「では、頼む」
蒔苗が真剣な表情で俺を見ながら、そう言う。
結局蒔苗を連れてアンカレッジに転移し、ラスカー・アレジに会う事になったのは、俺達が地球に来た翌日だった。
そういう魔法が俺にあると蒔苗に伝えた、その翌日だ。
普通に考えれば、その決断は十分に早いと言える。
何しろ、転移するのは蒔苗だ。
もしかしたら……本当にもしかしたらの話だが、蒔苗の秘書か護衛の黒服が転移するという流れになるのではないかと思ったんだが。
当然ながら、秘書や護衛の黒服達は蒔苗の行動を止めただろう。
だが、それを蒔苗が押し切ったという形だ。
正直なところ、蒔苗が何を考え、そこまでして自分で転移を試そうとしたのか、俺には分からない。
実際に魔法が本当なのか……いや、炎獣を見せて魔法が存在するというのは既に分かっている筈だから、転移魔法が本物なのかどうかを確認するのなら、それこそ秘書や護衛の黒服達が転移を試せばいいだけだ。
それをしないのは、俺達を信じているからか。
だが、それはそれで疑問ではある。
クーデリアと色々とやり取りをしていたので、その件でクーデリアを信頼するのなら分かる。
だが、俺は違う。
昨日初めて会ったばかりである以上、ここで俺をそこまで信じるというのはちょっと分からなかった。
いやまぁ、それでも悪い気はしない……もしかして、それを狙っての事か?
ちなみにクーデリアが全体会議に出席したいという件については、取りあえず後で話す事になった。
出来れば諦めて欲しいとは思うけど、クーデリアの性格を考えると、それも難しそうなんだよな。
「どうしたんじゃ? もう準備は整っておる。転移魔法とやらを使うのなら、早く頼む」
そう言う蒔苗は、その言葉通り厚着をしている。
常夏の島と呼ぶべきこの島には似合わない、そんな服装。
それでも蒔苗の顔に汗が浮かんでいないのは、年齢によるものなのか、あるいは気合いによるものなのか。
ともあれ、蒔苗にしてみればやるなら早くやれといったところらしい。
「分かった。じゃあ、行くぞ? 一応、転移先はアンカレッジの中でも人のいない場所にするけど、それで構わないな」
「うむ、それで構わん。儂が連絡をすれば、すぐに来るじゃろう」
本当か?
そう突っ込みたかったが、蒔苗の様子を見れば恐らく本当なのだろうと分かる。
それに迎えに来るのが遅くなっても、それで困るのは蒔苗だけだしな。
アラスカともなれば当然のように寒い。
けど俺の場合は混沌精霊なので、その辺は問題がない。
しかし、蒔苗の場合はラスカーとかいう人物が迎えに来るのが遅ければ、それだけ寒さに耐える必要がある。
暖かい服装をしていても、180歳の蒔苗にアラスカの寒さは堪えるだろう。
「じゃあ、これから転移魔法を使う。影のゲートと称される転移魔法だが、その名の通り影を使った転移魔法だ。影を通してアラスカに転移する事になるが……まぁ、この辺の詳しい説明はいいか」
それ以前に、俺は魔法の理論については分からない。
ただ、そういう魔法だと知っているだけなのだから。
「儂としては、色々と詳しい説明を聞きたいところなのじゃがな」
「今は時間がない。それと影に沈む感触は独特だ。人によっては気持ち悪いという奴もいるから……まぁ、だからといって止める訳にもいかない以上、慣れろとしか言えないが」
実際、今まで影のゲートを使った事のある者の中には、身体が影に沈む感触を気持ち悪いと思う者もいた。
中には全く気にならないという者もいたのを考えると、この辺は人それぞれなのだろう。
そうである以上、蒔苗がどちらなのかというのは生憎と俺にも分からない。
分からないが、それでも蒔苗は影のゲートを使わなければならない以上、もし影に沈む感触が気持ち悪くても我慢して貰うしかない。
……影に沈む感触が気持ち悪すぎて、蒔苗の老体に致命的なダメージを与えるとか、そういう事になったらどうなるのかは分からないが。
もっともそうなったらそうなったで、また何らかの手段を考える必要があるだろうが。
まぁ、今のところはそうならないように祈るしかないが。
「うむ、構わん。実際に試してみなければ何とも言えんからな。やってくれ」
秘書や護衛の黒服は蒔苗に何かを言いたそうな様子を見せている。
だが、蒔苗はそんな視線を向けられているのを理解しつつも、影のゲートでの移動を止めるつもりはないらしい。
影のゲートはこれからの蒔苗の行動をする上で最重要のものだ。
そうである以上、実際に蒔苗が自分で試さないという選択肢はそこにはないのだろう。
実際にはそこまで神経質に拘る必要があるとは、俺には思えなかったが。
ただ、それは今まで影のゲートを何度も使ってきた俺だからだろう。
そんな俺とは違い、蒔苗やそれ以外の者達は影のゲートというのがあるのは俺から聞かされて知っているし、どういう効果を持つ魔法なのかも知っている。
しかし、それはあくまでも俺から聞かされただけでしかない。
ましてや、このオルフェンズ世界において魔法ともなれば、余計にそのような思いを抱くのはおかしな話ではなかった。
それ以外にも、炎獣を見せたのは蒔苗だけで、秘書や護衛の黒服は実際に魔法を見た訳でもない。
……そう考えると、寧ろ蒔苗からの説明だけでよく納得出来たな。
あるいは手品やマジック、イリュージョンといったような、種や仕掛けのあるものだと勘違いしてるとか?
それでも蒔苗がそれに巻き込まれるのは怪我をする可能性も考えると、危険だと。
そのように思ってもおかしくはない。
まぁ、その辺については実際に試して貰えばどうとでもなるか。
目の前で俺と蒔苗が影に沈むといった光景を見れば、それが手品とかそういうのだとは思わないだろうし。
「よし、やるぞ」
「うむ」
俺の言葉に頷く蒔苗。
ちなみにここは蒔苗の屋敷……それも和風の屋敷である以上、靴は脱いで上がっているのだが、蒔苗はその手に靴を持っている。
これからアラスカに転移するのだから、まさか裸足……もしくは靴下でという訳にもいかないだろう。
そんな訳で、俺は蒔苗の側まで近付いてから影のゲートを発動する。
「おう?」
蒔苗の口からそんな声が出た。
蒔苗にしてみれば、いきなり足が影に沈んだ感触に驚いたのだろう。
とはいえ、こうして見る限りでは蒔苗が影に沈む感触を嫌っているようには思えない。
「蒔苗先生!?」
蒔苗と俺の身体が影に沈む光景を見た秘書が、思わずといった様子で叫ぶが……既に俺と蒔苗の身体は半ば程が影に沈み、そのまま完全に影に沈むのだった。
影に沈んだ俺と蒔苗が出たのは、寒さに凍えるような場所だった。
いやまぁ、混沌精霊の俺にしてみれば、この程度は全く何の問題もないんだが。
ただ、それはあくまでも俺ならの話であって、蒔苗は話が別だ。
180歳の老人なのだから。
だがそんな蒔苗に視線を向けると、暖かい服を着ているのもあってか、特に寒そうな様子は見せず、興味深げに周囲の様子を眺めている。
「ほっほっほ。驚きじゃわい。まさかこうして本当に一瞬にして移動するとは思わんかった」
「何だ、信じてなかったのか?」
炎獣を見たので、俺が魔法を使えるというのは知っていた筈だ。
そう思いながら視線を向けるが、蒔苗は笑みを浮かべたまま口を開く。
「お主が魔法を使えるというのは知っておるよ。じゃが、転移魔法というのは……あの炎獣とかいうのとは全く違う魔法じゃろう? だからこそ、もしかしたらと思うのは、そうおかしな話ではないと思うがの」
そう言う蒔苗の言葉に、なるほどと納得する。
俺にとって魔法というのは、あって当然のものといったものだ。
それだけに、炎獣を見せれば魔法を全て納得すると思っていたのだが。
……もっとも、炎獣は正確には魔法ではなく、混沌精霊の俺が持つ能力の1つでしかないのだが。
「話は分かった。ともあれ、こうしてアンカレッジに到着したのは間違いない。ラスカーとかいう相手に連絡をして迎えに来て貰った方がいいんじゃないか? もしくは、こっちから直接行ってもいいけど」
そう言うと、蒔苗は懐から通信機を出してどこかに連絡を取り始める。
エイハブ・リアクターがないからこそ、こういう街中でも普通に連絡が出来るんだな。
ハーフメタルがもっと一般的になれば、街中でMSを動かしても問題がないようになるかもしれないけど……正直なところ、それがいつになるのかは分からないんだよな。
まぁ、クーデリアの要望を全て受け入れると蒔苗が言ってる以上、地球でハーフメタルを入手するのは難しくなるだろうが。
……ああ、そう考えればクーデリアが全体会議に一緒に行き、そこで演説をするというのは確かに悪くないのか。
ノアキスの7月会議やドルトコロニーでの一件を考えると、クーデリアには一種のカリスマ性がある。
それはノアキスの7月会議以降、火星において独立運動が活発になった事からも明らかだろう。
もっとも、本人はその辺の自覚があまりないようだったが。
これでカリスマ性についてもっと自覚があれば……まぁ、そうなったらそれはそれで面倒な事になりそうだったが。
「アクセル、連絡がついた。すぐ迎えに来てくれるそうじゃ」
向こうとの通信を終えた蒔苗の言葉に頷く。
「分かった。じゃあ、後はここでゆっくりと待っていればいい訳だな」
「うむ。……今がいい機会じゃし聞いておくが、お主は何を望む?」
迎えが来るまで何をして暇潰しをしようかと思っていると、不意に蒔苗の口からそんな問い掛けがあった。
「何だ、いきなり?」
「お主のこの魔法じゃったか。これがあれば、それこそ何でも好きな事が出来るじゃろう。なのに、何故お主はあのお嬢さんの護衛などという行為で満足しておる? それこそ、その気になればお主がギャラルホルンを滅ぼす事すら可能じゃろうて」
「いきなりそう言われてもな」
転移魔法や炎獣を見ただけで、俺がギャラルホルンを滅ぼす事が出来ると考えるのは、どうかと思う。
いやまぁ、実際にやろうと思えば出来るだろうが。
何しろ転移でイズナリオのいる場所に直接現れて殺すといった事も出来るのだ。
そういうのを繰り返してギャラルホルンのトップ……セブンスターズの関係者を次々に殺していけば、そのうちギャラルホルンも潰れる……あるいは機能不全に陥るだろう。
何しろ魔法を使った転移だけに、科学技術ではどうやっても防げない。
もし影のゲートを防ぐなら、それこそ魔法を使った防御が必要となる。
だが、このオルフェンズ世界に魔法は存在しないのだ。
そうなると、俺の転移を使った暗殺から逃げるには……そうだな。情報工作をして、自分がいる場所をどうにか誤魔化すとかすれば、生き残れるか?
もっとも、それも何度も使えるような手段ではないが。
もしくはセブンスターズが集まっているところでスライムを使うといった手段もある。
他にも色々と俺が1人でギャラルホルンを殲滅する方法があるのは間違いなかった。
「けど……そうだな。ギャラルホルンは今回のアーブラウの一件があるように、腐敗しているのは間違いない。だが同時に、そんなギャラルホルンであってもこの世界の秩序を守ってるのは事実。もし俺がそんなギャラルホルンを滅ぼしたりしたら、この世界の秩序はどうなると思う?」
「崩壊するじゃろうの」
あっさりと言う蒔苗。
実際その予想は決して間違っていないので、俺は素直にその言葉に頷く。
「そうなるな。そうすると、間違いなく面倒な事になる。秩序の崩壊した世界よりは、今の状況の方がまだマシだしな」
それに、これは口に出したりしないが、マクギリス達が現在腐敗したギャラルホルンを正しい状態に戻そうと活動している。
その件については極秘事項なので、それを口にするつもりはないが。
……もっとも、蒔苗の情報収集能力を考えれば、その辺りの情報を入手している可能性もないとは言わない。
それに今は分からなくても、もう少し時間が経てばその辺の情報を入手出来る可能性も否定は出来なかった。
ちなみに俺がギャラルホルンを潰さない理由の1つに、その方が未知の技術……MSを入手しやすいからというのがある。
もしギャラルホルンを潰してしまえば、まさに群雄割拠といった時代になって戦いが起こり、複数のMSが破壊されてしまうだろう。
そうなると、それこそヴァルキュリア・フレームやガンダム・フレームのMSが俺の知らないうちに破壊されてしまうという可能性は十分にあるのだ。
それを思えば、未知のMSを入手するにもギャラルホルンは今のままの方がいいというのは、間違いない事実だった。
「ふむ、なるほどのう」
蒔苗は俺の言葉のどこまでを信じたのかは分からなかったが、とにかくそれで納得した様子だった。
本当に納得したのかどうかは分からなかったが。
そんな風に思いつつ、俺は蒔苗と暫く話を続けるのだった。