「うわぁ……砂だ……」
鉄華団の子供の1人が呟く声が聞こえてくる。
その言葉通り、降下船が下りた島は砂浜だった。
降下船で受けた衝撃はそこまででもなかったらしい。
いやまぁ、着地の時は十分に揺れたんだが。
子供達やメリビットが結構危険な状態だったのは間違いないし。
「逃げてきた逃亡者がいる島だというから、もっとこう……こういうリゾート地みたいな場所は違うんじゃないか?」
周囲の様子を見ながら、そんな風に呟く。
実際、この島はリゾート地と言っても決して間違っていないと思う。
軟禁されてるとか、そういう可能性も考えていたんだが……どうやらその予想は大きく外れたらしい。
いやまぁ、それが事実だったらマクギリス辺りが前もって何かを言ってきてもおかしくはないかもしれないが。
「おい、まずは荷物を運び出すぞ! 降下船は浸水してるから、積み込んできた物資が水……この塩辛い水に濡れたら洒落にならねえ!」
オルガが子供達に向かってそう言う。
ちなみにそのオルガもしっかりと荷物は持っており、指示をしながらも自分でしっかりと働いていた。
この辺、さすがだよな。
下の者に慕われているのは、こういうところが大きいのだろう。
特にCGSだった頃は大人達が雑用は全てオルガ達に押し付けていたっぽいし。
そういう意味では、オルガのこの態度は立派なのだろう。
「俺も手伝うか?」
一応、降下船の格納庫にはグシオンも収納されている。
そうである以上、物資とかを運び出すのは俺も協力した方がいいかもしれないと思って聞いたのだが、オルガはそんな俺の言葉に首を横に振る。
「いえ、アクセルの兄貴は周囲の警戒をお願いします。……ここには蒔苗って人がいるって話ですが、ギャラルホルンの性格を考えると、早速戦力を送ってくる可能性もあるので」
「分かった。なら、そうするよ」
オルガが言うように、ギャラルホルンが……より正確にはイズナリオが、そして次点ではラスタルが戦力を送ってくる可能性は高い。
だからこそ、何かあってもいいように俺が準備をしておいた方がいいのは間違いなかった。
そんな訳で、俺は周囲の様子を警戒する。
もしギャラルホルンやアリアンロッド艦隊が戦力を送ってくるとすれば、基本的にはMS隊で間違いないだろう。
だがこっちの人数が少ないと考えると、MSではなく生身の兵士……それも特殊部隊的な連中を送ってくる可能性も否定は出来ない。
戦力的にはどうやっても完全にMSに負ける生身だが、それでも生身である事の利点もある。
それが、秘密裏に行動しやすいという事だ。
MSで活動する場合、どうしても目立つ。
何しろ18m前後もあるのがMSだ。
そんなMSを運搬するとなれば、どうしても目立つ。
だが、特殊部隊……人が数人となると、どうなるか。
それこそ小さなボートでも用意してこの島にやってくればいい。
あるいはヘリを使うという手段もある。
ヘリポートがなくても、特殊部隊なら空挺降下とか普通に出来るだろうし。
あくまでも蒔苗1人を殺すだけなら、別にわざわざMSを用意する必要はないのだから。
そういう意味では、生身の戦いを得意としている俺が見張りに立つというのは悪い話ではない。
そうして俺が見張りに立ち、他の面々が降下船から荷物を運んでいると……こちらに近付いてくる何人かの気配を感じ取る。
ただし、敵意や殺意の類がないので、ギャラルホルンの手の者という訳じゃない。
このオルフェンズ世界において、敵意や殺意を消して攻撃出来るような奴がいるとは思えないし。
勿論、絶対にそういう奴がいないとは断言出来ない。
世の中には予想のつかないことが起きるというのは、珍しい話ではないのだから。
だからこそ、もしかしたら……本当にもしかしたらの話だが、この世界にもそういう風に殺気を殺したりといったような事が出来る者がいる可能性は十分にあった。
そういう意味で油断はせず、近付いてくる相手にこちらから会いに行く。
すると……うん。やはり、向こうはこっちに危害を加える気はないらしい。
隠れもせず、堂々と太陽の下を歩いてきていた。
「ほっほっほ。よくこの島に来てくれた。まさか、儂のいる島に直接来るとは思わんかったよ」
「誰だ?」
黒服のボディーガードを数人連れているのその男は、まさに老人といった様子だった。
ただし、元気がありあまっている老人という表現が正しいだろう。
外見として非常に目立つのは顎髭だろう。
胸の辺りまで伸びている……のはいいのだが、何だか妙な風に絡まっている。
まるで蛇が何匹も集まって絡まってるかのような感じと言えばいいか。
それ以外は普通の老人といった様子だ。
頭の殆どが剥げており、両脇に白髪が残っている感じ。
ただ……元気がありあまっていると表現したが、より正確には生気に満ちあふれているといった表現の方が相応しい。
だからこそ、俺は目の前にいる人物が誰なのかをしっかりと理解出来た。
そう、蒔苗東護ノ介だろうと。
それでも誰だと聞いたのは、もしかしたら別人の可能性があったからだ。
とはいえ、最初の言葉を聞いてそれで間違っているとは到底思えなかったが。
「蒔苗東護ノ介じゃよ。君達が交渉に来た人物だ」
こうして自己紹介をされれば、こちらも無言で通す訳にはいかないだろう。
「そうか。俺はアクセル・アルマーだ。……ちなみに交渉に来たのは間違いないが、その交渉をするのは俺ではなく、別の人物だ」
「知っておるよ」
知ってるのか。
一体どこから情報を入手したのやら。
そう疑問に思ったものの、すぐにそれも当然かと納得する。
何しろ元アーブラウのトップだった人物だ。
アーブラウもまた火星を植民地としている以上、情報収集の手段は幾らでもあるのだろう。
それこそクーデリアの件は当然ながら、シャドウミラーについても詳しく情報を持っているのはそうおかしな話ではない。
「そうか。なら、次からは間違えないでくれ。交渉するのはあくまでもクーデリアで、俺はその護衛でしかないんだからな」
「分かっておる。しかし……それを知った上で、儂はお主との交渉も大事だと理解しておる。何しろ、もし儂がハーフメタルの件で交渉をしても、アーブラウの代表という立場ではないのじゃから。もし火星との交渉の件を本格的に進めるのなら、儂がアーブラウの代表でなければならない。それについては、お主も分かるのではないか?」
「……まぁ、そうだろうな」
結局のところ、現在俺の前にいる蒔苗というこの老人は、あくまでも元アーブラウの代表という立場でしかないのだ。
そうである以上、蒔苗が言ってるようにここで何を約束しても、それを実行出来る能力は持っていないという事になるのだ。
だからこそ、交渉が上手くいっても、それを実際に行わせるには蒔苗をアーブラウの代表に戻す必要があった。
「ただ、その辺についてもまずはクーデリアと話してからにしてくれ。どういう風に復権を狙っているのかは知らないが、まずはそっちで話をしてからになる」
「ほっほっほ。律儀な事じゃのう。しかし、悪くはない。そうしようかの。では、案内して貰おうか」
「分かった。こっちだ」
そうして俺は蒔苗と護衛の黒服達を連れて砂浜に戻る。
当然ながら、見覚えのない者達……しかも黒服はともかく、見るからに爺さんの蒔苗を連れて来たのが、鉄華団の面々にとっては驚きだったのか、多くの者達から視線を集める。
なお、蒔苗はそんな視線を集めても特に気にした様子がなかったが、黒服達はそんな視線に緊張していた。
普通なら子供達から視線を向けられてもどうという事もないのだろうが、ここにいるのは鉄華団……子供が多くいながら、ギャラルホルンと戦っている者達だしな。
ぶっちゃけ、純粋な練度という意味では黒服達の方が勝っていてもおかしくはないが、実戦経験という点では間違いなく子供達が上なのだ。
それもちょっとやそっとではなく、圧倒的なまでに。
つまり黒服達にとって、ここは自分達よりも格上の存在がいる場所……そして現在自分達はその格上の相手に囲まれている事になる。
それだけに、緊張するなという方が無理だった。
もっとも、だからといって鉄華団の子供達がすぐにどうこうしたりする訳でもないのだが、
「兄貴!」
蒔苗や護衛の黒服を引き連れた俺を見つけ、オルガが声を掛けてくる。
近くにいたシノに自分の持っていた荷物を渡すと、こっちに近付いてきた。
クーデリアは……と周囲の様子を見ると、こちらもまたフミタンやシーラ、マーベルと一緒にこっちにやって来ていた。
他にも主要な面々がこっちにやって来ているのが分かる。
オルガとクーデリアが近付いたところで、俺は蒔苗の紹介をする。
「この男が蒔苗東護ノ介。本来ならクーデリアが交渉をする筈だった相手だ。……もっとも、今はアーブラウの代表ではない以上、これからの交渉が色々と大変な事になると思うが」
そう言うと、オルガやクーデリアの……また、それ以外の者達の視線も蒔苗に向けられる。
大勢の視線を浴びつつも、蒔苗は好々爺といった様子で笑みを浮かべて口を開く。
「ほっほっほ。紹介に与った、蒔苗東護ノ介じゃ。お嬢さんと直接会うのはこれが初めてになるの。……よろしく頼む」
「え? あ、はい。その……よろしくお願いします」
そう言うクーデリアだったが、その表情には困惑の色がある。
前もって蒔苗の状況については知らせておいたものの、それでもこうして実際に蒔苗と会うと、何と言えばいいのか分からなくなってしまうのだろう。
実際に今の状況を思えば、クーデリアの態度はそんなにおかしなものではないと思うが。
「では、交渉についてじゃが……ふむ、どうするかね? 見たところ、そちらはまだ色々と忙しいようだが。明日からにするかね」
蒔苗の視線に、クーデリアは即座に首を横に振る。
「いえ、交渉は出来るだけ早い方がいいでしょう。そうですよね?」
そこで俺に聞くのか?
そう思いつつ、俺がクーデリアの護衛の責任者という扱いになっている以上、それも当然かと思い直す。
「そうだな。交渉は出来るだけ早い方がいい。……これについては蒔苗も知らないだろうが、今回の一件はギャラルホルンのイズナリオ・ファリドが関わっている。向こうにしてみれば、蒔苗が再度アーブラウで力を持つのは決して好ましくはない。それこそ俺達が接触したと知ったら、すぐに戦力を出してくる筈だ」
そしてギャラルホルンの情報網を考えれば、俺達が乗った降下船が蒔苗のいる島に着地したのは、既に知っていてもおかしくはない。
マクギリス達も、今はまだイズナリオに完全に逆らう訳にはいかないので、最低限の情報は流しているだろうし。
あるいはそれがなくても、イズナリオの立場を考えれば幾らでも情報は入手出来る筈だ。
何しろ地球本部司令官という地位にいるのだから。
そうである以上、色々な場所から情報を集める事も出来るだろう。
つまり、ここで時間を消費するとイズナリオに先手を打たれるかもしれない。
そうなるよりも前に、こっちが動くのがいいというクーデリアの言葉は決して間違いではないだろう。
「イズナリオ・ファリド……か。現在のギャラルホルンにおいて大きな影響力を持っている人物じゃな。その人物が儂に贈賄をしたという流れを作り、アーブラウにいられないようにしたのは知っておるよ。それに次の代表の座を狙っているアンリ・フリュウの後ろにいるというのもな」
蒔苗の言葉に少し驚くも納得する。
蒔苗にしてみれば、自分を追い出したのがアンリなのだ。
そのアンリの後ろに誰かいるのを調べるのは、蒔苗にとっては当然の事なのだろう。
もっとも、蒔苗にとってもイズナリオのような大物がアンリの後ろにいるというのは予想外だっただろうが。
「……なるほど、そこまで分かっているのか」
オルガが微妙な表情でそう言う。
オルガにしてみれば、イズナリオがアーブラウの件の後ろにいるというのは、蒔苗に対するカードになると思っていたのだろう。
だが、蒔苗は自力でその辺りの情報を入手していた。
とはいえ、これは考えてみれば当然の事だ。
アーブラウがあるのは地球だ。
そして蒔苗はアーブラウの代表で、そこを逃げ出してきたとはいえ、今もまだ地球にいる。
そうである以上、その辺の情報を入手するのはそう難しくはないのだから。
「ほっほっほ。こう見えてもそれなりに年をとっているのじゃからな。年の功じゃよ」
「それは見れば分かるが」
かくしゃくとしている蒔苗だが、外見は老人だ。
年の功と言われても、なるほどそういうものかと思ってもおかしくはない。
「ほう? 何歳くらいに見えるかの?」
何故か面白そうな様子で聞いてくる蒔苗。
何歳くらいと言われても……
「そうだな。70歳から80歳くらいか?」
「外れじゃ。正解は+100歳。大体180歳くらいじゃよ」
「……は?」
蒔苗のしてやったりといった様子に、俺はそんな間の抜けた声を出すのだった。