「兄貴、お疲れ様です」
夜、取りあえずお互いに戦闘の後始末を終えると、情報のすりあわせをする為に集まった。
そんな中、オルガが俺を見るとそんな風に声を掛けてくる。
「そこまで疲れている訳じゃないけどな」
「何を言ってるのかしら。クーデリアから聞いたわよ? エドモントンの議事堂の前にいたギャラルホルンの兵士達を、MWも含めて無力化したんでしょう? ……まぁ、アクセルならそれでも本当に問題はないのかもしれないけど」
俺と一緒にやって来たマーベルが、呆れたように言う。
だが、そう言うマーベルも昼の戦いではかなりの活躍をしたらしい。
こちら側に怪我人は出たものの、死人が出なかったのは全てマーベルのお陰……というのは少し大袈裟かもしれないが、それでもマーベルがいたのが大きいのは間違いない。
「蒔苗の事を思えば、そうしておいた方がいいと思ってな。……ここでの話し合いが終わったら、俺は一度エドモントンに行く。向こうでの様子も気になるし。護衛の炎獣を置いてきたから、蒔苗がどうにかなるとは思えないが、それでも確認しておきたい」
MSが攻めてくるという事はないと思う。
イズナリオが自暴自棄になればそういう手に出る可能性はあったが、イズナリオは不正を働きはするものの、有能なのも間違いない。
それだけに、エドモントンにMS隊を突っ込ませるような事はしないだろう。
……もしやったら、それはそれで面白いとは思うんだが。
「分かりました。それで、ですね。今日の件で一連の依頼については終わったと思っていいんでしょうか?」
片目を瞑ったまま、真剣な表情で聞いてくるオルガ。
オルガにしてみれば、鉄華団としての初の仕事だ。
……いや、実際には俺がコックピットの換装とかそういうのを頼んだりしてたから、必ずしも初の仕事ではないのかもしれないが。
ただ、本格的な……そして大きな仕事としては、今回の件が初めてだったのは間違いない。
それもあって、オルガは俺にこれで仕事が終わりなのかどうか聞いてきたのだろう。
「まだ蒔苗からしっかりとそういう言葉を貰っている訳ではないが、それでも基本的にはこれで仕事は終わったと思ってもいい筈だ」
「そう……ですか。俺達は無事に仕事を終えられたんですね」
しみじみといった様子で、オルガが呟く。
オルガにとっては、やはり今回の仕事というのは非常に大きな意味を持っていたのだろう。
「もっとも、遠足やピクニックは家に帰るまでって言われる事もある。俺達もそれは同様だ。無事に火星に戻るまでは気を緩める訳にはいかないぞ。それに……火星に戻ったら戻ったで、やるべき事も多い」
特にノブリスの一件は、真っ先に片付けるべきだろう。
クーデリアの後ろに控えているフミタンを見ながら、そう思う。
ノブリスには恩があるのは間違いない。
実際、ノブリスがいなければPMCとしてシャドウミラーを起ち上げるのにもっと時間が掛かった事だろう。
また、武器や弾薬の類を補給するにも武器商人であるノブリスのルートを使っていた。
そういう意味では、ノブリスには恩もあるのだ。
だが……それを考えた上でも、ノブリスのやった事は許容出来ない。
俺達に……より正確にはシャドウミラーではなく鉄華団だが、その鉄華団を運び屋に使い、フミタンをスパイとして使って、クーデリアをドルトコロニーで殺そうとした。
そう考えると、やはりノブリスを放っておく事は出来ないだろう。
もしここでノブリスを放っておけば、それこそ俺達をいいように利用する筈だ。
シュウ・シラカワじゃないが、俺達をいいように利用するというのはさすがに許容出来ない。
だからこそ、火星に戻ったらその辺の落とし前はしっかりと付ける必要があった。
それが具体的にどのような落とし前になるのかは分からないが。
問題なのは、ノブリスが自分が狙われていると知ってるかどうか。
ドルトコロニーにいたノブリスの手の者は気絶させたものの、結局取り逃がしてしまったしな。
そう簡単に気が付かないようにしていたのを思うと、恐らくは他にもまだノブリスの部下がどこかに潜んでいて、その連中が気絶させられた連中を助け出したのだろう。
もし俺が行動した近くにいれば、気配で察知出来ただろう。
そうならなかった事を考えると、恐らく離れた場所で待機していたとか、そんな感じなんだろうが。
「そうですね。俺も色々とやるべき事があります」
オルガも俺の言葉に同意するようにそう言う。
オルガの狙いもノブリスの可能性が高い。
というか、鉄華団は運び屋にされた張本人達だ。
俺よりもノブリスに対する恨みは強いだろう。
俺の場合は、ノブリスがそういう性格だと……自分の利益の為には容赦なく相手を切り捨てるのを知っている。
だからこそ、ノブリスの事は到底許せないが、同時にノブリスならそういうのをやってもおかしくないだろうという思いがそこにはあった。
つまり、ノブリスがどういう人物なのかというのを知っているかどうかというのが、俺とオルガの怒りの違いだろう。
「お互いに火星に戻ってからも大変なようだが、まずは今回の一件を無事に終わらせるのを優先させる必要があるな」
「そうですね。……もっとも、この状況からはもう何もないと思いますが」
「だといいが、イズナリオが諦め悪く妙な事をしないように祈っているよ」
イズナリオにしてみれば、今回のアーブラウの一件にはかなりの労力を使ったのは間違いない。
だからこそ、蒔苗が代表指名選挙で勝利をしたというのは、完全に予想外だった筈だ。
マクギリスが動いてイズナリオを確保するなりなんなりしてくれれば、こっちとしても安心出来るのだが。
後は……そうだな。どうやって宇宙に戻るのかを考える必要もある。
いや、宇宙に戻る方法なら蒔苗に頼ればどうとでもなるか?
何しろアーブラウの代表なのだから、そのくらいの事は問題なく出来るだろう。
そして宇宙に戻れば、後は火星に戻るだけだ。
タービンズは木星行きだが。
「とにかく俺は後で蒔苗が無事かどうかを確認する為にエドモントンに向かう。オルガはどうする? 折角地球に来たんだし、オルガもエドモントンを見ていかないか?」
俺とクーデリア、フミタン以外は、折角地球に来たのにずっとこの島にいた。
それでは地球に来た意味がない……とまでは言わないが、ちょっと拍子抜けしてもおかしくはない。
本人達にそういう感情はあまりないのかもしれないが、多少の観光くらいはしても問題ないだろう。
鉄華団の面々にしてみれば、この島で魚貝類を獲るという経験そのものが珍しく、それで十分楽しめたのかもしれないが。
火星ではこういう経験が出来ないしな。
そういう意味では鉄華団の面々も十分に地球を楽しんだと言えるのかもしれないが、どうせならもっときちんと地球を楽しませたい。
エドモントンは結構古い街並みで、観光する場所としてはそんなに悪くはないと思うし。
他にもアーブラウにある観光名所を見て回るというのも面白いかもしれないな。
具体的にどういう観光名所があるのか分からないが。
「そう……ですね。これからの事を考えれば、エドモントンは見ておいた方がいいかもしれません。頼めますか?」
「構わない。他にも誰か行くか? 行くなら余程の事じゃない限り連れていくけど」
既に大勢は決した。
油断が出来るような状況ではないが、ある程度気を抜く程度のことはしてもいいだろう。
そんな訳で行きたい者を募集すると……
「アクセル、私もいいかしら?」
予想外にも、マーベルが真っ先に立候補する。
「マーベルが? まぁ、構わないけど」
少し驚くが、マーベルがエドモントンを見てみたいと言うのなら、それを断るつもりはない。
寧ろ恋人のマーベルと一緒に行動出来るのを喜ばしく思うくらいだ。
「マーベルが行くのなら、私も行きましょう」
マーベルに続き、シーラがそう言ってくる。
別に対抗意識って訳ではないのだろうが。
「それで、他には?」
そう聞くと、結構な人数が立候補する。
少し驚きだったのは、三日月までもが最終的にはエドモントンに行くと言い出した事か。
最初は気が進まない様子だったのだが、アトラに一緒に行こうと言われ、それを断れなかったのだ。
そこには、恐らく……本当に恐らくだが、さっきの捕虜の騒動の一件が関係していると思えた。
さっきの一件を見れば分かるように、三日月は簡単に人を撃てる。
だが同時に、一度仲間だと判断した相手には相応の思いやりを持つ。
……基本的に無愛想というか、言葉足らずというか、あまり他人からその辺は理解されないのだが。
そんな訳で、俺は希望者と共にエドモントンに向かうのだった。
「うげぇ……」
エドモントンにある議事堂から少し離れた場所に影のゲートで転移してくると、そんな声が聞こえてきた。
どうやら影のゲートの感触が合わなかった者がいるのだろう。
これは別に珍しくはない。
影のゲートで影に沈む感触は、人によって全く問題ない者もいれば、その感触が気持ち悪いと思う者もいる。
そういう意味では、声に出す程なのは1人だけだったので、悪くはないのかもしれないが。
もっとも、声には出さないが感触が気持ち悪いと思う者はそれなりにいるのだろうけど。
その辺については仕方がないと、そう思って気にしない事にする。
この感触は、最初は慣れない者であっても何度も影のゲートを経験していれば、いずれは慣れる。
まぁ、慣れる程に何度も影のゲートを経験するのかどうかは微妙なところだが。
「ここが、エドモントン……」
マーベルは物珍しそうな様子で周囲を見る。
別にそこまで珍しい光景ではないと思うんだが。
あるいはマーベルにしてみれば、何か違うというとこがあるのかもしれないな。
「さて、議事堂に向かうぞ。蒔苗に会うのが目的だしな。……一応聞いておくが、別行動を希望する者はいるか?」
一応そう聞くが……
「あ、ちょっと色々と見てみたいんだけど、いいか?」
「シノは却下だ」
「ちょっ、おい、アクセル!?」
シノがそう叫ぶ。
だが、他の面々も事情を分かっている者はシノに呆れの視線を向けるだけだ。
分からない者も、他の皆が反対してるのだからという思いからか、シノに同調する様子はない。
「エドモントンには来たけど、そこまで時間はないんだ。特にシノが行きたいような店にはな」
女好きのシノの事だ。
歳星ではその手の店……いわゆる娼館とかに行けたが、それからはそういう余裕がなかった。
ノブリスがクーデリアの暗殺などという事を企まなければ、ドルトコロニーで娼館に行けたかもしれないが、結局俺達が到着してすぐにあの騒動だったしな。
そして地球に来れば地球に来たで、娼館はどこにもない島で、しかも周囲はギャラルホルンの軍艦に囲まれて軟禁状態。
ましてや、島にはマーベル、シーラ、クーデリア、フミタン、メリビット、アトラといったように、魅力的な女が何人もいるが、マーベルとシーラは俺の恋人、アトラは三日月一筋、クーデリアは当初は俺の恋人ではなかったが、依頼人。フミタンはクーデリアのメイドや秘書といった立場で基本的にずっと一緒にいる。
そうなると残るのはメリビットだが……まぁ、駄目だったんだろうな。
メリビットは出来る女といった感じで、モテるのは間違いない。
そんなメリビットにしてみれば、女にがっつくシノは仕事仲間ならともかく、そういう相手としては好みではかったといったところか。
年齢差もあるし。
いやまぁ、メリビットの正確な年齢は分からないし、それを聞こうとは思わないが。
……聞けば間違いなく殺気の籠もった視線を向けられそうだし。
それでも外見年齢では今の俺と同じ20代くらい。
銀行の建て直しとかをしたとかなると、20代後半くらいか?
もっとも、蒔苗の件を見れば分かるように、この世界では寿命を延ばす技術が存在している。
それを思えば、実は……
「何か?」
不意にメリビットが鋭い視線で俺を見てくるので、慌てて何でもないと首を横に振る。
「いや、気にしないでくれ。特に何かがある訳でもないから」
そう言い、メリビットの視線から逃げるようにシノに対して言葉を続ける。
「とにかく娼館で遊ぶような時間はない」
多分だけど。
もしかしたら、蒔苗と色々と話をしている間に1時間、2時間といったくらいに時間が経つ可能性もあるのだから。
とはいえ、だからといってそれを見込んでシノが娼館に行くのを許可出来る筈もない。
「えー……」
「シノ」
「分かったよ」
なおも不満そうな様子のシノに、オルガがそう言う。
それにシノは渋々とだが納得した様子を見せる。
オルガにしてみれば、女遊びはあまり好みではないらしいしな。
……とはいえ、オルガの立場からしても妻とは言わないが、恋人はいた方がいいと思うんだが。
これからはオルガも鉄華団の代表として表舞台に立つ事も多くなる。
そういう時、パーティに連れていくパートナーがいないと、それだけで半人前と見られたりもするのだ。
そう思いつつ、話が纏まったところで俺は議事堂に向かうのだった。