「では、まずは彼からですな」
「うむ。以前助けたことがあったのを考えると、こちらに手を貸してくれるのは間違いないじゃろう。しかし、それでも確実とは言えん」
「分かりました。すぐに面会出来るように手筈を整えます」
ラスカーは蒔苗との相談を終えると、護衛と共にすぐに部屋を出ていく。
秘書に指示をしに行ったのだろう。
本来なら秘書をこの部屋に呼んで指示をするのがいいのだろうが、現在この部屋には俺はともかく、蒔苗とクーデリアの姿がある。
それを他の相手……特にアンリの派閥の者達に見られると、絶対に面倒な事になるのは間違いない。
だからこそ、蒔苗が信頼出来る相手を見つけてここに連れてくるという事をやろうとしている訳だ。
そしてすぐにラスカーが戻ってきたが、そこに護衛の姿はない。
恐らくこれからここで起きる件をあまり知らせたくはなかったのだろう。
……俺の影から出るという件や、蒔苗やクーデリアがいる件を知ってる護衛を部屋の外に出して放っておいてもいいのか?
そうも思ったが、ラスカーがこういう態度をするということは恐らく問題はないのだろう。
「クーデリア、お前は問題ないのか?」
「ええ、問題ありません。私は私に出来る事をするだけですから」
クーデリアの言葉をどこまで信じていいのかは分からないが、実際にドルトコロニーの一件で行われた演説には強いカリスマ性があった。
あれを思えば、ここで政治家を相手に交渉……というか、顔見せをするのにも問題はないのだろうが。
寧ろこれから会う政治家が有能なら、クーデリアを抱え込んだ蒔苗の味方をするのがかなり有利な事だと判断出来ると思う。
クーデリアに会う会わない以前に、ギャラルホルンに見つからずにエドモントンに侵入した蒔苗に恐怖を覚えてもおかしくはないが。
そんな事が出来る相手を敵に回したいと思うかは……その辺は人それぞれか。
理解出来ない能力を持つ蒔苗と、理解出来るが故に圧倒的な力を持つギャラルホルンをバックに持つアンリ。
そのどちらを敵に回したいのかは、それこそ個人がどう判断するかによる。
もっとも、それでギャラルホルンを敵に回したくないと思ってアンリに付くのなら、それはそれで……それもまた、個人の判断である以上、仕方がない。
ただし、敵になった以上は後でどのような対応になるのかは、向こうも承知しているのだろうが。
「分かった。なら、俺は邪魔をしないように消えておく」
「……え? 消える?」
俺の言葉が理解出来ないといった様子を見せたクーデリア。
いや、クーデリアだけではなく部屋の中にいる他の面々……フミタン、蒔苗、ラスカーといった面々も同様に理解出来ないといった様子だった。
いや、蒔苗だけは面白そうな視線をこちらに向けているな。
そんな視線を受けつつ、俺は気配遮断を使う。
「え? アクセル……?」
いきなり俺の姿が消えた事で、クーデリアが驚きの声を発する。
実際には消えた訳じゃなくて、見えなくなっているだけなのだが。
肉眼では今の俺を見る事は出来ない。
俺が気配遮断のスキルを解除するか、あるいは何らかの攻撃をするまで、俺を見る事は出来ない。
あるいは、防犯カメラの類があってそれを見張っている者がいれば、そちらでは俺を普通に見る事も出来るかもしれないが。
もしくは、双眼鏡とかそういうのを使っても。
……そう言えば、双眼鏡とかそういうので気配遮断を使った俺を認識出来るのなら、例えば眼鏡やコンタクトをしてる者であっても気配遮断を使っている俺を認識出来るのか?
その辺が少し気になったものの、取りあえず今は気にしなくてもいいだろう。
いやまぁ、この部屋にやって来る政治家が眼鏡やコンタクトをしていればどうなるか分からないので、一応見つからないように隠れておこう。
そうして移動をすると……まるでそのタイミングを待っていたかのように、部屋の扉がノックされる。
そのノックに、俺が気配遮断を使った場所を見ていたクーデリアやフミタン、蒔苗、ラスカーといった面々も我に返る。
ラスカーが他の面々の様子を見て、準備が出来たと思ったところで口を開く。
「入って下さい」
そうラスカーが言うと、扉が開く。
「失礼します。ガイージャ議員をお連れしました」
秘書が50代程の……政治家としてはまだ若い方になるだろう男を連れて部屋の中に入ってくる。
もっとも蒔苗の例もあるので、外見年齢は当てにならないが。
入ってきたガイージャは、部屋の中を見回し……ラスカーだけではなく蒔苗の姿もあることに気が付くと、動きを止める。
「ま……蒔苗先生……? 一体何故エドモントンに? 確かオセアニア連邦にいた筈では?」
「ふぉふぉふぉ。驚かせる事に成功したようじゃの。サプライズ成功じゃ」
惚けた様子の蒔苗の言葉に、ガイージャとやらは何と言っていいのか分からずに戸惑っていた。
本人にしてみれば、一体何がどうなっているのか分からないといったところか。
もっとも、今の状況を思えばそのように思うのも当然かもしれないが。
魔法という存在について何も知らなければ、一体何故蒔苗がここにいるのかは全く理解出来ないだろうし。
とはいえ、だからといって蒔苗も事情を全て話す様子はないが。
「儂がどうやってここに来たのかは、色々とあって言えん。じゃが、儂がここにいるのは明日の代表指名選挙に参加する為じゃ。そして、ガイージャ殿にはその為に力を貸して欲しいと思っておる」
「それは……」
「勿論、向こうから声を掛けられておるのも知っておる。じゃが、今ここでアンリをアーブラウの代表にするという事は、ギャラルホルンの実質的な支配下に入るという事を意味する。それはお主も分かっておるじゃろう?」
その言葉にガイージャも反論は出来ない。
そして沈黙したまま少し時間が経ち……
「分かりました。蒔苗先生には以前から何度も助けられています。それにギャラルホルンがこのアーブラウを乗っ取るのをそのままには出来ません」
そう言うガイージャの言葉に、蒔苗は嬉しそうに笑みを浮かべる。
見ていた俺が言うのも何だが、こんなにとんとん拍子に決めていいものなのか?
いやまぁ、蒔苗は自分の信頼出来る相手しか呼ばないと口にしていたのを考えると、だからこそこうして上手くいったのかもしれないが。
「それと、もう1つ頼みがあってな。……ガイージャは彼女を知ってるかな?」
「……いえ。初対面だと思いますが」
クーデリアを見る蒔苗に、ガイージャはそう言う。
そんなガイージャに対し蒔苗はあっさりと口を開く。
「儂が火星のハーフメタルの件で交渉しようとしていたのは覚えているじゃろう?」
「ああ! では、彼女が……」
「クーデリア・藍那・バーンスタインと申します」
ガイージャに向かい、深々と一礼するクーデリア。
そんなクーデリアを見て、ガイージャが何か納得した様子を見せる。
これを見た感じ、ガイージャから見てクーデリアの存在は合格といったところなのだろう。
「実は明日の代表指名選挙の前に、彼女に演説をして貰おうと思っている」
「彼女に……ですか? まぁ、アーブラウの政治家が集まるのを考えると、それは悪くないかもしれませんが。しかし、向こうは反対してくると思いますよ?」
「じゃろうな。だからこそ、こうして根回しをしておる訳じゃ。君も、見てみたいとは思わんかね? 彼女が全体会議の議場で何を喋るのか」
「それは……」
これはもう一押しか?
元々蒔苗に友好的な相手だけあって、その蒔苗が推薦するクーデリアの演説に賛成しそうな感じだ。
「分かりました。では、そうなったら私は賛成しましょう」
ガイージャがそう口にしたのは、数分後の事だった。
「君ならそう言ってくれると思っておったよ」
蒔苗が嬉しそうにそう言う。
どこまでが本気なのか、あるいは演技なのか、ちょっと分からない。
ただ、ガイージャという議員を味方に引き込んだのは間違いない事実だった。
そうして、その後で10分程話をしたところで、ガイージャは帰っていく。
自分の知り合いに根回しをして、蒔苗に有利になるように動こうとしているのだろう。
「さすがだな」
「きゃあっ!」
気配遮断を切ってそう言うと、悲鳴を上げるクーデリア。
「何もそんなに驚かなくてもいいだろうに」
「驚かないでって……いきなり出て来たんだから、驚くに決まってるでしょう」
呆れというよりは抗議するようにクーデリアは不満を口にする。
そんなクーデリアの横では、フミタンもまたジト目をこちらに向けていた。
「お嬢様の仰る通りです。こうしていきなり姿を現せば、それに驚くなという方が無理でしょう」
「分かった、次からは気を付けるよ」
「むぅ」
そんな俺とフミタンのやり取りを見て、何故か不満そうな様子を見せるクーデリア。
いや、何でいきなりそういう不満そうな様子を見せる?
そんな疑問を抱きつつも、ここでその件について触れると面倒になるのは分かっていたので、これ以上は触れずに黙っておく。
「むぅ。ちょっとアクセルはフミタンに甘いんじゃないかしら」
「え? お嬢様?」
クーデリアの不満に、フミタンが戸惑ったように言う。
けど……そうか?
クーデリアから見れば甘いように見えるのかもしれないが、俺にしてみれば特に何かこれといって甘やかしているようには思えない。
「そういうつもりはないんだが」
「でも、私から見ればそう見えます」
「……蒔苗はどう思う?」
「ふぉ? 儂に言われても、儂はアクセル達と会ってからまだそれ程経っておらんからな。具体的に何とも言えんよ」
あからさまに巻き込むなといった様子で言ってくる蒔苗。
ラスカーに視線を向けると、こっちも俺が何を言っても聞くつもりはないといったように、わざとらしく何らかの書類を読み始めた。
そして気が付けば、クーデリアが俺をジト目で見ている。
「言っておくが、俺は本当にそんなつもりはないぞ?」
味方がいないこの状況で俺が出来るのは、何とか孤軍奮闘するだけだ。
もっとも、クーデリアはそんな俺を更に追い詰めようとしていたが。
そうしてやり取りをしていると、再び扉がノックされる。
セーフ。何とか逃げ切った。
そう思いつつ、俺は再び気配遮断のスキルを使用する。
「あ、もう」
視線の先にいた俺が突然消えた……正確には認識出来なくなったクーデリアが、不満そうに頬を膨らませる。
こういう仕草を見ると、革命の乙女として名前が知られている人物とは到底思えないな。
それこそ、どこにでもいる普通の女のように思える。
もっとも普通と評するには、顔立ちが整いすぎているが。
本人にはその自覚があまりないのが、少し困りものだよな。
育ちのせいもあるのだろうが、時々驚く程に無防備な姿を見せるのだから。
そんな風に思っている間にもラスカーが扉の向こうにいる秘書とやり取りをし、その間にクーデリアやフミタンも元の場所に戻り……扉が開く。
やがて姿を現したのは、初老の女。
例によって例の如く、外見年齢で本来の年齢を予想する事が出来ないのが、このオルフェンズ世界なのだが。
……そう言えば今更の話だが、ノブリスも外見年齢と実際の年齢は一致してないのかもしれないな。
とはいえ、だからといって俺達を利用し、切り捨てようとしたのを許せる訳がないが。
特にドルトコロニーの一件は、ノブリスを切り捨てるのに十分な理由だろう。
色々と世話になったのは間違いないが、それについてはもう十分に恩返しはした。
なら、その状況でこっちを裏切ったのなら、こっちが切り捨てるという選択をしても構わない筈だ。
クーデリア辺りならその件について色々と思うところもあるかもしれないので、クーデリアには秘密で動いた方がいいだろう。
まぁ、それもこれも全てはこの一件が終わってからの話になるが。
とはいえ……ノブリスに落とし前を付けさせるとはいえ、容易に殺すという選択肢を選べる訳でもない。
個人的には殺しても構わないと思ってはいるが、その場合これからの火星の治安が不安定化する可能性もあるんだよな。
ノブリスは火星を中心に圏外圏において相応の影響力を持つ武器商人だ。
その武器商人を殺したとなれば、残っていた武器を巡って、あるいはノブリスの残した財産を巡って、もしくはノブリスに忠誠を誓っていた者がいた場合は仇討ちにと、火星を中心に間違いなく治安に影響が出て来るだろう。
そうならないようにするには、やはりノブリスを殺すというのは少し難しい。
かといって、そのままという訳にもいかないし……まぁ、四肢切断といったところが無難か?
このオルフェンズ世界においては、義手や義足は忌むべき物という風に認識されている。
そうである以上、もしノブリスが四肢切断をされても義手や義足は使えない。
とはいえ、オルフェンズ世界の技術はそれなりに高い。
義手や義足ではなく、手足を培養して手術で繋げるという手段も……まぁ、あるかもしれないな。
蒔苗が女の議員と話しているのを見て、そんな事を考えるのだった。