「おお、よく来てくれた」
俺達を見た蒔苗が、嬉しそうに笑ってそう言う。
ちなみに俺達がいるのは、代表用の執務室だ。
ラスカーの執務室はあまり広くなかったのだが、蒔苗はさすが代表と言うべきか、その執務室はかなりの広さを持つ。
エドモントンにやって来た面々が全員入っても……そこまでとなると、少し狭いが。
多分、今回のようにそれなりに多くの人が中に入るというのを考えてのものだろう。
「それにしてもすまんかったな」
「いや、気にするな。俺達が急にやって来たのが悪いんだし」
蒔苗が謝っているのは、俺達が議事堂に入った時、警備員……いや、SPか? そういう連中に止められたからだ。
いや、止められたというのは正確じゃないな。動くなといったように銃口を向けられすらしたのだから。
とはいえ、それも分からないではない。
今日蒔苗が代表指名選挙で勝利したばかりで、しかもアンリがギャラルホルンの……イズナリオの紐付きだというのは周知の事実だったのだから。
そんな中で、いきなり大勢の……俺が言うのも何だが、見るからに暴力的な事に慣れているような雰囲気の持ち主達が姿を現したのだ。
議事堂の治安を守る者達にしてみれば、警戒するなという方が無理だった。
ましてや、俺のせいではあるが議事堂を守っていたギャラルホルンの兵士達……MWすら有していた者達が、全員気絶して一ヶ所に纏められていたのだ。
しかもMWは俺が奪ったからどこにもなく、その事を知っている者達にしてみれば一体MWはどこにいったと思うだろう。
後は……狙撃兵の件も問題か?
狙撃兵の持っていた狙撃銃の類も奪ったので、屋上とかにいる兵士達は見つかっても一体何の為にこんな場所にいる? といったように思われるだろうが。
そんな訳で、最初は銃口を向けられたという事で鉄華団の面々の何人かが即座に反撃しようとするものの、その前に待ったの声が掛かった。
丁度タイミング良く、蒔苗の秘書が警備員達と警備についての相談をする為にその場にいたのだ。
島でもそれなりに一緒に暮らしていただけに、秘書は俺達を見てすぐに気が付いた。
……いやまぁ、実際には俺ではなくクーデリアを見てといった感じだったが。
初めて会った時から、あの秘書はクーデリアに一目惚れしたっぽかったし。
まぁ、そのクーデリアも今は俺とくっついたりしたんだが。
もしそれを知れば、もしかしたらあの場で俺達を庇うとかそういう事はしなかった可能性もあるか?
どうだろうな。
俺達の存在が蒔苗にとって非常に大きいのは理解している筈だ。
今回の件によって、シャドウミラーと鉄華団は蒔苗の後ろ盾……いや、これはちょっと違うか? 蒔苗が何かあった時の為の暴力装置的な存在として見られるようになったのは秘書も知っている筈だ。
もっとも、それはあくまでもギャラルホルンにとってであって、アーブラウの主要な面々にはその辺は分からないかもしれないが。
MSとかを使ってエドモントンの近くまでやって来たのなら、イズナリオが配置したエドモントンの周囲を守っているMS隊と戦う事によって多くの者にギャラルホルンと互角に、あるいは互角以上に戦えるところを見せるといった事も出来たかもしれないが。
だが、今回は影のゲートであっさりとエドモントンに入ったので、兵士達をあっさりと無力化されたギャラルホルンはともかく、アーブラウの面々は……ああ、でも議事堂を守っていた兵士達を気絶させたのは見ているから、それをやったのが俺だと知れば……
ともあれ、蒔苗に忠実な秘書なのは間違いないので、例えクーデリアの件があっても俺達を嵌めるという事はまずないと考えてもいい。
もしそうなったらそうなったで、相応の対応をすればいいだけだし。
「ふむ、気にするなと言うのであれば気にしないでおこう。それで、一体どうしたのかね?」
蒔苗がそう俺に聞いてくる。
クーデリアやオルガではなく俺に聞いてきたのは……蒔苗にとって、この集団の代表は俺であるという認識なのだろう。
「理由としては色々だな。イズナリオが自棄になってMS隊を街中に入れていないかとか、生身の兵士を寄越して蒔苗を暗殺しようとしてないかとか、後は明日以降どうするかとか。そういう感じの話をしたくてな。人数が多いのは、地球に来たのにずっとあの島にいた者達ばかりだったから、島の外を見せようかと思ってだ」
「ふむ、なるほど。まずギャラルホルンじゃが、心配はいらない。少し前に連絡があったのでな」
「連絡って……ギャラルホルンからか?」
「うむ」
俺の言葉に蒔苗が頷く。
そして俺達の会話を聞いていた者の多くが、蒔苗に対して真剣な表情で視線を向ける。
その気持ちも分からないではない。
この状況でギャラルホルンから連絡が来るというのは、ただ事ではないのだから。
「具体的な内容は?」
「簡単に言えば、ギャラルホルンは今回の代表指名選挙の一件から手を引くという話じゃったな」
「つまりそれは、ギャラルホルンが今回の一件に関与していたのを認めたのか?」
「どうじゃろうな。その辺についてはしっかりと口にはしておらん。じゃが……まぁ、暗にそのような事を言いたいのじゃと、儂は思う」
「謝罪は?」
「ある訳がなかろう?」
俺に向かって、あっさりとそう言ってくる蒔苗。
だよな。
ギャラルホルンにしてみれば、自分達はアーブラウ……いや、それ以外の国もそうだが、地球にある国よりも上の存在だと思っている。
立場が上の者が、下の者に謝る必要性を感じない。
恐らくはそういう事なのだろう。
この辺もギャラルホルンの弊害だよな。
恐らく……これはあくまでも恐らくの話だが、ギャラルホルンが出来た当時はそのような事はなかった筈だ。
しかし、ギャラルホルンが出来てから今までの時間の流れによって、ギャラルホルンの者達は特権意識を持つようになった。
実際、海賊とかのような例外はあれども、世界的な大戦とかそういうのを起こさなかったという意味では、ギャラルホルンの仕事を認めてもいいとは思う。
思うのだが、それでもやはり思うところがない訳でもなかった。
もっとも今回のイズナリオの一件によって、ギャラルホルンの影響力が下がるのは間違いないだろう。
この一件はアーブラウでの出来事だが、当然ながら鎖国をしている訳ではないので、他の国とのやり取りもある以上、情報はそう遠くないうちに広がる筈だ。
そうなると、ギャラルホルンの信頼や影響力が今のままという訳にはいかないだろう。
もっとも、それによってギャラルホルンがその影響力を取り戻そうと強引に国に関与してくるのではないかという心配もあるのだが……まぁ、その辺については蒔苗なら大丈夫だろう。
寧ろこれ幸いと、ギャラルホルンの干渉を利用してもおかしくはない。
他の国がどうなるのかは分からないが。
とはいえ、どの国にも無能ばかりという事はない。
有能な者も相応にいる筈だろうから、あからさまにギャラルホルンがちょっかいを出してきても、その時はその時で相応に対処する筈だ。
……少し心配なのは、そのちょっかいの中にMSやMWといった武力を用いたものがあった場合だろう。
国という集団であっても、基本的にそこまで大きな戦力を持たない。
何しろその手の戦力はギャラルホルンに任されているのだから。
国にあるのは、警察的な戦力だけだろう。
そんな状況でギャラルホルンがMSやMWを使ってきたら、国には対処のしようがない。
まぁ……その辺について一応考えはない事もないのだが。
とはいえ、その件について話すのはもう少し落ち着いてからでいいだろう。
「謝罪の件はともかく、これでギャラルホルンが手を出してこなくなったのは、アーブラウとしても助かるのでは?」
クーデリアの言葉に蒔苗が頷く。
ただ、このオルフェンズ世界の本来の構造なら……もしくは仕様と言ってもいいのかもしれないが、ギャラルホルンはあくまでも武力を司るのであって、国に関与はしない筈だった。
それは厄祭戦が終わった時、ギャラルホルンが出来た時の話なので、それから300年も経過した今となっては、ギャラルホルンの考え方が変わってもおかしくはないが。
だからこそ不正をする者が多く、マクギリス達はそれを正そうとしているのだから。
「これからのアーブラウは、ギャラルホルンに手を出されないようにする必要があるじゃろうな。……まずは……」
途中で言葉を止める蒔苗だったが、それが何を言いたいのか俺はすぐに理解した。
今回の一件でギャラルホルンの手先となって蒔苗を追い込んだ人物……贈賄の疑いを掛け、蒔苗をアーブラウから追い出した上で、自分が代表指名選挙に立候補して代表になろうとした、アンリだろう。
具体的にアンリがどのような結末を迎えるのかは、俺にも分からない。
決して幸福な未来が待っているとは思わないが。
それこそ場合によっては、死刑という結末すら待っているかもしれないのだ。
もしくは、収監されるだけですむか。
……あるいは、蒔苗の真似という訳ではないだろうが、亡命という選択肢もある。
いや、亡命という選択肢もあるのではなく、アンリにしてみれば亡命こそが最善の選択じゃないか?
アーブラウに残っていれば、それこそ捕まる可能性が高い。
ならば他の国に亡命し、そこで捲土重来を狙うとか。
もしくは、亡命先で死ぬまでゆっくりするという選択肢もある。
……もっとも、アンリが起こした今回の一件が他国に知られるのもそう遅くはない以上、アンリを受け入れる国があるかどうかは俺にも分からないが。
もしアンリを受け入れた場合、アーブラウとの関係が悪くなるのは間違いない。
何より、アーブラウの代表として強い影響力を持っている蒔苗ならともかく、陰謀が失敗して逃げ込んできたアンリを亡命として受け入れる価値があるかどうか。
とはいえ、アンリも元議員としてそれなりにアーブラウについての重要情報は持っているだろう。
特に蒔苗がいない間はアンリの勢力がアーブラウでは一番大きかったのだ。
その影響力を使い、アーブラウにとっての機密情報を見ていてもおかしくはない。
それどころか、その機密情報をイズナリオに流しているとか、普通にしてそうだよな。
「まぁ、頑張れ。ただ、やりすぎてアーブラウが混乱するような事は避けて欲しいけど」
アーブラウが混乱すると、それを口実にギャラルホルンがまた手を出してくる可能性がある。
マクギリスならそのようなことはしないだろうが、現在のマクギリスの派閥は決してそこまで大きなものではないのだから。
イズナリオの派閥の者であったり、あるいは他の派閥の者であっても、自分の好き勝手に行動するという可能性は十分にあった。
となると、アーブラウはマクギリスの派閥と友好的な関係を築いた方がいいのか。
ただ、それでも1つの国がギャラルホルンの中の1つの派閥と必要以上に友好的な関係にあるのは、色々と不味いだろう。
場合によっては、それがそのままアーブラウを……そして蒔苗を弾劾する理由になったりもするし。
その辺は別に俺が考えるような事じゃないか。
蒔苗は政治家としては俺よりも圧倒的に格上の存在だ。
何しろ俺は政治については基本的に政治班に任せているし。
エザリア率いる政治班なら、それこそ蒔苗とも互角にやり合えるだろうが。
「うむ、儂もこうして再び代表になった以上は、頑張ろうと思っておるよ。……それより、これからお主達はどうするのじゃ?」
「目的は果たしたし、少し様子を見て問題なかったら火星に戻ると思う。一応言っておくが、クーデリアとの交渉の件は忘れるなよ? もし誤魔化そうとしたら……その時は、俺の魔法が火を噴くからな」
この表現が相応しいかどうかは、俺にも分からない。
だが、俺は白炎を使う事が多いので、火を噴くという表現はおかしくない筈だ。
「分かっておる。この護衛を見れば、お主の言葉を疑おうとは思っておらんよ」
そう言う蒔苗の懐から、護衛として用意した炎獣のリスが出てくる。
ああ、いざという時の為に炎獣を護衛として渡しておいたな。
「もういいか? 消すぞ?」
「……消すのか?」
そう聞く蒔苗の言葉が少し残念そうなのは、俺の気のせいか?
蒔苗にしてみれば、自分を守る炎獣というのは非常に重要な存在のように思えたのだろう。
「ああ、ギャラルホルンがアーブラウから手を引いた以上、もう炎獣の護衛は必要ないだろう? ……いやまぁ、ギャラルホルン以外にも蒔苗を狙っている相手はいるかもしれないが」
「それが心配じゃから、出来ればもう少し護衛を続けて欲しいのじゃが」
「そう言われてもな。炎獣は俺の魔力で構成されている。暫くは大丈夫だが、どのみち魔力がなくなれば炎獣は消えるぞ?」
「それでも構わんよ。いざという時の為に準備をしておくのは当然じゃからな。……それで話は変わるが、アーブラウの軍事アドバイザーというのに興味はないかの?」
そう、蒔苗は俺に聞いてくるのだった。