強面の男に迫られているシノを見た俺とクーデリアは、デートをそこで切り上げて店を出る。
ちなみにカナダの名物料理であるプーティンは、ファーストフードということもあってそれなりに安かった。
まぁ、それでも美味いと評判になるだけの手間暇を掛けているので、それなりの値段だったが。
分かりやすく表現するのなら、世界中にチェーン店を出しているハンバーガー店のハンバーガーと、ハンバーガー専門店で出されるハンバーガーの値段の違いを考えると分かりやすい。
ともあれ、そうして金を払って店を出ると……
「おい、こら! てめえ……俺の女にちょっかいを出したんだぞ!? ただですむと思ってるのか!」
強面の男が叫ぶ声が聞こえてくる。
ああ、うん。それだけで何となく事情を理解してしまう。
美人局という奴だろう。
あるいはシノが普通に男のいる女を口説こうとしたか。
……普通なら後者はないと思うのだが、シノだしな。
うっか凛程ではないにしろ、重要なところでポカをやるのがシノだ。
もっとも、これが重要なところなのかと言われると……まぁ、他の者にとってはどうかは分からないが、シノにとっては重要なことなのだろう。
「えっと……アクセル、どうします?」
「どうしますと言われてもな。……一応助けた方がいいだろう」
自分でもやる気がないと理解出来る声でそう言う。
シノも、時間はそれなりにあるんだし、金もそれなりにあるんだから、路上にいる娼婦ではなく、きちんとした娼館に行けばいいものを。
取りあえず、シノの様子は美人局ということにしておく。
さすがに仲間が男連れの女をわざわざ口説くといった事をするとは思えない。……というか、思いたくない。
そんな訳で、俺は念の為にクーデリアに少し離れた場所に隠れておくように言っておき、騒いでいるシノ達に近付いていく。
「ちょっといいか?」
「ああん? 何だ、一体……」
強面の男が、俺の声に苛立たしげな様子でそう言ってくる。
そんな男に対し、シノは俺を見つけると助かったといったような表情を浮かべる。
「アクセル、こいつをどうにかしてくれよ。俺はただ……」
「あー……うん。分かっている。何となくだが、何を言いたいのかはな」
シノの様子を見る限りだと、事後という訳ではないらしい。
普通なら美人局であれば、行為が終わった後、あるいは行為の最中に男が乱入してくるというのが一般的だ。
そうである以上、こうした状況で男が金を出せと脅してくるのは……まぁ、そういう事もあるのだろう。
「で? そっちのシノは俺の知り合いなんだが……美人局はその辺にしておいて貰っていいか?」
「何だと……? てめえ……ふざけてるのか!?」
美人局という図星を突かれたのか、男はそれを誤魔化すように怒声を発しながら拳を振るってくる。
とはいえ、特に格闘技の類をしているという訳でもない男の拳だ。
こういう行為をしている以上、喧嘩慣れはしてるのかもしれないが……言ってみれば、それだけでしかない。
あっさりと回避し、足を引っ掛ける。
「ぐえっ!」
俺に殴り掛かった勢いのまま、地面に転ぶ男。
あ、それを見た女が逃げ出した。
あっさりと男を見捨てたという事は、恐らく恋人という訳でもないのだろう。
もしくは、例えば恋人であってもあっさりと見捨てるような性格の女だったが。
美人局をやる以上、相応に顔立ちが整っている必要がある。
そういう女でなければ、美人局をやる為に男を誘おうとしても、誘いに乗ってこないだろうし。
そんな訳で、女はそれだけに顔立ちが整っているのはおかしくない。
そうして中途半端に顔立ちが整っているので、男をあっさりと見捨てるという行為も出来たのだろう。
……まぁ、顔立ち云々とは関係なく、単純にそういう性格だったと言われればそれまでの話なのだが。
「て、てめえ……」
「大人しく寝てろ」
そう言い、起き上がろうとした男の顎先を掠めるように蹴りを放つ。
顎先を蹴られたことにより、一瞬にして脳を揺らされた男は気絶して地面に倒れ込む。
「ふぅ、助かったよアクセル」
「いや、助かったじゃなくてだな。……何でここにいるんだ? 娼館とかにいかなかったのか? そういう場所に行けば、こういう面倒はなかっただろうに」
勿論、娼館だからといって絶対に安全だという訳ではない。
それこそ、例えば娼館ぐるみでぼったくっている可能性もあるし。
もっと酷ければ、それこそ客を殺すということだってあるかもしれない。
しかし、そのような場所は当然ながらそう多くはなく、普通に使える店の方が多い筈だ。
なのに、何故シノはわざわざ娼館ではなく、こうして路上にいる娼婦――実際には美人局だったが――を買おうとしたのか。
「いや、その……ほら、折角地球に来たんだから、どうせなら地球風というか、そういうのを味わってみたいと思って」
「……あのなぁ」
シノの言葉に何と言えばいいのか分からなくなる。
何故地球に来た記念の地球風というのが、路上にいる娼婦なんだ?
路上にいる娼婦というのは、火星でも珍しくはない。
何しろ火星のスラム街というのは地球よりも余程酷いのだから。
そんな中で生き残れる手っ取り早い手段として、女は娼婦になるという方法がある。
アトラが小さい頃にいたという娼館のような場所に所属出来るのは、そういう中でも器量のいい者か、あるいは幸運な者。
そのどちらでもない者は、知り合いから色々と聞いたり、もしくはその辺りを仕切っている組織の世話になったりして、娼婦として働く。
路上で客待ちをする娼婦はそういう者達が多い。
つまり、火星でも路上にいる娼婦を買う機会は多いのだ。
寧ろ俺としては、火星の娼館と地球の娼館の違いを理解するという意味で、きちんとした娼館に行けばいいのにと思う。
最高級の……それこそ政治家とか社長とか医者とかが利用するような娼館は無理でも、ちょっとした金持ちが利用するような娼館であれば普通に遊べるだけの金額は持っている筈だった。
なのに、何故かわざわざ路上で……しかも美人局に引っ掛かっているのだから、呆れるなという方が無理だろう。
「な……何だよ」
「いや、まぁ、いい。この件は後でオルガに知らせておくからな」
「うげぇっ! ちょっ、ちょっと待った。アクセルに手間を取らせたとなると、オルガに何をされるか分かったもんじゃねえんだ。な? 頼むよ」
「なら、最初からこういう場所じゃなくて……いや、分かった。たまには羽目を外すくらいの事はしてもいいか。今回だけだぞ」
シノが娼館ではなく路上にいる娼婦を選んだのも、地球での自由行動という事で、羽目を外していたからだろう。
「悪いな」
「そう思うのなら、次からは気を付けろ。……まぁ、次があるかどうかは分からないが」
「ちょっ、待てよ! それってもしかして、もう俺を地球に連れてこないとか、そういう事か!?」
俺の言葉の何を誤解したのか、シノは慌てたように言う。
だが、別に俺にそんなつもりはない。というか……
「シノは別にシャドウミラーの所属じゃなくて、鉄華団の所属だろ。なら、地球に来るかどうかを決めるのは、俺じゃない。オルガだ」
まぁ、この件をオルガに話せば、もしかしたら罰として暫く地球に来ないようにするとかすると思うが。
あるいは、いっそ地球にいたいのならアーブラウの軍事顧問の為に地球に派遣する人材にされるか。
この場合は地球で自由に行動出来るだろうし、シノにとっても悪くない筈だ。
「だ……だよな。なら、うん。俺は取りあえず心配はないって事で」
安堵した様子を見せるシノ。
そんなシノに、呆れつつも口を開く。
「俺はデートの途中だったんだ。あまり手間を掛けさせるなよ」
「え? そうだったのか? あー……悪い、悪い。けど、どこで女をナンパなんか……」
「私とですけど? 何か文句でも?」
「あ……」
シノの言葉にそう口に出したのは、クーデリア。
離れているように言ったのだが、どうやら事態が解決したと見てやって来たらしい。
丁度そのタイミングでシノの言葉を聞いてしまったようなのだが……うん、これはちょっと。
シノもいきなり姿を現したクーデリアを見て、あちゃあといった様子を見せているし。
というか、俺がクーデリアと付き合うようになったというのは、シノも知っていた筈だ。
なのに、何故今のような言葉が出るのかは……まぁ、シノだからとしか言えないか。
「取りあえず……ご愁傷様だ」
「え? ちょ……アクセル!? 一体何がご愁傷様なんだよ!」
騒ぐシノだったが、女同士の間でやり取りしている情報はかなり素早くやり取りされる。
ましてや、俺達の陣営で女となるとクーデリア以外はフミタン、マーベル、シーラ、アトラ、メリビット、ラフタ、アジー、エーコくらいだ。
タービンズのハンマーヘッドとやり取りが出来ていれば、そちらには多くの女がいるので、そのネットワークも更に広がる。
とにかくそのネットワークは現在狭く、だからこそ素早く情報のやり取りが行われる。
今回の件も、恐らくすぐに知られることになるだろう。
……不幸中の幸いと言うべきか、それとも残念ながらと言うべきか、シノはそのこちらの女達に好意を抱かれてはいない。
ただ、これはあくまでも男女間の好意という意味であって、仲間としての好意は持たれているのだが。
女にがっつくシノだが、普通に仲間として見れば悪くない相手なのだから。
シノもその辺については分かっていて、仲間に対しては女であってもがっつくような事はしない。
……俺が言うのも何だけど、そういう態度を他の女に対してもすれば、シノはそれなりに顔立ちも整っているし、相応にモテると思うんだが。
「それは後で知る事になるだろう。……じゃあな」
「ちょっ、おい、アクセル!?」
背後で叫ぶシノの言葉をスルーし、クーデリアに追いつく。
「あまり気にするなよ」
「気にしていません」
即座にそう返してくるが、その態度が気にしていると言ってるようなものだと思うんだが。
そこに触れると面倒な事になるので、突っ込まないが。
「カナダの名物料理であるプーティンも食べたし、これからどうする? 集合時間まではまだそれなりにあるけど。……遠くに出掛けるような時間はないけど、影のゲートを使ってどこかに行ってみるか?」
「ううん。そこまでする必要はないわ。……ちょっと歩きましょう」
クーデリアの要望に従い、散歩をする事になる。
これが日中なら、例えばクレープ屋とかあったりするんだが……いや、クレープ屋はちょっとな。
しれっとゴーヤクレープを売っていたりしたら、どう反応していいのか分からない。
俺が呪いのせいでホワイトスターに戻れないのに、ゴーヤクレープ達が……より正確にはゴーヤクレープを売っている者達だけが何らかの手段でオルフェンズ世界に来たとなれば……
あ、でももしそうなったら、俺も何らかの手段でホワイトスターに戻れるという事を意味してるのか?
もしそうなら、それは悪くないかもしれない。
そう思うも、恐らくそのような事はないだろうという結論になるが。
「アクセル、どうかしたの?」
「今が日中なら、クレープの屋台とかもあるのかもしれないと思っただけだよ。デートだと、そういうのが定番だろう?」
「まぁ。……でも、そうですね。いかにもデートらしいですし」
会話をして多少は機嫌が直ったのか、クーデリアは俺の服の裾をそっと掴み、周囲の景色を楽しんでいる。
別にそこまで特別な景色という訳ではないが、クーデリアにとっては俺と恋人になって初めてのデートだけに、そういう意味では特別なのだろう。
どうせなら……そう思い、俺は服の裾を掴んでいるクーデリアの指を離す。
クーデリアが不思議そうな、それでいて残念そうな、悲しそうな表情を浮かべるが、俺はそのままクーデリアの手を握る。
折角の夜のデートなんだ。
腕を組むとはいかずとも、手を握るくらいはいいだろう。
……何だか、下手に腕を組むよりも手を繋ぐ方が恥ずかしいような、そんな気がしないでもないが。
クーデリアに視線を向けると、そこにはやはり照れ臭いのか夜でも周囲の建物の明かりとかでその頬が赤く染まっているのが分かる。
「えっと……その……アクセルは火星に戻ったらどうするの?」
照れ臭くなったのか、クーデリアからの質問は仕事についてのものだった。
いや、もしかしたら仕事とかではなく、俺が火星に戻ったら何をやるのか、個人的な事を聞きたいとか、そういう感じか?
「そうだな。色々とやりたいことはあるけど、クーデリアとイチャつきたいな」
「イチャッ!? ……もうっ! もうっ! もうっ!」
俺の言葉にクーデリアは先程までより顔を赤くし、俺と繋いでいない方の手で何度も叩いてくる。
クーデリアも本気で叩いている訳ではないので、痛い訳ではなかったが。
そんな風に思いつつ、俺は時間までクーデリアとの夜のデートを楽しむのだった。