「さて」
ラスカーの執務室から影のゲートで転移した俺は、議事堂の外に姿を現していた。
予想通り、そこにはMWが結構な数おり、歩兵の兵士の姿もある。
建物の陰にいるので俺はまだ見つかっていないだろうが、会議室から見える建物の幾つかには狙撃兵らしき姿も見えた。
……普通、政治家の集まる議事堂の入り口から見える場所に、狙撃が出来るような建物は用意しないと思うんだが。
あるいは十分に離れているから問題ないと判断したのか?
その辺りの認識は俺にはちょっと分からない。
分からないが、あるいはギャラルホルンが自分達の優位性を示す為、意図的にそのような構造にしたという可能性も否定は出来ないか。
そんな風に思いつつ、俺は影のゲートに沈む。
次に姿を現したのは、狙撃兵のいる場所。
正確には屋上にいる狙撃兵と、そのサポートをする兵士達の後ろ。
「なぁ、俺達はいつまでこうしていればいいんだ?」
「それはまぁ、全体会議とやらが終わるまでだろうさ」
「ちっ、かったりい。大体、ここまで厳重にする必要があるのかよ? 上は一体何を考えてるんだ?」
「ほら、あれだろ。火星の連中が地球に来てるとか」
「はっ、あんな植民地の猿共に何が出来るってんだ。いや、この場合はタコか?」
「ははは、それは言えてるな。ただ……地球外縁軌道統制統合艦隊が結構な被害を受けたって話だ」
「あんなお飾りの部隊が被害を受けたからって、おかしな事じゃないだろ? っていうか、アリアンロッド艦隊はどうしたんだ?」
「そっちもそっちで、火星の連中じゃなくて、何だか未確認のMSに結構なダメージを受けたとか」
「マジか。それって火星のタコ共の仕業だったりしないよな」
俺が後ろにいるにも関わらず、2人の兵士はそれに全く気が付いた様子もなく、話をしている。
「どうだろうな」
そう言うと、そこで初めて向こうは俺の存在に気が付いたらしい。
「だ……」
誰だと、そう言いたかったのだろうが、俺の一撃によってあっさりと気絶する。
声を発しようとした1人だけではなく、もう1人も同様にだ。
取りあえずこの場は安全になったので、ついでとばかりに狙撃銃を始めとして、この場にあった諸々……スコープであったり、何かあった時の為の拳銃であったり、狙撃銃を収納するケースであったり、後はこちらも何かあった時の護身用なのか、ナイフであったりを空間倉庫に収納する。
「さて、他は……」
このようなビルにいる狙撃兵は、当然ながらこの2人だけではないだろう。
他にも何人もいるのは間違いなかった。
そうである以上、当然ながら他の者達も気絶させる必要がある。
議事堂の前にいる兵士やMW隊については、後回しだろう。
今はまず、この狙撃兵達を先に気絶させる方がいいのは間違いない。
そんな訳で、他の場所を探すが……
「面倒だな」
何人かは見つけたが、他にどのくらいいるのか分からない。
俺のいる場所からは見つからない場所にいたりするだろうし。
そうなると、何か他の方法を……スライムを使うか。
ビルの屋上、その出入り口の中に入り、外からは見つからないようにして、空間倉庫からスライムを出す。
細く、細く、細く……髪の毛や蜘蛛の糸よりも更に深く、閉じている扉であっても容易に中に入ることが出来る程の細さにしながら、周囲に伸ばしていく。
10本、100本、1000本……どんどん数を増していき、そこら中に伸びていくスライム。
敵を倒したりとかそういう事をする訳ではなく情報を集めるだけなので、このくらいなら何の問題もない。
いやまぁ、多分混沌精霊でなければここまで複数の情報処理が出来たりはしなかったと思うけど。
実際、今の状況でもそれなりに余裕はあるし。
そんな風に考えながら、次々に狙撃兵を見つけていく。
予想通り……いや、予想以上に数が多い。
これはイズナリオがそれだけ俺達を警戒しているのか、それとも毎回これだけの人数を配置してるのか。
何となく前者っぽいな。
今回のアンリの一件を見ても分かるように、イズナリオは腐敗している。
だが、腐敗しているからといって、それが無能であるという事ではないのだ。
寧ろセブンスターズの一員でありながら、このような大きな不正をしつつ、それが他のセブンスターズの者達には知られていないというのは、有能な証拠だろう。
悪辣で有能……そう考えると、厄介な相手だな。
そんな風に思いつつ、狙撃兵の数と場所を把握していく。
とはいえ、狙撃という攻撃方法を考えるとスライムが届かない場所にいる可能性も否定は出来ない。
もっとも、そうなったらそうなったで俺が対処をすればいいだけだが。
大雑把にだが、大半の狙撃兵を排除してしまえば、もし少数の敵が何かを考えても、対処は可能だ。
それこそ蒔苗が狙われるといった事になっても、俺が側にいれば対処出来るだろう。
そんな訳で、狙撃兵達の場所を確認すると、影のゲートで移動しながら気絶させていく。
場所さえ分かれば、全員気絶させるのは難しい話ではない。
全ての狙撃兵を気絶させると、次に狙うのは議事堂の前にいる歩兵やMW隊だ。
歩兵はともかく、MWは少し厄介だな。
誰もコックピットにいなければ空間倉庫に入れて終わりなのだが、議事堂を守っている状況でコックピットに誰もいない筈がない。
つまり、MWごと破壊するか、あるいはMWを奪いたいのなら中に乗ってるパイロットをどうにかする必要がある訳だ。
……面倒だが、ギャラルホルンのMWは出来れば欲しいので、ここは少し頑張るか。
また、もう全体会議が始まっている以上、俺が大きく動いても問題はないだろうし。
そんな訳で、まずは歩兵を片付けていく。
もっとも、狙撃兵のように離れた場所に2人、あるいは3人といった感じでいる訳ではないので、倒すのなら素早く、出来るだけ他の者達に気が付かれないようにする必要があったが。
そんな訳で、一応誰か分からないように技術班が作った仮面を被って外見からでは俺の姿が見えないようにする。
……まぁ、知ってる相手には見破られるかもしれないが。
今ここで見つからなければそれでいいんだし、それで構わないだろう。
そう判断し、まずは影のゲートで地上まで移動する。
影から姿を現すと、少し離れた場所に1人……うん? 1人?
こういう場合、何かあったら即座に対処出来るように2人1組とかで動くんじゃないか?
そう思ったが、その兵士は壁に寄りかかって特に周囲を警戒しているようにも見えない。
完全にサボっているのは明らかだった。
イズナリオにとって今回の件が重要なのは間違いなく、そう考えると相応に精鋭を選んでもおかしくはないと思うのだが。
あるいは……もしかしたら、本当の意味での精鋭は島に向かわせたとか、そういう事はないよな?
もしそうだった場合、島に援軍に戻る必要がある。
……ちょっと見てみるか。
幸いにも、まだ地上にいる歩兵にちょっかいを出したりはしていない。
屋上や部屋の中に潜んでいた狙撃兵は大半を気絶させたものの、そちらに連絡は……どうだろうな。
定期連絡とかはありそうだから、少し早く動いた方がいいのかもしれないが。
ともあれ、島の様子を見てくる事にしよう。
そう判断し、影のゲートを使って島に転移したのだが……
「何だ、まだ戦闘が始まっていないのか」
島は平和なものだった。
……いや、島を封鎖している軍艦が近付いているのを考えると、恐らくそう遠くないうちに攻撃を仕掛けてくるのだろうが。
ただ、こうして見る限りではまだ始まっていない。
となると、どうなんだろうな。
敵に本当の精鋭がいるのかどうか、まだちょっと分からないな。
オルガ辺りに声を掛けていってもいいのかもしれないが、それはそれで面倒な事になりそうなので止めておく。
仮面を脱がないと、俺だと分からないだろうし。
そのまま島が問題ないと判断し、影のゲートを使ってエドモントンに戻る。
すると相変わらず、地面に座り込んで建物に寄りかかっている兵士の姿があった。
まぁ、俺が島に行っていたのはそんなに長い時間ではないので、そう考えればまだこうしてサボっていてもおかしくはないのだが。
……だからといって、俺が見逃す訳でもないが。
気配遮断を使い、そのまま兵士に近付いていく。
双眼鏡とかカメラとかそういうのを通せば気配遮断は効果がないものの、その兵士は1人で、しかも素顔だ。
ましてや、サボってる以上は当然だったが、人に見られないように隠れた場所にいる。
まさに俺にとっては、格好の獲物という訳だ。
そんな訳で、俺は兵士に近付くと、その鳩尾を蹴る。
攻撃態勢に入った瞬間に気配遮断は切れたものの、だからといって兵士がこの状況からどうにか出来る筈もない。
次の瞬間には鳩尾を蹴られ、そのまま気絶する。
うん、絶妙の力加減だったな。
殺すような事はなく……それどころか、骨を折ったりもせず、気絶させたのだから。
この兵士が例えばボディアーマーのような物を身に付けていれば話は違ったかもしれないが、サボり癖によるものか、それとも他の兵士もそうなのか、議事堂の護衛をしているというのにボディアーマーの類は着ていなかった。
ギャラルホルンにしてみれば、アーブラウとかは自分達の下部組織といった認識があったりするのかもしれないな。
だからこそ、そのような場所を守るのに全力を出す必要はないとでも考えたのか。
その辺の考えは俺には分からないが、とにかく無防備に近い状態だったのは俺にとっても楽だった。
さて、これで1人。
……ただ、ここから更に人数を減らしていくのはそれなりに大変そうだな。
そんな風に考えつつ、一応念の為に他にも1人でサボってるような奴がいないかと捜してみるが……残念ながら、そういう奴は他にいなかった。
残念だが、そうである以上は仕方がない。
そう判断し、いっそ堂々と姿を見せる事にする。
どのみち、ギャラルホルンが幾ら銃火器を使ったところで、それが物理攻撃であって魔力や気がない以上は俺にダメージを与える事は出来ない訳だし。
そんな訳で、命中しても意味はない。
そもそもの話、俺に攻撃を命中させることが出来るのかという問題があったが。
あー……でも、そうだな。
俺の理不尽な動きを見た者の中には、もしかしたら同じような理不尽という意味で、アリアンロッド艦隊と戦った――正確には一方的に蹂躙した――サラマンダーと結びつける者がいないとも限らない。
そうなったらそうなったで、面白そうではあるが。
そんな風に思いつつ、俺は歩き続け……やがてギャラルホルンの兵士達がいる場所に到着する。
最初に俺の存在に気が付いたのは、当然ながら一番近くにいる兵士……ではなく、その兵士から少し離れた場所にいる兵士だった。
「だ、誰だ貴様! 止まれ!」
そう叫びつつ、アサルトライフルと思しき銃の銃口を向けてくる。
俺に気が付いていなかった者達も、そうした叫びがあれば当然のように俺の存在に気が付き、同様にアサルトライフルの銃口を向けてきた。
いや、中には何を思ったのか拳銃の銃口を向けている者もいる。
……まぁ、それもありと言えばありか。
何しろ拳銃の銃弾であっても、命中すればそれは相手に大きな……場合によっては致命傷を与えられる。
いやまぁ、場合によってはというか、大抵の場合はという表現の方が正しいだろうが。
ともあれ、こっちを見てくる兵士達の視線の中には信じられないといった色が強い。
無理もないか。
普通に考えれば、ギャラルホルンの兵士が守っている場所に攻めてくるような奴がいるとは思えないだろうし。
いるとすれば、それは自殺願望のあるような奴か……もしくは俺のように、それでもどうにか出来るだけの実力を持っている者といったところか。
「一応警告だけはしておく。降伏すれば痛い目を見ないですむぞ」
そう言う俺の言葉に、兵士達の1人が思わずといった様子で笑う。
「ぎゃはははは、聞いたか? こいつ、俺達に降伏しろと言ってきたぜ? 何だ、イカレてやがるのか?」
そんな兵士の言葉に、他の者達も同調するように笑い……この期に及んでMWが動いていないのを見ると、ここに精鋭が用意されているというのはやはり俺の勘違いだったように思える。
あるいは精鋭だからこそ、こういう態度を許されているのか。
その辺の理由はともかく、俺から見ればこの連中が精鋭だろうがなんだろうが、意味はない。
結局のところ、俺にしてみればその程度の相手でしかないのだから。
それに本当の意味での精鋭はMSパイロットとして、エドモントンの外に配備されているだろうし。
「そうか。……なら、痛い目に遭って貰うとしよう」
「へいへい、分かったからとっとと手を上げて跪け。妙な真似をしたら撃つからな」
最初に俺を見つけたのとは別の兵士がそんな風に言い……次の瞬間、俺は一気に距離を詰める。
瞬動を使った訳ではなく、素の身体能力での行動だったが、向こうにしてみれば一瞬にして目の前に現れたように思えたのだろう。
その鳩尾を殴りつけ、一撃で意識を奪うのだった。