でもない島に無理矢理着地したのだから、降下船には相応の被害があるのは間違いない。
そうなると、この降下船をそのまま流用するというのは難しいだろう。
「あ、あの……アクセルさん……もう、大丈夫そうなら離してくれませんか?」
降下船について考えていると、腕の中のメリビットが顔を赤くしてそう言ってくる。
その言葉に現在の自分とメリビットの様子を確認すると、しっかりと俺がメリビットを抱きしめていた。
メリビットも俺に抱きついているので、傍から見ればお互いに抱きしめ合っているようにしか見えないだろう。
そして……これが重要なのだが、部屋の中にいた子供達が興味津々といった様子で俺とメリビットを見ていたのだ。
メリビットにしてみれば、可能な限り早くこの状況から脱したいだろう。
「ああ、悪いな。……いや、メリビットが思っている俺の性格だったら、こういう展開の時はここぞとばかりにお前を口説いた方がいいのか?」
「馬鹿な事を言わないで下さい」
きっぱりとそう言ってくるメリビトットだったが、その頬が薄らと赤くなっている。
メリビットが自分の状態に気が付いているのか、いないのか。
その辺は生憎と俺にも分からないが。
「アクセルさんが最初に思っていたような人でないのは、私も分かっています」
だから話し掛けてきたんだったか。
そんな風に思いつつ、俺は抱きしめていたメリビットをそっと離すのだった。